それに先立って、ちょっとだけ82話を直しました。
矛盾というほどではないですが、話の流れ的に微妙な部分を見つけました。
次の日。
俺と有栖ちゃんは、清隆の部屋にお邪魔していた。
「堀北さんのことは残念でしたね」
開口一番、有栖ちゃんは堀北の話を振った。
清隆は動じることなく、一度頷く。
「南雲がここまで干渉してくるとは思わなかったが、このイベントで堀北が折れることは予測していた。だから、恵に全て委ねたことが失敗だったとは思っていない」
「……そう?」
隣に座る恵ちゃんの表情は浮かない。
龍園にまんまとやられたことを気にしているようだ。
「あまり気にするな。有栖の介入もあって、あいつが完全な傀儡となる事態は避けられた。こちらとしては何の問題もない」
「私もそう思います。どうせ役には立たないのですから、害をなす存在とならなければ十分です」
「どちらかというと、面倒なのは兄の方かもしれないな……どうしたものか」
「前会長と、何か契約でも?」
「契約というほどのものではないが、オレはあの男との約束を守らなかったことになる」
そういえば、清隆はだいぶ前から堀北兄と何かあるような感じだった。
だが今その内容を話すつもりは無いようで、黙り込んでしまう。
少し気まずくなったので、俺から話を切り出すことにした。
「つっても、あと一か月もしないうちにあの人は部外者になるだろ。何かしでかすにしても、卒業まで時間が無さすぎる。もう警戒する必要もないんじゃないか」
「そういうものか?」
「ああ。むしろ、今回のイベントで清隆が動かなかったことは、面倒ごとを避けるという意味では最善手だったと思う」
清隆が堀北をどうにかしようとして動いていた場合、それは確実に南雲に察知されただろう。目的が堀北の「私物化」だった以上、直接的に邪魔をしてくる者に対して容赦はしないはずだ。
もちろん清隆が南雲如きに負けるとは思っていない。しかし、そういった面倒くさい事態を引き起こしてまで救うほどの価値が、今の堀北には無い……と、清隆自身も思っていることだろう。
「お前がそう言ってくれてよかった。飛んで火にいる夏の虫、になってやる必要もないからな」
恵ちゃんの頭を撫でながら、清隆はそう言った。
その後も有栖ちゃんと清隆は、仲良さそうにいろんな話をしていた。
龍園と手を結ぶ機会が増えそうだということ、恵ちゃんの今後の動き方。
本当にいろんなことを考えていると、尊敬してしまう。
なんだかんだ話についていってる恵ちゃんの地頭の良さにも感心した。
しかし、先ほどから俺の頭にずっと浮かんでいるのは全く違うものだった。
今この場にいない、大切な人……
(きっと、避けては通れないだろう)
おそらく堀北鈴音と最も相性が悪いといえる、あの子のことだ。
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その夜。
今日は外食にしようと思い、俺たちは桔梗ちゃんを連れてレストランに来ていた。
「たまには、こういうのもいいかも」
メニューを広げる桔梗ちゃんを眺めていると、一人の男がこちらのテーブルに向けてまっすぐ歩いてきた。そのガタイとどこのチンピラだよと突っ込みたくなるような歩き方から、それが龍園翔であることはすぐにわかった。
「けっ、相変わらずテメェはいつも女を連れてやがるな」
「どうしたんだ、龍園。俺たちと飯でも食いたくなったのか?」
「馬鹿言え、そんなわけねえだろ。くくっ……店の前を通ったときに、お前らがイチャイチャしてやがるのが見えたからな」
「やっぱり一緒に飯を……」
「いい加減にしろ、殺すぞ。話があるのは坂柳の方だ」
「私ですか?」
きょとんとする有栖ちゃん。
龍園は当然のごとく桔梗ちゃんの隣に座り、タブレットでステーキを注文した。
結局食うのかよ。このツンデレめ。
「知ってると思うが、前のイベントで伊吹はクラスを移動する権利を得た」
「ええ、そうですね」
「あの女をAクラスに迎え入れてやれ」
そう言い放って、龍園は乱暴にタブレットを隣に投げ渡す。
その態度に桔梗ちゃんは一瞬イラっとした顔をしたが、黙って自分の注文を入力した。
「何もせずとも本人が望めばそうなると思いますが、わざわざ私にそのようなお願いをするということは、伊吹さん自身が首を縦に振らないのですね」
「ケッ、あいつが何考えてるのか全くわかんねえ。雑魚は勝ち馬に乗るのが基本だろうがよ」
使う言葉は汚いが、言っていることは結構優しい気がする。
龍園って、そういうところあるんだよなあ。
そう思ってニヤニヤしていたら睨まれた。
「私が彼女を説得したとして、彼女の意志が変わることはあるのでしょうか?」
「何かごちゃごちゃ言って来たら、俺の名前を使え。龍園が『テメェは俺のクラスに不要』だと言っていたと伝えればいい。実際間違っちゃいねーよ」
「あなたがご自分でお伝えすればいいと思いますが……まあ、わかりました。今度会ったときにでも話しておきましょう」
……何だろう。
今日の龍園は歯切れが悪いというか、彼らしくない。
何か迷いがあるのだろうか?
「龍園って、クラスの全員をAクラスに移動させようとしてるんだろ?」
「……さぁな」
やはり、間違いなさそうだ。
思い出すのは、林間学校での龍園の様子。あの日の龍園は、俺との戦いに負けた悔しさを見せつつも、ひよりに対してどこか「良かったな」と言いたげな雰囲気があった。
策の張り合いという、小さなゲームには俺が勝った。しかし勝負としてはどうだろう?
ひよりがAクラスのポイントを使って移籍した。龍園からすれば、この結果はどうだ?
俺はもしかしたら、あの時こいつの望み通りの動きをさせられたのかもしれない。
……それを踏まえて、先日のイベントだ。なんだかんだ、この男は凄い。
「ふふ、晴翔くんはあなたを褒めているのですよ」
「そうかよ。随分と上から目線なことで」
案外、伊吹を突き放す決心がつかないだけなのかもしれないと思った。
だったら本当に面白いけど。
「ったく、どいつもこいつもムカつくぜ」
料理が到着した後、龍園は勢いよく肉と飯をかきこんだ。
すぐに平らげてしまった光景が、なんだか照れ隠しのように感じた。
龍園はレジで自分の会計を済ませた後、さっさと帰っていった。
面白い話を聞かせてもらったお礼に払ってやろうと思っていたから、拍子抜けだった。
レストランを出て、俺たちは帰り道を歩く。
「龍園のやつ、本当に全員をAクラスに移籍させるつもりなの?」
「多分ね」
桔梗ちゃんは初耳だったからか、興味津々といった様子。
「間接的に、帆波さんのクラスがさらに強固なものとなりますね」
有栖ちゃんは面白いのかつまらないのかわからない、何とも言えない表情をしている。
全員移籍計画を実行する過程で、龍園がクラス間闘争においてAクラスを叩くメリットは一切ない。帆波たちがその地位を守れなければ、すべての前提が崩れるからだ。叩くどころか、クラスポイントに関してはBクラス以下とさらに大きな差をつけることを望んでいるだろう。
つまり、今この学年でAクラスの支配を打ち破る可能性があるのはCクラスのみということになる。清隆がAクラスに興味のない現状で、そんなことが可能かと言われると……
「恵ちゃん次第?」
「おそらく、逆転は無理だと思いますが……でも、その中で彼女の成長につながればそれでいい。きっと清隆くんはそう考えていることでしょう」
そこで言葉を切った。
Aクラス争いが、一年生の間にほぼ終結する。
こんなことになるとは、入学当初の俺に伝えても絶対に信じないだろう。
あの頃の俺は、ただ穏やかで平和な普通の生活を楽しむことを求めていた。
今はどうだろう?
もちろん、退屈しないのに越したことはないが……
「ん?」
ぽつぽつと、コートを濡らす水滴。どうやら雨が降るらしい。
風邪をひいては困ると、俺たちは寮への道を急いだ。
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なんとか本降りになる前に戻ってくることができた。
多少早く歩いたからか、有栖ちゃんが息を切らしている。
夜中の学生寮は薄暗く、なかなか不気味な雰囲気を醸し出す。
エレベーターを降りると、もう夜八時だというのに部屋の扉の前に人影があった。
遠目では誰か分からないので、少し警戒しながら距離を詰める。
「誰だ?」
「あっ」
あまり来てほしくない人間だった。
その黒髪を見て、桔梗ちゃんが露骨に嫌そうな顔をした。
「……うざ。こんな時間に、なんであいつの顔を見なきゃならないのよ」
嫌いであることを隠そうともしない。
平和だった空間が、一瞬で修羅場と化してしまった。
二人の関係を考えれば、こうなることは時間の問題だった。
これが日中で、桔梗ちゃんが営業モードであればまだ良かったのだろうが……
「とりあえず、上がれよ。こんなところで突っ立ってたら寒いだろ」
俺は扉の鍵を開け、女を部屋の中へ通した。
ぜひともお引き取りいただきたいところだったが、やむを得ない。
(まずいことになったかも)
桔梗ちゃんには、まだ先日のイベントの顛末を伝えていない。有栖ちゃんがこの女に対して何をしたか知った時、心中穏やかなままでいられるとは到底思えない。
「鈴音さん、どうしたのですか?」
「……南雲が、私のことを」
何やら有栖ちゃんに相談を持ちかけているが、そんなことはどうでもいい。
俺は隣に座る桔梗ちゃんの背中をさすって、精神の安定を図る。
有栖ちゃんが名前呼びしたことで、一瞬顔をこわばらせたからだ。
さて。
そもそも、俺はこの女……堀北に対して一切の情はない。
桔梗ちゃんとどちらが大事かと聞かれたら、100対0で桔梗ちゃんを選ぶだろう。
俺は、堀北は
もちろん有栖ちゃんと清隆の間で何らかのやり取りがあったことは知っていたし、南雲に依存されては面倒だという判断もよく理解できる。
しかし、それらの事情はすべて桔梗ちゃんに過大なストレスがかかることを考えれば些事に過ぎない。堀北の末路など、俺の知ったことではない。
堀北鈴音の扱いについて、俺と有栖ちゃんの考え方は相当食い違っていると見ている。
俺にとって、桔梗ちゃんの平穏無事より優先することなんて存在しない。
たとえどれだけ面白くなるとしても、この子に嫌な思いをさせていい理由にはならない。
もちろん有栖ちゃんの意見は尊重してあげたいし、そういう結論に至ったことに対して文句を言うつもりはないが、堀北の心を救って依存させるという戦略は俺が逆の立場だった場合には絶対に選ばないものである。もう遅いかもしれないが、これだけは後で伝えたいと思った。
「……あんたにだけは、この場所に踏み入ってほしくなかった」
淀んだ目で堀北を睨む桔梗ちゃんを、俺は抱き寄せる。
この二人が今どういう関係になっているか、ある程度察してしまったのかもしれない。
(大丈夫だから)
(ありがとう。あいつが帰るまで、こうしててもいい?)
(もちろん)
桔梗ちゃんに耳打ちをして、落ち着いてもらう。
柔らかい手をぎゅっと握りしめると、少し震えていることがわかった。
有栖ちゃんはいつも、俺を楽しませてくれる。
俺のことをよく理解して、俺が喜ぶような行動を選んでくれる。
しかし、今回ばかりは一つ大きな読み違いをしていると思う。
桔梗ちゃんにとって、俺たちとこの部屋で過ごす時間は侵されたくない聖域になっている。大幅に弱体化したとはいえ、自分の黒歴史の象徴ともいえる堀北が立ち入っていい部分ではない。
心が折れたとか、改心したとか、そういう問題ではないのだ。
もし有栖ちゃんが俺を楽しませることを優先し、桔梗ちゃんにかかるストレスを軽視したとすれば、「それは違う」と言わせてもらいたい。
(やっぱり、あの時潰しておけばよかった)
俺にだけ聞こえるよう、耳元でそう呟いた。
俺は、俺の家族が傷つくことを許せない。
今から行われるであろう彼女たちの会話に、介入することを決めた。