ニュースの情報だけじゃ無事かどうか半信半疑だったオレのもとに舞い込んできた先生からの連絡事項。それはテンさんのトレーナーである誠司さんからのテンさんが無事だという報告だった。
この数日間、レース中に骨折したテンさんのその後の情報は全くと言っていいほど出回らなかった。唯一与えられた情報は手術をしたということ、そして手術を担当した病院の院長からのテンさんの手術は成功したという声明のみ。正直言って、情報が足りなさ過ぎて信憑性を疑っていた。別に院長の人を疑っているわけじゃないのだが、この目で無事を確認するまではオレの不安は尽きなかった。
そんなところに舞い込んできたテンさんを担当している誠司さん直々の無事であるという言葉。あの人もこの数日間学園で見なかったが、きっとテンさんの側にいたのだろう。そんな人がテンさんは無事であると言ったのだ。今までのどの情報よりも信憑性は高かった。ただ、お見舞いのために病院の場所を聞こうとしたら先生もテンさんがどこに入院しているかは知らないということで、お見舞いに行けないのは少し残念だったが。
少し残念に思いながら授業の準備をしていたところ、オレたちの教室にハイセイコー先輩が訪れた。先輩に連れられるまま、グラスとカイザーとともに生徒会室へと向かったオレは先輩から衝撃的なことを告げられる。
「さて、君たちを呼んだのは他でもない。今からテンポイントが入院している病院へ向かうよ。迎えのものが来るまでここでお話でもして待とうじゃないか」
「「「…えっ?」」」
オレ達は揃って間抜けな声を上げたが、それも仕方ないだろう。無理だと思っていたテンさんのお見舞いに今から行こうと言われたのだから。
驚きを隠せないまま、オレはハイセイコー先輩に尋ねる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよハイセイコー先輩!テンさんが入院している病院って秘匿されてるんですよね!?どうしてハイセイコー先輩が知ってるんですか!?」
オレがそう尋ねると、ハイセイコー先輩はこともなげに答える。
「あぁ、答えは単純だよトウショウボーイ。私は昨日お見舞いに行ったからね。神藤さんに連れられてね。私が思っていたよりも、元気そうだった。だから君たちにも早く会わせてあげたいと思ってね。尤も、神藤さんもそのつもりだったらしいけど」
その言葉に、オレは開いた口が塞がなかった。あんなに情報が出回らなかったのに、今日だけで色々と情報が増えてきている。正直、どうして教えられたのかという疑問は尽きなかったが、頭が混乱してそれどころじゃなかった。そして、生徒会室の扉が開かれて誰かが入ってくる。入ってきた人物はクインだった。
「あ、あの、ハイセイコー様。お呼び出しされてきたのですが、一体私に何の御用でしょうか……ってトウショウボーイ様たちもですか?」
「呼び出してすまないねシービークイン。何、今からみんなでテンポイントのお見舞いにでも行こうと思ってね。今は準備待ちさ」
ハイセイコー先輩の言葉にクインも驚いた表情を見せる。そして、オレと同じことを聞いて同じように返されていた。
そのまま待つことしばらく、生徒会室にまた人が訪れた。誠司さんだ。
「よし、みんな揃ってるようだな。なら早速向かうぞ」
「す、すいません神藤さん。色々と聞きたいことがあるのですが……」
そうカイザーが質問する。
「詳しい話は道中話そう。俺に着いてきてくれ」
色々と聞きたいことはあるが、誠司さんの言う通り道中聞けばいいだろう。オレ達は誠司さんに連れられるまま、テンさんがいるという病院へと車で向かった。
「着いたぞ。ここがテンポイントの病室だ」
「「「……」」」
車で揺られながらそれなりの時間が経って、今オレ達はテンさんの病室の前にいる。向かっている車内で、誠司さんからこれまでのことを聞いた。
あの後テンさんがどうなったのか。テンさんの手術は本当に成功したのか。そして、どうして今まで情報が出回らなかったのか。その質問の1つ1つに誠司さんは丁寧に答えてくれた。
まず、テンさんが無事ということと手術が成功したことは本当のことらしい。テンさんの状態を聞こうと思ったが、後のことは本人に会って確認してくれと言われたのでそれ以上は聞かなかった。
そして情報が出回らなかったのはマスコミが踏み入ることを考えてのことらしい。理由を聞かされて納得した。思えばテンさんはマスコミに対して良い感情を抱いていない。けれど、テンさんが入院している病院の情報が出てきたら間違いなく記者の人たちはここに来るだろう。ただでさえストレスをかけられない状態なのに、ストレスがかかるような状況にするのは誠司さんも本意じゃないだろう。本人は苦笑い気味に答えていたが。
加えて、オレ達に病院の場所は誰にも喋らないようにと厳命してきた。勿論、誰にも話すつもりはない。オレ達は誠司さんの言葉に力強くそう答えた。
いざ病室に入ろうとすると、誠司さんとハイセイコー先輩はその場を後にしようとする。
「私は昨日来たからね。今日は君たちだけで話してくれ」
「俺は今後のことを先生と話さないといけないからな。友達同士、積もる話もあるだろう」
そう言って2人はどこかへと行ってしまった。オレ達だけが取り残される。
「ど、どうしましょう……誰が開けますか?」
「……私はちょっと、怖いかな~」
「大丈夫だグラス。多分ここにいるみんなそう思ってる」
「ト、トウショウボーイ様……」
正直言って、オレ達は戸惑っていた。テンさんのところに行こうとも、情報がないからどうしようもない数日を過ごしていたのに、気づけばこうやってテンさんに会えることができたのだ。困惑するのも無理はないだろう。
……オレは覚悟を決める。
「……オレが開ける」
「大丈夫ですか?ボーイさん」
「大丈夫だ」
正直、怖い。今見ているのは夢で、この扉を開けた瞬間夢から醒めて自分のベッドの上で目を覚ますんじゃないか?そんなことを考えてしまう。
オレは、病室の扉に手をかける。心臓の音がうるさい。手から汗が止まらない。オレは、意を決して扉を開いた。オレ達の目に飛び込んできたのは、
「……ん?おぉ!みんなきおったんか!なんもないとこやけど、ゆっくりしてき!」
ベッドの上で、新聞を読んでいるテンさんの姿だった。入室してきたオレ達に、新聞を読むのを止めてゆっくりするように告げる。近くにあるテーブルにはテンさんの好物である牛乳パックが置いてあった。時折飲んでいたのだろう。パックは空けられている。骨折した左足はギプスで固定されていた。ただ、それ以外は特に目立ったところはなかった。元気そうにしている。
(無事だ……!本当に、本当に無事だったんだな!)
オレは急いでテンさんの下に駆け寄る。涙が自然と流れた。テンさんの手を握る。温もりを感じる。これは夢なんかじゃない、現実だ。そのことに喜びを覚えながらオレはテンさんに話しかける。
「テンさん……ッ!テンさんッ!」
「はいはい。そんな何度も呼ばんでも聞こえとるで?」
「良かった……、良かったよぉ……ッ!オレ、オレぇ……ッ!」
「……心配かけて、ごめんな。みんな」
オレだけじゃない。グラスも、カイザーも、クインも。みんな涙を浮かべていた。それだけ嬉しいのだろう。
そこからは他愛もない話をした。学園でのこと、日常でのこと、今まで心配していた気持ちを払拭するために、色々なことを話した。
「いや~本当に良かったよ~。ボーイちゃん練習にも身が入ってなかったみたいだからね~」
「そうなんか?」
「ちょ、グラス!それは言うなって!」
「いやいや~、東条トレーナーにしばらく練習に来なくていいって言われてたらしいからね~。あ、これハイセイコー先輩情報~」
「テメェグラス!グラスだって同じだろ!沖野トレーナーが言ってたぞ!練習中もどこか上の空だったって!」
「ちょっと!?それは言わないでって言ったでしょ!」
「なんやなんや~?みんなしてボクんこと大好きか~?」
「それだけ心配だったんですよ、テンポイントさん。私も、どこか練習に身が入ってないってタケホープ先輩に……ッ!うぅ、思い出すだけで身震いが……ッ!」
「クライムカイザー様は本当にタケホープ様に何をされているのですか!?」
そんな他愛もない話をしている。
そんな時、急にカイザーが真面目な表情でテンさんに尋ねる。
「テンポイントさん。1つ、いいでしょうか?」
「ええで。なんでも聞き」
テンさんの言葉を聞いて、一拍おいてからカイザーは質問した。
「テンポイントさんは、また走ることはできますか?」
オレは息を呑んだ。グラスも、クインも一緒の気持ちだろう。それは、聞こうと思っていたけれど、聞くのを憚られた質問だった。
だがテンさんは思ったよりもあっけらかんと答える。
「走れるらしいで。治るまでの辛抱やな」
その言葉にオレは安堵した。良かった、テンさんはまた走れるみたいだ。そのことに喜びを覚える。
しかし、カイザーはそう思っていないのか厳しい表情をしたままだ。嬉しくないのだろうか?そう思っているとカイザーが話を続ける。
「……質問を変えましょう、テンポイントさん。元のように走ることはできますか?」
「ど、どういうことだよカイザー?」
オレはカイザーの言葉に思わずそう聞き返す。しかし、
「……お見通し、っちゅうことか」
テンさんは、観念したようにそう言った。そして、オレ達に衝撃の事実を告げる。
「走ることは可能や。やけど、レースの世界に戻るんは諦めた方がいい、先生はそう言うとった。良くて今までの3、4割ほどの力でしか走れんってな。元のように走るんは難しいって告げられたわ」
その言葉に、オレの頭は冷水をかけられたように急激に冷えていく。戸惑いが支配する。
(……嘘だろ?じゃあ、テンさんはもう……)
レースの世界に帰ってこれない?さっきまで喜んでいた気持ちがどんどんなくなっていく。心にぽっかりと穴が空いたような感覚になった。
「まあやけど」
テンさんの言葉を最後まで聞くことなくオレはテンさんを問い詰める。
「どういうことだよ!?なんだよレースで走るのを諦めた方がいいって!」
「ボーイちゃん落ち着いて……」
グラスがオレを止めようとしてくる。けれど、オレはお構いなしにまくし立てる。
「テンさん言ってたじゃねぇかよ!また一緒に走ろうって!」
「ボーイさん……」
「ゆびきりまでしたのに……ッ!あの言葉は嘘だったのかよ!?」
「トウショウボーイ様……」
正直、テンさんに言ったってしょうがないことは分かってる。でも、オレは気持ちを抑えられなかった。
オレがそうまくし立てていると、テンさんがオレに話しかける。
「まあボーイ、ちょい屈め」
「……なんだよ」
オレは言われた通りに屈んだ。テンさんと同じ目線の高さになる。すると、
「ちったぁ……落ち着けや!」
「痛ったァ!?」
そう言いながらオレに思いっきりデコピンしてきた。そのままオレに続ける。
「人ん話は最後まで聞けや!いきなりまくし立ておって!シバくで!」
「テンポイント様!もう手を出しています!」
デコピンされた痛みに悶えているオレを尻目にテンさんは話を続ける。
「あくまで先生から言われたんは、元のように走るんは難しいってだけや。可能性がないわけやない」
「……そうなの~?」
可能性がないわけではない。その言葉に少しだけ希望が見えた気がした。オレはテンさんに尋ねる。
「……ちなみに、何パーセントぐらいなんだ?元のように走れる確率は?」
「……良くて数パーセント。あっても1パーセントか2パーセント言うとった。加えて、下手したら二度と走れんくなるとも」
だが、見えた希望もすぐに無くなった。オレの心に暗い影が落ちる。
(1パーセントか2パーセントって……そんなのないも同然じゃねぇか……ッ!)
しかも、下手したら二度と走れなくなる可能性もある。もう、レースの世界に帰ってこないと言っているのも同然だった。気持ちがどんどん落ち込んでいく。
そんなオレを尻目に、カイザーがテンさんに質問する。
「……それで?テンポイントさんはどうするんですか?」
カイザーの言葉に、テンさんは決意のこもった目で答えた。
「決まっとるやろ。ボクはその可能性にかける。必ずレースの世界に復帰したるわ」
「……え?」
テンさんはなにを言っているんだ?もう走れなくなる可能性もあるのに?それなのにテンさんは……。だが、カイザーはまるでそう答えると分かっていたように苦笑いを浮かべていた。
「まあ、テンポイントさんならそうしますよね」
「だね~。これがテンちゃんって感じだね~」
「そうですね。テンポイント様、頑張ってください」
オレは驚いているのに、みんなはそう答えていた。そして、テンさんが告げる。
「ボクは必ずターフに戻ってくる。やから、首洗って待っとき!」
その言葉を最後に、オレ達の面会は終了した。
夕暮れ時、オレ達は久しぶりにみんなで帰っていた。練習はみんな休みである。偶然もあるもんだと思いながら帰っていた。話題は今日の面会でのことだ。オレはみんなが話しているのをただ聞いているだけだった。
グラスからの提案で公園で一休みしているオレにカイザーが心配そうな表情で尋ねる。
「どうしたんですか?ボーイさん。面会の後から元気なさそうですけど」
「……いや、さ」
オレは思っていることをみんなにぶちまけた。面会で言っていたテンさんの言葉。必ずレースの世界に復帰するという言葉。オレはその言葉を信じきれずにいた。
「テンさんはああ言ってたけど、本当にレースの世界に戻ってくんのかなって……」
「……何言ってるの~?」
「だって、そうだろ?医者の人は復帰は絶望的、諦めた方がいいって言われてんだぜ?だったら……」
諦めた方がいいんじゃないだろうか?そう思ってしまったのだ。口には出さなかったが。
そんなオレの前に、クインが立った。
「トウショウボーイ様、少しよろしいでしょうか?」
「……どうしたんだよ?クイン」
オレがそう返事をすると、突然乾いた音が鳴った。その発生源は、オレの頬。今、叩かれたのだ、クインに。そんなに力は込めていないのだろう。痛くはなかった。
「クイ、ン?」
オレが戸惑っていると、クインは睨むようにオレを見ながら告げる。
「トウショウボーイ様、あなた様の知るテンポイント様は、そこまで弱いお方でしょうか?骨折をしたから、お医者様から諦めろと言われて、素直に諦めるようなお方だったでしょうか?」
「……」
違う。
「少なくとも、私の知るあのお方はそのような人物ではありません。どなたからか諦めろと言われて引き下がる、そのような人物ではありません」
そうだ。
「学園のどなたよりも負けず嫌いで、学園のどなたよりも諦めが悪い。それでいて、気高いお方。私の知るテンポイント様はそのような人物でございます」
そうだ。テンさんはどこまでも負けず嫌いだ。それは、今までのレースでよく分かっている。
厳しい表情を崩して、笑みを浮かべながらクインは続ける。
「だからこそ、私は分かっておりました。テンポイント様ならば、たとえどれだけ可能性が低くとも走るための道を選ぶと。それはクライムカイザー様も、グリーングラス様も同じ気持ちだったのでしょう」
「はい。テンポイントさんならそうすると、リハビリをする道を選ぶと思っていました」
「そうだね~。テンちゃんとっても負けず嫌いだから~」
……けど、オレは違った。勝手に諦めたと思い込んで、オレ達を心配させないようにと、空元気だと思い込んでいた。
「それに、あのお方は約束を必ず守るお方です。そのことは、トウショウボーイ様もよく分かっているのではないでしょうか?」
「……あぁ、そうだ」
オレは、気づかないうちに悪い方向にばっか考えちまっていた。
「一緒に走る、そう約束したのであればテンポイント様は必ずその約束を守ります。それに、あのお方は……」
だから、大事なことを忘れちまっていた。
「トウショウボーイ様のご友人で、一番のライバルではありませんか。ならば、復帰する。そう宣言したテンポイント様を信じてあげるべきではないでしょうか?」
あの人は、テンさんはこれくらいで諦めるようなヤツじゃねぇってことを!
「……そうだよ。そうじゃねぇかよ……ッ!」
今の自分が恥ずかしかった。友達のことを信じてあげられない、そんな自分が堪らなく恥ずかしかった。オレはみんなに頭を下げて謝罪する。
「わりぃ!オレ、いつの間にか悪い方向にばっか考えちまってたみてぇだ……ッ!そうだよな、テンさんが諦めるわけねぇよな!」
今まで沈んでいた気持ちがドンドン上がっていくのを感じる。もうテンさんが復帰しないんじゃないかという気持ちは完全に消えていた。そんなオレの様子をみんなは温かい目で見ている。
「良かった、いつものボーイさんですね」
「はい。それでこそトウショウボーイ様です」
「そうそう~。ネガティブになるのはカイザーちゃんだけで十分だよ~」
「ちょっと!?どういう意味ですかグラスさん!」
そうしてオレ達は笑いあった。
「申し訳ありませんトウショウボーイ様。頬を叩いてしまって……」
クインがオレにそう謝罪する。だが、オレからしたらクインのおかげで元の調子に戻れたのだ。
「いいよクイン。クインが叩いてくれたおかげで、オレの目は覚めたんだ。だから、ありがとうクイン!」
「……はい!」
その後オレ達はそれぞれの帰路につく。そこにはもう不安な気持ちは一切ない。テンさんがレースに復帰するその日まで走り続ける。オレはそう決めた。
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