自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~ 作:ハの字
翌朝。いつもより早く起床した比乃と志度は、同じく早起きしていた心視を部屋に招いて、三人で集まっていた。
服装はすでに寝間着からいつもの制服に着替えており、出掛ける用意をし始めている最中であった。
事前に決めていた予定では、午前中は整備班に付き添い、午後の模擬戦に備えて機体の調整作業を手伝う事になっている。
その作業で自分達がすることは特に無かったが、暇で仕方ないので、整備班にお願いした形だ。部隊長や筋肉コンビからは「むやみに外を出歩いたりするなよ」と言い付けられているので、三人だけでは観光もできやしない。
保護者役に引率を頼めばとも考えたが、筋肉コンビも整備班に同行してやる事があるということで、それは叶わなかった。折角、仕事とは言えど、殺伐とした対テロ戦闘以外で海外に来たのだから、色々と見て回りたかった比乃達であるが、そういった都合が積み重なってはしかたがなかった。
そういうことで、三人で部屋に集まって予定の時間まで雑談をしていた。その折、ドアがノックされた。志度と心視が「誰だろ」と言いたげな表情を浮かべ、比乃が「はーい」と返事をしてドアを開けた。
そこにいたのはカラシンにエリツィナ、グレコフのスペツナズ三人組であった。全員、ラフな私服姿である。
「よっ、日比野軍曹、よく眠れたか?」
何しに来たんだろう、この三人……と言いたげに、志度と心視が怪訝そうに顔を見合わせる。自然と対応役になった比乃が一応、客人ということで愛想笑いを浮かべて答える。
「おはようございます。おかげさまでぐっすり眠れましたよ」
「そいつは良かった。寝不足は良い仕事の敵って言うからな」
うんうんと頷く彼の後ろで、エリツィナがぼそりと「警戒心という物がないのか」と呟いたが、カラシンに軽く肘打ちされて黙った。幸い、比乃らには聞こえてなかった。
「それで、どうしたんですか急に、なにか御用が?」
「ああ、それなんだけどな」
カラシンはポケットから印刷されたパンフレットのような物を取り出して、比乃の顔の前に開いた。そこには、この街から車で少し行った所にある都市にある観光地について記されていた。ロシア語だったので、比乃には内容はさっぱりわからなかったが、絵面でなんとなく察せられた。
「ちょっと交友を深めたいと思って、観光ツアーを計画したんだよ」
「はぁ……」
突然の申し出に、いまいちピンと来ていない比乃の生返事を無視して、カラシンは話を続ける。
「俺達、午前中はすることなくて暇してるから丁度良いと思ってな。そっちも午前中は暇してるだろ? 少佐殿から許可は取り付けたから、気兼ねなく出掛けられるぞ」
その話を聞いた比乃は逡巡してから、後ろ、志度と心視の方を向いたかと思うと、突然。
「集合!」
一声をあげた。途端に、ベッドに腰掛けていた二人が跳ねるように比乃の方に駆けてくる。そして三人は中腰になって円陣を組んで、日本語で密談を始める。
「どう思う?」
「……罠」
「かもしれんけど、それする必要があの三人にあるか?」
円陣を組んだまま比乃らは顔だけ上げて、ロシア軍、もしかしたら自分達を狙ってるかもしれないと、上官から言い含められている三人を見る。目の前で円陣を組んで作戦タイムに入った自衛官三人を前に、カラシンは相変わらず笑顔で、エリツィナは若干不機嫌そうな真顔で、グレコフは普通に困惑していた。
三者三様の反応を確認してから、再び顔を見合わせる。
「ちょっと怪しいから、断ってみようか、というか予定あるし」
「……賛成」
「まぁ先約あるからな、しかたないよな」
とりあえず方針が決まった三人は円陣を解くと、比乃が一歩前に出て、にこにこしているカラシンに申し訳なさそうな顔を向けた。
「すいません、僕達、午前中は整備班に付き添って機体の調整することになってまして」
出来る限り申し訳なさそうにそう告げると、カラシンは一瞬だけ真顔になって、しかし次の瞬間にはまた笑顔になった。
「なぁんだ、そんなことか。それなら大丈夫だ!」
「え?」
何が大丈夫なんだろうと首を傾げてこちらを見る比乃に、カラシンは自身の胸をとんと叩いた。
「もうすでに、そっちの少尉さんらや整備士さん達には話をつけてある! だから観光に行っても問題無しだ!」
そう言い切って、並びが良い白い歯をきらりと光らせるような爽やかな笑顔を浮かべる。これがナンパか何かだったら、文句無しのアプローチであったが、比乃らはそんなにちょろくはなかった。
それに対する反応として、三人が再び円陣を組んだ。
「どう思う?」
「……罠?」
「裏があるとは思えねぇけどなぁ」
そんな内容の話をヒソヒソとする三人。それを見たカラシンは、また一瞬真顔になる。上手く事が進まないと笑みが失せる癖があるらしい。すると、彼は手を頭の後ろで組み、三人に背を向けると、態とらしい声で、
「残念だなぁー、せっかく知り合ったんだから仲良く交流して絆を深めたかったんだけどなぁー、そっちが嫌ならしかたないかー」
と棒読みで、ちっとも残念さを感じさせない口調で言った。が、比乃には効果覿面だったようで「うっ」と眉を歪めて困り顔になる。
比乃の性格的に、人の好意をそう易々と無碍にできないのである。相手の心理を突いた、実に有効な手だった。比乃達に背を向けてほくそ笑むカラシンの両隣で、エリツィナとグレコフは呆れ顔をしていた。
円陣を解いた比乃が、眉を八の字にしたまま、口元だけは愛想笑いを浮かべて、
「そ、それじゃあご一緒させていただきますね」
カラシンの姑息な作戦もあって、決局、比乃はカラシン達三人との外出を承諾した。その旨を聞いたカラシンは「よっしゃ!」とガッツポーズを決めてから、自衛隊の緑の制服を着ている三人の服装を見やる。
「それじゃあ早速行こうぜ……と言いたいが、その格好じゃ悪目立ちがすぎるな、私服は持ってきてるか?」
「一応、何かあった時のために用意してありますが」
「よし、予定が詰まってるから手早く着替えてくれ。それじゃ!」
やや早口で言って、カラシンは扉を勢いよく閉めた。閉じた扉の前で、笑みを消した比乃は後ろ二人に向けて、今度は不安そうな顔をする。
「……なんだか上手く載せられちゃった気がするけど、本当に大丈夫だと思う?」
「まぁ悪意は感じなかったし、普通に遊びに誘われたと思えばいいんじゃないか?」
「折角だし……楽しむべき」
「……そうだね。一応、用心しつつだけど楽しもうか」
そうして、外出することを一応納得して楽しむことに決めた各々は、私服への着替えや、一応両替しておいた金銭を用意したりと、ユジノサハリンスク観光に出かける準備をし始めたのだった。
六人が出てから数十分後。部屋に様子を見に行った大関が困り顔で、ロビーにいた同僚の元に戻ってきた。
「おい大貫、比乃達どこ行ったか知らんか? 整備班の連中が時間になっても来ないって騒いでたから様子見に行ったら、誰もいないんだが」
「いいや、俺は把握してないが……確か、機体の調整手伝うとか言ってたはずだよな」
「ついでに言えば、スペツナズの三人組も留守にしてるみたいなんだが」
筋肉コンビは腕組みをしてうーんと考えてから「あっ」と声をあげてから、やられたっと頭を抱えた。カラシンの言葉は咄嗟に出した虚言で、実際には筋肉コンビも整備班も、比乃らが観光に出掛けるなど一言も聞いていなかったのだ。
筋肉コンビのプロテインが回った頭でも、あの三人がロシア兵に連れ出されたことは理解できた。割と緊急事態である。
「……どうする?」
「電話すれば出るかもしれん、携帯端末は?」
「それが、部屋に置きっぱなしだった」
これもまたカラシンの仕業だった。彼の「オフに携帯持ち歩くなんて人生損するぞ」という言葉に押し切られ、渋々、比乃達は携帯端末を自室に置いて行ってしまったのだ。
「足で探すか……森辺りに事情はメールしておこう」
「……そうするか」
そういうことになって、二人はホテルの表にあるタクシープールで英語が通じる運転手を探し出し、車に乗り込んだ。料金表を眺めた大関の「これ経費で落ちるかな」という言葉が、二人が乗り込んで手狭になった後部座席に虚しく響いた。