ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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第93話 キミとなら

 日はすでに沈んで夜の帳が下りている。俺は今京都レース場でも宿泊先のホテルでもなく、病院にいた。一緒に来ていたハイセイコーたちはすでに別れている。俺だけが病院にいる。その理由は簡単である。

 俺は血が流れるほどに拳を握り締めて、祈る。

 

 

(頼む……ッ!無事でいてくれ……ッ、テンポイント!)

 

 

 話は、数時間前にさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テンポイントが海外に飛び立つ前にレースを見たい。そんなファンの願いに応える形で出走した日経新春杯。少しの不安はありながらも、レースは滞りなく進んでいった。そう、途中までは。

 事件が起こったのは残り600mの標識を通過して第4コーナーへ入ろうとした時。突如としてテンポイントの走りが大きく乱れたのだ。

 まともに走ることができていない。大きく減速して後続の子たちに抜かれていく。しかしそれでも、テンポイントは何とか走ろうとしていた。だが、そんな彼女の意思に反しているかのようにおぼつかない足取りを見せている。

 ……まさか、まさかまさかまさか!

 

 

(骨折か!?)

 

 

『テンポイントォォォォォォォォォッッッ!!』

 

 

 静まり返っている京都レース場に俺の叫びが響き渡った。だが、次の瞬間俺は冷静に頭を働かせる。

 今は叫んでいる場合じゃない、あのままだとテンポイントは地面と激突する!そうなったらもう手遅れだ!ならそのために何をすればいい?考えろ、考えろ俺!

 俺は隣にいるハイセイコーの方を向く。彼女も俺の方を見ていた。俺は彼女に命令した。

 

 

『ハイセイコー!左足だ!』

 

 

『分かってる!あなたが走るより私が走った方が速い!』

 

 

 そう言うやいなや、ハイセイコーは観客席のフェンスを乗り越えてレース場に飛び出す。俺も後を追うようにフェンスを乗り越えた。だが、その前に。

 

 

『時田さん!その角材借りますよ!』

 

 

『……ッ!えぇ!好きなだけ持っていきなさい!』

 

 

 俺のやることを瞬時に察知したのか素直に差し出した。それだけじゃない、医療用品も貸してくれた。俺は感謝の言葉を述べつつ、ハイセイコーの後を追うようにテンポイントのところへと駆け寄る。

 俺よりも先にテンポイントの下へと駆け寄っていたハイセイコーがテンポイントを抱きとめる。そして、傷つけないように、労わるように横に寝かせた。骨折したであろう左足を下につけないように。

 俺はテンポイントの左足を見た。……まずい!

 

 

『開放性か……ッ!』

 

 

 俺は消毒液をガーゼにつけて、急いで患部が外気に触れないようにする。そのまま左足を支えながら、包帯を巻いていった。その間も、テンポイントは呻き声を上げていた。

 そんな時、おぼつかない足取りでエリモジョージが近づいてきた。うわごとのように呟きながら、テンポイントの側に座る。

 

 

『うそ テン坊 ぼきっ 聴こえた。うそ うそ うそ!』

 

 

 普段のエリモジョージからは考えられないほどの大声と取り乱し方。……おそらく、テンポイントの近くで走っていたエリモジョージには聞こえたのだろう。彼女の脚が折れる音が。

 だが、今はそんな場合じゃない。俺はエリモジョージの目の前で思いっきり手を叩いて音を出した。目を覚まさせるように。エリモジョージが我に返った。

 

 

『目は覚めたか?』

 

 

『…… うん。わたし する?』

 

 

『テンポイントの左足を支えてくれ!今からこの角材を使って固定する!』

 

 

『分かった』

 

 

 そう言ってエリモジョージがテンポイントの左足を支えた。俺は角材を使ってテンポイントの左足を固定する。動かないように、けれど患部を傷つけないようにしっかりと。テンポイントは意識を失っているのか身体から力が抜けていた。

 ……これで応急処置は終わった。後は救急隊員が駆けつけるのを待つだけだ。そう考えていると、すぐさま救急隊員がレース場へと入ってきた。

 

 

『患者は!?』

 

 

『ここだ!急いで病院へ!』

 

 

 俺はそう言って救急隊員についていく。ハイセイコーたちは自分たちのやるべきことをやるためにここで別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、病院ではテンポイントの治療が行われている。その間俺には疑問が浮かんでいた。

 

 

(クソッ!クソッ!何が悪かった!?調子も悪くなかったし、身体チェックだって大丈夫だったんだ!なのに、何が悪かったんだよ!)

 

 

 テンポイントが骨折した原因だ。調子は朝から悪くなかったし、医者からのお墨付きをもらえるぐらいには健康体だったんだ。なのに、どうして骨折を起こした?冬の寒さのせいか?いや、それは考えにくい。だったら別のレースでも同じことが起こっていたはずだ。

 何故、何故、何故。疑問は尽きない。最早握り締めすぎて血だらけになった手を開いていると、手術が終わったのか、手術室から医者の人が出てきた。俺は焦りながらも医者に問いかける。

 

 

「先生!テンポイントは……、テンポイントは無事なんですか!?」

 

 

「……落ち着いてください。ひとまずは、テンポイントさんを病室へ移動した後、テンポイントさんも交えて詳しい話をしましょう」

 

 

 そう返されて、俺は冷静さを取り戻す。そうだ、今ここで焦っても仕方がない。俺は医者の人に連れられて、病棟へと歩を進めた。

 病室について、テンポイントの容態を確認する。血色は悪くない。五体満足だ。ひとまず安堵した。そしてしばらく待っていると、ベッドの上のテンポイントが目を覚ます。

 

 

「……んぅ?……どこや、ここ?」

 

 

「起きたか……ッ、テンポイント……ッ!」

 

 

「とれー、なー?どうしたん?そんなに安堵して……!てかトレーナーの手血だらけやん!?どうしたんやホンマ!?」

 

 

 ベッドの上では、いつもと変わらないテンポイントがいた。そのことに、俺は涙を流した。良かった……、本当に良かった!

 涙を流している俺をテンポイントは慌てた様子で宥めようとして、少し顔を歪めた。そして自分の身体を見渡して、察したのだろう。自分の置かれている状況を。

 

 

「……そっか、レース中に骨折したんやな、ボク」

 

 

「……そうだ。だが、今はその前に」

 

 

「はい」

 

 

 そう言って、医者の人が俺達のところに来る。そして、テンポイントの容態について詳しく教えてくれた。

 

 

「まずテンポイントさんですが……、命に別状はありません。レース中に骨折した場合、大半のウマ娘はスピードに乗ったまま地面に激突するケースがほとんどです。しかし、テンポイントさんの場合……」

 

 

「ハイセイコーがしっかりと抱き留めたから、最悪の事態は免れた……」

 

 

「そうです。そして脚の状態に関してですが……。骨が露出していました。開放骨折です。開放骨折の場合、傷口から雑菌が入る等によって感染症を引き起こす恐れがあるのですが……。これもスムーズな応急処置によって被害は最小限に抑えられました。ただ、油断はできません。そのことを留意しておいてください」

 

 

「分かりました。……それで、骨折の原因は?」

 

 

「……医者としてお恥ずかしい限りですが、原因は不明です。本人の体調に問題はない、身体に異常があったわけでもない、なのに骨折した。このような事象には遭遇したことがありません。少々オカルトになってしまいますが……まるで、骨折することが運命だったかのような事象です」

 

 

「……くそったれな運命ですね、反吐が出る」

 

 

 俺は吐き捨てるようにそう言った。だが、嘆いても結果は変わらない。頭の中を切り替える。

 俺達がそう話していると、テンポイントが会話に割って入ってくる。

 

 

「あの、1つええでしょうか?」

 

 

「はい。なんでしょうか?」

 

 

 少しの沈黙。やがて、意を決して口を開く。

 

 

「ボクはまた、走ることはできるんでしょうか?」

 

 

 その言葉に、医者の人は難しい表情を浮かべて沈黙する。やがて決意が固まったのか、答える。

 

 

「……走ることは可能です。ですが、元のように、レースで走ることは極めて難しいでしょう。リハビリをしても今までの4割、下手をすれば3割ほどの力でしか走れない可能性もあります。医者である私の判断としては、レースで走ることは諦めた方がいいと、そう考えています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元のように走ることは難しい。レースで走ることを諦めた方がいい。医者から宣告された言葉がボクの頭の中を駆け巡る。だが、医者は気になる言葉を頭につけていた。

 

 

(極めて難しい……やったら!)

 

 

 ボクは続けて医者の人に質問する。

 

 

「極めて難しい……。それって、何パーセントぐらいですか?」

 

 

 ボクの言葉に、医者の人はこれまた難しい表情をしていた。覚悟を決めたのか、口を開く。

 

 

「……良くて数パーセント。1パーセントか、2パーセントほどだと思ってください」

 

 

 ……良くて数パーセントか。だったら、話は簡単だ。

 

 

「そんだけあれば十分や。それで?元のように走るためにはどうしたらええんや?」

 

 

 ボクはそう質問した。この言葉に医者の人は驚いた表情を見せる。ただ、トレーナーはボクがそう言うと分かっていたのか、表情を崩さなかった。相変わらず、ボクのことをよく分かっている相棒だ。

 医者は信じがたいものを見るような目でボクを見る。そして、やるべきことを告げた。

 

 

「やることは通常のリハビリと変わりません。ですが、そのリハビリでさえも過酷な道のりになるでしょう。地獄のような苦しみが続くことになります。下手をすれば、悪化して二度と走れなくなる可能性もある。そこまでしても、元のように走れるかどうかは奇跡でも起きない限り無理です。それでも、あなたは走ることを望みますか?」

 

 

 ボクを諭すように、医者の人はそう問いかける。だが、ボクの答えは最初から決まっている。

 

 

「当たり前や。ボクは諦めが悪いんでな。それに、奇跡は起こるのを祈るもんやない、起こすもんや。やから、奇跡起こしたるわ。ボクとトレーナーの手でな」

 

 

「……トレーナーさん。あなたは?」

 

 

 医者は止めて欲しそうな目でトレーナーを見る。だが、トレーナーの答えは決まっているだろう。

 

 

「彼女が走ることを望むのであれば、私はその手助けをします。その決意は揺るぎません」

 

 

 やっぱり。トレーナーはボクの手助けをすると、そう思っていた。そのことに嬉しさを覚える。

 医者の人は溜息をついて、ボク達に告げる。

 

 

「……分かりました。医者としては本来止めるべきなのでしょう。けれど、あなた方がそう望むのであれば……」

 

 

 そう言いながら、医者の人は少し席を外してどこかへと行った。しばらく待っていると戻ってくる。手には資料を持っていた。

 

 

「都内にある病院です。ひとまずはここに転院することをお勧めします。ここだと、ファンの人たちに突撃される可能性がありますので。それはあなたたちも本意ではないでしょう?」

 

 

「……まあ、そうですね」

 

 

 医者の人の言葉にトレーナーは苦笑いを浮かべていた。ボクも同じ気持ちだが。

 

 

「ここは秘匿性も高い上に、トレセン学園からも比較的近い位置にあります。リハビリに関しても日本一と言っても過言ではありません。お望みであれば、明日にでも転院手続きをしますが……、どうなさいますか?」

 

 

「「お願いします」」

 

 

 ボクとトレーナーの言葉が重なる。その言葉を受けて医者の人が告げる。

 

 

「それでは、転院手続きはこちらの方で済ませておきます。今日はもう早めに身体を休めてください」

 

 

 そう言って医者の人は病室を後にした。病室にはボクとトレーナーが取り残される。

 ボクはトレーナーに謝る。

 

 

「……ごめんなぁ、トレーナー。無事に帰ってこい言われとったのに、帰れんかったわ」

 

 

 ボクの謝罪の言葉に、トレーナーは微笑みながら答える。

 

 

「気にするな。お前とまたこうやって話すことができるだけでも、俺は嬉しいよ」

 

 

 その言葉に、ボクは嬉しさを覚える。けれど、トレーナーはこれからきっと大変だろう。ボクのリハビリだけではない、世間からのバッシング、その矢面に立たされるのは間違いなくトレーナーだ。

 ボクはトレーナーに問いかける。

 

 

「トレーナー。ホンマにええんか?」

 

 

「何がだ?」

 

 

「きっと、これから大変やと思う。ボクが元のように走れるかは分からへん、先の見えない暗闇を進むことになると思う。それでも、ボクのトレーナーでいてくれるんか?」

 

 

 ……正直、聞かなくても分かり切っている答えだ。それでも、一応聞いておきたかった。

 トレーナーは、愚問だとばかりに答える。それは、ボクが思っている通りの言葉だった。

 

 

「当たり前だ。前に言っただろ?お前を見放さないって。それだけじゃない、俺はお前がまた走れるようになるって信じてる。奇跡を起こしてやろうぜ?2人でな」

 

 

 そう言って、ボクに拳を突き出してくる。レース前にやっている、いつものルーティーン。そう言えば、日経新春杯の時はやっていなかった。ボクは嬉しさを噛みしめながら、拳を突き出してトレーナーと軽く拳を合わせる。

 

 

「また、こっから頑張ろか、トレーナー!」

 

 

 ボクの言葉に、トレーナーは頷く。嬉しさから涙がこぼれそうになったが、からかわれそうなので必死に堪える。そう思っていたらトレーナーの方が涙を流していた。それにつられて、ボクも涙を流す。

 

 

「ちょ、なに泣いてんねんトレーナー。そんなに、うれしいんか」

 

 

「お前も、だろ、テンポイント。でも、うれしい、ほんとに、うれしいよ、テンポイント」

 

 

 ボク達はお互いに涙を流す。悲しさからではない、またこうやって2人で歩んでいける嬉しさからだ。ボクがそうなのだ、トレーナーもきっとそうだろう。

 これから先、ボクを待ち受けているのは辛いことばかりだろう。リハビリも、やったところでレースの世界に帰ってこれるかは分からない。先の見えない暗闇を突き進むようなものだ。上が見えない高い壁に挑む気分だ。

 けれど、トレーナーと一緒なら大丈夫だ。例え先の見えない暗闇を進むことになったとしても、どんなに高い壁があったとしても、トレーナーとだったら進んでいけるし、乗り越えていける。そうボクは確信した。




例えその先が地獄でも、2人ならば乗り越えられる。
とまあ、ここからタグのIF展開が働いていきます。
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