メイクデビューから数週間経ち、骨膜炎も治ってきていることから本格的な練習も解禁された今日この頃、ボクは今外でレーストレーニングの授業を受けている。しかし担当の先生が急用で席を外しているため、この時間は自習となっており、ボクを含め各々好き勝手に過ごしている。
何をしようかと迷っているところ、グラスから
「テンちゃ~ん、やることないなら私と一緒にトレーニングしな~い?」
と、誘われた。特に断る理由もないので承諾する。
「ええで。他に誰誘おうか?」
「そうだねぇ、まあいつものボーイちゃんとカイザーちゃんで~」
「呼んだか?」「呼びましたか?」
ボーイとカイザーも誘おうということで探そうかと思っていたら向こうの方からやってきた。向こうも一緒にトレーニングしようとこちらを探していたらしく、ボクらが丁度話していたのでこちらに来たとのことだ。どうやら考えることは一緒らしい。メンバーが揃ったのでトレーニングを始めることにした。
運動をする前にまずはストレッチをしている最中、カイザーが唐突に話を切り出した。
「そうだ。テンポイントさん、メイクデビュー勝利おめでとうございます!」
どうやらこの前のメイクデビューのことらしい。カイザーの言葉を皮切りにボーイとグラスからもおめでとう!、と言われる。このお祝いの言葉は素直に嬉しい。
「ありがとうなカイザー!でも、まだまだこれからや。次もキッチリ勝ったるで!」
この勝利に慢心することなく、ボクは次も勝つことを宣言する。そのためにもこれからの練習も頑張っていかなければ。
そこから会話も弾み、ストレッチを終えてひとまずランニングをすることにした。走っている最中ボクはカイザーに質問する。
「にしてもカイザーもうだいぶ出走しとるけど身体は大丈夫なんか?確か今5戦やったっけ?」
すでにカイザーは5回も出走している。2週間に1回のペースで出走しているが、身体は大丈夫なのだろうか?
するとカイザーはまるで問題ないと言わんばかりに答える。
「はい、特に問題はありませんよ。これでも私、結構丈夫な方なので」
「あはは~羨ましいな~。私なんて肺炎拗らせて年内出走無理になっちゃったよ~」
「全くだ!その頑丈さをオレらにも分けてくれ!」
「そ、そんなこと私に言われましても……」
カイザーの言葉にグラスとボーイは心底羨ましそうに言葉を漏らしていた。二人はまだ身体の問題から出走すらできていないので当然だろう。まあそんなことを言われてもどうしようもないので、カイザーからしたらたまったものじゃないが。けどボクもそこまで身体が強い方ではないので彼女の頑丈さは羨ましい。
そういえば普通にトレーニングしようと言ってきたが、グラスの体調は大丈夫なのだろうか?
「グラス、体調は大丈夫なんか?あんまり無理できひんやろ?」
その質問にグラスはにこやかに答えた。
「あ~大丈夫大丈夫~。ちゃんとお医者さんからも許可もらってるし、おきのんも激しい運動じゃなければOKって許可があるから~」
「だとしても、あんまり無理すんなよ?病み上がりなんだからよ」
「そうですよ。キツくなったらすぐ言ってくださいね?」
ボーイとカイザーも心配そうな声を掛けている。しかしグラスは笑いながら心配はないと答える。
「も~大丈夫だってば~。みんなが心配しているような重症じゃなかったんだし~。それにさ~」
瞬間、グラスの雰囲気が一変する。普段のんびりした彼女からは考えられないほど剣呑な雰囲気を漂わせている。
「もうこれ以上遅れるわけにはいかないからね。私も、みんなには負けたくないから」
「……ッ!」
グラス以外のボクら三人は息を呑む。今まで見たことがない本気の表情。しかしすぐに表情を戻して朗らかな笑顔で彼女は言った。
「フッフッフ~、それでもみんなの心配は嬉しいよ~。ありがとうね~」
「お、おう。友達だからな。心配するのは当たり前だぜ」
「そ、そうですよ。困ったことがあったらいつでも相談してください」
「え~?いいの~?じゃあ私の身体を頑丈にして~」
「いやそれは無理やろ……」
じょうだ~ん、とグラスが言ってまた他愛もない会話を続けていく。しかし今までグラスが見せたことのない表情にボクは戸惑っていた。
(グラスもあんな表情するんやな……かなりビビったわ……)
自分の友達が初めて見せた本気の顔に困惑したが、そこからは普通の会話が続きそれぞれの次のレースについての話題になる。まずはカイザーについて聞くことにした。
「カイザーは次走どうする予定なんや?」
「そうですね……次は来月の京成杯に出走して12月の朝日杯を目標に頑張ろうと思っています」
カイザーは自分の目標としているレースを教えてくれた。しかし京成杯に朝日杯か。どちらもトレーナーからは狙おうと言われたレースではない。だとしたらカイザーと対決するとしたら年明けになるだろう。
今度は逆にカイザーから質問される。
「テンポイントさんはどのレースに出走するか予定は決まっていますか?」
「そうやなぁ……トレーナーが言うには再来月のもみじステークスと12月の阪神ジュベナイルフィリーズは確定やって言うてたなぁ。体調次第では月末のデイリー杯も視野やって言うてた」
「テンポイントさんは阪神の方に出るんですね。お互い頑張りましょう!」
「せやな。お互い頑張ろか」
ボクとカイザーの言葉に未出走組は面白くないのか
「おいおいグラス、どう思うよ?まだ出走できないオレたちに対する当てつけだぜ、アレ」
「私は悲しいよ~ヨヨ~」
そう小芝居を挟んでいた。まあ棒読みなので本気で思っているわけじゃないのだろう。しかし真面目なカイザーは
「い、いえ!別にそういう意図はなくて……」
と必死に弁解している。だが、ボクは二人の方を向いて
「ハンッ」
鼻で笑う。その悪ノリに乗ってやろうといった感じで。ボーイたちはすぐに反応する。
「見ろよグラス!テンさんこっち見て鼻で笑ったぜ!絶対馬鹿にしてるよアレ!」
「戦争じゃ~戦争じゃ~」
カイザーは顔を青ざめさせて慌てた様子でボクに謝るように言ってくる。
「だ、ダメですよテンポイントさん!早く謝らないと!」
「落ち着けやカイザー。二人ともカイザーの反応がおもろいから悪ノリしてるだけやで」
ボクは自分の考えを伝える。するとその考えは合っていたのかボーイとグラスは
「テンさ~ん、もうちょっと引っ張ろうぜそこは。いやでもマジで慌ててるのは面白かったぜカイザー……プククッ」
「あはは~そんな本気で怒んないよ~。ごめんねカイザーちゃ~ん」
すぐに表情を崩して笑っていた。
カイザーはきょとんとした表情をしている。そして我に返ったのか顔を赤くして
「も、もう!お二人とも!悪い冗談はやめてください!テンポイントさんも分かってたなら早く教えてくださいよ!」
と、怒ってきた。正直言ってそこまで怖くないが。とりあえず三人とも平謝りしておく。
そして話を元に戻してボクはボーイに質問する。
「結局ボーイはいつ頃メイクデビュー走れそうなんや?」
ボクの質問にボーイが答える。
「んー、おハナさんが言うには年明けだな。グラスと一緒だ」
その言葉にグラスが反応する
「お~、テンちゃんと走れなかったと思ったら今度はボーイちゃんと走れる可能性が出てきたのか~。負けないぞ~」
「へへん、オレだって負けないぜ!じっくり鍛えているおかげで強くなっている実感があるからな!」
言いながらボーイはシャドーボクシングを始める。余程自信があるのだろうか。
しかし、年明けにデビューとなると一つ懸念点が生まれる。それはクラシックレースに出れるかという点だ。同じ疑問を抱いたのか、カイザーが話始める。
「でも、年明けデビューってなると皐月賞やダービーが凄くキツくなりますね。ダービーはまだどうにかなるとしても皐月賞は4月開催ですから」
「そうなんだよなぁ。人生で一度きりしか出走できないクラシックレース、なんとしても出てぇけどこればっかりはレースを頑張んねぇと」
間に合うかなぁオレ、と呟くボーイ。少し不安な表情だ。しかしその表情も一瞬のことですぐに
「ま!ウダウダ考えててもしょうがねぇや!オレの性に合わないし!その辺はおハナさんがうまく調整してくれるだろ!」
と、元気を出した。まあこの方がボーイらしいと言えばらしいだろう。なので、ボクもいつもの調子で返す。
「ボーイはいつも能天気やなぁ。羨ましいわ」
「能天気ってどういう意味だよテンさん!オレだって考える時ぐらいあるよ!」
馬鹿にされたと思ったのか、ボーイもすぐに反論する。しかしカイザーがすかさず
「フフッ、テンポイントさんも褒めてるんですよ。どんなに不安なことがあってもすぐに切り替えることのできる、それがボーイさんのいいところですから」
とフォローを入れる。その言葉にすぐに機嫌を直し、ボーイは変な絡みをしてきた。
「えっ!そうなの?なんだよテンさ~ん素直に褒めたらいいのに~」
「ウザッ、シバくで」
「ヒデェ!」
ボクらは笑いあう。そしてしばらく走っていると授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、ボクらは更衣室で着替えて教室へと戻っていった。
教室へと戻る途中、テスコガビー先輩とすれ違う。かなり慌てた様子だが何かあったのだろうか?すると先輩はこちらに気づいたのか近寄ってくる。
「クライムカイザーか、丁度良かった。カブラヤオーを見ていないか?姿が全然見えないんだ」
どうやらカブラヤオー先輩を探しているらしい。しかも結構長いこと探していたのか、それとも先程まで走っていたのだろうか額には汗が浮かんでいる。その名前はボクらも知っている。なぜならテスコガビー先輩とは別の意味で有名な先輩だからだ。
カブラヤオー先輩。現在クラシック路線で大活躍しているウマ娘でカイザーが所属しているチーム・ハダルの次期エースだ。逃げを得意としておりとんでもないハイペースで他のウマ娘を置き去りにしながら全力疾走するその姿から狂気の逃げウマ娘、なんて呼ばれている。実績も申し分なく、皐月とダービーの二冠を制しており、今目の前にいるテスコガビー先輩との直接対決にも勝っている。また大きな問題を起こすわけでもない大人しい先輩だ。そんなカブラヤオー先輩だがある一つ、重大な問題がある。それは
「見てませんけど……また逃げたんでしょうか?」
「あぁ、まただ……元々今日は菊花賞に向けてのインタビューの予定だったんだが、記者の方の一人がウマ娘の方でな。それに驚いて今も逃亡中だ」
超がつくほどウマ娘が苦手という点だ。カイザーがハダルのトレーナーから聞いた話によると幼い頃に同い年のウマ娘と何かあったらしく、それ以来ウマ娘が苦手になったらしい。逃げという戦法を取っているのも他のウマ娘を怖がって全力疾走しているだけという噂もあるくらいだ。それが本当かどうかは本人とトレーナーしか知らないが。
しかし、ボクらも今授業が終わって帰ってきたばかりなのでさすがに分からない。その旨を伝えようとすると、柱の陰に隠れてこちらの様子を窺っている見覚えのある髪色のウマ娘を見つける。
黒い髪のショートヘアにゆるふわのパーマをかけているウマ娘、間違いない。カブラヤオー先輩だ。ボクはすかさずテスコガビー先輩に教える。
「あのう、テスコガビー先輩?そこの柱の陰におるの、カブラヤオー先輩やないですか?」
「何?……ッ!見つけたぞ!カブラヤオー!」
見つかったことに驚いたカブラヤオー先輩は悲鳴を上げる。
「ヒィィィィィ!?見つかっちゃったぁぁぁぁぁ!?」
そして全力疾走でカブラヤオー先輩は逃げる。逃がすまいとテスコガビー先輩も追う体勢を取る。
「待て!逃がさんぞカブラヤオー!テンポイント、彼女を見つけてくれたこと感謝する!」
「え?えぇ、はい。先輩もお気をつけて」
テスコガビー先輩はカブラヤオー先輩を追って行ってしまった。会話が聞こえてくる。
「大人しくインタビューを受けろカブラヤオー!先方はずっと待っていらっしゃるんだぞ!」
「やぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁ!ウマ娘怖いぃぃぃぃぃ!」
「我儘を言うな!いいから早く私と一緒に来い!」
「むぅぅぅぅぅりぃぃぃぃぃ!」
ほどなくして二人の声は聞こえなくなる。去って行った後ボーイはボソッと呟いた。
「いつも大変だな、テスコガビー先輩も……」
グラスも続ける。
「確か同期なんだっけ~?世話焼きな人でもあるけど~毎度毎度追いかけて大変だね~。相手もカブラヤオー先輩だし~」
カイザーはいつも見ているからなのか
「まあもう仕方ないですよ……カブラヤオー先輩ですし……」
半ば諦めた口調だ。
ボクも少し呆然としていたがここで立っていてもしょうがないので皆に
「……とりあえず教室戻るか」
と促す。皆も同じ考えだったのか、誰一人異論をはさむことなく教室へと戻っていった。
後日聞いた話によるとカブラヤオー先輩はあの後無事捕まったらしい。テスコガビー先輩から貢献してくれたお礼としてご馳走してもらったお茶はとても美味しかった。
ウマ娘の新作アニメがいつ放送するのか楽しみです。
今回新登場のカブラヤオー。二冠を達成したりなどで有名ですが一番有名なのはそのハイペースな逃げでしょう。皐月賞の前半1000mのタイムが通常の1000mのレースのタイムと変わらないとかどうなってんですかね……。