自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~ 作:ハの字
公園から歩くこと数十分。路肩に停車されていた一般的な民用車の後部座席に座るように言われ、比乃は大人しく従った。それからしばらく走り、雑居ビルが並ぶ通りで少女を回収すると、車は再び走り出した。
そこまで来て、比乃は車の中と、テロリストの二人を用心深く観察した。車内には私物などが一切置かれていない、盗難車では無さそうなので、何らかの足がつかない手段で調達されたものらしい。
運転席にはオーケアノスが座り、直接運転していた。運転手などは雇っていないようだ。ならば、後部座席には比乃一人なのかと言われるとそうではない。比乃の隣には先程、比乃を奥に押しやって乗り込んで来た、細長いケースを抱えた少女、ステュクスが座っている。
その顔は不機嫌そうだが、それでも比乃の方を興味深そうに観察するように見ていた。目が合うと「なによ」とそっぽを向く、その仕草と改めて見た容姿から、歳は自分と同じくらいに見えた。
この様な状況でなければ、その容姿も相まって可愛らしい仕草に思えたかもしれないが、こんなんなりでも凶悪なテロリストで、志度と並ぶ人間凶器だ。
手を出してこないとは解っていても、比乃は出来るだけ刺激しないように「ごめん」と謝って前を向く。
その時に見えたケースを見て、先程狙撃を行なっていたのは彼女だと、比乃はあたりをつけた。狙撃の技術にはあまり明るくないが、なんとなく、この少女の狙撃の腕は見て取れた。
大事そうにライフルケースを抱えている様子から、道具に愛着を持っていることが窺える。つまり、それは彼女にとって大事な仕事道具であり、そう言った物を持っているからには、相当の腕はあるだろうと予想した。
運転席の主犯と隣の狙撃手、そして姿が見えないもう一人。日本に来たのは三人だけというのは本当らしい。だが、そのもう一人はいったいどこへ――
比乃がそんなことを考えていることを知ってか知らずか、オーケアノスは「もう調べでもしただろうが、アレースの奴はここにはいないぞ」そう突然口を開いた。
「奴には別の仕事がある、お前の確保に比べたらおまけのようなものだがな」
「僕自身にそんなに存在価値があるとは、思ってもいませんでしたけどね。光栄だとでも言っておきます」
「重要なのはあんたの頭の中よ、先生にスカウトされたからって調子に乗らないで」
言ってから、今更になって、ステュクスは比乃の服を触って、簡単に身体検査を行い始めた。懐にしまっていた拳銃と携帯端末を抜き取ると、拳銃を自分の胸元に入れて、次に携帯端末を握り潰した。その破片を、パラパラと比乃に見せつけるように散らす。
「抵抗したら、わかってるよね?」
その単純な脅迫に対して、比乃は解ってると言わんばかりに肩を竦めた。それが気に入らないのか、少女は比乃を睨みつける。
(身体能力は凄いけど、内面は幼いな……チグハグな感じだ)
感じた違和感から、今度は比乃が少女を観察するように見る。それに気付いたステュクスが「あんま見ないで」と睨み返して、座席の下に潜り込む様に比乃の片足を掴むと、痛がる比乃を無視して強引に引っ張り上げた。
「先生、この足はどうしますか?」
「引っこ抜いておけ」
その言葉と同時に脚にかかった強烈な力に、ぎょっとした比乃が「自分で取るから勘弁して! 肉が削げる!」と懇願した。それで暴挙を一応止めたステュクスの「早くしろ」という視線を受けながら、苦労して服の上から根元のアタッチメントをカチカチと外す。
掴まれていた方の義足がすぽんと引っこ抜け、もう片方の足も、腿から下がすとんと床に落ちた。これで、どう頑張っても自力での脱出は困難になった。この状態では走ることはおろか、歩くことすらできない。
引っこ抜けた義足を物珍しそうに見ている少女に、比乃は「壊さないでね」と思わず口にした。ステュクスは「どうして?」と比乃と義足を不審そうに見比べ、訝しげな表情を浮かべた。
「発信機でも入ってるの?」
「いや、それすっごい高い奴だから……ないと歩けないし」
何か仕掛けでもあるのかと思っていたのか、比乃の言葉に、ステュクスが呆れたような顔をした。そんなことを心配するような状況かと言いたげな顔に、比乃は思わず目を背ける。そこに会話を聞いていたオーケアノスが正面を向いたまま口を挟んでくる。
「安心しろ、そいつを壊すのはステュクスでも骨が折れることくらい把握している。向こうに着いたら、付け直してやろう」
「だってさ、よかったね標的」
オーケアノスの配慮に「それはどうも」と比乃は一応安心したように言ってみせてから、不自由な足で座席に座り直した。
車が通りを右折する。スモークで暗い窓から外を見る限り、どんどん人気のない倉庫街へと向かっていることだけわかった。
会話をしながらも、さり気なく外を見て、景色から現在地を割り出そうと努力したが、この車が港に向かっているということくらいしか判らなかった。この辺りの地理に詳しくない比乃には、それが限界だった。
(もう少し、近隣の散策をしておくべきだったかな)
比乃は少し呑気なことを考えながら、座席の脇に置かれた自分の義足を横目で見やった。
これが壊されなかったのは行幸だった。何故なら、その中に件の発信機が入っているのだから。義足の設計上、中に仕込むのにはそれなりの苦労がしそうだったので、早めの内に作業を終えていたのだ。
(一番壊し難い物の中に、一番壊してほしくない物を入れておくのって、常套手段だと思ったけどなぁ)
意外とバレないもんだ――比乃は内心でほくそ笑んだ。状況は最悪だが、早めの準備が功を奏したことを、今は素直に喜ぶことにした。