自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~ 作:ハの字
1.こうなってほしいと思う物こと
2.叶えるために抗うこと
『八乃字出版国語辞典より』
終焉を欲する者
再び、長い長い縦穴を降り続けた。もう何メートル降りたのかすらわからない。それほどまでに深い穴だった。このまま行けば、マントルにでもぶつかるのではないかという錯覚すら覚える。
しかし、それも唐突に終わりを告げた。穴を塞ぐように隔壁が下りていたのだ。比乃はそれを迷わず砲撃で吹き飛ばし、明かりが漏れ出すその先へと、ワイヤーを引っかけてから降下する。降下はすぐ終わった。床があったのだ。
そこは、奇妙な程に明るい大部屋だった。壁という壁を大小様々なパイプやケーブルが走り、生き物の血管のような模様を形成している。床は、大理石のような材質をしている。しかし、AMWが着地しても傷一つ付かないので、見た目上は似たような材質としか言えない。
何より異質なのは、大量の管が繋がった先にある巨大な建造物だった。
「なんだ、これ……」
「……扉?」
『前に行った美術館で見たのよりでかいな』
それは巨大な、AMWという全高八メートルある巨人から見ても巨大な、不可思議な文様が描かれた両開きの鉄扉だった。
横幅はゆうに二十五メートル以上、縦には七十メートル近くあるだろうか。それこそ、本物の巨人が通るための扉と言われても、信じられるようなサイズだ。それに、壁から伸びる大量の管が接続されている。
全容からして、何か、人類が触れてはいけない物のように感じられた。その扉の隙間から、膨大な量のフォトン粒子が吹き出している。これが、この照明もない大部屋が不自然に明るい原因のようだった。
扉までは百メートルと言ったところか、この距離でも、三人はひしひしと感じるものがあった。これこそが、自分たちが感じている嫌な予感の根源だと、確信を持って思えた。
「これが扉だとして、開いたら何が起こるのかな……」
『とりあえず、良くないことが起きそうだってのは、本能的にわかるな』
「じゃあ、壊す……?」
「そうしよう」
とにかく、これを一刻も早く破壊しなくてはならない。それだけは三人とも理解できたので、それぞれの火器を扉に向ける。このサイズの建造物を、たかがAMW二機の兵装で壊せるかと言えば、難しいかもしれないが、見ればこの鉄扉は、ケーブルなどの人工物が接続されている。すなわち人が作り出した“機械”に他ならない。ならば、壊せないことはないだろう。
比乃が短筒を構え、とりあえず一番太い管に狙いをつけて、発砲しようとした。その直前、
『っ比乃!』
突然、志度のTk-7改二が全力でTk-11に体当たりをした。もろにそれを受けて、数メートル吹っ飛び床を転がる。いきなりのことに、一瞬、比乃と心視が戸惑ったが、即座にその意味を理解した。機体を飛び上がらせ、振り向いて銃口を向ける。
それと同時だった。志度の機体が、背後から現れた敵が振るった武器を叩き付けられ、壁際まで吹っ飛んだのは……人並み外れた第六感からか、唯一、死角からの奇襲に反応することができた志度が、比乃と心視を庇ったのだ。
「し、志度!」
比乃が名前を呼んで安否を確認しようとするが、胴体装甲を歪ませたTk-7改二から応答はない。完全に潰れてはいないので、生存の目はあるが、気絶しているかもしれない。
仲間の生死も気になるが、それよりも、目の前に悠々と立つ敵の存在があった。
『ようこそ、ビフレフトの門へ』
そう言った敵の機体。それは重厚な騎士鎧のようなシルエットに、各間接に機械的な駆動部が覗き、頭部のツインアイが鈍く光っている。濃い藍色に金のラインが目立つ、まるでOFMとAMWを掛け合わせたような機体だった。
その機体が、仰々しい動作で礼をして見せた。
『私の名はヘイムダル。楽園への門を開く者にして、人類の階級を決め、選定と選別を統べる者』
「……ギリシャ神話か?」
ヘイムダルとは、ギリシャ神話において神の世界との道を守る門番のことである。ビフレフトはその道の名前だ。他の幹部もそうだったが、テロ組織は神話にあやかったコードネームをつける決まりでもあるらしい。
油断なく短筒を向けながら、相手の隙を窺う……までもなく、剣を片手に立っているだけの敵は隙だらけだ。攻撃するなら絶好のチャンスだが、比乃はまだ撃つかどうか決めあぐねていた。
「この装置はいったい何だ。お前たちの目的は?」
聞けば、ぺらぺらと情報を吐き出してくれると思ったので、そう聞いた。すると、ヘイムダルは比乃の期待通り、空いている左手で扉を指さして、説明を始めた。
『その扉、ビフレフトは、多量のフォトン粒子……向こう側ではマナと呼ぶそうですが、それをこの鎧“ギャラルホルン”で制御して干渉させることで、向こう側、わかりやすく言えば異世界への、楽園への道を開くためのものです』
「向こう側? マナ? 異世界? いったい何の話を……」
いきなり、普通ならこういった状況で耳にすることはない単語が聞こえ、比乃は困惑した。この声から察するに女は、何を言っている?
『信じられませんか、ですが、これは現実なのですよ。我々に近い生命体が営みを作っているもう一つの世界は確実に存在し、交流することも可能なのです』
「……それが、お前たちの目的か? 異世界とやらと交流することが」
これを聞いたのが、大人の兵士であったならば、思考停止していたかもしれない。だが、比乃の若さ故の柔軟さが、なんとか、目の前の敵が語る言葉の意味を理解していた。にわかには信じられないとしてもだ。
『いいえ、違います。私の、我々の目的は、楽園へと選ばれた人類を導くこと』
「なら、勝手にその選ばれた人類とやらと一緒に、異世界に勝手に行けばいいだろう。どうして、テロなんて起こす」
「そう……繋がりが、ない」
二人の言う通り、ヘイムダルの言っている目的と、行ってきたテロという手段が、どうしても結びつかない。だが、
『選別のために痛みを伴うのは必然なのです。だからこそ、私たちは古い人類という愚かしい生物に対し、宣戦布告した』
「……ここにいる、その古い生物代表として言わせてもらうけど、クソくらえだね」
『古い生物? 君が?』
最後の罵倒には一切関心を示していないヘイムダルは、むしろ言葉頭の方に反応した。
『それは違います。君は確かに生まれた時は旧人類だった。けれど、我々が力を与えた。新人類として、このギャラルホルンと同等の役割をもたらしました』
「……まさか」
比乃はぞっとして、被っているHMD越しに頭に手をやった。この相手が言っているそれはつまり、
『だからこそ、鍵の役割を持ち、ここまで辿り着いた強者である君には、私たちと共に来る資格があります』
そう言って、手を差し伸べる蒼い鎧。だが、次の言葉は冷酷さを含んだ言葉だった。
『もっとも、君の後ろにいる、どうしようもない失敗作と、出来損ないの試作品に、その資格はありませんがね』