自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~ 作:ハの字
日本近海。その海中、ジュエリーボックスの薄暗い発令所の中で、
「修学旅行? 学校ぐるみで旅行ですか」
「ええ、ターゲットがそれで沖縄に来ているとのことです。水守艦長は行ったことがないので?」
「私のいた学校には、そういった行事はありませんでしたから」
「今時珍しいですなぁ」
艦長席に座る女性、水守と幹部の一人である男がそんな会話をしていた。
名前と容姿からして日本人であることは確かに見える彼女の言葉に、幹部の男は不思議そうに眉を顰めたが、すぐに表情を引き締めて手元のファイルをめくる。
「ターゲットの所在ですが、宿泊しているホテルまで把握済みです。学校側に申請した行動予定については、その学校のセキュリティが少々馬鹿げていた為、手に入りませんでしたが……」
「そのくらい問題ありません。それに、尾行は付けているのでしょう?」
「はい、現地の協力者からの情報提供により、現在地まで割れています。今は、何故だか自衛隊の駐屯地にいるようですが」
「やはり、人道的なボランティアはしておく物ですね」
協力者とは、沖縄で息を潜めている過激派市民団体のことだ。彼らはテロ組織の他にも、宝石箱からの資金提供も受けていた。その伝手は、顔写真を渡せば目標の人物をすぐに見つけ出すくらいには大きい。
「それにしても、学校の旅行で自衛隊の基地ですか、それが今のトレンドなのかしら」
「いえ、そういう訳ではないかと……ターゲットの父親がその駐屯地の長であるという情報もありますので、顔を見せに行っただけなのでは」
言いながら、男はファイルをぱらぱらとめくって、その駐屯地、第三師団の長である日野部一佐の情報が記されたページを見るが、そのページにはほとんど白紙で、まともな情報がなかった。
辛うじて記されている情報と言えば、好きな食べ物と嫌いな食べ物、そして自衛隊のホームページに載っている顔写真であった。
男は「情報部の怠慢だな……」と嘆くように小さく呟く。その言葉を全く聞こえていないように水守は無視した。
「本当にそれだけならいいですけど……尾行がばれて、保護を頼みに行った、なんてこともあるかもしれませんよ?」
「まさか……」
水守の指摘に、幹部は少し心配そうな表情を浮かべる。それを見た彼女はクスッと小さく笑った。
「冗談です。まぁ今は基地にいても、その内ホテルに戻るでしょうし、その時を待てば良いでしょう」
「そ、そうですな……ところで、副次目標についてですが、如何致しましょう」
「副次……確か、イギリスの王女様と、大企業の令嬢二人でしたか? どんな方達だったかしら……」
口元に指をやって首を傾げる水守の前に、すっとファイルが差し出される。そこには、メアリーとアイヴィー、そして紫蘭の、視線の向きなどからして明らかに盗撮であることがわかる写真がクリップで止められていた。
その写真をじっと見つめた水守は「ああ」と思い出したように両の手のひらをパンと合わせた。
「そうそう、こんな顔をしてらしたね。前に資料を見た時はあまりに興味が湧かなくて、忘れてしまっていました」
戯けた様子で言う彼女に、幹部の男は小さくため息を吐く。
この自分達のリーダーは、自身の関心が至らないことに関しては本当に興味を持ってくれない。少し困った性格をしている。カリスマはあるのだが、そこが彼女の欠点とも言えよう。
幹部の男は気を取り直して、小さく咳払いをして、報告を始める。
「今回、ターゲットと行動を共にしていることから、一度に確保できる算段が高いと作戦部は言って来ています。そして、手元に確保できた場合の有用性も、非常に高いとも、作戦部と戦闘部はターゲットと副次目標の両方を確保すべきだと、進言してきています」
「上手くいけば、国一つと大企業二つを、一緒くたに交渉のテーブルに座らせられる、ということですね?」
「そういう事になります」
幹部の報告を受けて、水守はんーと、少し考え込むそぶりを見せる。
「戦力の方はどうなっているのですか?」
「前回の戦闘で損傷を受けた機体は全て修復を終えています。ロシア方面から戻ってきているジェローム隊も同様です。戦闘部の隊長を一人欠いたのは痛手でしたが、その分の戦力補充も済んでいます」
淡々と宝石箱の現状戦力について語る男。水守はそれを聞いて満足そうに顔を綻ばせた。
「準備は万端、ということですね?」
「はい。更に、現地の市民団体からも協力を得られる手筈になっています」
「用意周到で大変よろしいですね」
と、そこで、水守の表情がふっと真顔になった。そして始めて幹部の方に視線を向ける。
「でも私、そこまで手を回していたなんて知りませんでした。誰の許可でやったんですか?」
話し方はいつも通りなのに、どこか薄ら寒い物を感じさせるその口調に、男の顔は青ざめた。
「も、申し訳ありません! 勝手な真似をしました!」
「…………いえ、いいですよ。少しでも作戦が成功し易いようにと手を打ってくださったんでしょうし、それを咎めるだなんてとんでもない。ただ、私にも教えてほしかっただけです。私、秘密を作られるの、あまり好きではないんです」
そう言って、ふっと興味を失ったように水守は視線を前に戻した。その穏やかな横顔を見て、男は安堵した。
「そ、それでは作戦は決行ということでよろしいでしょうか?」
「勿論です。ここまでお膳立てしておいて、作戦を実行しない理由がありませんから」
当然のように言って、水守は差し出されたペンを受け取って、男から手渡された書類にサインをして、男に返した。それを受け取ると、幹部の男は「了解しました。それでは、失礼します」と敬礼をして、発令所を後にした。
自動扉が閉まる音が聞こえてから、水守は“自分以外無人となった”発令所の中で、うんと伸びをして、目元を隠すように顔に腕を乗せた。
周囲から聞こえるのは、自動操縦を行なっている機械が立てる低い音のみ、そんな中で、彼女は口を開いた。
「秘密を作られるのが嫌い、ですって……私自身、とても大きな秘密を抱えているというのにね……わかってますよ、そんなこと言っても、信じてもらえるわけないでしょう?」
水守以外誰もいないはずのその機械の密室で、彼女は楽しげに会話らしき物を続けていた。