自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~   作:ハの字

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一刻の別れ

「ふぁー、日本語難しいよぉ……」

 

「電子辞書に英語打ち込んで、変換したのを手書きするだけでしょ、すぐできるよ」

 

 それでもなお「その書くのが難しいのぉ!」と泣き言を言うリアに、比乃は「しょうがないなぁ」と、手にしていた文庫本を閉じる。ポケットから予備のボールペンを取り出すと、少し画数の多い、難しい漢字を、出来るだけ筆跡が合うように、器用に代筆してあげた。

 

 このような遣り取りを幾度となく繰り返して、今はなんと消灯前の夜十時。自習室はとうに追い出されていた。二人は仕方なく、調達した画板と筆記用具、電子辞書を持って、昨日二人でジュースを飲んでいたベンチで、始末書の続きを書いていた。

 

 なお、演習場とは別の場所に行っていた心視と志度が、比乃の手伝いを志願していた。が、比乃は丁重にお断りした。三人揃ってしまうと、途端にスパルタ日本語講座になってしまうからである。

 というか、比乃から見て、二人のリアを見る目は何故か殺気立っていたので、ほぼ確実にそうなっていたことが、彼にも予見できた。

 

(何がそんなに気に入らないんだろう)

 

 その意味が解っていない比乃は首を傾げた。部隊長がいたら「この鈍感め」と笑っただろう。

 

 知らぬうちに命拾いしていたことなど知らず、リアは画板を比乃の眼前に突き出して「先輩ーここもー」などと喚く。しかし比乃は「はいはい」と片手間で修正印を入れるだけだった。文字がどうのというよりは内容が問題だったので、代筆はしてあげない。「どうせなら答え入れてよー!」とリアがさらに喚いた。

 

「それくらい書けるでしょ……というかリアって始末書とか書いたことないの?」

 

「え、ないけど」

 

 そう言ってのけたリアの顔を、比乃はまじまじと見つめた。嘘をついているようには見えなかった。

 

「凄い失礼なこというけど、リアって通常の訓練でも結構ぽかやってると思ってた……ごめん」

 

「もう、先輩ったら失礼しちゃう。私だってそれくらいちゃんとやってる……って言いたいけど、実は、他の人たちがやってる訓練とかって、私あんまりやってないんだぁ、だから失敗も少ないわけ」

 

「……普通、AMWに乗る前に色々やらない?」

 

「だって私、ちょっとパパと基地に遊びに行ったときにシミュレータで遊んだら、急に軍にスカウトされて、そのままXM6のテストパイロットになったんだもん。そりゃあ、ちょっとは運動とか勉強もするけど、学校に行きながらだし、ほとんどアルバイトみたいよ」

 

「ああ、訓練の順序が逆だったのか……」

 

 通常であれば、基礎教練……兵士として体力や素質を養い、それからAMWの操縦訓練に移るのが普通だ。しかし、彼女はそういった訓練をすっ飛ばして、いきなり操縦者になったらしい。最低限の体力をつけるトレーニングや専門知識を身につけるための座学は行なっていただろうが、それでも異様だ。

 

 一体何が彼女をそこまで特別扱いさせるのだろうか、比乃は若干興味を惹かれて考える。ちなみに、その答えは父親であり上官であるラムス少将の、親馬鹿による無茶ぶりと暴走なのだが、比乃がそれを知ることはない。

 

「やっぱり、天才でも基礎って大事なのかなぁ」

 

 ぼやくように呟かれたリアの言葉に、比乃は考えることを中断する。そして、さも当然だというように、先程の模擬戦の内容を実例にして答える。

 

「そりゃあ、勿論大切だよ。今回の模擬戦、僕は基本的な回避パターンを取っただけだったけど、リア伍長の攻撃は当たらなかったでしょ。これが基礎だよ」

 

「えっ、あれが……自衛隊って実は凄い? というか、基礎って大事なのね」

 

 自分の攻撃を避けた動きが全て、自分が疎かにしていた物だと言われて、リアは信じられないとばかりに目を見開く。そこまで驚くことかな……と比乃は首を傾げる。

 

「自衛隊でも米軍でも、訓練を頑張っていれば、あれくらいできるってことだよ。リアには一番足りてない部分かもね、惜しいなぁ」

 

「惜しい?」

 

 末尾の言葉に、リアが反応したので、比乃が手にしたボールペンを左右に振りながら、その意味を説明する。

 

「だって、リアは凄い素質に恵まれてるのに、それだけで戦ってるんだもの。磨いてない原石で、磨いた宝石と比べっこしてるみたいなもんだからね。磨いたら、凄いダイヤモンドだと思うよ。リアは、それくらい凄いってこと」

 

「私が、ダイヤモンド……?」

 

 リアは繰り返すように呟いて、数瞬、言われた意味を考えてから、彼女はじろっと比乃を睨んだ。

 

「……先輩、遠回しに私のこと口説いてる? なんだか台詞が気障っぽいよ」

 

「なんでそうなるの……」

 

 どう考えたらそういう思考に辿り着くのだろうか、やはり、女子高生というものはよくわからない。

 

「ほら、無駄話は終わり、早く終わらせないとここも電気消されちゃうよ」

 

 心外そうな比乃の反応に、リアはつまらなそうに「はーい」と返事をして、電子辞書への英文の打ち込みを再開する。比乃も、閉じていた文庫本を再び開いて、続きを読み始めた。

 

 キーの入力音と時折ペンが走る音、それに混ざって紙を捲る音だけが、二人きりの娯楽室に響く。リアはふと、横に座る先輩、日本の不思議な自衛官について考える。

 

 同じAMW乗りで、一歳年上で、でも歳の割にどこか大人びてる。自分から見たら歴戦の戦士……だけど、顔はちょっと可愛い系。見た目より更に若く見えるのは、日本人だからだろうか、それを差し引いても、

 

(先輩みたいなタイプ、始めてだなぁ)

 

 少なくとも、自分が通っているハイスクールの男子には居なかった。それも、自分と同じような職についているなんて、更にレアケースだ。リアが好奇心も興味も抱くのはある種、当然と言える。しかも、

 

(先輩がいなかったら、私、どうなってたんだろう)

 

 そう思えば、隣の先輩は、自分の命の恩人である。彼がいなければ、自分はここにはいなかっただろう。つまり、自分の命を救ったヒーローだ。

 

(日本のヒーローが先輩、それも、いいな)

 

 リアは、始末書に書く内容と、気になり始めたこの先輩に、どうやって手伝って貰おうか考えながら、くすりと笑った。

 

 結局、始末書を書き終えたのは、消灯時間から更に三十分過ぎてからだった。

 

 ***

 

 翌朝、二人は寝不足の目を擦って部隊長に始末書を提出し、そのままメイヴィスが待つ客間へと向かった。

 他の米軍の整備員や、ハンス大尉は、すでに持ち込んだ機体と、回収したOFMの残骸を輸送用のトラックに乗せて待機している。一足先に空港で待っているのだ。

 

 メイヴィスとリアは、部隊長と話があるからと適当な理由を付けて駐屯地にしばし留まっていた。スケジュール的にギリギリなので、迎えの車が用意されている駐車場までだが、歩きながらの別れの会が開かれた。

 

 廊下を歩く最中にメイヴィスの「先輩からのお説教は終わった?」という言葉に、苦笑いする比乃と「もう、意地悪なこと言わないでよメイ少佐!」と膨れるリア。そのやり取りに部隊長が「ははは」と笑う。

 

「色々ありがとうなメイヴィス、おかげでうちの奴らも気合が入った。久し振りに会えて嬉しかった」

 

「いいえ、こちらこそ」

 

 部隊長とメイヴィスが握手してから、軽くハグをする。

 

「厄介な敵も増えてきたみたいだけど、お互い頑張りましょう」

 

「無論だ。確かに厄介だが対処方は確立されたことが今回のことで証明されたからな、次襲撃してきたら今度こそ返り討ちにしてやる」

 

「ま、勇ましいこと、ところで例の件なのだけれど……」

 

 そんな保護者の遣り取りの隣で、それぞれの部下である伍長と三曹もまた、別れを惜しんで居た。一方的に。

 

「ねー先輩もアメリカ来ようよー。アメリカ陸軍は装備は潤沢だしお金あるしみんなマッチョだし、良いところだよ?」

 

「最後のメリットがさっぱり解らないんだけど……それに僕にも、同僚とか学校とかあるし」

 

「別に一生お別れってわけじゃないんだからいーじゃない! 先輩みたいな人が僚機だと、私、心強いし! 天才と天才でコンビを結成すれば向かう所敵なしだよ!」

 

「いやいやいや……」

 

 ぐいぐい押してくるリアに、比乃が困り顔で愛想笑いを浮かべる。見かねたメイヴィスが、こらっとリアの頭を叩いた。

 

「日比野軍曹が困ってるでしょ、今生の別れじゃないのは貴方も同じでしょうに」

 

「うー……じゃ、じゃあ今度、休みが出来たら遊びに来てよね。私の家、ラスベガスにあるから、きっと楽しいよ!」

 

 叩かれた頭を摩りながら、リアは制服のポケットからメモとペンを取り出す。そして、その場で急いで何か書き込んで、比乃に押し付けた。思わず受け取った比乃がそれを見ると、そこにはリアの自宅の住所と電話番号、ついでにメールアドレスが書かれていた。

 

 まぁ、特に深い意味はないだろうと、比乃は上着のポケットにそのメモを大事にしまった。ところで白紙のメモとボールペンを差し出されて「ん?」と怪訝そうな顔をする。

 

「先輩の番号とアドレス、わかんないと連絡取れないじゃない!」

 

「あ、ああそっか」

 

 碧眼を輝かせるリアの勢いに押されて、比乃もメモに自分のアドレスと電話番号……一応、プライベート用のものであるそれらを書いて渡した。受け取ったリアは心底嬉しそうに「やったよメイ少佐!」とメイヴィスに自慢げにそれを見せている。

 

(そんな大層な物でもないと思うけどなぁ……)

 

 何があんなに嬉しいのか、比乃が首を傾げる後ろで、部隊長は笑いを堪えていた。

 

 これから、一定周期ごとに『初めての戦友殿へ』というタイトルでアメリカからメールが送られて来て、毎回の返事に苦心することになるとは、比乃はまだ知らない。

 

 そうしている内に、気付けば四人は駐車場に着いていた。迎えの車もエンジンをかけて待っている。名残惜しそうなリアを車に押し込んで、メイヴィスは部隊長と比乃に敬礼する。

 

「それでは日野部さん。またいつか、今度はプライベートでお茶でもしましょう」

 

「ああ、またなメイヴィス」

 

 最後に握手をしてから、メイヴィスは車に乗り込んだ。二人を乗せた車は走り出す。その窓が開くと、

 

「先輩も遊びに来てよね、絶対だよ! 次会う時までにはバッチリ鍛えて、びっくりさせちゃうんだから!」

 

 叫ぶように言いながら、車の窓から身を乗り出して、アッシュブロンドの髪を揺らすリアが、ぶんぶんと手を振った。それに、比乃は綺麗な敬礼で返した。それの意味に気付いたリアもはっとして、ピシッと見事な返礼をする。

 

 この数日でちょっとは軍人らしくなったからしら、メイヴィスは教え子の成長を垣間見て、微笑んだ。

 

 こうして、来た時と同じ、アーミーブルーの制服を着て去っていった米軍を、オリーブ色の制服を着た自衛官が見送った。

 

 米軍、自衛隊。立場が違えど、未成年の軍人と、その保護者兼上官という不思議な組み合わせ同士の巡り合いは、新しい繋がりを生んで幕を閉じた。

 

 日米安全保障条約の破棄という形で別たれた二つの国が、再び手を取り合って脅威に立ち向かう日が来るのだろうか。それはまだ、この揺れ動く世界の中では、誰にも解らない。

 

 〈第三章 了〉

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