ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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ファン交流(トレーナーのみ)回


第102話 誰にも

 エリモジョージが逃げ切り勝ちを収めた京都記念から数日が経った。俺は今学園ではなくショッピングモールにある喫茶店を訪れている。時間はお昼を少し過ぎた頃だ。何も注文しないというわけにはいかないので適当な飲み物を注文して席で待つ。

 平日の昼間であるにも関わらず、なぜ仕事をしないで喫茶店を訪れているのか。それはつい先日俺のもとに届いた一通の手紙が原因だ。その内容は要約すれば俺と話がしたいというもの。普通であれば、そんな手紙は悪戯か何かだと思って気にも留めないだろう。それに、今俺を取り巻く状況から考えると報復される可能性だって0じゃない。会わない方が得策だろう。

 だが、手紙に書かれていた名前を確認して今回俺は手紙の人物を会うことを決めた。その人物なら、下手なことはしないだろうと。そう思ったから。

 席で待つこと数分、店員さんに案内されて1人の人物が俺のところに訪れた。俺は席を立ってその人にお辞儀をする。向こうも、俺と同じように丁寧にお辞儀をした。

 

 

「こうして会うのは初めてですね。神藤トレーナー」

 

 

「はい。私も、いつも楽しくあなたの実況聞かせていただいてますよ」

 

 

「光栄です。テンポイントさんのトレーナーであるあなたにそう言われるなんて」

 

 

 その人物とは、関西のレース場で実況を務めているアナウンサーだった。俺の言葉に笑みを浮かべている。

 基本的に平等な視点で実況することが多いアナウンサーの中でも、この人は自分の感情のままに実況するスタイルが有名だ。ここ数年だと、テンポイントに対する肩入れの実況が有名だろう。テンポイントの阪神ジュベナイルフィリーズで発した

 

 

《どんどん差が開く!どんどん差が開いていく!メイクデビュー、もみじステークスに続いてまたも独走状態だ!見てくださいこの脚を!これが期待の流星テンポイントの強さだ!〈貴公子〉テンポイント!圧倒的強さを見せて今ゴールしました!》

 

 

というフレーズが結構有名だ。そして、この人のテンポイントの入れ込み様は半端じゃない。何せ、昨年の有マ記念でマイク片手に中山レース場まで訪れるほどなのだから。

 お互いに握手を交わして席に着く。向こうも飲み物を注文していた。飲み物が到着するまで、お互いに無言を貫く。

 程なくして飲み物が到着したところで、向こうが俺に尋ねてくる。

 

 

「それにしても、驚きました。まさか本当に会ってくださるなんて。どうして会おうと思ったのですか?今のあなたの状況から考えると、会ってくれないと思っていたのですが……」

 

 

 俺は少し苦笑い気味に答える。

 

 

「そうですね……。単純に、私としてもあなたと一度会って話してみたかったんです。テンポイントのトレーナーとして、彼女に対する思い入れが強いあなたと。それよりも、お仕事の方は大丈夫なのですか?お互い様のような気はしますが」

 

 

 向こうは苦笑いを浮かべつつ答える。

 

 

「はは。今日はこの日のために有休をとりましたから。あなたとお話しできるこの日を楽しみにしていました」

 

 

「そう言ってくださるのは嬉しいですね。今日はよろしくお願いします」

 

 

「はい。こちらこそ」

 

 

 向こうは早速話題を切り出してくる。

 

 

「それにしても、本当にテンポイントさんはすごいですね。私が彼女のレースを始めて見たのはもみじステークスの時でしたが、思わず口走ってしまいましたよ。やっぱりこのウマ娘は強いのか!……と」

 

 

「結構感情任せに実況することが多いんじゃないですか?」

 

 

 向こうは困ったような笑みを浮かべながら肯定する。

 

 

「そうですね。でも、ファンの人からはそれが好評みたいで。結果として今のような実況に落ち着いているわけですから」

 

 

「ファンの人に感謝しないといけませんね。おかげで、こちらもあなたの実況を聞くことができるんですから」

 

 

「おだてても何も出せませんよ?」

 

 

「本心ですよ」

 

 

 お互いに笑いあう。その後も、テンポイントのことを中心に話し合った。クラシック級で挑んだ京都大賞典の惜敗、菊花賞の敗北、進化を遂げたシニア級の京都大賞典、後世に語りたいとまで言ってくれた昨年の有マ記念。様々なレースのことを話した。

 そんな時、ふと向こうが表情を引き締めた。思わず俺も気を引き締める。向こうからの言葉を待つ。そして、口を開いた。

 

 

「……正直、聞くのが怖いのですが、それでも聞かせてくれませんか?神藤トレーナー」

 

 

「……なんでしょうか?」

 

 

「今でもファンの人を、我々を恨んでいますか?」

 

 

 俺はその言葉に、無言を貫く。ただ、胸中には黒いものが渦巻いている。向こうは、そのまま言葉を続ける。

 

 

「日経新春杯、元々このレースに出走したのは我々ファンが望んだからだと。そう言っていましたよね?海外に飛び立つ前にテンポイントの走りを見たいというファンのために、出走をしたと」

 

 

「……えぇ、その通りですね」

 

 

「つまりは、テンポイントさんの怪我は我々ファンの声があったから。そう捉えられてもおかしくはありません。だからこそ、神藤トレーナーはテンポイントさんが骨折したのは我々のせいではないかと。そう、考えているのかと、思いまして……」

 

 

 言葉尻を窄めてそう締めた。俺はいまだに無言を貫いている。向こうは、何かに怯えるように背を縮こませている。先程までテンポイントの話題で盛り上がっていた2人とは思えない雰囲気が場を支配する。

 一瞬訪れる静寂。その静寂を破るように、俺は溜息1つ吐いてその問いに答える。

 

 

「恨みがない、と言えば嘘になります」

 

 

「……ッ!です、よね……」

 

 

「えぇ。あの声さえなければ、そのまま海外に行っていれば。テンポイントは無事だったんじゃないか。そう考えたこともありました。けれど」

 

 

 俺は言葉を続ける。

 

 

「結局、出走することを選んだのは私達です。確かにファンの声を受けて出走したのは事実です。でも、私もテンポイントも納得した上で出走を決意しました。だからこそ、記者会見での言葉が私の本音ですよ。最終的に決定したのは私であってファンの人々が悪いわけじゃない」

 

 

「で、でも」

 

 

「それに、恨んだところで何かが起こるわけではありません。だから、恨むようなことであってもそれであなたたちに何かしようとは思いませんし、一生許さないなんてことはありません。私も、テンポイントも」

 

 

「そう……ですか……」

 

 

 向こうはそう言って顔を俯かせる。俺は飲み物を飲みながら向こうの言葉を待つ。

 やがて、向こうは顔を俯かせたまま絞り出すような声で告げる。

 

 

「……しかし、私としてはあなた方に何か償いたい……ッ!テンポイントさんが骨折する原因を作ってしまった、そう考えている1ファンとして、そう思っています……ッ!私にしか、できないことで……ッ!」

 

 

「でしたら、是非お願いしたいことがあるんです。それこそ、あなたにしかできないことで」

 

 

 向こうが顔を上げる。驚いたような表情をしていた。俺は笑みを浮かべながら続ける。やってもらいたいことを。

 

 

「先程も言いましたが、あなたの実況を私は楽しく聞いているんです。そして、それはテンポイントも同じです。彼女は、あなたの実況が好きだと言っていました」

 

 

「……それは、嬉しい限りです」

 

 

「そんなあなたにこそ、お願いしたいんです。テンポイントの復帰レースの実況を」

 

 

「テンポイント、さんの……復帰レース?」

 

 

 面食らったような表情をして言葉を絞り出していた。俺は頷いて答える。

 

 

「はい。テンポイントは今復帰に向けて一生懸命頑張っています。そんな彼女が復帰した時、是非ともあなたに復帰レースの実況してもらいたいんです。テンポイントが好きだと言った、あなたの実況を」

 

 

「……私なんかで、いいんですか?」

 

 

「あなただからこそ、です。もっとも、復帰レースがどのレース場で行われるかなんてまだ分かりませんし、下手をしたら関西以外になるかもしれません。そうなったら……」

 

 

「やりますよ。例え関西のテレビ局から退くことになっても」

 

 

 先程の俯いていた、不安を抱いていた様子は微塵も感じられない。決意の籠った目で俺を見ている。そして、宣言する。

 

 

「テンポイントさんの復帰レースの実況は、誰にも渡しません。絶対に、私がその席を掴み取ります」

 

 

「……頼みましたよ」

 

 

「はい、頼まれました」

 

 

 最後はお互いに笑いあって握手をする。その後は、会計を済ませて向こうは帰っていった。俺もテンポイントの病院へと向かう。今日は、リハビリの日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病室のベッドの上で、ボクは今日ものんびりと過ごしている。すると、扉を開けて誰かが入ってきた。入ってきたのはトレーナーと医者の先生である。

 挨拶も程々に済ませて、ボクは車椅子に乗せられる。向かう場所は、リハビリ施設だ。道中は緊張を覚えながら車椅子を押してもらっていた。

 程なくしてリハビリ施設に到着する。先生がボクに告げる。

 

 

「さて、今日も歩行訓練です。右足はほとんど問題ない状態まで来ました。なので、左足の方を重点的に行っていきましょう」

 

 

「はい」

 

 

 ボクは先生の言葉に頷いて、手すりを頼りに車椅子から降りる。

 いつものリハビリのように、手だけでボクの全体重を支える。そして、ゆっくりと左足を地面につける。いつもだったら、つけた瞬間バランスを崩して倒れていた。

 だが、この日のボクは違った。激痛こそ走るものの、何とか左足を地面につけることに成功する。

 

 

「……ッウ、グゥ……ッ!グッ……、っつぅ……ッ!」

 

 

 しかし、喜ぶような余裕もない。全身から汗が噴き出る。額からは大粒の汗が流れているのを感じる。それでも、ボクは痛みを必死に耐えて左足に徐々に体重をかけていく。

 そこがボクの限界だった。バランスを崩して倒れ込む。

 

 

「ガッ!?グゥ……ッ!」

 

 

「テンポイントさん!?」

 

 

「……」

 

 

 そんなボクの様子を、先生は心配そうに、トレーナーは何も言わずにジッと見ているだけだ。

 無言だが何となくトレーナーの考えが理解できる。きっと、トレーナーは分かっているのだろう。ボクはまだ大丈夫だということを。ボクは手すりを頼りに何とか身体を起こす。

 

 

「ッフー、フー……ッ!まだや、まだ……まだぁ……ッ!」

 

 

 そして、先程同様左足を地面につけて徐々に体重をかけていく。また倒れる。また手すりを頼りに起き上がる。そんなことを繰り返す。

 もう何度目か分からない回数起き上がると、無言だったトレーナーがボクを制止する。

 

 

「ストップだテンポイント。今日はこの辺で止めておこう」

 

 

「……トレー、ナー……。やな、キミが、そう……判断、したんやったら、ここが……今の……限界っちゅう、こと……やな?」

 

 

 息も絶え絶えにボクはそう言った。トレーナーは頷いた。

 

 

「そうだ。それに少しずつ、本当に少しずつだが進んでいる。ですよね?先生」

 

 

 トレーナーの言葉に、先生は頷いた。

 

 

「はい。昨日までは足をつけることすらままならなかったのが今日は足をつけ、少しだけですが体重をかける段階まで来ました。着実に一歩ずつ進んでいる証拠です」

 

 

 今までは実感しづらかったが、今日こうやって少しだけでも前に進めている証拠が出てきてボクは嬉しかった。ただ、かなりの体力を使った。それを察してか、トレーナーが車椅子のところまで抱っこして運んでくれた。また、車椅子に乗せられて自分の病室へと戻る。

 病室でボクの経過報告を告げて、先生は退室する。その後はいつものように、トレーナーとのお話が始まる。

 トレーナーが今日あった出来事を話してくれる。

 

 

「今日はお前の大ファンと話してきたぞ。あの関西のレース場で実況している人だ」

 

 

「ホンマ?あん人の実況スタイルボク好きなんよな」

 

 

「分かる。俺もそうだ。そして、お前の復帰レースをあの人に実況してもらうことを約束してきた」

 

 

「マジか!やけど、あん人確か関西のテレビ局ん人やろ?関東のレースん時はどうするん?」

 

 

「分からん。ただなんとしてでもお前の復帰レースは自分が実況するって意気込んでたぞ」

 

 

「そかそか。それは嬉しいなぁ」

 

 

 他愛もない会話を続ける。リハビリの疲れなんてなかったように感じていた。そして、いつものようにボクが眠くなるまでトレーナーはボクの話し相手になってくれた。




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