翌日の昼休み、俺と有栖ちゃんはAクラスの教室へ向かった。
「まずはお疲れさま、かな?」
帆波が俺に向けてウインクする。千尋ちゃんに睨まれるからやめてくれ。
「お疲れさま。しかし、帆波の得点がプラマイゼロになるとは」
「にゃ……結構、いろんな人に嫌われちゃったみたいだね」
人気という点では間違いなく学年トップの生徒だ。しかし、Cクラスからの組織票……龍園との契約で決められた39もの批判票を受けた結果、それが俺たちBクラスのものを相殺して0点という結果となった。
ここに来て感じるのは、A・Bクラス連合の結びつきが強くなるにつれ、Cクラスの生徒たちが帆波を嫌い始めているということだ。そうでもなければ、そもそもあの契約を受けようなどという結論には至らない。最終的な判断は恵ちゃんに委ねられたようだが、帆波……および、彼女の率いるAクラスを落としてやろうという意思があったのは、間違いないと思う。
無理もない。彼女は圧倒的な結果を残しているクラスのリーダーだ。本来、そういう生徒はどこか「ヒール」のようになるものである。南雲のように学年全体を掌握し、支配してしまえばいいのだが……今のところ、Cクラスにまでその手を伸ばすという話は出ていない。
「まあ、どうでもいいよ。私の『味方』はここにいるもんっ!」
そう言って、有栖ちゃんがいるというのに腕を絡ませてきた。全然気にしてなさそうな様子。
……かつての帆波であれば、へこんでいたような気がする。
「強くなったなあ」
「ふふっ、あなたのおかげだよ」
精神的に追い込まれて、屋上で一人泣いていたのを思い出す。あの時と比べれば、ものすごくメンタルが成長したと感じる。最近ちょっと怖いぐらいだ。
周囲からの羨ましそうな視線を受けながら、俺たちは教室を後にした。
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放課後。カフェでケーキを食べながら、ゆったりとした時間を過ごす。
当初は生徒会室へ行くことを予定していたが、リスケすることになった。
「別の用事って、なんだろうな」
南雲から「今日は別の用事があるため、時間を取ることが難しい」というメールが来たのは、帰りのホームルーム中のことだった。特に急いでいないので、週明けにまたアポを取るつもりだ。
それ自体は別にいいのだが、その用事とやらの内容が気になって仕方がない。
「十中八九、堀北さんのことだと思いますよ?」
「鈴音の方?」
「ええ、そうです。もう六時になりますし、もしかすると今ごろ……奪われてるかもしれませんね。何がとは言いませんが。ふふふ」
有栖ちゃんは大方の事情を理解できていた。その生々しい発言を聞いて、俺は身震いする。
にやにやと笑いながら、堀北の今を予想している姿。そこに心配だとか、かわいそうだという気持ちは微塵も見られない。ある意味、その部分はちょっと南雲に似ているのかもしれない。
「あいつが南雲のおもちゃになっちまうとはなあ……」
入学当初では想像すらできなかった末路。それが彼女の振る舞いに起因するものだとしても、少しばかり心の痛む結果となってしまった。
だからといって、俺がリスクを背負ってまで助けるかといえば……違う。
俺は俺の好きな人たち、仲良くしてくれる人たちを常に優先する。残念ながら、堀北は顔見知りでこそあれ、「大事な人」のカテゴリーに入ってくるような存在ではない。
これが桔梗ちゃんなどであれば、最悪南雲をぶち殺してでも救っただろう。自分の中で守りたいと思えるような相手でなければ、俺は基本的にドライなのだ。
「まだまだ、面白くなるのはこれからです。今のところは、南雲の欲望のはけ口として、思い切り傷ついてもらいましょう。堀北さんがどんな顔をするのか、想像するだけで面白いです」
うわぁ、怖い。
いつになく攻撃的で、とても楽しそうな有栖ちゃん。その様子を見ながら、俺はコーヒーに口をつける。今日は砂糖をたっぷりと入れて、甘くしてある。
……なんだかんだ、堀北に興味はあるんだろうな。もし南雲が堀北のことを心底嫌っていて、容赦なく退学させるような方針をとった場合は、また違った対応になったのだと思う。
そんな話をしていると、一人の生徒がこちらへ歩いてきた。
「ククッ、相変わらず磁石のようにくっついてやがるな。てめえらは」
肩をいからせているのは、龍園だった。ただのヤンキーにしか見えない。
……堀北を潰した実行犯のお出ましである。
「褒め言葉と受け取っておきます」
「バカ言え、皮肉だ」
「そうですか。それにしても、あなたが南雲の言いなりに動くとは思いませんでした」
「あのクズ野郎もいつかは潰す。が、今はまだその時じゃねえってことだ」
チッと舌打ちをしてから、龍園は対面に座った。
「利益のために自分のプライドを捨てられるのは、あなたの強みですね。ただ、今回の動きはリスク管理が不十分であると思います。南雲が裏切ったらどうするつもりだったのですか?」
「アイツは今、『堀北』にご執心だ。俺は眼中にもねえだろうさ」
「はぁ……人の感情を根拠として動くのは、ただのギャンブルに過ぎません。あの男はそういう演技を得意としていますから、なおさらです」
「さあ、どうだか」
有栖ちゃんのお説教に、龍園は押され気味だ。
俺としては、かなり意外な光景であった。完全に興味を失ったわけではなかったのか。
……元の期待値が高いからこそ、というのもあるかもしれないな。
「さっきから、ごちゃごちゃうるせーな。お前は何が言いたいんだ?」
「あまり私をがっかりさせないでください、ということです。南雲の戦法をトレースしたところで、劣化にしかなりませんよ。本来のあなたであれば、他クラスの生徒の弱みを握って無理やり賞賛票を入れさせるなど、もっと汚い戦法を取れたはずです」
「知らねえ。お前は俺の教師かっての」
悪態をつく龍園を一瞥した後、有栖ちゃんは伝票を持って席を立った。
俺もあわてて立ち上がり、白いモコモコの上着を着せてやる。これ似合うんだよなあ……
「ひよりさんを奪われたことも含めて、あなたには何度も失望させられています。ですが、その目を見る限りでは、まだ死んではいないようですね」
もっと成長してください、と言い残してから背を向ける。
転ばないように手をつないであげると、有栖ちゃんは嬉しそうに笑った。
「……ケッ。おててつないで言ったところで、カッコつかねえよ」
振り返ると、龍園も笑っていた。その悪い笑顔は、野性的な魅力にあふれている。
どんな手を使ってでも勝つというのが、龍園の信条だ。どれだけ負けても、どれだけプライドを傷つけられてもいい。最後に上に立てばいい、というシンプルな理論。それは俺のような傍観者からすれば痛快なもので、今後も期待している。
「今のやり取りで、次の一手を見直してくれるといいのですが」
喫茶店の外に出てから、有栖ちゃんが一つ呟いた。
楽しみにはしているものの、今後の龍園は前途多難である。
今回のイベントで、龍園は確実に堀北へ批判票を入れることを指示したはずだ。それにもかかわらず、彼女の点数はマイナス30にとどまったという事実。
……堀北の性格からして、他クラスからの批判票がゼロということはないだろうから、この結果はDクラス内部に「裏切り者」がかなりの数いることを示唆している。
言うことを聞かない連中を、あいつはどう処理するのだろう。かつてクラスを支配した時のように暴力をもって制すのか、それとも……この学校から退場させるのか。
ふと、思い出した。CクラスとDクラスの契約だ。
・龍園翔は、3月31日までに軽井沢恵へ1000万プライベートポイントを支払う。
おそらく恵ちゃん含むCクラスのメンバーは、これを全体で配分しようと考えている。恵ちゃん自身も、あくまでも代表者として、自分と龍園がやり取りするという認識を持っているはず。
それ自体は間違っていないと思うし、だからこそ契約する方向へ進んだのだろうが……
恵ちゃんが3月までに退学するとすれば、この条項はどうなる?
「龍園くんは、恐怖というものを知らないのです」
その一言には、いろいろな意味が込められている。
有栖ちゃんが何を危惧しているのか、少しわかったような気がした。
不穏な展開。
次話以降、何人かひどい目に遭うかもしれません。案外堀北さんはマシな方?
多分、今年最後の更新です。連載を続けたまま年越しを迎えるなんて、始める時には考えもしませんでした。そもそも原案では半年退学だったので……応援してくださるみなさんが書かせてくれた作品といえます。ありがとうございます。
それではみなさん、よいお年を……