テンポイントにブログの開設許可をもらった翌日の朝、俺は理事長室の前に来ている。1回深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、扉をノックする。
「許可ッ!入りたまえ!」
「失礼します」
中にいる人物からの許可をもらい、俺は理事長室へと入室する。部屋の中には秋川理事長とたづなさんがいた。
俺は今回の訪問について理事長に感謝をする。
「ありがとうございます、秋川理事長。お忙しい中時間を作っていただいて」
俺の言葉に理事長は特に気にした表情を見せることなく明るく答えた。
「構わないッ!それで神藤トレーナー、今日は一体どのような要件だ?」
「はい、実はテンポイントのことなのですが……」
「テンポイント君か?彼女がどうかしたのか?」
「実は、彼女のファンクラブを作ろうと思いまして。その許可を貰いに来たんです」
俺の言葉に、理事長は神妙な顔つきになる。そのまま俺に告げる。
「……フム、具体的にはどのようなものだ?そして、どういった意図があって私のところまで許可を求めに来たのか、それを教えてくれるか?」
俺は冷静に答える。
「具体的には、今のテンポイントの経過報告を報せるためのブログのようなものを考えています。テンポイントは現在病院の場所を明かしておらず、加えて表舞台にも姿を見せていません。ファンの人が不安に思うのも仕方がないことだと思っています」
「その人達を安心させるために、日誌のようなものを作ろうと?」
たづなさんがそう口を挟む。俺は頷きながら答える。
「そうですね。ただ、それだけなら私個人が作成すればいいだけの話になります。テンポイント本人からの許可はありますし、個人運営のブログという形で公開すればいいのですから」
「そうだな。わざわざ私のところまで来る必要はないだろう。では、君は一体何の目的があって私のところまで足を運んだのだ?」
「簡単です。信憑性を持たせるためです。トレセン学園が関与しているとなれば、疑うような人はまず現れないでしょう」
「……フム、わざわざ私のところまで来たというのはそういうことか。トレセン学園の理事長である私が関与することで、君の言うファンクラブが提供する情報に信憑性を持たせようと、つまりはそういうことだな?」
「そう言うことになります」
「フム……」
理事長は考えるように顎に手をやる。やがて、考えが纏まったのか俺に問いかける。
「理由はそれだけか?神藤トレーナー」
理事長の言葉に、俺は特に迷うことなく答える。
「それだけではありません。理事長はテンポイントがメディアの露出を嫌っているということはご存じでしょうか?」
俺の言葉に、理事長は困ったような笑顔を見せた。思い当たる節があるのだろう。
「そうだな。確かにテンポイント君はメディアへの露出……否、正確にはマスコミを嫌っているのは私も知っている。そして、それゆえに今回の一件に繋がっているというのもな」
今回の一件、テンポイントの病院の情報を秘匿していることについてだろう。学園の方にも問い合わせがかなり来ているらしい。その対応に秘書であるたづなさんや他の事務員の人に迷惑を掛けていることも。秘匿するというのは俺が決めたことなので心が痛い。たづなさんや事務員の人達には頭が上がらない。
だが、テンポイントにストレスをかけないためにも仕方のないことだと割り切って、たづなさんたちにはまた別の形でお詫びをしようと考える。
理事長が言葉を続ける。
「それでは、一体それがファンクラブ開設にどのように繋がるのだ?」
「……実はこの前の記者会見でテンポイントのマスコミ嫌いに拍車がかかりまして……」
思い当たる節があるのか、理事長とたづなさんは頭を痛そうに抱えている。正直、その気持ちはすごくよく分かる。俺も同じ気持ちだったからだ。
俺は言葉を続ける。
「取材拒否は何とか防ぎましたが……、このままだと今後にも響くと思いまして。なので、学園公認で私がテンポイントのファンクラブを開設し、そこから情報を発信しようと、そう考えているのです」
「……つまりは、今後の活動を見据えて学園の認可が欲しいと?そういうことか?」
「そうですね。後は、仮にも学園の生徒に関わるものなので理事長の許可を取りに来た……という感じになります」
「成程ッ」
理事長は少し考える素振りを見せた後、笑顔で答える。
「許可ッ!こちらとしても特に断る理由は見当たらない!テンポイント君のファンクラブ開設、並びに学園の認可が必要だという件、承知した!すぐにでも手配しよう!」
その言葉に俺は内心ガッツポーズをしながらも、顔に出さないようにしてお礼を言う。
「ありがとうございます、理事長」
「問題はないッ!ただし!学園の認可がある以上、こちらでも内容は精査させてもらう。そのことはしっかりと覚えておくように!」
「勿論です。しっかりとした広報を心がけます」
俺は理事長の言葉に力強く答える。その答えに満足したのか理事長は良い表情で頷いた。
話が終わったので俺は理事長室を後にしようとする。その時、たづなさんから声を掛けられる。
「そうだ、神藤さん。もしブログをお書きになるのであれば、ハイセイコーさんを頼るのがよろしいかと。彼女も独自のファンクラブを持っておりますから」
「……あんまり頼りたくないですけど、もしもの時はそうさせていただきます」
俺の言葉にたづなさんは苦笑いを浮かべる。俺としてはハイセイコーをあまり頼りたくないというのが本音だ。俺をからかうようなことさえなければこんなことは思わないのだが。
そして俺は理事長室を後にする。廊下で伸びをしながら考える。
(とりあえず、ファンクラブ開設に向けて色々と準備しないとな)
そう考えていると、誰かに声を掛けられる。
「やぁ神藤さん。奇遇だね」
……まさか、話題に挙げたタイミングで出会うとは。タイミングが良いのか悪いのか分からない。待ち伏せを疑うレベルだ。
俺は声を掛けてきた人物、ハイセイコーに返事をする。
「……本当に奇遇だな。どうしたこんなところで?」
その言葉に、ハイセイコーは不服そうな表情を浮かべている。
「なんだい、嫌そうな顔を浮かべて。私と会えたのがそんなに不服かい?」
「別にそういうわけじゃない。なんで理事長室なんかに来てるんだ?」
俺の言葉にハイセイコーは答える。
「何、ここを通りかかったのは本当にたまたまさ。生徒会の仕事を終えてね、散歩をしている時に偶然出会っただけだよ」
「マジで偶然かよ……」
「それで?理事長室から出てきた神藤さんは何かあったのかい?」
別に隠すようなことでもないので素直に教える。
「テンポイントのファンクラブ開設の件でちょっとな。今学園側の許可をもらってきたところだ」
「ファンクラブの開設ぐらいだったら、別に学園側の許可は必要ないんじゃないかな?なぜわざわざ理事長に許可を?」
ハイセイコーは素朴な疑問をぶつけてきた。俺はその質問に答える。
「発信する情報はテンポイントの経過報告の面が主になるからな。できる限り情報に信憑性を持たせるためには学園側の許可があるって言うのが一番だろう」
「成程ね。後はアレかい?テンポイントはマスコミが好きじゃないからね。マスコミを介さないでテンポイントの情報を発信するため、少しでも信頼できる情報だとファンに理解してもらうため……と言ったところかな?」
「……よくお分かりで」
俺は嘆息しながら答える。ハイセイコーも苦笑いを浮かべていた。
「まあ、確かにアレはね。君のことを心から信頼しているテンポイントからすれば我慢できないだろう。特に、マスコミを好まない原因に今までの積み重ねもある。それが今回の記者会見の一件で爆発した、と言ったところかな?」
「本当によく分かってるな。ズバリその通りだ」
「ふーん……。ということは、今からファンクラブ開設のために色々と動こうとしているのかな?神藤さんは」
「……まあそうだな」
ハイセイコーは笑顔を浮かべてある提案をする。
「ならば、私の手を貸そうじゃないか。私もファンクラブを持っているし、色々と力になれると思うよ?それに、神藤さんはファンクラブを運営したことがないだろう?先人である私の意見は貴重なはずだ。悪い話ではないと思うんだけど」
「……」
正直に言えば、手を借りたい。だが、手を借りた場合、後で何を要求されるか分からない。そのことが、ハイセイコーの手を借りることを拒んでいた。
俺の様子を見て悩んでいると思ったのだろうハイセイコーは呆れながら口を開く。
「別に何かを要求するわけじゃないよ。ただの親切心さ。特に、何のイロハもないままに運営したら炎上しかねないからね。そうなったらテンポイントにも危害が及ぶが……それでも嫌かい?」
「お願いしますハイセイコーさん。私めにファンクラブ運営のイロハを教えてください」
テンポイントにも危害が及ぶ。そう言われてからの俺の行動は早かった。ハイセイコーに即座に協力を依頼する。そんな俺の様子を見たハイセイコーは呆れながら続ける。
「恐ろしいぐらいの変わり身の早さだね……。相変わらずテンポイントが絡むと人が変わったようになるね神藤さんは。まあいいさ。私の方でも協力するよ」
「……助かる。後、疑うような真似して悪かった」
「構わないよ。疑われる心当たりはあるからね。まあ、これからもからかうのは止めないけどね」
「心当たりがあるなら止めてくれ」
「それは無理な相談だ。楽しいからね」
そんな話をしながら俺とハイセイコーはトレーナー室へと向かった。
トレーナー室で俺はハイセイコーにファンクラブのイロハについて教えてもらっている。ハイセイコーの言葉を俺は時折頷きながら聞く。
「……と、まあこんな感じさ。今回作成するのはブログだったね。なら、運営する上で重要なのはスルー能力、人が一番堪えるのは無視されることだからね。荒らし目的のコメントは無視するのが一番だよ」
「成程な……」
「まあ運営するのは神藤さんだし、そこは心配してないけどね。ただ、こっちが煽りと思ってなくても向こうが煽りと捉える可能性もある。だからコメントの返信は極力行わない方針がいいよ。返信するにしても短く簡潔に答えるのがいいと思う」
「その可能性は考慮してなかったな……。お前に教わらなかったら多分やらかしてたわ」
「何、そうさせないために私が今教えているわけだからね」
ハイセイコーはそう答えた。講座がひと段落したということで俺達は休憩を取る。俺は1つ伸びをした。そんな時、ハイセイコーが俺に問いかける。
「そう言えば神藤さん。あのことについての結論は出たのかい?」
「あのこと?なんかあったか?」
「去年の年末さ。私とタケホープがいる場で宣言しただろう?テンポイントこそが最強だと。その時に言っていた神藤さん自身が思う最強の答え、見つかったのかい?」
「……あっ」
そう言えば、そんなことを言われた気がする。
「……その反応、忘れていたね?」
「……正直に白状しよう、忘れてた」
ハイセイコーは嘆息しながら答える。
「まあ別に答えを見つけたところで何かあるわけじゃない。私自身が興味あるというだけの話だからね。だから神藤さんが悪いわけじゃないさ」
「だとしてもなぁ。俺自身が思う最強か……」
いざ考えてみると本当に思い浮かばない。俺は何をもってテンポイントを最強だと思っているのか?考えても答えが出ない。
1人で考えても埒が明かないと思ったので、他の人の意見を聞くことにする。俺はハイセイコーに質問した。
「ちなみにだが、ハイセイコーが思う最強のウマ娘って誰なんだ?」
「それは勿論私さ」
ハイセイコーは自信満々にそう答えた。そして、苦笑いを浮かべて続ける。
「まあ、現実的な見方をするのであればシンザン先輩じゃないかな?実績からしてもあの人以上ってなるとそうそういないからね」
「まあ確かにそうだな」
2人目の3冠ウマ娘に加えて、現役中連帯率100%。そんなウマ娘はそうそういないだろう。ハイセイコーはシンザンの凄さを語ってくれた。
「シンザン先輩の逸話を語ったらキリがないからね。誰もが取らない作戦を取ってファンの人を驚かせたり、オープンレースを練習代わりに使ったり、挙句の果てには現役中は一度も本気を出して走っていないなんて話も残っているぐらいだからね」
「いざそう言われると、どこまで本当なのか分からない話ばっかりだな」
「あの人は決して派手な勝ち方をしているわけじゃない。ただ、妙に記憶に残るのさ。あの人のレースはね」
そしてハイセイコーは締めとばかりに告げる。
「最も、シンザン先輩と一緒に走ったところで私は勝つけどね」
「すごい自信だな」
「当然さ。私は全ての人達を私の走りで魅了しようと考えているんだ。生半可な気持ちでいるわけじゃないんだよ」
「成程な」
ハイセイコーの言葉に俺は頷く。何となく、今の会話が頭の中で反芻している。理由は分からない。ただ、何となく覚えておこうと思った。
その後もファンクラブのイロハを教えてもらい、いい時間になったところで解散した。今日も変わらずテンポイントのお見舞いに行って今日の出来事を話す。いつも通りの一日の終わりだった。
昨日と今日で急に寒くなりすぎじゃないですかね?
※最強のウマ娘のくだりを修正 10/7