鬼才 オフサイドトラップ ~沈黙の日曜日に彼女が微笑んだ理由~ 作:マジロメックイーン
光り輝く無数のライト。カメラを持った記者陣のお目当ては日曜日に行われる天皇賞(秋)に出場する12人のウマ娘たち。現在、記者会見が行われており、記者の言葉に頷きながらお嬢様ウマ娘、メジロブライトは会見をこう締めくくった。
「今回、わたくしたちにとって非常に難しいレースになってしまいましたが、わたくしとてメジロのウマ娘。最後まで勝機を諦めずに走り切ってみせますわ~」
前方の記者がメモを取る手を早め、その隣で別の記者が向けたカメラが輝く。メジロブライトが立ち上がり一礼すると周りから拍手が鳴り響いた。
「今回のレース出場バは12人か。ずいぶん少ないな」
「大方、どこの陣営も<彼女>に恐れて回避してるって噂だぜ。確かに<彼女>の強さは認めるけど対戦相手がどこも消極的過ぎるぜ。一番人気の実力が抜けてるのは理解できるけどよ。これがもしギャンブルだったら賭けとして成立してないぜ」
「おしゃべりは終わりだ。<彼女>が来るぞ!」
くだを巻く記者陣の中で振り返った男の声が響くと大勢の記者陣が一斉に注目を<彼女>に向けた。今年の春から本格化を迎え、圧倒的なレース運びで宝塚記念制覇したトゥインクル・シリーズ、シニア期最強と名高いサイレンススズカが、勝負服を着て壇上に立った。隣に立つ彼女の専任トレーナーが記者からの質問を受け、スズカがそれにひとつずつ回答していく。
「今回、逃げウマとしてはもっとも有利な1枠1番を幸運にも引き当てましたね。異次元の走りで後続に影すら踏ませなかった宝塚記念の再現となるのでしょうか?」
「ええ、ゲート順のクジを引いてくれたトレーナーには感謝してるわ。それよりも」
スズカがマイクを強く握って言葉を言い放った。
「この天皇賞では私が『どう逃げるのか』という話ではなく『どういう内容の走りをして勝利するのか』という点になるかと思います。この天皇賞(秋)、サイレンススズカはレコードタイムを更新するつもりで勝負に挑ませて頂きます」
「自分で言っちゃたよ…」
「凄い自信だ」
「これが宝塚記念を制覇したウマ娘の貫禄か……」
ざわつく記者たちの中で若い記者が立ち上がってスズカに訊ねた。
「あのっ、レコードタイムを狙うという事は、スタートから全力で行くという事でしょうか?」
「スズカは全身全霊でいきますよ」
隣に居るトレーナーが代わりに応えるとスズカがふっと笑みを浮かべた。夏の宝塚記念を勝利したスズカは秋の毎日王冠も最強世代のひとりであるエルコンドルパサーを近寄せずに完勝。今年度の無敗記録は6に伸ばし、今回の天皇賞奪取に最も近いウマ娘と目されている。積み上げてきた実績からすれば一番人気としてのプライドと自信は当然あってしかるもの。しかしその表情からはほんのわずかの慢心の色があった。
「……以上でサイレンススズカさんの記者会見を終了します。記者の方は押し合わずに移動をお願いします」
司会が注意を促すが、壇上をたったスズカ陣営を追いかけて記者たちが一斉に民族移動を開始する。その姿を見て「やれやれ」とかぶりをふる姿があった。
「オフサイドトラップとそのトレーナーだ。みんなスズカに夢中で『会見する意味なんてあんのか?』って空気だけどお互い仕事だからよろしく頼むわ」
専任トレーナーがどっかとパイプ椅子に座りこむと奇術師をモチーフとした黒の勝負服を着たオフサイドトラップが記者たちを見下ろしてにこやかに微笑んだ。別室に移動したスズカを追いかけて過半数が消えてしまったが、残った記者が緊張感のない口調で質問を向けた。
「出場メンバー内、最年長での挑戦になりますが、勝機はあるでしょうか?」
「あのなぁ、女相手に歳の話をする奴があるか。次」
「トラップさんとトレーナーは一体どういう関係なのでしょうか?」
「答える必要ねぇだろ。レースに関係ない質問だ、次」
記者がトラップに向けられた質問を本人が答える前にトレーナーがさばいていく。必要性の無い質問に、浪費される無意味な時間。ふぅ、とトラップが息を吐くと席を立ってトラップは会見を締めくくった。
「本日、伏兵の私の為にこのような会見を用意して頂き、ありがとうございました。数少ないこのオフサイドトラップのファンの為にも皆さんを魅了する走りをお見せします」
帽子を取り、一礼するトラップにまばらな拍手が鳴る。壇上を降りると後ろを歩くトレーナーがトラップに声を掛けた。
「最後のは嫌味かい?仮にもお前さんを応援したり支えたりする人間が居るんだ。へそを曲げて当日走らないなんて事になってもらっちゃ困るぜ」
「心配ない。トレーナーには感謝しているよ。私をこの舞台まで引き上げくれたんだから」
立ち止まり、トラップが振り返って礼を言うと鼻をすする仕草を見せてトレーナーが歯を見せて笑った。
「このやろう、言うようになったじゃねえか」
「おーう、リョテイの会見が始まるぞ~急げ、急げ~どりゃ~!」
「うお!……アブねぇ、なんだあのウマ娘」
快活そうな芦毛のウマ娘がぶつかるようにトレーナーとすれ違うとトラップは自分がさっきまで立っていた壇上を見上げた。小柄な黒毛のウマ娘が記者からの質問に力強く答えている。彼女の名前はキンイロリョテイ。スズカと同世代で未だ重賞奪取には手は届いて居ないが、今回同じレースに出場するトラップにとって有力なライバル。
『ボケろ!』と不謹慎なフリップを掲げている先程のウマ娘の隣に並ぶと彼女はトラップを見て声を上げた。
「お、最近レースを賑わせているオフサイドトラップじゃねーか。会見はさっき終わったばかりだから……ライバル視察か?それとももっかいステージ上がってリョテイと一緒に漫才でもするってか?だーはっは!」
フリップを下ろし、腹を抱えて笑うこのウマ娘はご存知、ゴールドシップ。キンイロリョテイの熱烈なファンである彼女は檀上のリョテイとトラップを見比べて言った。
「夏のレース見たぜ?後方から差し切った見事な走りだったな!今度はどんなレースを魅せてくれるんだ?……地引網か?追い込み漁か?どんなレースでもゴルシ様イチ推しのキンイロリョテイが宝船で大漁あげてみせるぜー!だーはっはっはっは!!」
「……お前は一体何を話してるんだ?レースが釣り対決になってるじゃないか」
ゴルシのハイテンションに呆気に取られていたトラップの元に壇上から降りてきたリョテイが声を掛けてきた。黒のドレスを基調とした勝負服の裾が揺れるとゴルシが両腕を広げて彼女の元に駆け寄っていく。
「おーう、もう記者会見終わったのか。あんたの会見、記者のハゲ頭の数、数えてたら終わっちまってたぜー!」
「……失礼な挑戦はよせ。オフサイドトラップとそのトレーナだな」
ふっと柔らかい表情から一気に鋭い視線をリョテイが向けるとトラップは頷いた。二人は互いの力量を見図るように見つめあうとリョテイが先に踵を返した。
「本番、共にスズカと戦える時を楽しみにしている。それでは」
「ああっ!待ってくれよリョテイ!ライバルにもっと他にいう事あんだろ!ほら、『決勝であおう』とか、『実は私はおまえの父親だ』とかさー」
早足で去っていくリョテイを意味不明な言葉を発しながらゴルシが追いかけていく。その後ろ姿を見てふっとトラップが微笑んだ。
「スズカと戦う?分かっていないな。レースで戦う相手は自分自身。相手を過剰に意識し、始まる前から及び腰では勝利のトロフィーは勝ち取る事なんてできやしないのにさ」
再起不能と言われた怪我から立ち直り、しっかりと大地に脚を付けるレースでここまで闘い抜いてきた強者の言葉がトラップの口を突いて出た。力強く拳を握るトラップに対して専任のトレーナーは彼女の成長を確かに感じていたのだった。
あと二話で終わりです。宜しくお願い致します。