自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~   作:ハの字

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ある少佐の感想

 「私、あんなこと言ったかしら……」

 

 映画の上映が終わり、自分と同じく先行上映会に呼ばれた他の観客が拍手をする中、アーミーブルーの陸軍の制服を着たメイヴィス・ヴァージニア・スミス“少佐”は、手を叩きながらポツリと呟いた。

 

 どうにも、自分が取材協力した割には、実際と違うことが多い気がする。

 

 まず、赤外線映像誘導方式――通称IIRHと呼ばれる誘導方法を取るミサイルで、市街地という障害物だらけの中を動いている戦車に百パーセント命中させるというのがおかしい。というか、そんなミサイルがあったら欲しい、切実に。

 

 少佐があの時撃ったミサイルは、半分も当たらなかった。仕方がないので、生き残りの戦車を不意打ちの接近戦で撃破している。

 高性能な代わりに複雑怪奇と言われる最新鋭戦車を、全くと言っていいほどに扱いきれてないテロリストが相手だったから良かった物の、これが訓練された相手だったら、彼女は今頃、ここには居なかっただろう。

 

 戦闘ヘリに見つかった場面もそうだ。実際に見つかったのは、欺瞞用に撒いていたデコイの方だった。映画のように見つかっては、圧倒的優位を持つ戦闘ヘリに成す術もなく撃破されてしまうのが現実だ。

 

 あの時、メイヴィスは、事前にばら撒いておいた罠に相手が引っかかりますようにと、神様に祈りながら震えていた。そして相手が見事に引っ掛かった時は、思わずガッツポーズをしながら、対空兵装を全力でばら撒いて、敵の航空戦力を殲滅したのだ。

 戦闘ヘリとは決して、映画の中であったような生半可な兵器ではない。

 

 最後の方にあった映画の大盛り上がりの部分とも言える、敵AMWとの戦闘も変だった。相手は映画のように武士道精神を持って一対一で挑んで来るなんてこともなかったし、正々堂々と正面から挑んでくることもしなかった。

 

 なので、メイヴィスも正々堂々とした戦いなど端から捨てて、最初に遭遇した敵機を半殺しにした後、それを盾にしながら敵を撃破していったのだ。

 卑怯だなんだと言われようと、何でも有効活用するのが戦闘という物である。おかげで、指揮官機以外はほとんど損傷無しで撃破することが出来ていた。

 

 それに映画のラストシーンで、ライフルが弾詰まりを起こして、敵の指揮官機と素手での殴り合いになったシーンも、少佐は納得がいかない。

 本当は自分の弾薬管理が甘く、弾切れを起こしただけなのだ。我がアメリカ陸軍の優秀な整備員が用意した最高の武器が、多少のことで不具合を起こすわけがない。なにせ、ストックで戦車の主砲をへし折っても問題なく撃てるのだ。装備の頑丈さは米陸軍の伝統と言っていい。それなのに、

 

(スタッフもそこら辺が判ってないわね、同じアメリカ人なのに)

 

 メイヴィスは内心、やれやれと言った風に呆れて首を振っていた。勿論、周囲には他の観客がいるので表には出さなかった。

 

 総評として、この映画は、実際の戦場というものを、これっぽっちも表せてはいなかった。あんな風に、全身の火器を花火みたいにぶっ放しながら敵陣に突撃なんてかけたら、一分もかからずに撃破されるのがオチだ。

 この間の人事で、メイヴィスは教官になったので、自分が受け持っている訓練兵に、典型的な自殺行為の例として映像資料にしてやりたいと思った。というか、しよう。そう決めた。

 

 ついでに付け加えるなら、実際の司令官はあんないい男ではなかった。見た目も中身も割と駄目な人であった。敵戦力の規模が大きいと聞いて、戦うこともせず、しかも自分(メイヴィス)の部下まで無理やり連れて逃げ出してしまうくらいには……メイヴィスは、作戦の後に後送された男の顔を思い出そうとして、すぐ諦めた。

 

 その男のおかげで、テロリストの装甲車一両でも通せない状況になってしまったのだ。護衛も付けずに避難した民間人に被害が及ぶために、撃ち漏らしも許されないという神経を削る戦いになってしまった。

 

 とまぁ、この映画のモデルになったメイヴィス少佐からすれば、映画の出来はかなり微妙なのだった。

 表情には不満を出さずに、しかし内心では散々毒付く彼女だった。他の招待客には大受けだったが、実物の彼女を見れば、少なくとも、劇中のメイヴィス大尉役の名女優が如何にミスキャストか解るだろう。

 

 席をさっさと立って歩き始めた彼女の容姿と言えば、もしも今着ているのが、胸元に光りを反射して鈍く光る勲章を並べた軍服ではない私服姿だったら、とても軍人には見えない。

 

 見た目は正に、良い所のマダムと言った感じで、日傘でもさして街中を歩いていそうな雰囲気。三十三歳になって少し小じわが出始めたが、それも熟成した愛嬌を表していそうな、見ただけで穏やかな人物であると思えるのだ。

 

 決して、映画に出てきた『戦いこそが至上の喜び』とでも言いそうな女戦士と同一人物とは思えないだろう。性格も、見た目通りに慈悲深く、包容力を持つ、優しい貴婦人なのである。そんな彼女に着いたあだ名は『グランマ』。

 

 その人気と一年前の武勇の効果は凄まじく、彼女が写ったポスターを広報に使ってから、入隊希望者が倍になったとかならなかったとか、事しめやかに噂されている。

 

 しかし、この映画のキャスティングも、ある意味では仕方がないことだった。

 

 こんな戦争とは無縁そうなマダムが、戦力比一対三十の遅滞作戦をたった一人で成功させるどころか、侵攻してきたテロリストを全滅させて、その胸に名誉勲章を授けられた伝説の存在というのも、また信じがたいことなのだから。


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