自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~   作:ハの字

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学友

 あの拉致事件の翌日。森羅財閥の息がかかっているという総合病院の一室。そこにはベッドから身を起こした紫蘭と、ベッドの脇にある椅子に腰掛けている比乃がいた。

 志度と心視は、比乃に頼まれて、万が一のために病院の外で周辺を警戒している。だが、恐らく杞憂だろう。二人を外に出したのは、

 

「ほんっとうに申し訳ない! 護衛するなんて言っておいて、紫蘭に怪我させちゃって……!」

 

 と、二人きりで謝罪がしたかったからという意味合いがあった。頭を下げて謝られた紫蘭は、きょとんとしてから「はっはっはっ」と笑う。

 

「なにを言ってるんだひびのん。護衛を外してくれと言ったのは私だぞ。それに、人生三度目にして最大の危機だったが、これまでで一番スリリングだったぞ!」

 

 顔の半分を包帯で隠し、見えている部分にもガーゼが貼られている痛々しい姿だが、紫蘭はもう一度「はっはっはっ!」と豪快に笑ってみせた。

 

 少し前に紫蘭の治療をした医者曰く、驚異の回復速度であるらしく、傷跡も残らないだろうとのことだった。担当医の「それにしても、女性の顔面を執拗に殴るだなんて、やった奴は本物の下衆ですね。早く捕まることを祈りますよ」という言葉に、比乃は全面的に賛同するしかなかった。

 

 ニコラハム・キャラハン――せめてこの手で……などとは言わないので、一刻も早く捕まってほしいと、比乃は地元警察と第八師団の捜査力に期待するばかりであった。

 

 あの拉致騒動の後、数時間かけて捜索したが、逃走したニコラハムは見つからなかった。工場の周辺は、数年前の東京事変の爪痕が未だに残る廃墟群で、そこから出てしまえば人混みにごった返す東京都心である。服装を変えてでも紛れ込まれたら、探しようがなかった。

 

 一番厄介な人物を逃してしまう結果に、ことを起こされる前に捕まってくれることを祈るしかないと思ったが、捕縛したテロリストを尋問した結果、彼が手駒として居た人員はここにいた人員が全てで、AMWもあのペーチルで最後だったらしい。手札を失って自暴自棄になって、とういうことがなければ、今度こそ、しばらくの間は安心できそうだ。

 

 しかし、護衛をやめるということはありえないし、紫蘭のSP達もより厳重に周辺をガードすると息巻いている。

 

「ひびのんは気負いすぎなんだ。もう少し楽に生きろ。そうしないと大事な所で失敗するぞ」

 

「……今回みたいに?」

 

「だから、これは私自身の油断が原因だと言っているだろう!」

 

 それにしても、あれだけの怪我を負ってもすぐに意識を取り戻して治癒も早い身体の丈夫さに、特にトラウマを負った様子もない肝っ玉。財閥の娘などでなければ、ぜひ自衛隊に欲しい体質だなぁと比乃は思ったりしたが、流石に口に出さなかった。

 

「おーい紫蘭、見舞いに来たぞー」

 

「あ、晃! わざわざ私のために来てくれたのか?! お前も怪我をしたというのに……感激の余り死んでしまいそうだッッ!」

 

「頭にコブが出来ただけだって、それよりお前が心配だったんだよ。一応、幼馴染だしな」

 

「んふおー!!」

 

 この少女は、こうして恋をして青春を謳歌しているのが一番似合うのだ。血生臭いことは、自分たち、自衛官がやっていればいい。

 

「……でも、興奮しすぎて鼻血を出すのはどうかと思うよ、ほら拭いて拭いて」

 

 カッと目を見開いて鼻から血を噴出している、どう見ても恋する乙女ではない紫蘭の顔にティッシュを押し付けて拭ってやる。

 紫蘭は「すまん、ちょっと興奮しすぎ……痛い、ひびのんそんなゴリゴリしたら痛い」と抗議しているが、それでも嬉しそうに笑っていた。

 

 そんな二人の様子を見て、ふっと笑った晃だったが、自分も椅子に座る。そして二人に、正確には、比乃の方を見据える。

 

「それで、教えてくれるんだろうな。日比野の隠し事」

 

 その声には有無を言わさないという迫力があった。若干の怒気が含まれていることを察した比乃は、ここではぐらかしても無駄だろうと察して、晃に話せるだけの真実を伝えた。

 

 自分と志度、心視の三人は、沖縄にある基地から派遣されてきた自衛官であること、目的は森羅財閥の一人娘である紫蘭と、ついでに英国の王女であるメアリを外敵から護衛すること。そして、あの日は護衛から外れていて、その隙を突かれて今回のような騒動になったことなど、本来は一般人に離してはならないことまで伝えた。

 

 これらの情報の中でも、晃という学校で初めて出来た友人に、自分が自衛官であると告げるのは、比乃にとって最も恐れていたことだった。

 

 何しろ、世間では自衛隊は、まるで一般市民の敵のように報じられている。それを真に受けている市民だって大勢いるのだ。パトロール中の自衛官が石を投げられたという事件まである程に、それ程までに、昨今の自衛官に対するマイナスイメージは大きい。少なくとも比乃はそう考えていてた。

 

 比乃は晃に「巻き込んでしまって本当にごめん」と頭を下げる。頭をあげて晃の目を見るのが怖かった、その目が嫌悪に染まっていたら、自分も、志度も心視も、学校にいるのが難しくなるだろう。

 しかし、晃は頭を下げた比乃に「は?」と呆けた声を漏らして、

 

「いや、紫蘭の近くにいたのに守れなかった俺も悪いし、逆に返り討ちにあって怪我をしたのも俺の自業自得だ。日比野に謝られる筋合いはないぞ……それよりもだ、日比野や浅間、白間みたいな奴が自衛隊だったていうのがなぁ……」

 

 罵倒が続くのだろうか、と目をぎゅっと瞑った比乃の予想とは違い、晃は「すげぇなぁ」と、全く別の感想を漏らした。

 

「だってさ、俺たちが安心して学校に行ったりできるのも、今回みたいな大事件が起きた時に助けてくれるのも、みんな自衛隊じゃないか、なんで嫌ったりする必要があるんだよ……そりゃあ、テレビじゃいつも悪者みたいにやってるけど、それを信じてる奴なんてそんないないぜ? それに、まだ知り合って間もないけど大事な友達で、幼馴染の命の恩人を悪くなんて言えねーよ」

 

 晃に「むしろ、紫蘭を助けてくれて本当にありがとう」と、逆に頭を下げられ、比乃はわたわたと慌てる。

 

「いや、でも、ほら自衛隊って世間だと悪者だしさ……」

 

「馬鹿言えよ、あんなテレビの言ってることなんて信じてる若い奴なんて殆どいないってマジで」

 

 晃が比乃に半分呆れたように言うが比乃が「でも、でもほら僕訳ありだし」などと口籠る。それを見て、紫蘭がまた大声で笑う。

 

「流石は我が夫になる男だ! まったくもって晃の言う通りであって、ひびのんに謝られることなんてないのだ! むしろ感謝しないといかん、志度や心視……後、癪だがあの泥棒猫にもな」

 

 「泥棒猫」のところで不機嫌そうになった紫蘭の言葉に、晃が「そういえば、メアリがイギリスのお姫様だったなんてなぁ……」とぼやいて、

 

「俺、イギリスにいた頃にベッドを占領されたから長椅子に無理やり押し落としたりとか、色々失礼なことしちゃったんだけど……不敬罪で処刑とかにならないかな?」

 

「あら、晃さんにそんなことをする輩がいたら、むしろ私自らが処刑してしまいますよ」

 

 晃と比乃が声がした方を向くと、そこには金髪お下げの髪によく合うカーディガンを着たメアリが立っていた。二人が「なんでここに」と言うと、メアリは「あら、友達のお見舞いくらい来て当然でしょう?」とあっけからんと答える。

 

「今回は大変だったことですし、少しは森羅さんに晃さんを譲って差し上げようと思っていたんですけど、思っていたよりずっと元気みたいですし、遠慮する必要はなさそうですね」

 

「なんだとメアリ! お前、昔はあんなに真っ直ぐな奴だったのに、英国に染まって腹黒くなりおってからに!」

 

「いえ、私元から生粋の英国人なんですけど……貴方こそ、昔は何度も遊んだ仲だというのに、忘れていたなんて酷い人です。ね、晃さん?」

 

 話を振られ、ついでに体をピタリとくっ付けられた晃が「えっえっ?」と戸惑い、紫蘭が「貴様ぁ! 晃から離れろ!」とベッドの上でジタバタしたりと、病室が騒がしくなる。

 

 ここから先は三人で話していた方が良いだろうと、比乃は三人にバレないようにこっそりと病室から抜け出して、廊下を歩いて外に向かう。

 

 護衛も大切だが、書きかけのレポートを仕上げるのも大事だ。途中であった黒服のSPに「後はお願いします」と告げると、SPは見事な敬礼を決めたが、比乃は片手で目頭を押さえながら不恰好な敬礼を返すことになった。

 

 こうして、比乃の長い一週間は終わりを告げたのだった。

 

  * * *

 

 それから、ほとんど書き終わっていたレポートの最後には、こう付け足された。

 

『追伸:これまでの人生で、最高の学友ができました』

 

 〈第二章 了〉


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