自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~ 作:ハの字
作戦の要は、一番最初に不意打ちを受けて倒れた、志度のTk-7改二だった。
数秒間だけハッチを解放したTk-11から這い出し、装甲の上を転げ落ちそうになる勢いで降車した心視。彼女はハッチを封鎖して立ち上がる白い機体を尻目に、チャフが混ざった白い煙幕の中を、壁際に倒れているその機体へ向かって全力疾走する。
煙を抜け、数百メートル向こうに、壁に寄り掛かっている機体が見えた。後方から、巨人同士の取っ組み合いが始まったことを告げる轟音が響く。しかし、そちらは振り返らない。残留する煙幕で見えはしないし、今は一刻も早く、Tk-7の元に辿り着かなければならない。
全力で走る。後ろから衝突音が鳴る度に、比乃がやられてしまうのではないか、という一抹の不安が浮かぶが、それも頭の片隅に追いやって、とにかく走る。後ろから打撃音が聞こえる。
打撃音。比乃は負けない。
打撃音。共に訓練を続けてきた同期が負けるはずがない。
打撃音。私の大好きな人は、絶対に勝つ!
そう信じて、心視は駆け抜ける。志度には及ばないが、それでも身体能力は同年代の子供と比べれば頭一つか二つ抜き出ている彼女は、必至さもあってか、一分も掛からずにTk-7の足下に到達した。
もしもこれが陸上競技の大会だったならば、日本記録を塗り替えていただろう。
Tk-7改二の状態を目視で確認する。攻撃を受けた際に、左腕を盾にしたのだろう、斬撃は胴体にまで及んではいなかった。代わりに、左腕の肘から先が斬り付けられ、辛うじて繋がっているだけに見えた。左腕は使えないと考えて良いだろう。
問題はもう一つある。TK-7の胴体がひしゃげていて、ハッチを外から開けることができない可能性があった。不安を覚えながらも、心視は機体によじ登り、頭部の横に来て、強制開放用のレバーを引く。しかし、上部ハッチは「がこっ」と音を出したが、十センチ開いたところで止まってしまった。フレームが歪んでしまっているのか、自動ではこれ以上動きそうにない。
これでは、Tk-7に乗り込むことができない。それは比乃の立てた作戦の破綻を意味する。心視の頬を冷や汗が流れた。
しかし、こんなことで諦めはしない。心視は僅かに空いたスペースに両手の指を入れると、満身の力を込めて、唸り声をあげながら、ハッチを引き上げようと指先に力を入れる。先ほども述べたが、彼女の身体能力――膂力は、訓練した男性自衛官と同じか、それ以上という怪力だ。
よって、引っ張られた装甲は僅かに、ほんの僅かにだが動き出した。もどかしい程にゆっくりと、更に十センチほど開いた。顔を真っ赤にして、もっと力を込める。
「ぐ、ぬぬぬぬ……!」
しかし、そこまでだった。何かに引っ掛かっているように、装甲はそれ以上動かない。どれだけ踏ん張っても、動かなかった。
「どう、して……! 開いてよ……!」
指を放して、しばし呆然とした心視は、怒り混じりに装甲を蹴った。パイロットスーツの硬いブーツ部分と装甲がぶつかり、固い音が鳴る。それだけだった。自分の不甲斐なさに、力不足に涙が出そうになる。
もし、自分に、志度のような超人的な力があれば……そう思った。その心視の耳に、
「なにやってんだよ、心視、筋トレが足りないんじゃないのか?」
若い少年の声。何年も比乃同様に共に過ごして来て、聞き慣れた声。
「志度……?」
「おう、ちょっとまだボーッとしてるけど、作戦は聞いてたぜ」
それは、Tk-7の内部にいる志度の声だった。すると、次の瞬間、装甲ハッチが内側からメキメキという音を出したかと思うと、ばきっと致命的な音をたてて開いた。開いた場所から、志度の両脚が出ている。どうやら、座席の上で逆立ちして、脚力を使って強引にハッチを開けたらしい。
「相変わらず、とんでもない、馬鹿力」
「俺の取り柄だからな! それより早く乗れよ、比乃がやばい」
「うん……」
機体から這い出た志度と入れ替わりに、心視がコクピットに滑り込む。
Tk-7改二はまだ生きていた。胴体の損傷によって、モニターが数カ所割れて、視界は不明瞭だが、心視の取り柄を活かすには充分だ。
「データ入れてる余裕がないから、俺のデータでやってもらうけど、できるか?」
志度の個人データ、つまり機体調整は、かなり接近戦仕様になっている。これから心視が行おうとしている“短筒による精密射撃”とは、かなり相性が悪い。それを志度は懸念して言ったのだが、心視は細かいパラメータ調整を手動でしながら、いつもの口調で短く答えた。
「余裕、プロは、道具を選ばない……」
ヘッドギアを被る。受信値は志度と同じなので変更はいらない。若干の不具合が出るかもしれないが、初期設定からやっている時間などないので、それを考慮して狙撃する。
「よっしゃ、じゃあぶっ放してやろうぜ!」
Tk-7の頭部の横に立つ志度が、びしっと人差し指を前方に向ける。モニターに映る敵の機体と、比乃の機体。ちょうど今、Tk-11が射出したスラッシャーが、相手を縛り上げたところだった。絶好のチャンス。Tk-7の右腕を稼働させる。やはり、少しズレが生じるが、許容範囲内だ。
狙いをつけて、操縦桿を引き絞とうとした。そのとき、レティクル、照準の向こうで、動きがあった。
「機体の自重量の三倍は耐えられる合金ワイヤーだ! 抜け出せると思うなよ!」
言いながら、比乃は念じる。両手の動きで相手をきつく締め上げるようにワイヤーを操作する。蒼い鎧は、両腕から胴体にかけてをぐるぐる巻きにされ、引き倒されないように両脚で堪えている状況だ。身動きできるわけがない。
(後は、心視が狙撃してくれれば……!)
HMDの表示で、Tk-7改二が動き出したことはわかっている。相手もこちらの意図に気付いた様子はない。勝った。確かにそう思った。だが、相手の機体。ギャラルホルンの力は、常識では計りきれなかった。
『無駄な時間稼ぎを! この程度でぇ!』
ヘイムダルが叫んで、それに呼応するように、蒼い鎧が不気味な咆哮をあげた。次の瞬間。ぶちり、ぶちりと、比乃が絶対に聞きたくなかった音が、ワイヤーから発せられた。相手が、数十トンの重量を牽引できる特殊合金を、引き千切ろうとしている。
「くっそ、冗談でしょ!」
比乃は判断に迷った。このまま縛り上げ続けて、敵が拘束を解く前に狙撃してもらうのを待つか、スラッシャーを切り離して、素手で相手を取り押さえるか。どうする、と思考している間に、敵が拘束から抜け出していた。まだワイヤーを巻き付かせた蒼い鎧が、真っ直ぐこちらに踏み込んで来ている。
拘束を抜けられるのが想定よりずっと早かったので、結果として、比乃は僅かに反応が遅れた。
驚愕する比乃が納まっている胴体目掛けて振るわれたギャラルホルンの右腕が、装甲を押し退けて。突き刺さった。