自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~ 作:ハの字
《頭部メインカメラ大破、サブカメラ切り替え実行》
《右腕部マニピュレータ損傷》
矢継ぎ早に損傷を伝えてくるAIを無視して、比乃は一心不乱に攻撃を繰り返していた。当たっているのか、空振っているのかすらわからない中、ひたすら打撃を念じ続ける。その状態から一分程経って、
《敵機機能停止を確認》
カメラのほとんどが損傷して、視界が取れないコクピットの中、無我夢中で殴りつけていた敵が、機能を停止していた。それをAIに告げられて、ようやく、比乃は念じるのを止めた。
両腕の手首から先と、頭が完全に潰れたTkー7改二が、降車姿勢を取った。歪んで正常に動作しなかったコクピットハッチを、緊急用の炸薬ボルトで吹き飛ばし、ようやく開いたそこから、比乃は這い出る。
少しふらつきながら地面に降り立ち、慎重に動きを止めたガデューカの胴体、コクピットを覗き込む。大口を開けたように解き放たれたコクピットには、誰も居なかった。
「逃げられた……」
呟いて、比乃は脱力してその場に座り込んだ。
あれ程の技量を持ったテロリストを、みすみす逃してしまったことや、まだ敵が逃げずに居たとして相手が武装していたら、素手でどうやって対処したのだとか、そもそも敵の目的はなんだったのか──そのような考えが、比乃の脳内をぐるぐると巡った。その結果、最終的にため息を一つ吐いて“生き残れて良かった”の一言で片付けた。
実際、途中からは敵を倒すことだけを考えていたが、側から見れば、無謀とも取れる戦闘であった。性能差もそうだし、技量差もあっただろう。今回勝てた……否、引き分けたのは、ラッキーパンチが決まったからに過ぎない。
この化け物と戦って生き残れた事こそ、今回の戦闘で一番の成果だろう。そうしてしばらく座り込んでいると、ずしんと重い、巨人の足跡が複数、聞こえて来た。比乃がそちらを見やると、黒いペーチルが三機。その内の一機は、胴体に深い切り傷を作り、傍の一機に肩を借りている。所属不明のロシア軍の一団だった。
『無事だったかchild1……本当に子供だったとはな』
「子供で悪かったですね。全く、そちらのせいで酷い目に会いましたよ。援護にも来やしないし」
『それは申し訳ないが、我々にも事情と言うものがあってな……』
話している間に、黒いペーチルの一機が、ガデューカの脇を持って、そのまま持ち上げた。どうやら、そのまま運び出すらしい。
『この機体はこちらで持ち帰らせてもらう。元々我が国の物だしな……不服かね』
少佐が何か試すような口調で言う。しかし、比乃は興味無さ気にかぶりを振って、うんざりした口調で言った。
「そういうのは上の、外交官とかが考えることでしょう。現場としてはその厄介物を持って、さっさと立ち去ってほしいくらいですよ」
『そうだな、我々としてもいち早く国に戻りたいところだ。少なくない被害も出してしまったしな……さらばだ、child1。機会があればまた会おう』
「そんな機会、御免被ります」
言いながら、立ち去って行く黒いペーチルに手を振って、比乃は「志度と心視、迎え来てくれないかなぁ」と、疲れた様子で呟いた。
***
事の顛末。
ロシア軍が立ち去ってから十分程経ってから、新湊地区に展開していた富山駐屯地の部隊が駆けつけた。そこに残っていたのは、大量のペーチルSの残骸と、大破した比乃のTkー7改二、志度のTkー7改。唯一損傷を間逃れた心視のTkー7改だけであった。
到着した現場指揮官に、比乃が証言した黒い本国仕様のペーチルと、ロシアの最新鋭機の痕跡は現場には何一つ残っておらず、唯一の証拠は、比乃の機体に記録されていた映像だけだった。
上としても、これだけでロシア政府に抗議するわけにはいかず。もっとも、今回の相手方の作戦行動自体、最初から知っていながら黙認していたので、特に大事になることもなく、二国間の遣り取りは終わりを告げた。
最終的には、現場にロシア軍や、ましてや最新鋭機など存在せず、自衛隊のTkー7改良型二機は、ペーチルSとの戦闘によって大破したということになった。
事の始末を部隊長から聞いた志度は、少し納得がいかない様子だったが、比乃は「まぁ、そうなるでしょうね」の一言で済ませた。別に、それで降格などの処分になることもなく、始末書を書かされることもなかったので、逆に有難いぐらいだった。
それから後日。富山駐屯地から移動する最中に、いつものゲームセンターに寄って、ロシア人の兄妹に別れを告げにやってきた。ところが、会ってみると相手も同じく、比乃たちに別れを言いに来たのだと言う。
なんでも、父親の仕事がようやく終わり、ロシアに帰国することになったのだとか。涙ぐみながら別れを言い合う兄妹と志度、心視を見ながら、父親にこれまでの礼を言われた比乃は、やはりこの声、どこかで聞いたことがあるな。と思ったが、結局、自力ではその既視感の答えに辿り着かなかった。
父親が去り際に「今度こそお別れだ、child1。君には感謝が尽きない、有難う」と言って、初めて、相手の正体を悟った。比乃が驚いて振り返ったときには、すでに親子の姿は無く、完全に人混みに紛れて、最初から居なかったかのように掻き消えてしまっていた。
***
ロシア情報部、その一室の椅子に座る男が、受話器に向かって淡々と事の顛末を語って居た。電話口の向こうの相手は、報告に満足したらしく、男に労いの言葉を述べる。
今回の密輸騒動の真相は、言ってしまえば、ロシアによる盛大なマッチポンプであった。あえて、あたかも“警備の隙を縫ったかのように”最新鋭機を密輸組織が手に入れるように仕向け、それが無事にテロ組織に渡るように手引きし、それを自国のスペツナズを用いて始末する。これが大まかなシナリオであった。
これによって、ロシア政府はこれまで小規模、最低限であったテロへの対策を大きく方向転換。膨大な国土を隠れ蓑にしている、最近になって“国益を損ねるようになってきた”テロ組織を叩き潰す大義名分を得る。
もはや、軍部から横流しして機体を売り払う経済的メリットよりも、テロ組織を生き長らえさせている方がデメリットが大きくなってきていたからだ。
日に日に国内で発生する重武装テロの被害は大きくなってきていたし、世論もいつまで経っても大規模なテロ撲滅に動かない政府に批判的であった。
まだある。このことで国内での対テロ戦闘が激化すれば、あの興味深い兵器、OFMを誘き寄せて鹵獲するチャンスも生まれる可能性があった。ロシアの防空網と戦力を持ってすれば、アメリカや東南アジアの国々が手を焼いている程度の相手など、なんて事ない。そう考えられていた。
今回のマッチポンプ最大の想定外は、奪取させた最新鋭機を自衛隊が撃破してしまったこと、強いて言えば接触させてしまったこと自体がミスなのだが、それも国際的な“話し合い”で解決済み。
憂いと言えば、虎の子のスペツナズに少なくない被害が出てしまったことだが、今回の件で得られた利を考えれば、許容範囲内である。
最初、最新鋭機の密輸が発生した時点で、ロシアの一人勝ちはほぼ決まっていたような物であった。受話器を置いて椅子に深く腰掛けた男は、手にしたワイングラスを掲げて微笑む。
「我が祖国に栄光あれ」
〈第五章 了〉