「よし、始めるか」
「そうですね」
部屋に戻った俺は、有栖ちゃんと共にイベントを振り返る……といっても、動きが活発化するのはここからだ。結果発表は、せいぜい折り返し地点。まだまだお楽しみは終わらない。
まずは、AクラスとDクラスの契約について。
「最後に出てきた項目。それが、龍園くんの最も通したかった条件です」
「だよな、俺もそう思った」
お互いの批判票を封じる、あの条項。一見なんとも「帆波っぽい」ように感じたが、あれは龍園側からの提案だったのではないかと考えていた。
龍園が最も避けたかったのは、自クラスから最下位の生徒が出ること。億単位のポイントを集めようというのに、2000万の罰金など絶対に許容できない。相手に有利な契約で釣ってでも、確実に防ぎたかったということがわかる。
今回に限れば、AクラスとDクラスはウィンウィンの関係であったようだ。
「伊吹さんと龍園くんという、賞賛票の縛り……これは自分が最下位になるリスクを低減しつつ、伊吹さんにチケットを取らせる戦略ですね」
「間違いない。というより、他に考えられない」
「……全員を2000万で移動させることのみを意識するのなら、理にかなっています」
龍園は、林間学校の件で吹っ切れたのかもしれない。2000万×人数分のポイントを入手し、全員でAクラスに上がる。学校での目標をこれ一本に絞ったのだ。
その前提で考えると、伊吹がチケットを使ってクラスを出ていくとすれば、龍園にとっては実質2000万が浮くということになる。なんというか、恐ろしいまでの思い切りの良さだ。
「見方を変えれば、あの契約もさほど不利なものじゃないってことだな」
「それでも、最善手ではないような気がしますが……損得勘定ではなく、目先の結果が欲しかったというところでしょう。彼にはクラスの内紛など、頭の痛い問題が山積していますから」
王としての地盤が崩れ始めていることも、判断に影響を及ぼしたのかもしれない。
次に考えるのは、問題のCクラスだ。
恵ちゃんが結んでしまった契約は、以下のようなものである。
・CクラスとDクラスは、お互いのクラスの生徒に全ての賞賛票を投票し合う。
・Cクラスの生徒は、39名全員が一之瀬帆波に批判票を投じる。
・龍園翔は、3月31日までに軽井沢恵へ1000万プライベートポイントを支払う。
これが何を意味していたのか、考えてみる。
おそらく、帆波に対する集中攻撃も、CクラスとDクラスの間で利益を最大化することも、龍園の本当の目的ではなかったのだ。Cクラスの全員参加が強要される上に、Dクラスは批判票の宛先を縛られない。これこそが策略であり、ここに恵ちゃんが気づけなかったのが全てである。
帆波への批判票は、真の狙いから目をそらすためのダミー。「こんな要求をしてくるのだから、きっとDクラスも帆波を攻撃するだろう」……そう思い込ませるための罠である。
しかし、ここまで露骨なAクラス潰しを示唆しつつ、その裏ではAクラスとの和平交渉をするのだから大したもの。正直、龍園がここまでやるとは思わなかった。こんなに面白いことをしてくれるなら、まだまだ退学するのは早い。
「それにしても、伊吹がクラス移動チケットを手に入れるとはな」
「本人が一番驚いているかもしれませんね」
今度、会うことがあればいろいろと聞いてみようかと思う。
彼女がどうするのか、わからないが……高額なポイントで誰かに売ってしまう選択肢もある。
ただ、龍園がそれを良しとするかは微妙だ。高いと言っても2000万にはならないだろうし、彼の計画が成し遂げられる前提なら、行使してもらう方が双方ともに得である。
ピンポン、とインターホンが鳴った。
扉を開けると、清隆と恵ちゃんが来ていた。
とりあえず部屋に入ってもらう。
二人は上着を脱いで、ベッドの脇に座った。
……恵ちゃんは意外と元気そう。てっきり落ち込んでしまっているかと思っていたが、それは杞憂だったようだ。無表情の清隆に目を向けると、彼は一言呟いた。
「『慰め』は終わっている」
あ、そうですか。
恵ちゃんは相変わらず、清隆にべったりだ。俺と有栖ちゃんのことも、仲の良い友達としては認識してくれているようだが……本質的には、清隆のことしか見ていない。
極端な話、清隆が俺たちを切り捨てるような選択をした場合、迷いなく敵に回るタイプである。まあそんなことはあり得ないのだが、彼女の想いの強さは尋常ではない。
今回のイベントは、清隆のスタンス的には「どうでもいい」ものだ。堀北もおそらく退学まではいかない上に、彼自身には何の被害もない。一切の干渉をしなかったのがその証拠だ。
恵ちゃんについても、堀北が最下位に追い込まれたことに対して一定の責任は感じているかもしれないが、清隆の機嫌さえ害さなければそれでいいと思っているだろう。
……彼女もまた、堀北のことは「どうでもいい」のだ。
「さて、今後のことを聞いてもいいのか?」
みんなが静かになったのを見て、俺はそう切り出した。
「堀北を救済するかどうか、がポイントだろう」
清隆はそう返し、恵ちゃんの方を見た。
ここで意見を求められると思っていなかったのか、彼女は一瞬驚いた顔をした。
「……うーん。ポイント自体は、クラスのみんなからかき集めればギリギリ足りるのよ。ただ一番の問題は、堀北さんのために自分のポイントを使ってもいい、なんて思っている人がほとんどいないこと。あたしは正直、助けるのは厳しいと思ってる」
「そうだな、正しい分析だ。今の堀北は、落ちぶれた裏切り者に過ぎない。自らの『お年玉』をはたいてまで助けようと思う者など、皆無と言っていい」
厳しい一言。堀北に対して特に思い入れもなければ、助けたいという意思もない。それがCクラス全員の共通認識である。しかし、その状況を招いたのは堀北自身の言動だ。
「自業自得といってしまえば、それまでの話だな」
「ああ。個人的には、堀北が追い込まれるのは好都合ですらある。ここで手を差し伸べる必要は無い。南雲の判断にもよるが、奴の目的からして退学にはしないだろう」
おっと、これはびっくり。清隆も南雲の目的を知っていたとは。
俺と比べれば、あいつと話した回数は大幅に少ないはずなのに……やっぱりすごい男だ。
「まさか、堀北を『私物』にする考えがあるとは思わなかったよ」
俺はそう言ってから、お茶を一口飲んだ。
卒業していく堀北兄への、これ以上ない嫌がらせ。自分の妹が南雲の手に落ちるのを見せつけられて、何もできないまま学校を去る。きっと最悪の気分だろうな。
このイベントは、「全てのポイントのやりとりは2月末までに行われる」と規定されている。
つまり、契約による1000万の受け渡しが3月なのは、恵ちゃんが個人的な付き合い……俺たちなどを頼って、少ない人数分のポイントで救ってしまう選択肢を奪うためだ。おそらくこの部分は、南雲が龍園に追記させたのだと思われる。
そもそも、「39名全員の票」などとしているのは堀北を強制的にイベントへ参加させるためだ。飛んで火にいる夏の虫、とでもいうべきだろうか?
また、Aクラスと契約を結んだことも、きっと南雲が絡んでいる。Dクラスの評判がすこぶる悪いことは把握しているだろうし、あそこから最下位が出るのは南雲としても避けたかったのだ。
……何から何まで、堀北鈴音を陥れるための罠だったというわけだ。
また近いうちに集まることを約束してから、二人は帰っていった。
「どうするんだろうな、堀北は」
「現実的には、南雲との援助交際……奴隷となることと引き換えに、2000万の支払いを肩代わりしてもらう。今の堀北さんに、それ以外の選択肢はなさそうです」
あーあ、可哀想に。まあ、面白かったから何でもいい。
投票までの間に、南雲の最終目的を理解することができなかった。ヒントといえば堀北兄の行動ぐらいのもので、かなり難易度が高いものだったと思う。
俺も有栖ちゃんも一本取られた形になったとはいえ、なかなか楽しめたイベントだった。
次に会った時、南雲に礼でも言ってやるか……と、思っていたのだが。
「ふふっ、明日は生徒会室に行きましょう。きっとそこには、堀北さんも来ます」
その落ち着いた態度は、全てが自分の思い通りに進んでいるかのようだった。
じっと目を見つめていると、有栖ちゃんはこちらにもたれかかってきた。そして顔を近づけて、唇を重ねる。ついばむようなキスに、深い愛情を感じる。
こんなに甘々で優しいから、うっかり忘れてしまう。この子が天才だってことを。
「彼女を救うつもりはありませんが、全て南雲の思い通り……では、つまらないですよね?」
意地の悪い、攻撃的な笑みを浮かべた。
……俺はまだ、有栖ちゃんを見くびっていたのかもしれない。