鬼才 オフサイドトラップ ~沈黙の日曜日に彼女が微笑んだ理由~   作:マジロメックイーン

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最終話 審議の旗は

 理不尽、不平等。

 

 それらはウマ娘としてレースを走る当人にとっては自明の理。この広いトレセン学園を見渡しても代々から続く良血バ、名家の令嬢、様々な勝利に近いウマ娘が存在している。レースに負ける度、怪我を重ねる度、「こんなに努力したのにどうして」、「なんで自分だけが」。目の前の困難に躓いて悲劇のヒロインになっていた。

 

 クラシック期にほとんどいい勝負が出来ずにシニア期になっては怪我とリハビリと再発の繰り返し。デビュー期に期待で応援してくれていたファンは日に日に減っていきあるレースで勝てなかった際にはトレーナーが慣れないエゴサまでして私に問題点を伝えてくれた。「わざわざそんな事までして私を追い詰めないで」。負ける度に気持ちの整理が出来なくなっていった。

 

 三度目の炎症を起こした後、病室で自分の走りを映像を見た。その頃はすっかり自信を無くしていたし、胃液が逆流しそうな気持を抑えながら、薄目を開けながら動画を再生した。

 

 すると、画面の中で走る自分の姿を見て唖然とした。

 

 全然自分が思った通りに走れていなかった。

 

 そういえば、練習中、大観衆が取り囲むレース中でもトレーナーが怒鳴る様に叫んでいたのを思い出した。

 

「トラップ、お前にとっての走りとはなんだ?自分の走りを思い出せ!」

 

 足りない努力、足りない熱意。明らかな課題が見つかった瞬間、トレーナーや観衆や批判的なコメントをする連中に向けていた不満のベクトルが自分に向いた。

 

「このままじゃダメ。変わらなきゃ」

 

 胸の奥で非常ベルが鳴り響いた。

 

 

 最後と決めて走ったトゥインクル・シリーズでの天皇賞(秋)。あの日のレースは今振り返っても笑みがこぼれるような会心の出来だった。ハイペースを予測して先行に付け、展開を読みながら最後、絶好のタイミングで芝2000mを走り切った。しかし13万人の観衆の目は第四コーナーでうずくまるスズカに注がれている。

 

 勝ったのは私だ。それなのに何故、みんなスズカを見てるのさ。レースを終えた私に記者がカメラとマイクを向けてくる。私は自分の感情を抑える事が出来なかった。

 

 奇才が鬼才に成り変わる瞬間を世界に証明できた。この昂りを滾りを、どうして堪える事が出来るだろうか。

 

 

――沈黙の日曜日から一か月後、オフサイドトラップは年末の中山競バ場、有馬記念の舞台に立っていた。天皇賞(秋)を制した実績からすれば選出されるのは当然だったが、名だたる出走バの中では明らかに異色の人選であった。

 

「トラップさんっ!」

 

 肌寒いパドックで空を見上げるトラップの背中に甲高い声がぶつけられた。トラップが振り返るとそこには幸運アイテムを数多く身に着けたマチカネフクキタルが左右に体を揺らしながら立ちすくんでいた。そう、彼女もこのレースに選出された有力バのひとり。トラップが彼女を見つめるとトラップは意を決したように声を張った。

 

「天皇賞で散ったスズカさんのカタキは取らせていただきますっ!シラオキさま、私に悪を滅するチカラを……んなあぁ~~!!」

 

 手に持った水晶に願いを込め、奇声を上げて立ち去るフクキタルを眺めているとピンクの勝負服の凛としたウマ娘がトラップの前に姿を現した。彼女の名はメジロドーベル。スズカ、フクキタルと同学年の有力バで彼女のこのレースの出走バだ。

 

「スズカの怪我はあなたのせいじゃないって分かってる」

 

 頭の中で整理できない気持ちをぶつけるようにドーベルはトラップに鋭い視線を向けた。

 

「でもレース後のあなたの態度は受け入れられない。今日、この場に立てないスズカの為に私はあなたに勝利する。では、この辺りで」

 

 目前のレースに集中する様に短く話を締めくくると去っていくドーベルの尻尾を眺めてトラップはため息をついた。

 

「やれやれ。ずいぶんと嫌われてしまったようだな」

「トラップ師匠ー。今日はよろしくお願いしますよー、にひひ~」

 

 含みのある笑い声にトラップが目を向けると後輩であるセイウンスカイの姿があった。彼女は先日ジャパンカップで熱戦を繰り広げたスペシャルウィークとエルコンドルパサーと同じ黄金世代のひとり。いつかトラップが魅せたトリックプレイの代弁者で今年度の最優秀賞クラシック候補と目されている。

 

「天皇賞でのあの仕掛けっぷり。しびれましたよ~。今日はどんな奇術を魅せてくれるんですか~?」

「フン、今日は貴方たちの小細工なんかに引っ掛からないんだから!」

 

 割り込むようにして声を発したのは日本ダービーでセイウンスカイに出し抜かれたキングヘイロー。以前練習でトラップに負けた借りを返すためにリベンジに燃えている。その様子を少し離れた位置でひとり見つめるキンイロリョテイ。彼女もトラップに対して天皇賞の借りを返そうと燃えているひとりだ。

 

「トラップさんっ!」

 

 客席の中から女子の声が響いてトラップはそちらを振り向いた。声の主はスペシャルウィーク。スズカの病室でトラップの態度を「好きになれない」と言い放ったひとりでもあった。

 

「ごめんなさいっ!わたし、あなたの事、誤解してましたっ!貴方は強いウマ娘です!このレースでも頑張ってください!」

「あらあら、スペちゃんったら。まるで自分もこのレースを走るみたいな元気っぷりね」

 

 スペシャルウィークの同期でこのレースの優勝候補、グラスワンダーが彼女の姿を見てにこやかな笑みを浮かべた。……本当はみんな分かっている。トラップがあの日、なぜあんな事を大観衆の前で言い放ったのか。あの言葉はレース途中で故障したスズカを守る為、ゴール直前で一瞬力を抜いたリョテイの慢心を隠す為。トラップが矢面に立つことにより他のウマ娘が傷つく事を回避する為に言った言葉だったのだ。

 

「そうか。だったらもう、本当の自分を隠している必要はないなッ!」

 

 各バ、レース場に移動し、ゲートイン。全16人の実力バが願いを叶えるために脚に力を籠めるとトラップはふっと息を吐いた。

 

「さぁ、賭けっこの時間だ!」

 

 競技人生を賭けたオフサイドトラップのラストランとなった有馬記念。勝利を諦めずに走り続けるその姿に審議の旗は上がらない。ターフの上に一陣の清々しい風が吹いた。

 

完――

 

 

 




はじめての連載でしたがとても楽しかったです。ありがとうございました!
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