自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~   作:ハの字

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自衛隊式勉強会

 翌日、はんなり荘の二〇三号室の中は、シャープペンシルのペン先が紙を滑らせる音だけが響いていた。

 

 お菓子を片手に部屋にやってきた晃と紫蘭の二人を待ち受けていたのは、彼らが想像した楽しいお勉強会などではなく、自衛隊式スパルタ座学訓練だった。

 

 有無を言わさず座椅子に座らされ、目の前の机にどっさりと載せられた問題集が置かれた。それを前に顔を痙攣らせる二人に、比乃はただ一言「解いて、わからなかったら挙手」それだけ言った。そして向かい側の席にどっかりと座り、二人を鋭い目つきで監視し始めたのだ。

 

 その目が語っていた「ここに来たからには文句は言わせない」と……逆らったらどうなるか、それを想像させるには十分な気迫と殺気が、そこにはあった。

 

 それから二時間程、死んだ目で比乃が用意した問題集をひたすら解き続ける二人がいた。その後ろには、適当なボール紙を丸めて作った簡易警策(座禅でお坊さんが肩を引っ叩くあれ)を構えた志度と心視が無言で立っている。まるで、二人が拷問でも受けているような様相になっていた。

 

 集中力を乱したが最後、襲い来る打撃を脳天に受けて転げ回ることになるのは、二人は既に身体で理解していた。晃は二回、紫蘭は三回、その紙を丸めただけなのに脳細胞が死滅するかと思う程の威力を持った打撃を受けているのだ。

 

 その状態がさらに数十分、机の上の問題集の減り具合と手元の時計を確認した比乃が、手を叩いた。反射的にそちらを見た二人に、先ほどとは打って変わって優しい顔になって彼は言う。

 

「順調に進んだね、いい時間だし休憩にしよっか、お菓子食べよ?」

 

 その言葉に晃と紫蘭は地獄で仏を見たようにぱぁぁぁと表情が明るくなる。

 

「時間は十五分、トイレ休憩も済ませておいてね。時間ぴったりになったら再開するから……万が一だけど逃げ出したら……わかってるよね?」

 

 時計のタイマーをセットしながら淡々と告げられたタイムスケジュールに、二人は笑顔のまま、だばーっと涙を流したのだった。

 

 ちなみに、これらは三人が実際に受けた勉強方法で、その時は休憩など与えられなかったし、肩を叩くのも普通に竹刀であった。

 更に課題を終えられなければ地獄のようなトレーニングメニューが追加されもしたし、確認の試験で九割を取れなければ飯抜きまであった。

 それに比べれば、三人からするとあまりに生緩い……しかし、一般人からしたらあまりにも惨い勉強会であった。

 

 

 そんなこんなで、地獄の勉強会も追加で一時間半の計四時間で終わりを迎えた。

 終わりの合図と共に、前のめりに倒れた晃と紫蘭は、比乃の「もう遅いし夕飯食べていきなよ」という言葉に甘えて、夕飯のご相伴にあずかることになった。

 というより、もう動く気力も尽きたので夕飯を貰わざるを得なくなった。今は疲労困憊で机に突っ伏して、志度と心視に丸めた紙でツンツン突かれていた。

 

「俺、沖縄舐めてたわ……沖縄の教育ってすごいんだな……」

 

「この森羅 紫蘭、ここまで追い詰められたのは生まれて二度目だ……」

 

「それでも二度目なんだ? あ、志度と心視、二人とも取り皿とか用意して」と、暇そうな二人に指示しながら前菜のサラダを並べに来た比乃に聞かれて、紫蘭は「うむ」と話し始める。

 

「実は少し前から妙な視線を感じることがあったり隠し撮りらしき写真を送りつけられてな、恐らくストーカーの類だと思うのだが、我が家のSP達にも探らせたのだが一向に尻尾が掴めなんだ。ただのストーカーではない」

 

「……ストーカーって、そんなこと一つも言ってなかったじゃないか! 最近黒服さんが増えたのだって、テロ事件が多くなって来たから念のためだって」

 

「……言いにくかった。晃に無駄な心配をさせたくなかったんだ……それに、我が家の捜索網でも捉えられない程の相手でも、相談したら捕まえるとか言いだすだろう、晃は」

 

「そ、それはまぁ……言った、だろうな……」

 

 普段は騒がしくしていても、黙っていれば誰もが振り向く美少女である幼馴染の顔を見て、晃は口籠ってしまった。

 実際、晃は普段は鬱陶しがっている幼馴染が、危ない奴に付きまとわれていると聞いて黙っていられる男ではない。

 相談を受ければ間違いなく、ストーカーをどうにかするべく動いていただろう。それが、一介の高校生でどうにかできるか解らない相手だとしても。

 

「警察には相談をしたのか……というのは野暮か、黒服さん達が動いてるんだもんな……でもこのままじゃ」

 

「そこで! 私はとても頼りになりそうな助っ人を用意したのだ!」

 

 唐突に紫蘭が人差し指を突き上げ、声をあげた。

 

「彼らは我が家のSPよりも強く、この手の相手にも強い専門家と言える、正にスペシャリスト! わざわざ晃に危険なことをしてまで助けてもらう必要はない! それよりも恐怖に震えて怯える私を抱き締めてほしい、さぁ!」

 

「さぁ、じゃねーよ。意外と大丈夫そうじゃねぇか」

 

 ぺしっと抱き着きを迎撃された紫蘭の目が、鍋を抱えてきた比乃に一瞬向いて、ぱちんとウインクしてみせた。つまりそういうことらしい、部隊長がされていた相談というのも、これの事だろう。

 

 比乃はそのことを了承することを示すように、肩を竦めて「しょうがないな」と言った仕草を見せて、それを見た紫蘭がニヤリと笑う。二人の関係を知らない晃だけが、そのやり取りを見て「?」と頭上にクエスチョンマークを浮かべるのであった。

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