自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~ 作:ハの字
それから、キレる寸前まで行った比乃の必殺の一言「離さないと二人とも嫌いになるよ」という叫びを受けて、二人は渋々と比乃の引っ張り合いを辞めた。
聞けば、事の発端は、どちらがより比乃の役に立てるか否かから始まり、それが酒が入ったことでエスカレートして、最終的に志度と心視のどちらが比乃を所有するに相応しか、という話になったらしい。
比乃は、自分はどちらの物でもない、と両者に拳骨を落として決着させた。それから、酒が入っていつも以上にハイテンションの宇佐美、彼女の肩を借りてなんとか歩く安久、未だに睨み合いをやめない志度と心視を引き連れて、スーパー銭湯を後にした。
従業員の視線が痛かったのである。
「とりあえず、家のアパート行きますよ。電車乗ればすぐですし」
「おっけー! そこで飲み直しよ!」
「駄目ですからね」
比乃に拒否されて「ええー」と抗議の声をあげる宇佐美。それを無視して、比乃はロッカーから取り出した犬のぬいぐるみを小脇に抱えて歩き出した。ネオンが輝き、休日出勤の仕事終わりのサラリーマン、塾帰りか部活帰りかの学生、私服の集団。
皆が皆、頻発するテロに対しての不安など全く抱いていないように、日常を謳歌しているように見えた。
そんなちょっと平和ボケ気味の人々の日常を守るのが、自分達の役目なのであると、比乃は改めて感じながら、まだ少し火照っている身体を夜風に晒しながら、夜の街を歩いた。
そんな自分の仲間たちが、どうしようもない酔っ払いと化していることからは目を逸らしながら。
***
また電車に揺られて、駅から数十分歩き、灯のほとんど落ちているはんなり荘へと帰宅した比乃は、運ばれている間に完全に酔い潰れて、玄関に到達するなり、寝息を立て始めた安久を、来客用の布団に寝かせた。
そして、未だに赤い顔で威嚇し合ってる志度と心視の二人を、言葉巧みに寝室へと誘導する。そのまま寝付かせる。酔っ払った二人は普段よりも従順で「比乃が言うなら寝る」と、揃って自分の布団に入り、すぐに寝息を立て始めた。
これからは、寝かせる直前にだけ軽く飲酒させるのもありかもしれないな、と比乃は一瞬、思ってしまったが、頭を振ってその邪念を振り払った。
三人の処理を終えてリビングに戻ると、宇佐美が比乃の制止を振り切って、途中のコンビニで買った発泡酒をぐびぐび飲んでいた。全身からアルコール臭が漂い、顔は赤いが、まだまだ余裕らしく「かぁー美味い!」と相変わらず親父臭い台詞を吐いている。
酒に強いというのは事実らしい。それでも飲み過ぎだと思ったが、比乃はもう一組の布団を敷いて、つまみのスナック菓子をぽりぽり食べている宇佐美に一応、声をかけた。
「布団敷いときましたから、好きに使ってください。僕はお先に寝かせてもらいますから」
「ええー日比野ちゃん寝ちゃうのー? 宇佐美お姉さん寂しいなぁー」
「一緒に飲めない相手と一緒でもつまらないでしょ、テレビでも見てたらどうですか」
そう言ってテレビのリモコンを手渡したが、彼女はリモコンと比乃の顔を見比べると、リモコンを敷布団の上に放ってしまう。
「やだ。日比野ちゃんとお話ししてる方が楽しそう。学校の話とか聞かせてよ」
にやっと笑って言った。催促された比乃は、やれやれと諦めたようにかぶりを振る。
「報告書に書いてる以上のことなんて、ほとんどありませんけど、それでもよろしければ」
「やった! こういうのは当事者から直接聞くのが一番面白いのよ!」
口でどんどんぱふぱふと言って、煽り立てる宇佐美の対面に座った比乃は、普段、報告書に書いている内容を、大体が学校での騒動であるが、それについて語り始めた。
護衛対象二人の男の取り合い。気持ちが悪い親衛隊の撃退。クラスメイトの暴走の鎮圧。変わり者の教師陣。ついでに、未だにうだつの上がらない第八師団の訓練生達の話。
それらを、先程までのハイテンションはどこに言ったのか、黙って静かに話を聞いている宇佐美に語り続けた。最後に、一番直近の事件である「男を取り合う男と男の騒動」について話して、比乃は話を終えた。
話すことに夢中になっていて気づかなかったが、時計を見れば、もう十一時を回っていた。普段であればもうとっくに床に付いている時間である。時計を見て習慣が戻ってきたのか、比乃は眠そうに欠伸を一つした。
「これで話は終わりです……面白かったですか?」
「面白かったわよー、とっても良い酒のつまみだったわ」
「それはよかった。それじゃあ、僕も寝ますね」
そう言って席を立ち、寝室へと向かおうとした比乃の背中を、宇佐美が「日比野ちゃん」と呼び止めた。
「話を聞いて、日比野ちゃんが守りたい物っていうのがよくわかったわ。その上で言ってあげるけど、それら全てを守るには、日比野ちゃんはまだまだ力不足よ。自分の身を守るのが、精一杯ってところかしら?」
力不足と言われ、比乃は思わず振り向いた。その表情を見て、宇佐美はにやついた顔で、面白そうに目を細める。そして席を立つと、ゆっくりとした動きで、しかし、酔っているとは思えない、しなやかな動きで、比乃の前まで来た。そして、諭すように、ゆっくりとした口調で話を続ける。
「だから、沖縄に戻って来いなんて、私は言わないわよ。そこは勘違いしないでね。私が言いたいのは、もっともっと強くなりなさいってこと、自分以外を守るって言うのはね、それ相応の強さが必要なのよ」
「それが、僕には足りてないと?」
「私たちから見たらねぇ。だから、剛は日比野ちゃんを沖縄に戻すのに躍起になってたのよ。まぁ、私と同じくらい強くなってくれたら、どこに行かれたって安心なんだけどね?」
そこまで言って、宇佐美は片手に持っていた発泡酒の缶を煽った。比乃は神妙な面持ちで、続きの言葉を待つ。中身を飲み干した宇佐美が「安酒もたまには良いわねぇ」と呟き、比乃の表情を見てまた笑った。
「その顔、どうやって強くなったらいいか聞きたそうな顔ね。そんなの私には解らないわよ。強くなる方法なんて人それぞれなんだから、ひたすらに鍛錬を積む奴、自分の才能を伸ばす奴、天性のそれに胡座をかいてるだけで強くなる奴……日比野ちゃんはどれかしらね? 私的には、一番目だと思うけど」
「つまり……とにかく鍛錬を積めってことですか?」
「さぁ、それを決めるのは自分よ。ただ、もし強くなる前に困った事になったら、遠慮なく私たちを頼りなさい。どれだけ困った事になったとしても、私たちだけは、貴方の味方で居てあげるから。何があっても、どんな時でもね。だから、安心して強くなりなさいな」
そう言って、宇佐美は今度は優しげな笑みを浮かべて「わかった?」と真剣な顔の比乃の鼻っ面を指で小突いた。
「……普段、沖縄にいる宇佐美さんたちを頼ろうにも、物理的な距離があり過ぎる気がするんでけど」
「もー、日比野ちゃんったらリアリストねぇ!」
これだから現実主義者は! と宇佐美は更に比乃の頭を小突いて、けらけら笑った。比乃も、何かに安心したように、釣られて笑ったのだった。
***
なお、その翌日。
「うー、気持ち悪い……」
「水……水をくれ……」
「「…………」」
「四人とも飲み過ぎなんだよ……それで、今日の予定は?」
「このまま日比野ちゃん家でごろごろするー……反論は認めなーい……」
という風に、二日酔いでぐったりしている大人二人と、生まれて初めての苦痛に、無言で息絶えている子供二人の介抱で、比乃の二日目の休日は潰れることになったのだった。
〈第六章 了〉