自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~ 作:ハの字
暖房が効いた執務室の中、作戦将校である大佐は、アポも無しに掛かってきた電話で話された内容に、目を白黒させていた。
「それは、どういうことでしょうか?」
聞き間違えなどあり得ない、そうわかっていても、思わず聞き返してしまった。電話口の相手、自分の更に上に位置する上官とも言える男は、もう一度言うのも面倒そうにしながらも、その内容を告げた。
『だから、自衛隊から少しばかり戦闘データ以外の情報を貰えれば、という話だ』
「まさか……機体に関してはお互い不干渉だと言う取り決めになっているはずですが」
『機体などはどうでも良い。それより例の自衛官三人だよ。二人は例のテロ組織が作った試験管ベビー、そしてもう一人はその組織がご執心の存在となれば、手中に収めておいて、これほど有益な物はないと思わんかね?』
それを聞いた大佐は愕然とした。AMWならともかく、この上官はパイロットである自衛官を拉致しようと企てているのだ。
「しかし、それは……」
生唾を飲み込み、一瞬の躊躇いの後、上官に向けて意見を述べる。
「もし、それを実行に移せば、国家間の信用問題に影響しかねないのでは」
『私はまだ何も言っていないが? まぁ、もしもだ。たかだか自衛官が数人帰ってこない程度で、あの国が動くと思うかね。裏取引も進めている、何の懸念材料もない』
心配性な部下を嘲るような口調でそう話す男は「それに」と言葉を続けた。
『これは国防相からの正式な“お願い”でね。君の意思とは関係なく本計画は実行される。そうだな、心配性な君のために、君にとって悪い事実と良い事実を伝えておこう。悪い方は、本計画が成功しても、その成果のお溢れに君はありつけないこと、良い方は、本計画が万に一つ失敗したとしても、君に責任の所在はないということだ』
安心できたかね? と問いかけてくる上官に何も言い返せず大佐が沈黙していると、それを肯定と受け取った男が、付け加えるように。
『無いとは思うが、邪魔だけはしないように、わかったね?』
「……了解、しました」
『よろしい。それでは合同演習の件、期待しているよ』
そこで、通話は切られた。大佐は緊張の糸が解けたように、椅子の背凭れを揺らすと、引き出しから写真を取り出して、悲観を帯びた目をして呟いた。
「日野部……すまん……」
自分が忠誠を誓う国家が、友の息子たちを手にかけようとしているーーそれに対する贖罪の念と共に、国防相のお偉い方の甘い算段に腹が立つ。あの男を敵に回して、多少の火傷で済むわけがないというのに、それを上は解っていない。
奴が本気を出したらどうなるか、付き合いのある自分でも想像がつかない。
「自衛隊が自力で切り抜けることを、祈るしかない……か」
***
「なぁーんてことになってると思われるので、お前たちに三人と整備班の護衛を任せる。やる気は?」
沖縄、陸上自衛隊第三師団の執務室。一通り、部隊長が今回の軍事合同演習で起こるであろう、予測する限り最低最悪の事態について語り終えると、部屋に集められた二人の自衛官は、鼻息も荒くして、自信満々に、短く答えた。
「「あります!」」
「よろしい」
部隊長は満足げに頷いて、目の前で休めの姿勢で立つ巨漢。大貫三等陸尉と大関三等陸尉に、改めて任務を告げる。
「お前たちの役割は三つ。一つ目はきな臭くてきな臭くて堪らない合同演習中に比乃、志度、心視の身に何か起こった場合、即座にそれを解決すること。二つ目は、同行する整備班とTkー7改二に怪しい奴らがお触りしないように見張ること。三つ目は、お前たちも含めて、全員無事に日本に戻ってくること」
たったこれだけだ、簡単だろう? と部隊長は手に持っているボールペンをくるくる回しながら、さも楽な任務を告げたように、若干の皮肉を込めて言った。
それに対して、第三師団きっての筋肉馬鹿二人は「お安いご用です!」とまたハモって答える。何か苦言でも漏らすかと思っていた部隊長は、少しばかり虚を突かれたようになって、
「いやな……言っておいてなんだが、こう、何か言いたいこととかないのか?」
「と、言いますと?」
「任務の内容に対して人手が足りないだとか、どうして自分たちが選ばれたのかとか、そういうこと、ないか?」
「いえ、ありません!」
「自分たちにはこの鍛え上げられた肉体と経験があります。どんな困難な任務であろうと、こなしてみせる所存です!」
「お、おう……」
いかん、人選間違えたかな。と部隊長はボールペンを置いて、こめかみに手をやって少し悩んだ。
任務に忠実なのは良いことだし、指示されたことを確実にたち成するだけの技量も持っている二人である。何せ、安久と宇佐美の次にAMWと生身での戦闘能力が高い人選である。多少の荒事もやってのけよう。
それだけならば、非常に優秀な自衛官なのだが、いかんせん、この二人は脳にまでプロテインが回っている気がある。
(比乃とか安久みたいに、任務内容に一々質疑応答を求めてくる自衛官の方がレアか……)
まぁ、やる気があるならいいか、と投げやりに結論付けた部隊長は、椅子に座り直して、机の上を転がったボールペンを持ち直す。
「ともかく、重大な任務だ。あの三人と整備班のこと、よろしく頼むぞ」
「お任せください!」
「何が起きても、無事に皆で帰って来てみせます!」
びしっと敬礼して宣言してみせる三尉らに、部隊長は机の上に広げていた指示書を手渡す。それは合同演習について細やかに、二人が知っても問題ないだけを記せるだけ記した物だった。
「よし、では所定のルートで比乃たちと合流した後、用意されている足で目的地に向かえ。俺からは以上だ。下がってよし」
部隊長が手をひらひらさせて退室を促すと、二人は「「失礼します!!」」と大声を張り上げてから、のっしのっしと執務室から出て行った。
一人、執務室に残された部隊長は、息を吐いて、ぼそりと呟いた。
「……あいつらと話すの、どうも疲れるなぁ」
悪い奴でもないし、良い部下なのだが、テンションというか、ノリが自分と不一致な部分がある気がする。そう分析しながら、部隊長は引き出しから書きかけの書類を取り出し、続きを書き始めた。
一応の保険の為に用意している物だが、これが役に立つことはまずないだろう──ないと思いたい。これを使うと、あまり借りを作りたくない所にいらない借りを作ってしまい兼ねない。それでも、比乃らの安全がそれで買えるのならば、安い物だとも考えられる。
「……ロシア語下手だなぁ、俺」
その書類に書き出した文章を見直して、部隊長はまた、独り言を呟くのだった。