自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~   作:ハの字

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各々の後悔

「日比野と浅野が戻ったぞ!」

 

 戦闘から離脱した三番機が第一格納庫に入ると、受け入れ態勢を整えていた救護班と整備スタッフがその足元に群がった。そして、凄惨きわめる機体の状態に、思わずたじろいだ。

 

 三番機の腕から降ろされたコクピットブロックは、押し潰された空き缶のようになっていた。その外装の表面を、機体のオイルが体液のように纏わりついていて、まるで潰れて中身が絞り出され、漏れ出しているように見えた。

 

「こりゃひでぇ……」

 

「装甲の歪みが酷くて工具類で開けるのは無理だ。浅野、Tk-9で抉じ開けてくれ!」

 

「ゆっくり、ゆっくりだぞ!」

 

 足元から指示を受けた三番機の大きい指が、慎重に、ゆっくりと歪んだハッチを掴み引っぺがす。

 べきりべきりと破砕音がして、段ボールのように外装が引き剥がされた。

 即座に、救護班が内部に踏み込む。隊員たちは息を飲んだ。

 

 比乃は、搭乗席の上で変わり果てた姿になっていた。

 四肢は折れ曲がり、HMDで表情は窺えない頭は力無く俯いている。その身体は、貼り付けにされた標本のように、原型をとどめていないシートの上にぶら下がっていた。

 

 特に悲惨なのは下半身だった。腿から下が磨り潰され、千切れかかり、ぐしゃぐしゃになった機材が突き刺さり、融合してしまっている。パイロットスーツの高機能な止血機能を持ってしても、そこからは夥しい量の血液が流れていた。

 

 救護員も仕事柄、このような場面は他基地で幾度となく目にしてきたが、それでも一瞬吐き気を覚える。

 大人ならともかく、機士とは言え子供が、このような有様になっていることに、動揺を隠せなかった。

 

 隊員は意を決するように近づいて、比乃の様態を確認する。

 ――脈もある、呼吸もしている……まだ生きている!

 

「担架、それと止血具持ってこい、早く!」

 

 矢継ぎ早に飛ばされた指示に答えて、待機していた他の救護班が素早く行動を開始する。「整備も来てくれ、邪魔な機材毎外すぞ!」という声に、野次馬のように集まっていた整備班も慌てて工具片手に取り付いて、比乃を拘束している機材類を解体していく。

 

 その光景をTk-9のコクピットにいる心視は無言で見下ろしていた。

 心視の黒い瞳に、無残な姿となった比乃が映って、大きく揺れる。

何故、彼がこんなことになってしまったのか、脳裏にそんな言葉が浮かび、自答の言葉が口から漏れる。

 

「私のせいだ……」

 

 あの程度の敵を相手に、時間をかけてしまった自分の落ち度だ。被弾した相手に追撃を加えようとした直前に生じた装備の不具合――フォトンドライブに直結していた電磁砲への過干渉による出力低下で、敵を仕留め損ねたせいで、比乃の援護が遅れた。

 

 その結果がこれだ。心視は両手を頭を抱え、言葉にならない声が、絞り出されるように紡がれる。

 

 ――あの時、もっと早く敵の回避パターンを読めていれば、もっと早く敵を倒していれば、比乃が大怪我をすることはなかったはずだ。いや、もしかしたら比乃はもう助からないかもしれない。

 ――それなのに、自分は驕っていた。未知の敵に対して、その動きが余りにも稚拙で未熟であったというだけで、油断したのだ。危険度が未知数の、本来ならば油断などせず、迅速に撃破しなければならなかった敵なのに。

 

 自責の念に耐えきれないように、心視は搭乗席の上で膝を抱えて蹲る。もし、比乃が死んでしまったら……そうなったら、自分にはとても耐えられない。

 

 しかし、今回、心視や志度と言った、駐屯地における規格外の機士とTk-9でなければ、あの敵を撃退することは適わなかっただろう。他の機士が繰るTk-7では、対抗できたかすら怪しかった……それほどまでの強敵が相手だったのだ。その事実があっても、心視の自責の念は尽きない。

 

 狭いコクピットの中、少女の謝罪の言葉が響くが、少年には届かなかった。

 

 *   *   *

 

 比乃と心視が戻ってから、丸一日が経過した。戦闘はとっくに終了し、駐屯地の自衛官たちは後始末に追われている。そんな喧噪から切り離されているかのように静かな場所で、

 

「俺のせいだ……」

 

 駐屯地の一角、あまり人が来ない喫煙スペース。

 そこで煙草を咥えていたちょび髭の男性――部隊長が、うめく様にそう漏らした。

 それを聞いているのは、同じく煙草を咥えている二人の男性。整備主任と呼ばれていた男と、白衣を着た目つきの悪い男だった。

 

 心視が比乃を回収して後退した後、数十秒もせずに、敵も撤退を始めた。

 

 撃破された仲間を紫の西洋鎧が抱えて、更に追加で飛来した黒い西洋鎧――その腕はほぼ千切れていて、片足にはがっちりとTk-7の腕の残骸が絡みついていた――が志度の二番機と緑の西洋鎧の間に入り、流石に二対一では追撃するには危険だと判断したHQが、志度にも後退を指示。

 

 同じ頃、技本を襲撃してきた方も、Tk-7二機で西洋鎧二機を完全に圧倒したが、撃破に至る直前で乱入してきた……おそらくは指揮官機と思われる固体に翻弄され、撤退を許してしまった。

 

 自衛隊としては、未知の敵を撃退するも見す見すと逃してしまうという、残念な結果となった。

 

 襲撃者側にしてみれば、戦力配分のミスから投入戦力はほぼ壊滅。工作員も死亡、目標も達成ならずという、散々な被害を被ったのだが、自衛隊側がそれを知る由はなかった。テロリストの事情など知らない側からすれば、今回の件は第三師団設立以来の大失態である。

 

 それでも、駐屯地の防衛という面だけで言えば成功したと言える。それでもここにいる三人の表情は暗い。

 

「俺は指揮官としても、父親としても失格だ……あんな欠陥機に乗せて出撃させて意識不明の重態……あいつが起きた時、どんな顔で会えばいいんだ……」

 

 部隊長は普段からは見られないほど落ち込んだ顔で、壁に手をついて俯いている。

 その様子を見た二人も、同様に、

 

「そんなこと言ったら、出来る限りとは言え全力で調整した機体に不具合出させちまった俺の方が立場がねぇよ……」

 

 整備自体は完璧であったが、機体その物の欠陥だけはどうしようもなかった。

 しかし、どうしようもなかったという言い訳をしたところで、搭乗者の怪我が治るわけではない。

 整備員失格だ……と、整備班長は項垂れる。

 

「そんなこと言ったら俺もだ……一命は取り留められたが、それが限界だった……」

 

 白衣を着た男――この駐屯地における緊急医療班。必要があれば駐屯地に用意された医療設備で手術を行う外科医が、悔しげに髪を搔き毟った。

 

 あの後、部隊長のいつもの謎ルートで駐屯地内に設置された。自衛隊病院としてもトップクラスに整った医療設備を用いた手術のおかげで、比乃は死を逃れた。

 

 小柄だったことと、操縦服の優秀さにも救われた。特殊繊維で編みこまれたそれは、高い衝撃吸収能力と、切断による出血箇所を勝手に塞ぐ包帯としての機能も兼ねそろえている。これを纏っているだけで生存率は一桁跳ね上がると言われる優れものだった。

 

 両手や肋骨は折れていた物の、神経などの損傷は間逃れていたので、完治すれば麻痺も残らないだろう。

 あの状態からすれば奇跡に近かった。

 

 ……しかし、完全に潰れてしまった両足、腿から下だけは、

 

「どうやら、俺は継ぎ接ぎのヤブ医者にはなれんかったらしい」

 

 その呟きを合図にしたように、三人の責任者は揃って深いため息をついた。

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