自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~   作:ハの字

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アイヴィー・ヴィッカース

「それで、どうしてこんなところにいるの? アイヴィー」

 

 作戦説明を終えて、各自が出撃前最後の機体調整を行っている格納庫で、比乃はクラスメイトである少女を詰問していた。

 アイヴィーは、自分より低身長のはずなのに、妙に迫力がある少年を前に「いやぁ、それは……」と誤魔化すように頬を掻いた。

 

「どうせ、戦力が足りないらしいから自分もとか、そういう理由で参加してきたんでしょ」

 

「えっ、比乃凄い、どうしてわかったの?」

 

 言ってから「あっ」と口を抑えるアイヴィーに、比乃は「やっぱり」とジト目を向けた。

 英国本土から戦力が送られてきたのなら、この場に、日本にいる彼女や、後ろでこのやり取りを見守ってるジャック、更には見覚えがある顔の護衛たちがいるはずがないのだ。

 

 実際、英国政府が取った秘策とは、機体だけをどうにかして用意させて送り出し、日本にいる自国のAMW操縦資格持ちの近衛たちに連合へ参加させる。というものだった。

 比乃がそんなところでしょ、とアイヴィーに自分の予想を話して見せると、彼女は目を丸くして驚いた。彼の予想は、ほとんど的を得ているのだ。

 

 だが、一つだけ違うことがあった。それを勘違いさせたままなのは、彼女の乙女としての尊厳に関わるので、しっかり説明する必要がある。

 

「で、でもそれだけじゃないよ!」

 

「それだけじゃない? アイヴィーの正義感とか、そういうのは良いところだと思うし、見習いたいなって思うけど、それだけでこんな危険な場所に来るのはどうかと思うよ。苦労して来たんだろうけど、ここで待機してもらった方がいいね。ジャックに掛け合ってみようか」

 

 違うと言ったのに、勝手にぺらぺらと語り出して結論付けようとする比乃に、むっとしたアイヴィーはずかずかと歩み寄る。話を聞かない、その小柄な少年の肩を両手で掴んで、身体をぐっと引き寄せた。そして、至近距離に顔を近づける。

 

「私は、比乃が参加するって聞いたから、ここに来たんだよ。自分の正義感も、勿論あるけど、それより、比乃が心配で心配で、今度こそいなくなっちゃうかもと思ったら、居ても立ってもいられなくて……だから、一緒に戦うために来たの」

 

 突然の行動に、驚いて硬直している少年の目を真っ直ぐ見つめて、アイヴィーは更に続ける。

 

「それに、日本から出た後にメアリから聞いたよ。比乃、死ぬ気だったんでしょ? そんなの絶対に許さないよ。もう死ぬ気じゃないって言っても、縄で縛って、私の部屋に作戦が終わるまで隠しておこうかって、本気で考えたよ」

 

 アイヴィーの目は、確かに本気だった。少し薄ら寒いものを感じて、思わず目を逸らそうとした。が、今度はその顔を両手で挟むようにして固定された。比乃の眼前に、メアリにも劣らない、美しく整った顔が来る。

 

「それでも、平和な日常を私やメアリにくれるのが願いだって、そのために、比乃は戦うとも聞いた。だったら、私が比乃にしてあげられるのは、それを少しでも叶えやすくするために、一緒に戦うことだって、沢山考えて、決めたの。だから、比乃がなんて言っても、私は引き下がらないよ」

 

 英国人特有の薄緑色の瞳が、比乃を捉えて放さない。アイヴィーに圧倒された比乃は、諦めたように溜め息を吐いた。

 自分と同年代の少女がした決意は、そう簡単に覆せないということは、彼女たちと関わったこの数か月間で、よくわかった。自分と同じ、未成年の子供と言えど、一人の人間がした決意は堅いのだ。

 

「……わかった。僕はもうアイヴィーを止めないよ。ただ、二つだけお願いがあるんだ」

 

「……何?」

 

 比乃は、まだむっとした表情をしている、目の前のアイヴィーの瞳を、見つめ返す。

 

「一つ目は、生きて帰ることを優先すること。ジャックたちもいるけど、それでも前線は危ないから、僕だけ生き残って、アイヴィーがいないなんて、絶対に嫌だからね。メアリにも怒られるし」

 

「それは勿論、私だって死ねない理由があるんだから、頑張るよ」

 

「もう一つは……そろそろ放してくれないかな、近い」

 

 言われて、アイヴィーは今、自分と彼がキスをする直前くらいの距離で見つめ合っていることを、ようやく認識した。

 

「あっ、あっ、えっと……」

 

 現状を理解した彼女の脳が、沸騰しそうなほどに熱くなる。表情が、朱色を超えて真っ赤に染まった。

 羞恥心という感情を、やっと思い出した彼女は、いったん顔だけを離した。しかし、比乃の頬を挟んだ手は放さない。

 

「ん? アイヴィー?」

 

 顔をやんわりと固定する手ごと、首を傾げる比乃。その仕草を見て、彼女は勇気を振り絞った。周囲には、自分の邪魔をする者はいない。今しかないという思いが、その背を押した。

 

「あ、あのね、比乃。出撃する前に、ひ、一つだけ。私からもお願いがあるの」

 

 緊張しているのか、声を詰まらせながら話すアイヴィー。対し、鈍い比乃は「お願い? いいけど」と、特に深く考えずに了承する。次の瞬間、比乃の身体が、柔らかく包まれた。

 

「え?」

 

 またも突然のことに驚いて硬直する彼の背中に手を回し、自分より小柄な少年を、力一杯抱きしめた少女は「少しだけ、このままで居させて」と、願いを口にした。

 

 その願いを拒否する余裕は、比乃にはなかった。頭には、疑問符と、柔らかい感触と、少女らしい匂いがするという情報しか浮かばなかった。両手は、どうしたらいいのかと宙を彷徨っている。

 ある意味、初めて、思春期の男子らしい思考が浮かんだ瞬間だった。初めての思考に、比乃自身がオーバーヒートしていた。

 

 アイヴィーも、自分でも信じられないほどに大胆な行動をとってしまったことに、少しパニックを起こしていた。ここからどうすればいいのだろうか、思い切って接吻までしてしまうか? いや、それはまだ早い。そういうのはもう少し大人になってからするものだ。

 

 そうして、二人が動かないまま、数秒、十秒と経った。落ち着きを取り戻したアイヴィーが、唐突にハグを解く。身体を離し、目の前にいる思い人、少し顔を赤らめて、まだ硬直している比乃を見る。そして、恥ずかしそうな、同時に満足そうに笑みを浮かべた。

 

 今は、これだけで十分だ。これだけで、恋する乙女は、無敵の存在になれるのだ。

 

「勇気、もらっちゃった。これでもう、私は死なないよ」

 

 なんとか返事をしようと、口をまごまごさせる比乃に「だから、比乃も死なないでね。約束だよ」と告げて、アイヴィーは背を向けて去っていった。

 

 その場に取り残された比乃は、その背中が、何故か盛り上がっている英国兵たちに遮られて見えなくなってから、ようやく呟いた。

 

「最近の女子高生って、すごいな……」

 

 ここまでされても、彼女の思いがどういったものなのかについて、脳裏に何も浮かばなかった。これが、比乃が周囲の少女らに影で「鈍ちん鈍感野郎」と言われている所以だった。

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