こちらは過去の遺物第二弾です。
あまり面白いものではないかもしれませんが、暇つぶしにでもなれば幸いです。
真夜中のこと。
私はベッドの上で端末を触りながら、最愛の人を頭に思い浮かべていた。
画面に映し出しているのは、内緒で撮った彼の姿。
「ふふふ……あっ」
夢中になるあまり、画面から指を離していることに気づかなかった。
設定された時間が経過し、端末にロックがかかってしまう。
(……みんな、私の何を見ているのかな)
ブラックアウトした液晶に映るのは、口角を上げて笑う私の素顔。
一気に現実に引き戻されて、気持ちが萎える。
醜い。
今見ているのは、自ら立候補してクラスのリーダーになっておきながら、そのストレスに負けて放棄しようとした無責任な女である。全てを自分の手で作り上げておいて、「こんなはずじゃなかった」と周囲に責任を押し付ける卑怯者だ。
宗教のように過熱した信仰だって、原因は全て私にある。それをわかっているのに、被害者面するのをやめられない弱く汚い人間がここにいる。
かつての私が今の私を見たら、一体どう思うのだろう?
……こんなどうしようもない人間が、勝ち続けている。
一部の天才の余興として、嘘に塗れた勝利を手にし続けている。
そして、私が勝つたびに周囲の「仲間」たちは私という存在をさらに担ぎ上げ、偽りの体制をより強固なものにしていく。
誰も私を理解してくれない。私の弱さをわかってくれない。
死にたくなってきた。ああ……
「ううっ……だめ」
はっとして、私は再び端末を操作する。
体育祭の時に撮った彼の体操着姿を見て、少しだけ落ち着きを取り戻す。
彼だけは、他と違う。
彼は私のことを、こんなにダメな私の本質を知ってもなお、優しさで受け止めてくれる。
「だいすき……」
だから私は、彼のためだけに戦う。そうやって、彼の心に私という存在を留めてもらうのだ。
私は聖人君子ではない。……ましてや、神様なんかじゃない。
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全ては、有栖ちゃんの計画通りに動かされていた。
初めて出会った段階で、彼女はクラスポイントの仕組みを全て理解していた。
……あそこまで優秀な子が、自分でクラスを統治しないということ。これが何を意味するか、当時の私は理解することができなかった。
有栖ちゃんによるサポートを受け、私は本来なら得られるはずのない勝利を重ね続けた。その結果、クラスの生徒たちは全てを私に捧げる「教徒」ばかりとなった。
教祖としての毎日は不自由ばかりで、私が思い描いていた高校生活とは大きくかけ離れたものだった。何をするにも護衛がつくし、誰かと友達になりたいと思っても話しかけることすら憚られる。私は周囲から畏れられてしまい、クラス外での友好関係は極めて狭いものとなった。
『普通の楽しい学校生活を送りたい』
何度、そう嘆いたことだろうか。
こんなことなら、リーダーになんかならなければよかったとさえ思った。
しかし、私には逃れられない「枷」があった。
半年間引きこもることになった、あの出来事だ。
過去の罪が、私から逃げるという選択肢を奪っていた。
そんな私の心が折れたのは、夏休み明けのことだった。
千尋ちゃん……私のクラスの中でも最も狂信的な女子が、勝手に作った私のポスターを教室内の至るところに貼り付けて、悦に浸っていた。
そこらじゅうに私の笑顔がある光景と、それを違和感なく受け入れている周囲の人間たちに私は恐怖を覚えた。
この日、私はクラスが自分の味方ではないように感じてしまった。
一度は誰も退学させずに戦おうと誓った、39人の仲間たち。
それらが全て、私の前から消え去ってしまったのだ。
ここにいるのはもう、頭のおかしい信者たちだ。
自分の顔が、晒されている。
祀られている。
崇められている。
急に吐き気を催した。
私の容姿が優れているかどうかなんてわからない。しかし生徒たちはそれを見て、そこに神様がいるかのように奉っている。なんでなんでなんで、気持ち悪い!!!
しにたい。
取り繕いながら我慢を続けたものの、吐き気はどんどん悪化していく。
今ここにいる全員が、遠回しに私を虐めているのではないかとさえ思う。
「……えーっと、すごいな」
「うわぁ、これは本当にすごいですね。驚きました」
その時に教室へ来てくれたのが、彼らだった。
私、一之瀬帆波という人間と対等に向き合ってくれる数少ない友人。
当時準備していたイベント……体育祭の話を無理に打ち切って、彼らの元へ向かった。
私は縋るような思いで、その日の放課後に会う約束を取り付けた。
今までに蓄積していたストレスも合わさって、私の精神はもう限界だった。
客観的に見れば、私は大成功だ。
実力至上主義の教室でトップを取り続けている。
現状、Aクラスの特典を受けられる確率が最も高いのは間違いなく私たちだ。
「おえっ、うええ……」
気持ちが悪い。
思い出したくない中学時代の記憶がフラッシュバックして、心を抉っていく。
ああ、こんなにうまくいっているのに、どうしてあの頃と同じぐらい……いや、それ以上に辛いんだろう?
わからない。
自分の心がわからない。
私は一体、何のためにこの学校に来たの?
どれくらい泣いたかもわからないまま、彼らの部屋を訪れた。
頭の中は既にぐちゃぐちゃで、冷静になんてなれそうもない。
だけど、あの二人なら……
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その扉を開けると、有栖ちゃんと彼の姿が目に入った。
いつもと変わらない二人を見て、少しだけ心が落ち着いた。
けれども、ここで私はさらに残酷な現実を思い知ることとなる。
二人の部屋に入った私は、耐えられずに泣き続けた。
自分の弱さをわかってほしくて、隠し続けていた中学時代のエピソードを吐露した。
本当の私を誰も知らない。知ろうとしてくれない。
どうか助けてほしい。その一心で、全てを話した。
しかし、そんな私を有栖ちゃんは冷めたような目で見つめた。
私の顔を一瞥した後、興味なさげな態度を取った。
拒絶。
この瞬間、私は彼女からの助けは期待できないことと、嫌われていたことをようやく理解した。
あれほど私を贔屓していた有栖ちゃんは……決して、本当の友達などではなかった。薄々感じつつも目を背けてきた事実を突きつけられた。
そんな中、心配そうに見つめてくれる彼の顔だけが救いだった。
柔らかく包み込むような優しい感情が、激しいストレスを少しだけ緩和してくれる。
でもその中心は、常に隣の銀髪に注がれていて……
しかし、彼女はそんな優しささえも私から奪い去っていった。
私を試すように、さらに追い込むように残酷な選択を迫る。
……彼以外の全てを捨てなければ、仲良くなれないと言い放ったのだ。
この段階では、確かに私の覚悟は足りていなかったのだと思う。それでも、友達だと思っていた相手にそこまで言われるのは悲しい。私はその場にいることが辛くなった。
ただただ冷たい有栖ちゃんとは対照的に、彼はどこまでも優しかった。終始、私をこれ以上傷つけないよう優しい言葉を選んでくれているのを感じた。
何があっても、彼だけは味方でいてくれるかもしれない。
沈み切った心を支える、最後の砦だった。
どうして?
あなたはいつだって、愛されてるよね?
私は、縋り付くことさえ許されないのかな?
……そう有栖ちゃんに言い返したかった。
しかし、それすらもできない自分が本当に惨めだった。
以降は会話もなく、時間だけが過ぎていった。
ただただ無駄で意味のない、どうしようもないひとときだった。
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夜になると、あの場所……学校の屋上に立ちたい気分になって、私はフラフラと部屋を出た。
マンションのエレベーターを降りて、校舎へ向かう。
足取りは重い。
もしかして、彼がついてきてくれたりしないだろうか。
いや、そんなことはあり得ない。彼はいつだって、有栖ちゃんを第一に考えて行動していた。あの子があんな態度である以上、こちらへやって来るはずがない。
それでも、彼なら……わずかな期待を胸に秘めつつ、私は階段を登った。
「……もう、やだよ。全部やだ。いやなのに…………」
屋上に立った私は、グラウンドを見下ろしながら独りごちた。
一時間ぐらいここにいたが、誰も来なかった。変な期待をした自分が恥ずかしかった。
いっそのこと、この場所から飛び降りてしまいたいぐらいだ。
死は、人類に対する最大の救いであると聞いたことがある。一歩踏み出せば全てが終わる……しかし私には、その勇気さえもない。あまりにも矮小な自分が嫌になった。
日が落ちていくにつれて、諦めが心を埋め尽くしていく。
ギリギリのところに足を出して、体重をかけると……ああ、あと一歩。
ここで身体を前に倒せば、私の人生が終わるんだ。
「死ぬ瞬間って、苦しいのかなあ?」
風が吹いた。
危ない危ない、うっかり落ちるところだった。でも、もしここで落ちて死んだとしたら……彼は私を、一生覚えていてくれるだろうか?
それも悪くないかもしれない。
そんな時だった。誰よりも優しい、大好きな男の子が現れたのは。
「やめろっ、帆波!」
大きな声に振り向くと、彼がいた。
私が自殺をするのではないかと、勘違いして焦っていた。
……完全な勘違いというわけではないが。
強く身体を引き寄せられて、ドキッとする。
顔が近い。急に見せた男らしさに、心が熱くなる。やっぱり私はこの人のことが……
「何考えてるんだ、お前!」
「あはは、ごめんね……死ぬつもりはないよ」
半分嘘だ。あのまま誰も来なかったら、私は……どうしていただろう?
息を切らしている姿が、今までになくかっこよく見える。ああ、あの子はこんな人を恋人にしてるんだ……ずるい。妬ましい。
頭の中をグルグルと渦巻く、黒く染まった感情。彼に助けられた状況も合わさって、私の心はこれ以上ないほど昂っていた。
きっとこの時、私はもう……
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気づけばもう、朝になっていた。
良い夢を見ることができた。
「大好き」
彼への想いを口にして、私はベッドから立ち上がる。
どうしようもなく憂鬱な気持ちを振り払い、学校へ行く準備を始める。
……どれだけ頑張ったところで、私があの子の場所に立てる可能性はゼロに等しい。
本当の意味で愛されることは、きっと無いのだろう。
でも、後悔だけはしないようにしよう。
精一杯の愛情を向けて、それでもダメなら……
一歩、踏み出せる。
あの日に踏み出せなかった一歩。
そうすればきっと、彼にとって私は永遠になる。
それって、とても幸せじゃないかな?
「ふふっ」
いつの間にか、私の心には勇気が生まれていた。
今日の私、結構可愛い気がする!
もっと前のどこかで出そうと思っていたのですが、メンヘラの夢日記みたいでうーんと思い、お蔵入りさせていた記憶です。
43話以降の有栖ちゃんは、この人の対応に苦慮しています。