よう実に転生した雑魚   作:トラウトサーモン

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 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。


第82話

 次の休日、俺たちは外を歩いていた。

 ケヤキモールで買い物を終え、学生寮へ戻ってくる道の途中。

 びゅうっと寒い風が吹き抜ける公園で、俺は渦中の人物を目撃した。

 

「あれって、堀北か?」

 

 ぼーっと虚空を見つめる姿は痛々しい。さすがに無視できず、俺は距離を詰める。

 俺たちの足音に気づいた彼女はこちらへ目をやるが、焦点が合わない。見ているのか見ていないのかわからないまま、隣に立つ有栖ちゃんの方へ顔を向けると……

 

「あっ、坂柳さん」

「ご機嫌よう、堀北さん」

 

 ぱあっと堀北の表情が明るくなる。意外すぎる反応に身体が硬直してしまう。

 何が起きているのかさっぱりわからず、困惑する。そんな俺を見ることもなく、堀北はそのまま有栖ちゃんの目の前まで歩み寄って、いきなり抱きしめた。

 

「あなただけは……あなただけは、他の人と違うのかしら?」

「ふふっ、そうですね。私は、堀北さんのことを嫌いではありません」

 

 一体どうしたのかわからない。有栖ちゃんは、何をした?

 

「嬉しい。私にはもう、坂柳さんしかいないみたいだから」

 

 相当メンタルに来ているようだ。現に、俺に対してもビクビクしているのがわかる。

 ……あー、南雲にやられちゃってるな。心を折る過程で、徹底的に人格を否定されたか?

 これが一時的な男性恐怖症なのか、人間不信なのかはわからない。ただ、今の堀北には有栖ちゃんしか見えていない。逆に言えば、そのおかげでギリギリ壊れずに済んでいる感じだ。

 もし突き放されたら、死んでしまうのではないかと思うほどの執着が見える。

 

「よく頑張りましたね。大丈夫ですよ、もう少しの辛抱です」

 

 有栖ちゃんは背伸びをして、堀北の頭を撫でる。

 

「ありがとう……ごめんなさい……」

「どうぞ安心してください。私は、あなたの味方ですから」

 

 あまりにも薄っぺらい言葉を並べていく有栖ちゃんに、俺はドン引きした。

 以前説明していた内容と、実際の行動が違いすぎる。本音と建前なんてレベルではない。味方だからいいものの、こんな恐ろしい人間が敵に回ったら勝てる気がしない。

 

「ああ、坂柳さん……この学校でたった一人、私のことを『賞賛』してくれた………」

 

 堀北のその言葉で、俺は状況を理解した。

 

(有栖ちゃんは、堀北に賞賛票を入れたのか)

 

 たった、それだけのこと。

 この子は一枚の紙切れだけで、堀北の心をわしづかみにしたらしい。

 

「あなたは、この学校に必要な人間です。今は傷ついているかもしれませんが、これを耐えれば明るい未来が待っています。退学、しないでくださいね?」

「その言葉を励みにして、頑張るわ」

 

 優しさを顔に貼り付けて、偽りの励ましを続ける。

 有栖ちゃんは、この安っぽい激励が堀北を狂わせる麻薬となるとわかっているのだろう。彼女が正常な状態であれば、違和感を覚えるかもしれないが……

 精神に多大なダメージを負ってしまった現状、判断力が鈍るのは当然のことだ。

 

「ふふっ、頑張ってください。私はあなたに期待しています」

 

 よく言うよマジで。この子が本気になれば、誰でも駒にできてしまうのではないかと思う。

 細かい部分は想像になってしまうが、一つ予想をしてみることにした。

 最下位という結果を受けた堀北は、生徒会室で南雲に投票用紙の開示を要求したのだと思われる。そこで自分の得点の内訳……31の批判票と、たった1つの賞賛票を確認した。

 残酷な批判票の海の中にあっては、有栖ちゃんの投票用紙がキラリと輝いて見えたことだろう。落ちぶれた自分を見捨てない人がいると、深く感謝したはずだ。

 それを心の拠り所にして、ギリギリのところで自分を守っているのかもしれない。

 

「今思い返すと、坂柳さんはずっと私のことを気にかけてくれていた」

 

 大して気にかけていたようには感じられなかったが、堀北には違うものが見えているらしい。いや、絶対勘違いだと思うけど……ここは言わないでおいてあげるのが優しさか。

 微笑みながら首肯する有栖ちゃんに心の中でツッコミを入れつつ、俺は二人の様子を眺める。そういえば、桔梗ちゃんの時もこの公園だったなあ。懐かしい思い出だ。

 

「これから、鈴音さんとお呼びしてもよろしいですか?」

「あっ……もちろん。あなたはかけがえのない存在だから」

「ありがとうございます。私の呼び方は、鈴音さんにお任せします。お望みであれば、呼び捨てや『有栖ちゃん』でも問題ありません」

「そ、そんなことはできないわ。有栖……さん」

 

 呼び慣れていないからか、ぎこちない。なんだ、意外と可愛いじゃないか。

 しかし、まさか堀北が有栖ちゃんに落とされるとは思わなかった。この状況は南雲にとっては大誤算だろう。こんな結果になることを予め知っていたとすれば、余裕綽々だったのも頷ける。

 

「今後ともよろしくお願いしますね、鈴音さん。私の連絡先を教えておくので、悩みがあればいつでも相談してください。ああ、たわいもない雑談も歓迎しますよ?」

「ありがとう。本当に、本当に嬉しい。こんな気持ちになったのは、生まれて初めて。もしかしたら、あなたと出会うために私はこの学校へ入ったのかもしれないわね」

 

(えぇー……)

 

 予想外すぎる展開に、俺は置いてきぼりとなっている。

 ただ間違いないのは、堀北鈴音という駒を有栖ちゃんが獲得したということ。清隆の言っていた「堀北の心を圧し折る」ミッションは、南雲によって実行された。

 有栖ちゃんは、美味しいところだけを掠め取ったわけだ。一生懸命ついていた餅を、一人で食べてしまう……どこかの戦国武将みたいだな。

 

 

 

 堀北と別れ、二人で帰り道を歩く。

 個人的に面白い方向へ行ってはいるが、懸念事項が一つ。

 

「……桔梗ちゃん、大丈夫かな?」

 

 例えばうちで堀北と対面した時、桔梗ちゃんは嫌な思いをしないだろうか。有栖ちゃんに熱視線を向ける堀北に、不快感を持つのではないか。それが心配でならない。

 

「大丈夫です。というより、私が絆されることはありませんよ?」

 

 有栖ちゃんは微笑んで、俺の頰にキスをする。

 この口ぶりからして、あいつのことは新しいオモチャ程度にしか意識していないようだ。助けることではなく、それにより南雲の計画を狂わせることが目的らしい。

 しかし、俺にとってそこはさほど重要なポイントではない。そうやって飼いならす様子を、あの子が見たときにどう感じるかが大事なのだ。

 

「彼女の依存対象が南雲になってしまうのは、今後動く上でなかなか面倒なのです。そこで、あらかじめ私が賞賛票を入れるという話を清隆くんと共有していました」

 

 堀北が南雲に依存する。その状況は、確かにダルそうだ。

 彼女はコミュニケーション力が絶望的なだけで、持っている能力は高い。

 盲目的な南雲信者となれば相当な戦力になってしまうだろう。

 今回はそれを防ぐための「ホワイトナイト」を買って出たわけだが、あまり納得がいかない。

 

「だけど、清隆的には自分で落としたかったんだよな」

 

 堀北に関しては、清隆が動くだろうと思って静観していた。

 俺があいつのことを気にも留めていなかったのは、その前提があったからだ。

 それが崩れてしまったことになる。

 

「私も以前に聞いた話以上のことは知らないので、実際のところはわかりませんが……おそらくはそうだと思います」

「そこは妥協した感じ?」

「妥協というより、転換ですね。私としては、もし彼が望むのであれば、いつか鈴音さんのことを裏切るのもアリだと考えています。私の策略によりボロボロに傷ついてしまった彼女を、スーパーヒーローの清隆くんが救う……そんなプロレスをするのも一興です」

 

 どうやら、堀北はもう一度絶望の淵に叩き落とされる可能性があるらしい。

 それは気の毒なことだが、正直どうでもいい。

 

「だとしても、なんだかんだ有栖ちゃんは優しい……気がするよ」

「ふふっ、どうでしょう?」

 

 どんな思惑があったとしても、有栖ちゃんの行動が堀北を救ったのは事実だ。

 本来であれば、プライドの高い彼女が南雲の私物となることを耐えられるわけがない。2月末、2000万を肩代わりしてもらうまでの我慢だ……なんて、割り切れる性格はしていないと思う。

 有栖ちゃんだけは味方であると思い込むことで、なんとか踏みとどまっている状態だ。

 どんな酷い目に遭っても、心は自分の「神」に向いているから、救われる日までなら耐えられるという論理。それはまさに宗教の始まりであり、絶対的な主従関係の成立でもある。

 帆波教が支配するこの学年において、堀北はただ一人有栖ちゃんを神として信奉する者となったのだ。こうなってしまえば、あちら側から裏切ることはない。

 

 ただ、俺が危惧しているのはそこではない。

 清隆も含め、みんなが俺を楽しませてくれているのはありがたいが……

 

(いろんな意味で、堀北を救ってほしくはなかったな)

 

 とはいえ、有栖ちゃんがそうしたいと思ったのなら仕方ない。

 実際、これによって南雲絡みのイベントがより面白くなるのも事実。

 

(大事なものの優先順位が、違う?)

 

 お互いの価値観に、僅かなすれ違いを感じた一日だった。

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