1月31日がやってきた。
イベントの投票は今日までに行わなければならない。すでに投票を終えた生徒が大半を占めている中、俺と有栖ちゃんはホームルーム後に用紙へ書き込んでいた。
「……よし」
頭の中で、票を入れる生徒を誰にするか考える。これがなかなか決まらなかった。
CクラスとDクラスが結んだ契約の内容については、すでに恵ちゃんから聞いている。それを踏まえてどうするか……というところであった。
氏名:高城晴翔
賞賛票
・一之瀬帆波
・櫛田桔梗
・綾小路清隆
ここまではいい。問題は、批判票を投じる相手だ。
他のクラスは投票内容の多くを契約で縛られているため、1年生は組織票だらけとなるだろう。したがって、俺一人が誰に入れたとしても大して影響がない。
……だったら、思いつきで適当に書いてしまってもいいのではないか?
一つ、俺は気になっていることがあった。このイベントのルールについてのことだ。
その「裏技」が成立するのかどうか、答え合わせをしないまま終わるのはつまらない。
そこで、
批判票
・南雲雅
学年をまたいだ投票。これが禁止されているといった記述は存在しなかった。
あくまで個人的な推測だが、南雲はこの穴を利用する可能性を考慮して、あえてこんな甘い書きっぷりにしたのではないかと思う。実際にやるメリットがあるのかは不明だが……この投票用紙を見たときに、あの男が驚くイメージは湧かない。きっと、すべては想定通りであるはずだ。
書き終えた俺は、最終受付のために待っている真嶋先生へ手渡した。
「さて、どうなるでしょうか」
「わっかんねーな。でも、面白くなりそう」
「ふふふ、よかったです。晴翔くんが楽しければ、私はそれで」
先に提出していた有栖ちゃんと、笑い合う。
不思議なことに、Aクラスの下僕となっているBクラスが最も自由度の高い投票を行うことができた。求められているのは、帆波に賛成票を入れることのみ。残り2票の賞賛票と、批判票の対象は各個人に委ねられることになっていた。
他クラスを見れば、どこもガチガチに制限されている。Cクラスにいたっては、全ての投票内容を決められてしまったと言っても過言ではない状況。もちろん、相応の対価はあるが……楽しくないだろうなあ。そういう意味でも、恵ちゃんの選択は失敗だった気がする。
有栖ちゃんと手をつなぎ、夕方の教室を後にした。
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家に飲み物が無かったので、寮に戻る前にコンビニへ立ち寄ることにした。
この時期は日が短く、すでに辺りは真っ暗となっていた。
そんな中、俺と有栖ちゃんは、帰り道の公園で不可解な光景を目撃した。
(何やってんだ?あいつ)
ふらふらとした足取りで、同じところを行ったり来たりしている女子がいる。
きれいな黒髪と、整った容貌。それが堀北鈴音であることは間違いない。
だが、どうも様子がおかしいぞ?
「……どうすればいいの?」
何やら、ぶつぶつと呟いている。普段のツンツンした雰囲気はどこへやら、明らかに焦っているのがわかる。見つかって面倒ごとに巻き込まれるのは困るので、俺は少し距離を取った。
あいつに悩みがあったとしても、俺の知ったことではない。無暗に首を突っ込んだところで、俺たちには何のメリットもない。何が起きたのか興味はあるが、見なかったことにしよう。
「……なるほど」
有栖ちゃんは、そんな堀北を遠目でじっと見つめている。
ここに長居するのはよろしくないと思い、その肩を軽く叩くと、はっとこちらを向き直す。
なるべく目立たないよう、俺たちはそそくさと立ち去った。
十分に距離を取った後、有栖ちゃんは俺に向かってぺこりと頭を下げた。
……それによって、被っていた帽子が頭から地面に落ちてしまう。おっちょこちょいだなあ。
俺が拾ってもう一度頭に乗せてやると、恥ずかしそうに微笑んだ。
「ごめんなさい。私ったら……相変わらずどんくさくて」
「全然大丈夫。あと、謝らなくてもいい。堀北に気づかれたとしても、別にいいんだろうけど……今あいつと絡むのは、ちょっとめんどくさいって思っただけ。気になるのは俺も一緒だよ」
堀北の性格はある程度理解している。そして、強引なタイプであることも知っている。
あいつがおかしくなるとすれば、それは高確率で堀北兄……俺の苦手な存在が出てくる話だろうと思う。そんな案件に強制参加させられるのは、正直ダルい。
「興味を惹かれると、周りが見えなくなってしまう性分なもので……」
「いいよ、可愛いから」
話しているうちに、寒さがどんどん厳しくなっていく。
ぶるぶるっと有栖ちゃんが身体を震わせたのを見て、俺は歩くペースを早めた。
部屋に戻るなり、有栖ちゃんは再び口を開いた。
「ふふっ、そういうことですか」
冷たい笑顔。それが、先ほど出くわした堀北に対するものであることは明白だった。
暖房をつけて、扉をばたんと閉める。今日は特に寒いから、鍋にでもしようかな?
「堀北はもう……ってこと?」
「そこまではわかりませんが、堀北さんが最下位になることを恐れていたのは確実です。その上で、そうなる可能性が高いという情報を得てしまったのでしょう。もう手遅れですが」
「ほうほう」
淡々と話す有栖ちゃんに返事をしつつ、俺は鍋の準備を始める。
白菜が残っていたか、冷蔵庫を確認する。あったあった、豆腐もあるし良い感じだ。
桔梗ちゃんが来るまであと一時間ぐらいあるから、野菜は先に切っておこう。
「……その興味のなさが、晴翔くんらしいです」
「そうか?」
「はい。そういうところも、大好きですよ」
俺がドライになっている理由は、今さらどうしようもないからだ。有栖ちゃんの言う通り、理解したところでもう遅い。きっと投票用紙は提出済みだろうし、票数に工作するのはあまりにも非現実的である。そもそも、堀北鈴音という生徒に対して、大きなリスクを背負ってまで救う価値があると思っていない。危ないと知ったところで、何かしてやるほどの気持ちにはならなかった。
多分、退学にはならないと思う。2000万払えなかったら即退学とは書いてないし、確か清隆はあいつのことを意識していた。もっとも、バッサリ切り捨てる可能性も無くはないが……
「あ、わかった。ここで南雲が出てくるわけか」
「……すごいですね。今の会話だけで、答えに辿りつくとは」
有栖ちゃんは驚いているが、「今の会話だけ」というのはちょっと違う。あの日の堀北学とのやり取りがなければ、このタイミングで気づくことはなかっただろう。彼はなぜ、このイベントを止めて欲しそうだったのか……そこから連想を始めることで、結論を得たのだ。
とどのつまり、南雲は堀北兄のことが好きで好きで仕方ないということだ。好きな子の嫌がることをしてしまう、その辺の小学生と似たような感性を持っている。
「じゃあ、最初から南雲と龍園がグルってわけだな」
「はい。おそらく、龍園くんは南雲サイドからも莫大な報酬……プライベートポイントを獲得することになるでしょう。今回は、彼の今後の方針が垣間見えるイベントでしたね」
ざくざくと白菜に包丁を入れながら、俺は頷く。
クラスポイントに期待できなくなった今、龍園が目指すべき道として設定するのは……
「クラスの全員を、2000万ポイントで移籍させる」
野菜を切る手を止めて、有栖ちゃんの方を向いた。
俺の顔を見て、嬉しそうに笑っている。それは龍園の行動というよりも、俺がその答えに行きついたことに対する喜びであるように感じた。
……元から知っていたことなので、そこで評価されるのは少し罪悪感があるが、仕方ない。
そう、それは龍園が入学当初から持っていた夢。ひよりを奪われたことが、彼の背中を押したとすれば……俺はあいつにとっても良いことをしたのかもしれない。
その後桔梗ちゃんがやってきて、一緒に寄せ鍋を作った。
張り切りすぎてものすごい量になってしまったため、清隆カップルと帆波を呼んでみんなで鍋パーティーを行った。寒い夜にふさわしい、楽しい「イベント」であった。
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そして、ついに結果発表の日が来た。
ホームルームが終了すると同時に、生徒会役員が各所にA2サイズの大きな紙を掲示していく。
そこには、学年全員の得点が高い順に記載されている。
群がる生徒たちをかき分けて、俺はその内容を確認した。
第1位 伊吹澪 45点
第2位 櫛田桔梗 31点
・
・
・
・
第154位 堀北鈴音 -30点
参加者は154名。結果的に、1年生全員がこのイベントに参加することとなった。各クラスを契約が縛り付けることで、不参加という行動を誰一人取れなくなったのだ。
(……すべて、南雲の手のひらの上だったな)
きっと今ごろ、あの男はほくそ笑んでいることだろう。
この結果の考察をすべく、俺と有栖ちゃんは急いで帰る準備をした。
すでに、清隆は呼び出してある。そろそろネタバレといこうか。
今なら7億でいけそうです。