よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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第77話

 次の休日、俺は清隆の部屋を訪れていた。

 

「そっちのクラスは、どんな感じ?」

「……龍園から契約を持ち掛けられている。それを受けるか否か、意見が分かれている状況だ」

 

 清隆は表情を変えずにそう言った。

 このイベントの特徴として、投票が匿名ではないというものがある。提出する際、投票用紙には必ず自分の名前を書かなければならないことになっているのだ。

 その理由は、不参加者の投票用紙を利用するような行為を防ぐためだと思われる。もし無記名であれば、投票する権利の売買ができないというルールが有名無実化しかねない。

 ……したがって、誰が誰に投票したか、後で調べればわかるようになっている。それはつまり、投票内容をめぐって契約などを結んだ場合、反故にすることができないということだ。

 

「あたしは受けちゃってもいいと思う。損は無さそうだし」

 

 恵ちゃんが意見を言った。

 この子個人としては、龍園の契約に対して悪い印象を持っていない様子。

 

「……結構前のことだけど、龍園は無人島で葛城をハメた過去があるんだ。本当に穴がないか、一度精査した方がいいと思うよ」

 

 念のため、注意しておいた。

 清隆がいる以上、そうそうおかしなことにはならないと思うが……

 

「あー、龍園ってそういう奴よね。清隆はどう思う?」

「オレは、正直どちらでもいいと思っている。今回は恵の判断に委ねたい」

 

 これは驚いた。清隆自身は、今のところ傍観する方向で考えているらしい。

 この態度から察するに、少なくとも致命的な結果を招くような契約ではないのだろう。

 

 2000万ポイントを失うのが誰になるか。このイベントの面白さは、その一点に尽きる。

 帆波が誰を批判票のターゲットとして選択するか、そしてそのターゲットとなった生徒はイベントに参加してくれるのか。Aクラス連合にとっては、そこが大きなポイントとなる。もし不参加生徒を選んでしまった場合、Aクラスに被害が及ぶ可能性もあるからだ。

 そのため、威力が下がることを承知でAクラスとBクラスで違う生徒を攻撃することも選択肢に入ってくる。ただし、そうした場合はCクラスとDクラスが結託した場合に負けてしまう。

 

 ……うーん、わからない。

 いろいろ考えつつ話し合いを続けたが、あえて契約の内容は聞かなかった。

 ヒントを得るのは、もう少し後でもいいと思ったのだ。

 今はまだ、考えることを楽しみたい。せっかくのゲームは遊ばなければ損だからな。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 部屋に帰ってから、有栖ちゃんがつぶやいた。

 

「……南雲雅が何をしたいのか、見えそうで見えません。そこが少し気持ち悪いです」

 

 南雲の目的、か……

 きっと、あの男はイベントで莫大なポイントを手にするだろう。おそらく、クラス移動チケットも自分自身が獲得する結果となる。そんなことは簡単に予想できるが……ただポイントが欲しいだなんて、単純な目的で動くような人間ではないのは明白。  

 もっと奇抜なことを企んでいてもおかしくないし、俺もそれを期待している。

 

「邪魔な人間を退学させるとか?」

「それも無くはないですが……誰かを退学へ追い込むためだけに行うものとしては、微妙なイベントです。もちろん、複数ある狙いのうちの一つである可能性は十分にあります」

 

 有栖ちゃんの言う通りだ。そもそも、『2000万ポイントを払えなかった場合は退学』とはどこにも書いていない。退学者を出したいのであれば、あえて抜け道を作るようなルールを制定する理由はないだろう。では、どうするつもりなのか……まだわからなかった。

 そうこうしているうちに、俺の端末から通知音が鳴った。

 

「……おっ、帆波だ」

 

 相談したいことがある、との一文。おそらくイベント絡みで何か起きたのだろう。

 俺と有栖ちゃんは、帆波の部屋へと向かった。

 

 

 

 外では雪が降り始めていた。このまま降り続ければ、明日の朝は積もっているかもしれない。

 寮のエレベーターの中で、かじかむ手を擦り合わせてみる。今日は本当に寒い。

 吐く息は白く、身体がぶるぶると震える。この気温で歩き回るのは有栖ちゃんの身体にも負担だろうし、今日の夜は桔梗ちゃんと一緒に料理でも作ろうかな。

 

 インターホンを鳴らし、帆波が出てくるのを待つ。

 

「あっ、寒いのにごめんね」

 

 扉を開けて、帆波は申し訳なさそうに頭を下げる。

 部屋へ入ると、マグカップに温かいコーヒーを用意してくれていた。一口飲むと、温度と香りが冷えた身体に染み渡っていく。熱いカップに触れた手には、感覚が戻ってくる。

 

「お気遣いありがとう。今日はどうしたんだ?」

「あのね、実は……」

 

 帆波は困惑した様子で、端末の画面を見せてきた。

 そこにはAクラス内のグループチャットが表示されている。千尋ちゃんと神崎が主体となって、議論を交わしているようだった。

 その議題は、龍園から持ち掛けられた契約について。あの男はCクラスのみならず、Aクラスにまで手を伸ばしていたらしい。思った以上に積極的な行動を見せている。

 

「……龍園くんが、今度のイベントで自分と伊吹さんに賞賛票を入れろって言ってきたの」

「おおっ、それは面白い。あいつが参加するとは……」

 

 絶対に参加しないと思われていた男が、参加するということだけでも驚きだ。そして奴は、Aクラス41人分の賞賛票まで要求してきたという。伊吹にも投票することになれば、合計820万ものプライベートポイントを獲得できる。直接的な負担ではないとはいえ、相応の対価は必須だ。

 

「その代わり、無人島であの時のAクラスと結んだ契約……まあ私たちが払っているようなものなんだけど、それを私に譲渡してくれるんだって。ポイントだけ考えたら、かなり得だよね」

 

 元Aクラス……もとい帆波が毎月支払うポイントは、戸塚の分を差し引いても合計74万に及ぶ。卒業までそれが続くと考えれば、820万で権利を貰えるのは破格と言っていい。1年で元が取れてしまう計算だ。これは、龍園にとってもかなりの妥協であるといえる。

 

「そこまでして、今現在のプライベートポイントが欲しいのか」

「そう。それがものすごく不気味で、どうしよっかなって」

 

 帆波は頬に手をやって、悩んでいる。

 

「……3票のうち2票がDクラスに取られるということは、自由に投票できる賞賛票は1票になってしまいますね。つまり、私と晴翔くんの両方を保護することはかなわなくなります」

 

 有栖ちゃんが述べた意見は、俺の頭に浮かんでいないものだった。

 Aクラスの賞賛票無しでDクラス35人の批判票を受ければ、最下位を取る確率はかなり高くなる。奴がそれを狙うかはともかく、俺たちの参加リスクが大幅に上がるのは間違いない。

 

「確かにそうだね。私たちがポイントを支払うわけじゃないと思ってたけど、そういうリスクもあったんだ……うーん、難しい」

「はい。ただし、それがあるからといって話を蹴るべきではありません。契約を結んだからといって、一人の生徒へ批判票を集める方針に影響を及ぼさないのです。お互いがぶつかった時、勝利するのは人数で上回るAクラスですから。私なら迷いなく受けます」

 

 どう動いたところで、Aクラスから最下位の生徒が出る可能性をゼロにすることはできない。ならば何かしらのトラップがあることを承知の上で、龍園の契約を受けるのも一興だ。有栖ちゃんは、そういう考えをもっているらしい。なかなかアグレッシブでいいと思う。

 

「結局、誰が参加するかを見極めないことには始まらないってことだよね。もし私がこの契約を結ばなければ、きっと龍園くんは参加してこないだろうし……」

「ふふ。何よりも、結んだ方が面白い。そうですよね?」

 

 ここで有栖ちゃんは俺の方を向いて、問いかけてきた。

 本当に俺のことをよく見ているし、わかっている。さすがだな、と思いながら頷いた。

 俺の反応で決心がついたのか、帆波は端末を操作し始めた。神が意思を示すのだろう。

 

「わかった。受けることにするよ」

「それがベストです。今後の戦略はいったん棚上げして、また後日話し合えばいいのです。行動に制限がかかるような契約は気を付けなければなりませんが、そういう類のものではありません」

 

 話は決まった。

 最悪、批判票を避けるために俺と有栖ちゃんのどちらかが参加しないという選択肢もある。そんなことはDクラスもわかっているだろうし、俺たちの片方に票を集めるというのは、考えてみればかなり勇気がいる作戦だ。あいつのことだから、やってこないとも言えないが……

 ……まあ、結局のところ有栖ちゃんの言葉が全てである。

 

「これから楽しくなりそうだ」

 

 俺がそう結ぶと、二人はにっこりと笑った。

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