なんでこんな低階層にオーガがいるんだ!? ダンジョンの理不尽さに恨み言をいいながら俺の首は宙を舞う。後は死に、ダンジョンに吸収されて終わる。その筈だったのだが……。気が付いたら俺はまたダンジョンに立っていた。五体満足なまま。ここは、俺がオーガに出会してしまった階層……。生き返ったのか? 何故? 確かに俺はオーガに腹を貫かれ首を飛ばされた筈。一体、何が起こった? すがるような想いで冒険者の生死を判定するギルドカードを見る。そこに載っていたのは今までとは違ったスキルセットだった。

 死に戻る度にスキルガチャが発動!! 底辺冒険者は運と機転でなんとか今日も生き延びる!!

1 / 1
死に戻るたびにスキルが変わる!? 〜底辺冒険者の命懸けライフハック〜

 

 

「はぁ、はぁ、なんで第2階層にオーガがいるんだよ!」

 

 必死に逃げるがまだまだ転移の間も第1階層への階段も見えてこない。そもそも俺はどっちに向かっている? 視界が酷く狭い。

 

「ヴォォオオオ!!」

 

 ヒッ! やばい! 奴の声だ! 逃げろ逃げろ逃げろ! 動け俺の脚、頼む!!

 

 ダンッ、ダンッ、ダンッ! と地面を蹴る音がダンジョンに響く。背後から空気の振動が伝わり、全身の毛が逆立った。オーガが来る──。

 

 ブンッ!

 

 しゃがみ込んだ上を力の塊が通過した。慌てて構えると、ニタニタと笑うオーガが俺の前に立っている。その左手には人間の頭が2つほど握られていた……。俺と同じような底辺冒険者だろう。

 

 どうする? 背中を見せて逃げても奴の方が間違いなく速い。あの余裕の表情は俺のことを舐めているに違いない。ならば、一か八か、俺の唯一の攻撃スキルを叩き込んで──。

 

「くらぇぇ!! 【強打】!!」

 

 バンッ! と飛んでいったのはオーガが盾にした冒険者の頭。ニヤけ面が更に歪む。

 

 カハッ!

 

 腹が熱い。口から変な音がする。力が身体から流れ出ていく……。ゆっくりとオーガの腕が俺から引き抜かれ──。

 

「ヴォォオオオ!!」

 

 身体から解放された視界がクルクルと回転した。どうやら頭が宙を舞っている。俺は妙に冷静な気分で自分の死を認めた。

 

 

#

 

 

 ヴォォオオオ!!

 

 遠くから叫び声が聞こえた。まさか死後の世界にまでオーガが追って来るとは思わなかった。辺りを見渡すと岩で出来た通路がほんのりと光っている。まるでダンジョンだな。クルセハ教の教えでは死んだら楽園に行ける筈だが……。

 

 鉄の剣を握る手の感覚は現実そのものだ。俺は死んだ筈じゃなかったのか? さっきのは夢? いや、そんな筈はない。一体何が起こっている!?

 

 ヴォォオオオ!!

 

 またオーガの声がした。もしこれが現実だとしたら、ぐずぐずしていられない。早く逃げないと……。しかし、さっき俺は腹を貫かれ首を刈られた。あの感覚も紛れもないな現実だった。

 

 そうだ! ギルドカードを見ればいい! 死んだらギルドカードの色は変わる。冒険者の魂と紐付けられたそれを見れば何か分かる筈!

 

 慌てて懐から取り出した金属製ギルドカードは、下級冒険者を示す銅色のままだ。冒険者の死を示す色──黒──ではない。つまり俺はまだ死んでない? それともこれは全て夢なのか? ってこのギルドカード、なんか変だぞ。

 

---------------------------

 名前 :ヨナス

 性別 :男

 スキル:透視0 水生成3

---------------------------

 

 スキル欄が違う! 俺の唯一の攻撃スキル、【強打】が【透視】なんてものに変わってる!! なんだよこれ、戦えないじゃないか!! どうしろっていうんだよ。

 

 ヴォォオオオ!!

 

 やばい! さっきより近い!! ここが死後の世界でも夢の中でも現実でも、もうさっきみたいな目に遭うのはごめんだ。なんでもいいから逃げるしかない。俺はオーガの声とは逆の方へ向かって走り始めた。

 

 

#

 

 【透視】【透視】【透視】【透視】

 

 走りながらスキル【透視】を連続して発動する。そろそろスキルレベルが1になる頃か? レベル0のスキルなんて持っていないのと一緒だ。何の役に立つかは分からないが、出来ることは何でもしないと。しかし、このスキルは体力を消耗しないな。連発しても平気だ。

 

 手に持ったままのギルドカードを見る。よし! 【透視】のレベルが1になっている。これで何かしらの効果を発揮する筈だ。

 

「俺に希望を! 【透視】!!」

 

 ……うん。特に何も起こらない。このスキル、何を見れるようになるんだ? もしかしたら敵の弱点が見えるとか? いや、そうに違いない!!

 

「ヴォォオオオ!!」

 

 来やがったな。一度ならず二度も人の命を狙いやがって。逃げるつもりだったが、方針変更だ。【透視】でお前の全てを暴いてやる。

 

「ふふふ。罠に掛かったな。糞オーガ野郎」

 

「ヴォ?」

 

 オーガは急に立ち止まり振り返った俺を警戒している。さっきまでのニヤけ面はない。

 

「お前はこれで終わりだ! 【透視】!!」

 

「ヴォォォォ……ヴォ?」

 

 あれ? オーガの腰蓑が透けて股間が見える。確かに弱点かもしれないが、思っていた効果と違うぞ。なんかオーガの体に光る場所が見えてそこに触れると一撃で倒せる! みたいなのを想像していたのだが……。

 

「ふははは! もうお前の弱点は把握した!! 死にたくなかったらその場から動かないことだ。慈悲深い俺に感謝するがいい」

 

「ヴォ?」

 

 よーし、逃げろ!!

 

 

#

 

 

 ヴォォオオオ!!

 

 やっぱり追って来てる! しばらくは平気だったから上手く騙せたと思ったのに!! どうする? 足は向こうの方が圧倒的に速い。このまま単純な追いかけっこをしていれば直ぐに捕まってしまう。そしたら首チョンパ確定だ。さっきみたいなハッタリはもう通用しない。かといって、俺には奴と戦う地力もスキルもない。やはりここは、このスキルに賭けるしかない!!

 

【透視】【透視】【透視】【透視】【透視】【透視】

 

 どうだ! 早くスキルレベルよ、上がってくれ!!

 

【透視】【透視】【透視】【透視】【透視】【透視】

 

 まだか!! 流石にちょっと疲れてきたぞ。

 

【透視】【透視】【透視】【透視】【透視】【透視】

【透視】【透視】【透視】【透視】【透視】【透視】

【透視】【透視】【透視】【透視】【透視】【透視】

 

 きたあああ! ギルドカードに輝く"透視2"の文字!! 土壇場で俺はやった。やり遂げた。執念の【透視】100連発? でスキルレベルを上げてやった! 人間、本気でやれば出来るものなんですね、神様!! なんの効果があるか分からないけれど……。

 

「今度こそ俺に道を示せ! 【透視】!!」

 

 ……なんだ。左側の壁がおかしい。岩の筈なのに透けて見える。これは……隠し通路?

 

 ヴォォオオオ!!

 

 迷っている時間はない。手を壁につけるとスッと中に入る。よし! ここでやり過ごすぞ。もうそれしかない。

 

 

 息を潜めて隠し通路で待つ。物音一つが命取りになりかねない。心臓すら止める覚悟で静止する。俺は物言わぬ石、血の通わぬ木偶。神様は私を動かぬ身体で創りたもうた。

 

 真っ暗な隠し通路の中、ジリジリと焼けるような時間を過ごしていると、外から気配がする。足音は徐々に近づいて──。

 

 オーガだ。透けて見える壁の向こうをオーガが通り過ぎて行く。よおおおし! 上手くいった!! しかし、まだだ。完全に気配が消えるまでここで待とう。俺には【水生成】のスキルがある。2日ぐらいなら水だけでなんとかなる。俺は生きて帰れる! 帰れるぞー!!

 

「えっ?」

 

 背中に熱を感じ、続いてゴボゴボと血の泡が口から溢れ出る。

 

「……な、んで」

 

 背後に気配を感じたかと思うと、意識は砂嵐に掻き消された。

 

 

#

 

 ヴォォオオオ!!

 

 遠くから叫び声が聞こえた。まさか死後の世界にまでオーガが追って来るとは思わなかった。って、またこの場面? さっきは確実に死んだぞ! 絶対に夢じゃなかった!! そして今も夢じゃない。……俺は、死ぬ度に現実をやり直している? そうとしか思えない。先程、綺麗な刃に貫かれた背中には何の傷もなく、頬を抓ると相応に痛い。神様は、俺を死なない、いや、死んでも戻ってくる身体に創りたもうたのか?

 

 ヴォォオオオ!!

 

 また追いかけっこをやるのか? それに俺のスキルはどうなった? もう一度【透視】を0から育てるのはちょっと面倒だ。

 

 オーガの咆哮に震えながらギルドカードを取り出すと、これはどうしたことだ。また、表示が変わって──。

 

---------------------------

 名前 :ヨナス

 性別 :男

 スキル:閃光2 交渉5

---------------------------

 

 うおおぉぉ! さっきよりもスキルセットが酷くなってる!! 水生成のスキルがあったから俺は冒険者を始めたと言っても過言ではなかったのに!! 交渉なんて商人のスキルじゃねえかよ!!

 

 しかし待て。オーガはそこそこ知能が高い筈……。ここは一つ試してみるのも手かもしれない。だって交渉のレベル5だし! いや、いける気がしてきた。いけるだろ!!

 

 考え込んでいると、すぐそこまでオーガは迫っていた。腹を括るしかない。俺はゆっくりと振り返る。

 

「やあ、待っていたよ。君はオーガだね? なんと逞しい姿。そしてその瞳には知性を感じる。ただのモンスターではないね」

 

「ヴォ?」

 

 よし、とりあえずいきなり首を飛ばされることはなかった。突然話しかけられてキョトンとしている。

 

「しかし、その格好はいただけないな。腰蓑をつけただけじゃないか。君はオーガの中でも上に立つ者。相応しい装飾で身を固めるべきだ。そうは思わないかい?」

 

「ヴォォ」

 

「そこでだ! 君にこの首飾りをあげようではないか!! これは古のオーガの王が身につけていたという逸品!! これをつけて仲間の所へ戻れば、君は瞬く間に王の座を射止めるだろう!!」

 

 第2階層の宝箱から出た翡翠の首飾り。売れば3000ギムぐらいか。一晩の酒代だな。俺は今、それに首を賭けている。

 

「ヴォォ……」

 

「参ったよ。君はなんでもお見通しだな。よーし、これも付けよう。かつてこの世界を創造したといわれるクルセハ神の涙を指輪にしたモノだ。これも持ち帰って仲間に見せるがいい。直ちに平伏すだろう」

 

 宿屋の娘の気を引こうと露店で買った水晶の指輪だ。2000ギムもしやしない。合わせて5000ギムでなんとかお願いします!

 

「……」

 

「さぁ、これをもって仲間の所へ帰るんだ」

 

 首飾りと指輪を乗せて手を伸ばす。オーガもゆっくりと手を──。

 

「ヴォォオオオ!!」

 

 やっぱり駄目じゃん! だってモンスターだもん!! 頭の上を鋭い爪が通り過ぎ、髪の毛が舞う。

 

「【閃光】!!」

 

 目を閉じていてもその凄まじい光で頭がチカチカする。それにめちゃくちゃ身体が重い。【透視】と違って相当体力を消耗するぞ、【閃光】は。

 

 光がおさまった頃にようやく目を開けると、オーガが顔を押さえて蹲っていた。逃げるなら今しかない!!

 

「はははは! 愚かな奴め!! お前のような馬鹿オーガが王様になれるわけないだろ!!」

 

 ひいい! もう立ち上がりやがった!! 急げ急げ急げ!! 逃げるんだ!!

 

 

#

 

 

「はぁ、はぁ」

 

 【閃光】を使ったせいでもう体力が限界だ。きっと中級以上のスキルなのだろう。俺には過ぎたスキルだったようだ。

 

 ……おかしい。確かこの辺だった筈だが。俺は左側の壁を触りながら辛うじて走っている。もはや歩いてると言っても過言ではない。

 

 ヴヴヴォォオオオ!!

 

 おー怒ってる、怒ってるよ。オーガがご立腹です。もうね、叫び声が先程までとは違いますね。なんていうの? 騙されたーって言ってる気がする。これはまずい。すっごい殺され方されそー。

 

 ……ん。急に左手の感触が変わった。やっと辿り着いたか。ここが俺の最後の砦だ。ゆっくりと落ち着いて、腰から灯りの魔道具を外して点灯する。

 

 そして、隠し通路に差し入れてこう言うんだ。前回、俺を後ろから刺した相手にむかって。

 

「俺をアンタ達の仲間にしてくれないか?」

 

 

#

 

 

「お前か。ウチの組織に入りたいって奴は」

 

 目隠しを外されると、目の前に顔の半分を覆面で隠した男がいた。デスクに足を投げ出したままの姿勢で俺に問いかけている。その表情は分からないが、あまり興味は無さそうだ。しかし、こちらは全力でいかせてもらうぞ。

 

「へ、へい! あっしはヨナスと申します! ベルガーの兄貴をダンジョン内の隠し通路でお見掛けしたもんで、これはチャンスと思い、お願いした次第です!」

 

 ここを生き延びる為なら何処まででも下手に出てやる! 土下座なんて生ぬるい。縛られたまま、全面降伏の意を示す為に床に腹這いになってやったぜ! どうだ、この俺の生に対する執着は。やっとダンジョンから生還したんだ。こんなとこで死ぬ訳にはいかない。もう、オーガとの追いかけっこは絶対に、絶対にごめんだ!

 

「ベルガー、こいつの言ってることは本当か?」

 

「ホント。ベルガー、嘘ツカナイ」

 

 ベルガー、いや。ベルガーの兄貴が純朴な悪で助かったぜ! 一度目はいきなり背後から一刺しで俺を殺したけど。二度目、こちらが話し掛けると普通に対話に応じてくれた。ポロッと自分の名前もバラしてたしな。もちろん、【交渉】のスキルあってのことだろうけど。

 

「ヨナスとやら。何故ウチの組織に入りたい? お前は冒険者だろ?」

 

「あっひは、ていへんのぼ──」

 

「聞きづらい。ベルガー、こいつを起こせ」

 

 イテテテ! ベルガーの兄貴、もっと優しく起こして! そんな方向に人間の身体は曲らないよ!?

 

「もう一度聞く。何故ウチの組織に入りたい?」

 

「へい、あっしは底辺の冒険者をやっておりやす。底辺の冒険者なんてのはその日食べるの精一杯の存在で。世間からの扱いなんて酷いもの。あっしは元々、スラムの出身なもんで、慣れてはいますがね……」

 

「続けろ」

 

「底辺の冒険者をやっていると、怪しい噂も聞くもので。最近では、商家のボンボンや貴族の馬鹿息子がダンジョンで追い剥ぎに遭うって噂でさ。ダンジョンの中でベルガーの兄貴が壁に入って行くのを見て、ピンときたんでやんす! これは、裕福な奴等に復讐するチャンスだって! お願いです! あっしをこの組織に置いてはくれませんか!?」

 

 うおおぉぉ! 決まった!! 口から出まかせだけど、組織の名前すら知らないけど!!

 

「ヨナス。確かにスラム出身の品のない顔だ。人の幸せを妬む底意地の悪さが滲み出ている」

 

 うほー! そこまで言われたのは初めてなんですけど!! もはや清々しい。下手に褒められるより嬉しいまである。

 

「だが、それがいい。その妬み嫉みこそが、革命の原動力! 我々はこの国に革命を起こそうとしている!!」

 

 ……おう。いつの間にか覆面さんが足を下ろして立ち上がっている。何なら拳を握っているぞ。人が興奮しているのを見ると、急に冷静になるな。うん。

 

「ヨナス、お前を"暁の狼"の一員として認めよう!!」

 

「ありがとうございます!!」

 

 よく分からないけど、凄く嬉しい! 少なくとも今この場で死ぬことは無さそう!! あと、組織の名前が思ったよりかっこよくてホッとしています。

 

「ベルガー、縄を解いてやれ。しばらくはお前が面倒を見ろ。もし、ヨナスが変な動きをしたら、すぐ殺せ。それと、近々デカいヤマがある。明日からは追い剥ぎは控えろ。静かに牙を研ぐんだ」

 

「へい!!」

「ワカッタ」

 

 覆面さんはサッと身を翻して部屋から出て行った。ベルガーの兄貴に物騒な指示を残して。もー、余計なこと言わないで欲しい。兄貴は純朴だから素直に聞いちゃうんだよねー。

 

「変ナ動キスルナ。チャント動ケ」

 

「ヘイ?」

 

 ちょっと! ベルガーの兄貴が"変な動き"をなんか勘違いしてそうなんですけど!! これ、大丈夫なのか? 俺、生き延びられるの!?

 

 

#

 

 

「ベルガーの兄貴、どこへ向かってるんです?」

 

「隠レ家。職人街ニアル」

 

 言っちゃった。結構人通りのある所で普通に言っちゃった。本当に兄貴は純朴だなぁ。しかし、その迷いのない素直さが怖い。そもそも兄貴ってこの国の人間なのか? 片言で話すし肌の色は褐色で背も高い。この辺ではあまり見ない風貌だ。

 

「兄貴って、どちらの出身なんですか?」

 

「南」

 

 方角きたー! うんうん、分かる!! なんとなく南って気がする。

 

「隠れ家に着いたら何するんですか?」

 

「ボス、牙ヲ研ゲ言ッタ。ダカラ牙ヲ研グ。牙、買ッテ帰ロウ」

 

「いや、あれはボスが例えで言っただけで、本物の牙を研げって意味では──」

 

「マッドボア……フォレストウルフ……」

 

 なんの牙を買うか悩んでる! 駄目だ。俺には兄貴を止めることは出来ない。こんなにも真っ直ぐな人を見たことないぜ。簡単に人を殺すけど……。

 

「食事はどうするんですか?」

 

「オーク……オーガ……」

 

 夢中かよ! 職人街入り口の露店で兄貴はモンスターの牙を漁っている。この姿を見てると、どっかの少数部族かなんかの出に思えるな。

 

「オーガニシタ」

 

「お、いいっすねー! しっかり研ぎましょう!! ところで、隠れ家には他にも誰かいるんですか?」

 

「イル」

 

「へー、どんな人ですか?」

 

「俺ヨリ小サイ」

 

 サイズ! そもそも兄貴がデカいから大体の人が当てはまるぞ、それ。もはやノーヒントだな。これは開けてからのお楽しみってやつだ。慎重にいかないとな。

 

「そろそろですか?」

 

「ソウダ」

 

 表通りから裏道にはいり、5回ほど曲がったところで兄貴の足がとまった。辺りに人気がないのを確認するとスッとレンガ造りの建物に入る。そして、扉を開けた。

 

 

#

 

 

「ふーん、あんたが新入り? どっかのスパイじゃないの?」

 

 なんだこの女。滅多なことを言うんじゃねぇ! 兄貴が真に受けたらどうしてくれんだ! テメエの一挙手一投足が俺の命を左右するとしれ! 頼むから黙っててください。あと、胸が大きくて素敵ですね。ピタッとした服装とキツそうな猫目が刺激的だと思います。

 

「ヨナスダ」

 

「どうも、ヨナスと申します。よろしくお願いします」

 

 見ろ! この綺麗なお辞儀を! 敵意ゼロを体現している。俺はスパイでも何でもない。ただ、生き延びるために流されてここにいるだけだ。

 

「私はリタよ。少しでも怪しい動きをしたら、即始末するから。気をつけて」

 

「へい!」

 

 ソファーに深く座った女は冷たい瞳をこちらにむけて瞬き一つしない。これは、兄貴とは違った方面で面倒だな。兄貴との上下関係はどうだ? なんとなくリタの方が上な気がするが……。

 

「そうだ。ヨナスは冒険者だったんでしょ? ギルドカードを見せて。スキルを把握しておきたいわ」

 

「えっ」

 

「なに? やましいことでもあるの?」

 

 リタの声にスッと兄貴が短剣を抜く。って、いやいや、血の気が多すぎでしょ! 冒険者にとってギルドカードは滅多に人に見せるもんじゃないのよ。わかってよ。駄目? やっぱり見せないと駄目?

 

「ど、どうぞお納めください」

 

 兄貴がサッとギルドカードを手に取り、チラ見してからリタに渡す。あーあ、兄貴にも把握されちゃったよよよ。「攻撃スキルガナイ。死ネ」とかならないよね? 大丈夫だよね?

 

「……へぇ。下級冒険者の癖に【閃光】なんて持ってるのね。少しは役に立ちそうね」

 

 ちょっと、顔が怖いんですけど! 俺に何をさせるつもり?

 

 

#

 

 

「いいわね? しっかりと地形を覚えなさいよ」

 

 リタは隠れ家の食堂兼会議室に地図を広げて指差す。今日はいつもに増して雰囲気がピリついている。これは、女性特有の……いえ、なんでもありません。なんで何も言ってないのに睨まれるんだよ! 納得いかない!

 

「この辺りでウチの本隊が敵に襲撃をかけるわ。そうすると必ず幾つかの馬車は戦闘から逃れるために離脱する。そこを我々のような別働隊が叩く。別働隊は3つ。どこに敵がやって来るかは分からないけど、何処かには来る筈よ。最初の襲撃地点から計算すると私達のところに馬車がやってくるとしたら、夜よ」

 

「ちなみに敵って?」

 

「ヨナスは知らなくていい」

 

 うひょー。全然信用されてねー。まぁ、仕方ない。スラム上がりで人相と底意地の悪い冒険者として知られる俺だもんな。実績を積んでいくしかない。って俺、いつまで"暁の狼"にいるんだ?

 

「馬車の中に若い女性が乗っていれば生捕りにする。それ以外は皆殺しよ。分かった?」

 

「へ、へい」

 

 んんんんん。俺、盗賊を一度斬ったきり、人間に刃を向けたことないんだけど……。どうしよ。なんとか上手くまとめられないものか……。

 

「ビビルナ。ウチノ部族ニ諺ガアル。不味イ飯モ、ヨク噛メバ美味イ」

 

 どんな意味だよ! 全く伝わらないよ、兄貴!

 

「ヨナスは馬車を見つけたら真っ先に向かって【閃光】を使ってちょうだい。それで護衛は無力化出来る筈よ」

 

「へい!」

 

 よし。これなら人を殺さなくても済むかもしれない。【閃光】様々だぜ! 攫われる女の子には悪いけど、生捕りってことは何かの交渉の為の人質ってことだろ? そんな無下には扱われない筈。いざとなれば【交渉】でなんとかなるだろ? よくよく考えるとこのスキルセット、生き延びるにはかなりいいかも。

 

「予定通りなら決行は2日後よ。各々、準備をすること」

 

「ヨナス。牙ヲ研ゴウ」

 

「へい! 研ぎましょう!」

 

 牙研ぐの、やってみると楽しいだよね。一心不乱にやっていると自分の境遇を忘れられるし、どんどん牙も輝きを増す。なんつーの、精神にいい感じ。やっぱ、兄貴だぜ。

 

 

#

 

 

 俺達の住むララナの街から北にある森の中。馬車がギリギリすれ違えるかどうかの道の近くに俺達は潜んでいる。予定通りならもう本隊の襲撃は終わって、そこから離脱した馬車が散り散りになってララナの街に向かっている頃だ。

 

 すっかり陽は落ちて森の中は暗い。かといって灯りを点けるわけにもいかず、ただじっと兄貴と座って待つばかり。リタの姿は見えないが、道の反対側にいる筈。俺が1人ならこっそり逃げられたのに……。

 

「緊張シテルノカ?」

 

「……してますね。こーいうの初めてなもんで」

 

「ウチノ部族デハ初メテ狩リヲスル若者ノ顔ニ、コレヲ塗ル」

 

 えっ、なになになに? 兄貴がゴソゴソと荷物を漁る。

 

「目ヲ閉ジロ」

 

 言われるがままに目を閉じると、顔になんか塗られてる! いや、好意なのは分かるのよ? 全く悪気はないんでしょ? でもそれが困るんです! 断れないもの!

 

「戦士ノ顔ダ」

 

「……ありがとうございます」

 

 兄貴、この暗闇でも俺の顔が見えてるのか。流石だな。ははは……。

 

 

 

「……ソロソロダ」

 

 俺達のところには敵がやって来ない。空振りに終わったのかと思っていた時のことだ。兄貴が呟いて雰囲気を変えた。何かが来る。かすかな揺れはやがて地鳴りとなり、空気まで振動を始めた。ちょっとやばくないか? これ、想定通りなのか?

 

「構エロ」

 

 俺の胸は早鐘を打っていた。

 

 

#

 

 

 もうやるっきゃねえ。ここにとどまれば兄貴に殺られるだけ。俺は【閃光】にかける。そして、生き延びてみせる。こんなワケの分からないことで死ぬなんてまっぴらごめんだ。

 

 馬車が近づいて来た。随分と急いでいるようで灯りが激しく揺れている。しかし、本当に馬車だけか? 何か変だぞ……。

 

「行ケ!」

 

「へ、へい!!」

 

 空回りするぐらいに地面を踏み締め、ダッと道に飛び出す。灯りに照らされた二頭立ての馬車がみるみる迫り、その左右には護衛の姿も浮かぶ。ドクンと胸が痛み、顔が熱い。戦士の顔だってか? やってやろうじゃないか! もう回避出来ない距離にまで引き付けて──。

 

 【閃光】!!

 

 馬のいななき、男の怒声、何かの咆哮。目を開けると──【閃光】の効果か──辺りは明るい。馬は引き返そうと暴れ、護衛は振り落とされている。そして──

 

「ガアアアアアアアア!!」

 

 地竜!? なんてことだ。ふざけるなよ! こんなの聞いてないぞ!! 地を這い、硬い鎧に覆われた巨大な竜が眼を赤く染めている。

 

「ォォオオオ!!」

 

 兄貴!! 馬車に襲い掛かろうとした地竜に兄貴が斬りかかる。こうしてはいられない! さっさと馬車の中身を頂かないと!

 

 顔を押さえてなすすべもない御者を尻目に馬車に取り付く。てんでバラバラに暴れまわる馬に馬車は揺られるが、強引に扉を開き──。

 

「動くな! 命まではとらな──」

 

 カハッ

 

「下賤の手に落ちるぐらいなら……」

 

 目の前には少女がいる。見るからに高貴で、そして気高くあろうとしている。

 

「お父様……お母様……先にいきます……」

 

 ゲハッ

 

 少女は血を吐き、その胸に刺さった小さな刃物から血が流れる。

 

「なんだよこれ……」

 

 ドンッ! と馬車が揺れて地面に転がり落ちると、兄貴の姿があった。俺と同じく土まみれで目に光がない。また地竜が唸った。随分と遠くに聞こえるが、その姿は目の前にある。見逃して……くれないよな。

 

 

#

 

 

「緊張シテルノカ?」

 

「兄貴!」

 

 兄貴が生きてる! うおおおお! 兄貴兄貴あにきいぃ!! 今回の死に戻り地点はここか! ここからならまだなんとかなる! 今逃げれば大丈夫。俺も兄貴も死なない!

 

「逃げましょう、兄貴」

 

「怖気ツイタカ」

 

「違うんです! 聞いて下さい!」

 

「ウチノ部族デハ初メテ狩リヲスル若者ノ顔ニ、コレヲ塗ル」

 

 だから違うんですって! 何で俺の話を聞いてくれないだよ! 顔に何かを塗り塗りしてる場合じゃないって! ってまさか、スキルが変わって【交渉】がなくなってるのか?

 

「ちょっと小便に」

 

「ココデシロ」

 

「……へい」

 

 兄貴に背を向けてギルドカードを取り出し、小便をしながらこっそり灯りで照らす。

 

---------------------------

 名前 :ヨナス

 性別 :男

 スキル:虹2 影縫い5

---------------------------

 

 虹か。にじぃぃいい!? これどういうこと!? どんな効果があるんだ? まさか凄いレアスキルとか?

 

 【虹】!!

 

 小便にサッと虹がかかる。

 

 うん。綺麗だなー。綺麗だねー。……もう、死のう。無理だ。感情がついていかないわ。いや待て……。まだ諦めるな。まだやれることはある筈だ……。

 

 サッと振り返り、兄貴を灯りで照らす。

 

「見てください、虹っす!」

 

「……虹ダ」

 

 兄貴、隙アリだぜ──。

 

【影縫い】!!

 

 兄貴、ごめん。今はこれしか出来ないんだ。

 

 

#

 

 

 急げ急げ急げ! 俺は道に飛び出し、大きく息を吸い込む。

 

「リタさん、敵襲だ! 兄貴がやられた!!」

 

 森の向こうから気配がした。人影がヌッと近寄り、声がする。

 

「なにがあったの?」

 

「兄貴が急に動けなくなってしまった! どこかに敵がいる筈です!」

 

「本当なの?」

 

「いいから、兄貴を見て下さい!」

 

 手を引いて森に入り、座ったままみじろぎ一つ出来ない兄貴を灯りで照らす。

 

「ベルガー!」

 

 兄貴は当然応えない。

 

「一体、どこから情報が漏れたの……」

 

 考え込むリタに灯りを向ける。ああ、今日も色っぽいなぁ。俺のスキルを知ってるからこそ、疑ってないんだろうなぁ。ごめん、リタ。

 

【影縫い】

 

 スラリとした立ち姿のまま固まるリタの眼には驚きの色がある。これですっかり俺は裏切り者だな。別に2人のことは嫌いじゃなかったぜ。また会った時はよろしくな。って、ゆっくりしてる場合じゃない!

 

 慌てて道の反対側の森にはいり、あらかじめ決めておいた合流地点を目指す。いけるいける! まだ時間はある! 目指すは──馬!!

 

 

#

 

 

「地竜だぁー!! 地竜が出たぞー!!」

 

 今日は大声を出してばかりだぜ。俺も馬もヘトヘトだが、まだ止まるわけにはいかない。俺はあの少女のことを諦めてない。地竜は凶悪なモンスターだが、そこまで足は速くない筈。まだ、何とかなるかもしれない!

 

 俺の様子に驚いたララナの街の門衛は反射的に槍を構えようとする。クソ、ふざけやがって。

 

「何やってんだ! 地竜が出たんだよ! 俺に槍を向けてる場合じゃないだろ! 早く出来る奴等を集めて北の森へ急げ!!」

 

「なんだその顔は!! お前はどこの蛮族だ!!」

 

 うおおおお! 兄貴のせいだ!! 一体、どんな顔になってんだ!! 慌てて顔を拭い、再度説明する。

 

「本当なのか?」

 

「嘘なら笑い話にでもすればいいだろ! そして俺を磔にでもすればいい!! お前達、責任取れんのか!?」

 

 くらえ、責任攻撃! お前達の弱点は知っているんだ!!

 

 騒ぎを聞きつけた別の門衛が俺の剣幕に何かを感じ、慌てて走っていく。頼むぜ。俺はもう限界だ。ちょっと今日は色々あり過ぎた。

 

 馬から降りるとすとんと力が抜けてもう立てない。街の城壁にもたれかかる。早く、助けにいってやってくれ。俺に力なんてありゃしない。なんせ底辺冒険者なんだ。多くを期待しないでくれよ。ただ流されてるだけなんだ。

 

 城門から出て行く騎馬の音を聞いて、俺は意識を手放した。

 

 

#

 

 

「おい、聞いたか? 侯爵令嬢のはなし?」

 

「ああ、もちろんだとも。随分と大掛かりな襲撃だったらしいな。ただの盗賊じゃないって噂だ」

 

「侯爵は拡大路線の急先鋒だからな。他の国も絡んでるんじゃないかって俺はにらんでいる」

 

「おいおい、物騒な話をウチでやるんじゃねえよ」

 

 酒場の主人がカウンターの2人の話に割って入り諫めた。本人達は苦い顔をして酒を手に取り、誤魔化す。

 

「なんにせよ、御令嬢がご無事でよかったぜ」

 

「ああ。御令嬢は天に愛されているとみえる」

 

「だな。御令嬢が戻られたあの日、雨も降ってないのにあんな綺麗な虹がかかったのだから。この街に」

 

 俺はエールを飲み干して席を立つ。

 

 さすがにもう、ララナの街にはいられない。何処か遠くへ行こう。例えば、南の方へ。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。