自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~   作:ハの字

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保護者の務め

 しばらく、三人とも口を開かない、無言の時間が続く。

 何分経っただろうか。不意に、部隊長が白崎の横に来て、比乃に告げた。

 

「比乃、お前には二つ選択肢がある」

 

 そう言うと、四つ折りにされた紙を二枚、制服のポケットから取り出した。それを目で追う比乃。

 

「一つは、このまま自衛官を退官して、普通の日比野 比乃として生きる道」

 

 部隊長がその紙を開いて見せた。そこには、東京にある高等学校の紹介文が書かれていた。編入手続き、と書かれた文字を目にして、比乃がびくりとする。遂に捨てられる。そう考えている顔だ。

 

 部隊長が自身の義務を果たすなら、この紙を押し付けてやるべきだった。しかし、部隊長はもう片方の紙を開いて、含むような口調で言った。

 

「もう一つは、この目が飛び出るほど高い義足を俺に借金してでも手に入れて、機士を続ける道……俺に借金を返しながらだがな」

 

 それは、英語で書かれた、白い塗装のヒロイックなデザインをした義足のカタログだった。それを見た瞬間、比乃は目を見開いた。その想像通りの反応に、口が歪みそうになる。

 こんな子供を、良かれと思って戦いに執着するようにしてしまった、自分の愚かさ。そして今、その道へと再び誘おうとしている自分の勝手さを自嘲するように、笑いながら、

 

「さぁ、どっちを取る?」

 

 そう問いかけた。比乃は、迷わず即答した。高等学校のチラシなど、最初から存在しないように、一瞥もくれなかった。

 

「僕に、その新しい脚をください。その脚で、戦わせてください」

 

 あまりにも予想通りの答え。実質、もう義足という選択肢を出した時点で、答えなど判り切っていた。その決意表明に、部隊長はただ頷いて、一枚目の紙を丸めて屑かごに放り込んだ。

 

「わかった。白崎、あれを」

 

 部隊長が合図すると、最初から比乃がそう答えることを予期していたかのように、白崎が傍らから長さ一.五メートルほどの長い無地色の箱を引っぱり出した。それを比乃の前に置いて、蓋を開ける。

 中に入っていたのは、鈍い光沢を持つ金属と、白い強化プラスチックで構成された機械の足だった。

 

 それを見て、比乃はまるで人型サイズにしたAMWの脚部のようだと感じた。

 見た目からして、金属の重さが察せられ、同時にかなりの強度があることを感じさせる。

 まるで宝石を見るようになった比乃に、白崎がその義足の説明を始める。

 

「こいつは、元はとある軍事メーカーが作っていた大腿義足だ。油圧シリンダにオートバランサ、ジャイロまで積んで悪環境にもほぼ完全対応、おまけに九ミリ弾をストップする外装強度……ここまで来るとSF漫画にでも出てきそう品だな。制御方法はAMWと同様の脳波送受信方式。頭に小型の送受信機を埋め込む必要があるが、既存の義足に比べたら反応性は段違いだ……お値段も、それ相応だ。あと……」

 

 長たらしく義足の説明を続けようとする白崎の話を、部隊長が遮った。

 

「で、さっき言った通り、これの支払いは流石に俺が全担保してやる。お前が年齢不相応に持ってる貯蓄でも、まず支払えない額だからな……だから」

 

 決心したように、部隊長が真っすぐと比乃の顔を見る。

 部隊長から見た比乃の顔は、さっきまでの怯える十七歳の子供の顔ではない、自衛官の顔に戻っていた。

 それが嬉しくもあり、悲しくもあった。

 

「今後も俺の元で働き続けろ、日比野三等陸曹。こいつの代金を支払い終わるまで、死ぬことなくだ……返事!」

 

「了解しました!」

 

「よし、では治療が終わり次第リハビリに従事すること。完全に容態が安定した時、改めてお前の処遇を決定する。今はとにかく、一日でも早く復帰することを考えろ、いいな? 俺からは以上、以降は白崎一尉に任せる。言うことをよく聞くように」

 

 そう言って、部隊長は比乃に背を向ける。その背中に、比乃の「ありがとうございます……日野部さん」と、久しぶりに呼ばれた名前と感謝の言葉を受けた。部隊長はそれに何も答えず、背を向けたまま、手をひらひら振って、病室を後にした。

 

 

 病室から出て、しばらく廊下を歩いた。清潔感のある白い通路には、部隊長以外には誰もいない。

 

 一駐屯地が持つには過ぎた設備と規模だが、おかげでここに所属している自衛官の殉職者はこれまでは出ていなかった。

 “いなかった”というのは、一月前に配属されることになっていた本物の山口 (カオル)陸曹が、ある意味初めての殉職者になってしまったからだ。彼女の死は駐屯地の防衛戦によるものとして処理された。遺体は遺族に引き渡されていた。

 

 そうして、誰ともすれ違うことなく、通路の隅の人気がない、薄暗い喫煙所に着いた。

 

 無表情を貫いていた部隊長は、忿怒の表情を浮かべ、壁を思い切り殴りつけた。

 拳から血が滲むが、それ以上の呵責が心に渦巻いている。

 

 義足だけ与えて退官させて、適当な高等学校に放り込んで、今からでも普通の子供としての人生に戻してやった方が、間違いなく比乃は幸せになれたはずだ。それを、自分の自己満足のために引き止めた。引き止めてしまった。

 

 幸い、元々はただの一般市民だった比乃は、“テロ組織の遺伝子操作によって戦闘マシンとして生み出された”心視と志度とは違い、一般人寄りの感性を持っている。多少の軋轢はあるだろうが、それでもすぐに社会に、平和な世界に馴染めるだろう……それで全く問題なかったはずだ。

 

 それなのに、自分は選択を与えるなどという言い訳を使って、比乃を手元に置くことを選んでしまった。

 父親を騙るなら、突き放してでも真っ当な道に戻してやるべきだったのに――まだ手元に置いておきたいと感じてしまったのだ……戦力としても、息子としても。

 

 喰いしばっていた口を開く。

 

「父親失格だ……俺は」

 

 きっと自分は、この報いを受ける時が来る。

 せめてその時までは、自衛官としての道を選ばされた比乃を、上司として守ってやろう。

 

 部隊長が懐から出して吸った煙草は、苦かった。

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