翌週、予定通り俺たちは生徒会室を訪れる。南雲には事前に連絡を入れてあるため、今日来ることは認識済みであるはずだ。電話の声がやけに嬉しそうでウザかったけど、まあいい。
「よく来たな。イベントは楽しめたか?」
「……おかげさまで」
南雲は得意げな顔をして、椅子に座ったまま足を組む。
「しかし、今回もお前には驚かされた。あの『仕組み』に気づく奴がいるとは……」
「ああ、南雲さんに批判票を入れた話っすね。まあわかってるとは思いますが、別に嫌いとかそういうわけじゃありません。これが通るのか、検証したくなっただけです」
俺の返答に、もちろんわかっていると言わんばかりの笑顔で頷く。この反応からして、学年をまたいだ投票は有効であったようだ。予想通りではあるが、なんかムカつく。
当然ながら、2年生の「クラス移動チケット」獲得者は南雲になった。受けた批判票は、俺の1票のみ……支配がA・Bクラスに限定されている帆波とは、対照的な結果といえる。
「そうか。俺が龍園を使ったことも、理解しているようだな?」
「はい、少し遅かったかもですが」
「素晴らしい。ならば、種明かしをしてやろう……学年間の投票は、龍園が契約に失敗したときの保険として用意していたのさ。堀北鈴音に、2年生全ての批判票を投じるプランだ」
やはり、そういうことだった。ルールの抜け穴だって、結局は堀北潰しの一部なのだ。
それを本線とせず、妥協策にしていたのも理解できる。あまりにも目立ちすぎるからだ……南雲自身が派手に動くと、堀北はハメられた被害者であるという印象を周囲が持ってしまう。
南雲としては、あくまでも嫌われていたから最下位になったと思わせておきたい。Cクラスの生徒たちに救う意思を持たせないためにも、可能であれば使いたくない手段だったということだ。
「あなたが鈴音さんを陥れた理由は、やはり前会長に対する嫌がらせですか?」
有栖ちゃんは落ち着いた様子で、そう問いかけた。
「正解だ。しかし、それだけじゃない」
そこで南雲は言葉を切って、窓の外を見つめる。
相変わらず、何を考えているのかよくわからない男だ。
「質問タイムは終わりだ。今日は、このあたりで帰ってもらおうか。生徒会の仕事ってのは、お前らが想像している以上に山ほどあるんだ」
「あっ、そうですか。じゃあ帰ります」
こちらとしても、聞きたいことは聞けた。これ以上居る意味もないので、撤収でいいだろう。
有栖ちゃんと目を合わせてから、俺たちは立ち上がる。
「……まったく、嵐のような奴らだな」
投げかけられた言葉に、俺は手を挙げて応じた。
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週末がやってきた。
南雲のもとを訪れて以降、大きな動きは起きていない。変化といえば頻繁に堀北が話しかけてくるようになった程度のもので、俺の周囲はいたって平和である。嵐の前の静けさだろうか?
「ほら、好きなの食べなって」
「うーん、特にポイントには困ってないのだが」
そして、俺たちはなぜか伊吹と一緒に食事をしていた。
場所は以前行った和食店。「奢ってあげるから」と言われ、半ば強制的に連れてこられた。
「そういう問題じゃないの。あたしは、あんたに借りがある。返せるようになった以上、あの時の恩を返さないのは自分の気が済まない。だから、早く注文して」
頬を膨らませて、注文を催促する伊吹。以前、俺が気まぐれですき焼きをご馳走してやったことを覚えていたらしい。今回のイベントで多額の臨時収入を得たため、そのお返しをしようというわけだ。律儀というかなんというか……気にしなくていいのに。
「じゃあ、このうどんセットで……」
「はあ、ふざけたこと言わないで。もういい!」
うどんは安すぎてダメだったようだ。伊吹は俺からメニューを奪い取り、勝手に「和牛すき焼きセット」を2つ注文してしまう。
「ええー、しかも有栖ちゃんの分まで入ってるじゃないか。それは悪いって」
「坂柳だけ自腹で払わせたら、あんたも気分悪いでしょ。前に食べさせてもらったお礼をしたいってのに、それじゃ意味ない」
やばい、いい子過ぎる。ちょっと感動してしまった。
大して親しくもない相手に、ここまで気遣ってくれるとは……
「伊吹、一体どうしたんだ?」
「だーかーら、あたしはあんたに感謝してるんだって」
「でも……」
「いちいちうるさいな。全然ポイント貰えなくって苦しい時に、美味しいご飯を食べさせてくれたのが嬉しかったの!いいから黙って食え!」
やたらとテンションが高い。怒っているのではなく、恥ずかしがっているのかもしれない。
それを見て、「ふふっ」と有栖ちゃんが笑った。俺としても微笑ましい光景である。
そうやって話しているうちに、すき焼きが配膳される。
相変わらず美味い。同じ料理であるはずなのに、以前食べた時よりもさらにおいしく感じる。
対面を見ると、伊吹が前回と同じようにがつがつと食べている。なんともまあ、可愛らしい姿である。写真に撮っておきたいぐらい……そんなことをしたら、怒られるだろうけど。
(……至福のひととき)
友人と共に、和牛の味に舌鼓を打つ。
また、こういう機会があればいいなと思った。
約二十分後に食べ終わった。俺にはちょうどよかったが、有栖ちゃんには量が多かったようで、食べきれなかった肉を俺と伊吹で分けることになった。
少し多く食べたからか、超満腹だ。お腹も心も満たされて、俺たちは気分良く席を立つ。
「ごちそうさま、美味かったよ」
「ふん」
口をとがらせながら、伊吹は手早く会計を済ませてきた。
店の外に出た後、俺は改めてお礼を言う。
「本当にありがとう。今日のこと、話してもいい?」
つんけんした態度の中に秘めた優しさ。龍園の側近というイメージからか、他クラスの生徒からはあまり良く思われていないが……こいつは間違いなく良い奴だ。周りに勘違いされたままでいるのは、ちょっともどかしい。
「やめて。そんなことされたら、毎日むずむずしながら生活しないといけなくなるでしょ。今のは、あたしとあんたたちだけの秘密。変に言い触らしたら……ただで済むと思うな」
そう言って、俺を睨みつけてから後ろを向いた。良い人として扱われるのは、本人が望んでいないらしい。残念だが、その気持ちはなんとなく理解できる気がする。
なお、顔が真っ赤になっているのを全く隠せていない。いくら言葉が強くても、これでは照れているのが丸わかりだ。おそらく、お礼を言われ慣れていないのだろう。
「お前、可愛いな」
「うるさいっ、もう帰る!」
ぷんぷんと怒りながら、伊吹は去っていった。
本当に面白い。今まで俺の周りにはいなかったタイプの人間だから、すごく新鮮に感じる。
「伊吹さんは、意外と義理堅い方のようですね」
「ああ、そうだな……」
有栖ちゃんも興味深そうに、伊吹の後ろ姿を眺めている。
ここで思い出した。そういえば、あいつはクラス移動チケットを手に入れていたはず。
さて、どういう選択をするのか。あの性格を考えると、何も言わなければ行使せず終わらせてしまいそうな気もするけど……龍園はどういう指示を出すのだろう?
イベントは終わったが、その余波はまだまだ収まりそうにない。恵ちゃんの件も含め、今後のDクラスの動きには注目しておいた方がいいかもしれない。
「……さすがに寒い。帰るか」
「ええ、そうしましょう。そろそろ雨が降ってきそうです」
伊吹の背中が見えなくなった後、俺たちは学生寮に向かって歩き始めた。
雲がかかった灰色の空を、少し不気味に感じた。