2月も後半になり、そろそろ暖かくなってくる頃であろう季節。本来であれば休日である今日、有マ記念の後退部した……正確には休部扱いになっていたハダルに戻ってきていた私は、ドリームトロフィーリーグに向けての練習に励んでいる。正直、私に出走資格があるのか少し不安だったが、日本ダービーでの勝利と宝塚記念以外では掲示板内に入っているという実績から問題はないと判断されて無事にドリームトロフィーリーグに参加することができた。嬉しい限りである。
ただ、戻ってきた私に待っていたのは練習……なんていう生易しいものではなかった。私は今コースをならすために使われるコートローラーに追っかけ回されている。コートローラーを運転している悪魔に私は叫びながら訴える。
「た、助けてくださぁぁぁぁい!もう……もうホント無理です!死んじゃいます!」
私は心からそう叫んだ。走りながらなので息も絶え絶えに。だが、運転している悪魔、タケホープ先輩は私の心からの叫びを一蹴するように告げる。
「おやぁ?まだそんな大声を出す余裕があるんだったら大丈夫だねぇ。もうちょっとスピードを上げようかぁ」
その言葉を聞いた瞬間、私の背筋が凍った。これ以上スピードが上がったら本当にヤバい。私は必死に訴える。
「ちょ、ちょっと!?本当に止めてください!洒落にならないんですけど!?」
「大丈夫大丈夫ぅ。ちゃぁんと轢かないようにはするからぁ」
「そういう問題じゃないですけどぉぉぉぉぉ!?いやぁぁぁぁぁぁ!?」
結局、私はコートローラーに乗ったタケホープ先輩に延々と追い掛け回された。そんな私を、チームのメンバーは憐れむような目で見ていた。
「ゼェ……ゼェ……」
「お疲れ様ぁカイちゃん。はい、タオルとドリンク」
「あ、ありがとうございます……」
地面に膝をついている私にタケホープ先輩がタオルとドリンクを持ってきてくれた。タオルで汗を拭きながら座って休憩を取る。ドリンクは今飲んだら吐きそうだったので後から飲むことにした。
タケホープ先輩が隣に座って私に話しかけてくる。
「いやぁ、大分慣れてきたねぇ。これだったら次の段階に逝ってもいいかもしれないねぇ」
「あの、なんですか次の段階って。これより上があるんですか!?というか、いっての漢字が物騒じゃありませんでしたか!?」
私はタケホープ先輩の言葉に絶句しながらそう答える。しかし、先輩は笑顔を浮かべるだけだった。
……年が明けてから、正確にはハダルに戻ってきた私を待っていたのはタケホープ先輩による鬼のようなしごきだった。さすがに今日のような変な練習は滅多にしないが、それでも通常の練習よりもはるかにキツいしごきが私を待っていたのだ。昔先輩には私が無茶な練習をしていた時に身体を壊したらどうするみたいなことを言われたような気がしたのだが、それを本人に告げたところ、
『私にはカイちゃんの限界がちゃぁんと分かってるからねぇ。だからぁ、これは無茶でも何でもなくカイちゃんが耐えられる限界ギリギリの練習さぁ。安心して励んでねぇ』
と、言われた。本当かどうか怪しいと思っていたが、今日まで怪我無く過ごせているということは先輩の言っている通りなのだろう。
だが、限界ギリギリを責めた練習をほぼ毎日させられているこっちの身にもなって欲しい。私は先輩に抗議する。
「というよりも、なんですかあの無茶苦茶な練習は!?」
「今日のはぁ……スタミナ練習だねぇ。限界まで走ってスタミナを上げようって魂胆さぁ」
「もっとやりようがあるでしょう!?今日だけじゃありません、別の練習もそうです!」
「そんなに酷いことしてたかぁい?」
「自覚なしですか!?ある時は精神修行とか言ってこの時期に滝行させられますし!山の中で鬼ごっこと称してチームメンバー全員に追っかけ回されますし!捕まったら罰ゲームで色々やらされますし!他にも色々あるんですよ!?」
「あぁ、そんなこともあったねぇ」
タケホープ先輩は懐かしむようにそう言った。私からしたら即刻封印したい記憶である。実際、滝行の時はトラウマになりかけた。
しかし、私のそんな憤りを受けてタケホープ先輩は真面目な表情で私に告げる。
「いいかい?カイちゃん。私はカイちゃんに自信をつけて欲しいのさぁ」
「自信……ですか?」
「そうさぁ。カイちゃんは物事を悪い方向に捉えがちだろぉう?それはカイちゃんの長所でもあるけどぉ、短所でもあるんだぁ」
私は真面目な雰囲気を出しているタケホープ先輩の言葉を黙って聞く。
「長所はぁ、あらゆる危機に対して即座に対応することができる……。カイちゃんは慎重だからぁ、色んなパターンを想定して動いているだろぉう?実際、鬼ごっこの時はほとんど捕まらなかったじゃないかぁ」
「そう……ですね。やっぱり、十分な準備をして動いているので」
「でもぉ、どんなに万全を期しても不測の事態というのは起きるもんさぁ。その時に必要なのはぁ、自分の実力に対する自信さぁ。自分の力に自信を持っていればぁ、不測の事態が起きても問題なく自分の実力を発揮することができる……。そうは思わないかぁい?」
「確かに、そうですけど……。でも、この練習と一体何の関係が?」
「大有りさぁ」
タケホープ先輩は大仰にそう言った。そのまま言葉を続ける。
「カイちゃんはぁ、普通にキツい練習をいくらやったところで自信なんてつかなかっただろぉう?だからぁ、こうやって限界ギリギリの練習をたっくさぁんすることでぇ、無理矢理にでも自信をつけさせようってことさぁ。これだけやれば、いやでも自信はつくだろぉう?」
「まぁ……悔しいですけどその通りですね」
実際のところ、なんだかんだ私はタケホープ先輩のしごきに耐えて乗り越えてきている。トラウマを植え付けられたりしているが、自信はついていた。ただ、本当にもっと違うやり方はなかったのだろうか?そう思わずにはいられなかった。
タケホープ先輩が私に問いかける。
「カイちゃん。カイちゃんの一番の強みってなんだと思ってるぅ?」
「私の……強みですか?う~ん……」
いざ言われると分からない。分析力だろうか?それとも末脚?いや、違う気がする。私は答えが分からなかった。
そんな私にタケホープ先輩が答えを告げる。
「カイちゃんの一番の強みはぁ、一瞬の判断力さぁ。それだけに限ればぁ、カイちゃんは世代の中でもトップクラスだと私は思ってるよぉ」
「判断力……ですか?」
「そうさぁ。勝負の世界においてその能力は重要だよぉ?一瞬の判断が命取りにもなるしぃ、未来を変えることだってあるんだからぁ」
タケホープ先輩はあっけらかんとそう言った。判断力……、今まで考えもしなかった私の長所。これだけならば、私はテンポイントさんやボーイさん、グラスさんよりも上だと。そう言われた。驚きもあったが、少し嬉しかった。
タケホープ先輩が私に告げる。
「これからカイちゃんはぁ、私たちがいるドリームトロフィーリーグに挑戦するんだろぉう?トゥインクルシリーズの中でも指折りの猛者たちが鎬を削る舞台だぁ。そんな舞台でカイちゃんが戦うためにはぁ多少荒療治でも自信をつけてもらわなきゃねぇ」
「……」
「正直に言うとぉ、カイちゃんに自信がついたら判断力と合わせてドリームトロフィーリーグの猛者たちにも劣らない強さを身に着けることができるよぉ。私がそれを保証しようじゃないかぁ」
「タケホープ先輩は」
「うん?」
私は気になっている疑問を、先輩にぶつけた。
「タケホープ先輩は、どうしてそんなに私を気にかけてくれるんですか?」
ずっと疑問だった。前にテンポイントさんに言われたことが頭にずっと引っかかっていた。
『タケホープ先輩もカイザーのこと信じとるんやないか?あの人カイザーに入れ込んどるし』
どうして、私にここまで入れ込んでくれるのか。それが少し疑問だった。
しばしの静寂。私は緊張しながら言葉を待つ。やがて、タケホープ先輩が口を開いた。
「……最初はチームの後輩だから、それだけの理由で気にかけてたねぇ。何もカイちゃんだけが特別ではなかったさぁ」
「そうなんですか?」
「そうだよぉ。でも、明確に変わったのはダービー以降になるねぇ。勝てなくて、必死に手を伸ばして、でも届かなくて。そんなカイちゃんの姿をずぅっと見てきたんだぁ」
タケホープ先輩は懐かしむように続ける。
「普通だったらぁ、同世代にあんなスターが2人もいるんだったら諦めてしまいそうなものをぉ、カイちゃんは宝塚記念のその日までずぅっと諦めずに手を伸ばし続けてたぁ。そんな姿を見てぇ、私は無意識のうちに自分と重ねてしまったのかもしれないねぇ。きっとぉ、私も勝てなかったらカイちゃんと同じようなことになってただろうからぁ」
「タケホープ先輩の代には、ハイセイコー先輩がいましたものね」
「そうだねぇ。しかも私負け越してるしねぇ」
タケホープ先輩は笑いながらそう言った。しかしすぐに表情を引き締めて告げる。
「カイちゃんに入れ込んでるのはぁ、どこか他人のような気がしないからさぁ。理由はそれぐらいのもんだよぉ」
「そう、ですか」
私はタケホープ先輩の言葉にそう返す。それ以上は何も言えなかった。というよりも、なんといえばいいのか分からなかった。胸の中にあるのは自分に親身になってくれるこの人に。どうやったら恩を返せるか?そんな思いが生まれた。だが、それをうまく言葉にすることができない。お互いに無言になる。チームのみんなの練習に励んでいる声がよく聞こえた。
無言を破ったのはタケホープ先輩だった。
「さぁて、お話も済んだところでぇ、練習に戻ろうかぁ」
「……そうですね。タケホープ先輩、いいですか?」
「なんだぁい?」
私は、頭を下げてお願いする。
「これからもご指導ご鞭撻、お願いします。ドリームトロフィーリーグで、その結果を出して見せます」
「……気合十分だねぇ。それじゃあ頑張ろうかぁ」
「はい!」
私は決意を固めて練習に戻る。タケホープ先輩の期待に応えるためにも。
「じゃあ、早速向かおうかぁ」
「え?どこにです?」
タケホープ先輩はとてもいい笑顔で答えた。
「決まってるだろぉう?さっきの続きさぁ」
「……え”?」
思わず、そんな声が漏れ出た。さっきのコートローラーで追い掛け回されるやつを?またやるのか?そのことに絶望している私にタケホープ先輩は笑顔で告げる。
「大丈夫さぁ、今度はカブちゃんも一緒だからねぇ」
その言葉に、遠くの隅っこの方で練習していたカブラヤオー先輩が悲鳴のような声を上げる。
「えええええ!?なな、なんでですかァァァァァ!?わ、私関係ないじゃないですかァァァァァ!?」
とんでもないとばっちりを受けたことにカブラヤオー先輩が抗議する。しかし、タケホープ先輩はその意見を一蹴した。
「そんな隅っこで1人練習するぐらいだったらぁ、一緒に練習しようじゃないかぁ。ほらほらぁ、早く逃げないと轢かれるよぉ?」
そんなことを言いながら、すでにコートローラーに乗っているタケホープ先輩がカブラヤオー先輩を追いかけまわす。そして、私の方に進路を取ってきた。
私とカブラヤオー先輩は二人そろって悲鳴を上げながら走る。
「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」
「ほらほらぁ、頑張れぇ頑張れぇ」
追い掛け回されてる時に、あることが頭に浮かんだ。それはドリームトロフィーリーグ最初の挑戦になるであろうサマードリームトロフィー。私は中距離部門で出る予定だ。おそらく、ボーイさんも中距離で出るだろう。きっと戦うことになる。だから、グラスさんの仇を取らなければ。そう考える。しかし。
(サマードリームトロフィーまで、私は生きていられるでしょうか……?)
今の状況から、そう考えていた。
もう日曜にはうまゆるの放送日か……。