自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~   作:ハの字

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訓練生、奮闘する

『キリがねぇなぁおい!』

 

 橙色の残骸の山を築き上げた中心で、興が乗ったアレースが拡声器越しに嗤う。

 

 戦闘を開始してからすでに十分ほど経っていた。菊池と、それに続いて突撃した合計十七機の練習機は、初めての訓練用リミッター解除の出力に目を白黒させながらも、果敢に攻撃してみせた。だが、

 

『どうしたどうしたぁ、自衛隊の訓練兵ってのはこの程度なのかぁ?』

 

 その内の十機は早々に四肢を斬り飛ばされ、頭部を潰され、制御系に一撃を貰い、様々な要因で機能停止に追い込まれていた。死者が出ていないのが、これはアレースが遊んでいて、全く本気を出していないからだ。そもそも、彼がこの程度の相手に、本気を出す必要も無かった。彼が本気になっていたら、とっくの昔に戦闘は終わっていただろう。

 

 五体満足で残っているのは菊池達三人のみで、他は片腕がなかったり、両腕を失ってもまだ立ち向かおうとしている者だけだった。

 

『お前たちさっさと逃げろ! 勝てる相手じゃない!』

 

 先程救助されたTkー7に乗っていた陸尉が無線の向こうで叫ぶが、菊池はそれを無視して、訓練生用に設定された通信回線を開く。

 

「私、あいつの隙一つ解っちゃったんだけど……あの調子乗ってる敵、小刻みに攻撃したら、最後に絶対、大振りに攻撃してくる」

 

『それ、本当だろうな』

 

 鈴木が不安そうに聞くと、菊池は「絶対そう、ずっと見てたもん」そう自信ありげに返す。話を聞いていた全員が、今の状況を打開するためには、彼女の観察眼を信じてみるしかないのでは、と思い始めた。

 

『来ないならこっちからいくぞぉ!』

 

 話してる隙に、待ちきれなくなったアレースが、棒立ちになっていた菊池機目掛けて突っ込んできた。反応したが間に合わない、そのナイフの切っ先が橙色のボディに突き刺さると思われた。そのとき、訓練生の一人、右腕と兵装を失った訓練機が、間に割って入った。その突きを残った片腕で受け、腕にナイフを突き立てられたまま力比べのように押し合う。

 

『聞いたよ菊池、作戦あるんでしょ、時間は稼ぐから早く!』

 

 そのまま押し返し掛けた機体の頭部が飛び、胴体を蹴り飛ばされた機体が宙を舞って地面に激突した。搭乗者の安否は不明。

 さらに後ろから二機、両腕を失った機体と、ナイフを握った左腕だけを上半身に残した機体が飛び掛るが、これも横に薙ぐように、一瞬の内に斬り捨てられた。

 

 これで残るは自分達三人だけ、ナイフをジャグリングさせたTkー7改が余裕綽々とばかりに、戯けるように首を傾げ、ツインアイを光らせる。次はお前達だと。

 

「……っ! 有紀ちゃん、挟み撃ちで、大振りを誘うよ!」

 

 溜まった唾を飲み込んだ菊池がナイフを構えて右へ、それに合わせて鈴木も逆手にナイフを持ったボクサーのような構えで左へ、アレースを挟むように動く。

 

『えっ、私は?!』

 

「沙代ちゃんは三曹殿に教わったあれの用意だけしておいて!」

 

 それ以上斎藤が何か言う前に、同時に二人が仕掛けた。菊池は基本に忠実に突きを主体に、鈴木はナイフを握った拳をジャブのように連続で繰り出す。

 

 しかし、どちらの攻撃も届かない。アレースはなんと、その左右からの攻撃を、片手一本ずつで対処してみせた。

 

 突きを上に弾き上げ、逆に突き返そうとする。その前に飛んできたジャブを、上半身を揺らすように避けながら、お返しとばかりにナイフを小刻みに振るって、腕を斬りつけようとする。そして「今だ!」と菊池が放った渾身の突きを、器用にも右手首だけ斬り飛ばした。

 

 菊池が「あっ!」と叫んだ時にはもう遅い、隙が生じたその胴体を思い切り蹴り飛ばすと、鈴木と一対一の構えになる。斎藤が「菊池!」と呼びかけるが返事はない。一転して形勢不利に陥った鈴木が呻く。

 

 対してアレースは愉しげに「ボクシングスタイルかぁ、いいぜ?」と、鈴木と同じようにナイフを逆手に持ち直して拳を振るう。右、左、真正面から――いや、スウェーからのフェイント。

 

 ほんの数秒の間、ボクシング競技のような攻防が続くが、こちらでもアレースは一流であった。喧嘩拳法もどきの菊池では相手にならない。次々と傷が付けられて行く機体、ナイフをナイフで弾くことすらままならない。

 

『中々面白かったぜ? じゃあな!』

 

 そして、トドメを刺そうと思い切りナイフを振り上げた。それが、菊池の言ったアレース最大の隙だった。

 

「今だぁ!」

 

 先程蹴り飛ばされて動かなくなっていた菊池のTkー7が横から飛び出してきた、その振り上げた腕に後ろから組み付いた。一瞬、物理的にも、まさかという心理的にも、動きを止めるTkー7改。

 

「沙代ちゃん、今!」

 

 返事をする時間もない、斎藤は一瞬で自分がするべきことを理解して、機体を走らせた。拘束を振りほどいて、再度持ち上げたナイフを振り下ろそうとしたTk-7改の前に割り込み、その手首を掴んだ。

 

『教官直伝っ!!』

 

 そのまま潜り込むように相手の懐に入って、体を沈め、相手の左腕を下から挟むように持ち上げて固定。その胴体を背負い上げて、手首を掴んだ引き手を思い切り引いた――俗に言う“一本背負い投げ”が炸裂した。

 

『ぐおっ?!』

 

 地面に背中から叩き付けられた機体から苦悶の声が上がる。それでもどこか可動部を損傷させたのか、ぎちぎちと妙な音を立てて立ち上がろうとする機体の腰に、鈴木が高振動ナイフを突き刺した。びくりと震えたTkー7改の四肢が、そのまま脱力した。

 

 

 

 動作を停止したTkー7の中で、アレースは「あーあ、負けた負けた」と、少し悔しそうにぼやいていた。

 

「ちょっと遊びすぎたか? 全く……」

 

 そう言うアレースの口元は、それでも満足気な笑みを浮かべていた。こんな“玩具のような機体で”よく遊べた方だろう。もしも、自分がこんな機体に乗るでもなく、万全の状態だったら、きっと遊びにすらならなかっただろう。

 

「それじゃあ、さっさと逃げますか」

 

 そう言って、アレースは一つのスイッチを押し込んだ。次の瞬間、Tkー7改の各部から煙が吹き出す。この機体に装備されていたスモークディスチャージャー。恐らくは近接戦闘で用いるための装備なのだろう。これを設計した奴は面白い奴だな――アレースは内心で笑いながら、ハッチを開いて外に躍り出た。

 

 周囲を覆う煙で視界はほぼ零の中を、基地に向かって走り去る。適当に制服でも調達して、のんびり帰らさせて貰うとしよう。

 

 後ろで慌てふためく訓練生達を尻目に「楽しかったぜ、ヒヨッコども」と呟いて、アレースは姿を消した。時刻も遅い上に凄まじい煙幕の中でこの男を追えというのは、また酷な話であった。

 

 ***

 

 駐屯地の損害は甚大であった。第三、第四小隊のTkー7が全損、訓練機もその殆どが撃破されてしまった。しかし、その訓練機を操った訓練生達によって、それ以上の被害を被るのを防がれたのは、不幸中の幸いであった。

 

 高橋一佐から直々にお怒りの言葉と、労いの言葉、そして感謝の言葉を頂いた第八教育隊の面々は、先程までの出来事が夢か何かであったような表情で、それぞれの宿舎に戻った。

 

 まるで魔法か何かで、先程敵機となったTkー7改を仕留めたところで時が止まってしまったようである。

 この魔法が解けるのは、教官役であるあの三人に無茶に対する罵倒とか、もしかしたら貰えるかもしれない褒め言葉を受けたらだろう。

 

 訓練生の面々はボケーっとした状態で、しばらくベットの上で呆けていたのだった。

 とりあえず、明日教官達に会ったら自慢げに話してやるんだという想いだけを胸にしながら。

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