季節は桜が満開になった4月。学園が休みの日でも俺達は仕事がある。俺はトレセン学園の校門前を俺と同じ用務員達と掃除していた。普通だったら別の場所で掃除を行っている彼らだが、今は桜の開花時期ということで結構な人数で校門前の掃除をしている。ただ、かなり面倒くさい。同僚の1人も俺と同じ気持ちなのか、俺に愚痴ってくる。
「桜ってよぉ……」
「あん?どうした?」
「奇麗だよなぁ。こんだけ奇麗だと花見もしたくなるってもんだよ」
「まぁそうだな。奇麗なのは同意だ」
「でも掃除するってなったらマジでめんどくせぇよなぁ」
「ホントに同意する。マジでめんどくさい」
学園の景観を保つためには掃除するしかないのだが。愚痴るぐらいは許されるだろう。コイツもそう思っているのか、口ではそう言いつつも手を動かして掃除をしている。
その時、ふと思い出したかのように仕事仲間の1人が告げる。
「そういやさ、用務員の数も増えてきたよな。若い男手は増えてねぇけど、力仕事ができるウマ娘が入ってきてさ!いやぁ、これで俺達の負担も減るってもんだよ」
その言葉に、他の奴らも同意する。
「あ~だな。その辺は理事長に感謝だな」
「ホントホント。あの人が慕われてる理由がよく分かるわ」
「それに、この仕事に興味を持っている子たちもいるって話だからな。この仕事の未来は明るいな」
「それに伴って俺達はリストラの可能性もあるけどな」
「はっはっは!ないだろ!……ないよな?」
仲間の1人が不安そうにそう言ってきたので、俺は安心させるように告げる。
「大丈夫だろ。真面目に仕事やってりゃリストラなんかしないだろ理事長の性格的に」
「だ、だよな!」
たまにふざけた会話を挟みつつも、仕事は真面目にやる。朝のホームルームを告げるチャイムが鳴る頃にはすでに終わっていた。終わったら、全員それぞれの仕事をするために解散となった。
今日はトレーナーとしての仕事をする前にもう一つやることがある。それは時計の点検だ。たづなさん曰く不調気味らしいので直してほしいとのことだ。俺はその頼みを二つ返事で了承し今屋上へと足を運んでいる。
扉を開けて屋上へと足を踏み入れる。朝だというのに扉が開いていたので珍しく思ったが特に気にすることなく俺は仕事に取り組むことにした。
「さて、と。点検を始めるとしますか」
だが、結果としてそこまで時間がかかるものではなかった。仕事が楽に終わったことに喜べばいいのか、とにかく肩透かしを食らった気分だった。
まあ早く終わったならそれだけトレーナーとしての仕事にも早く取り組むことができる。
(特に今日はテンポイントのリハビリもあるからな。早く終わるに越したことはないか)
そう思いながら道具を片付けて屋上から去ろうとする。そんな時、どこからか声が聞こえてきた。
「ねぇ、そこの人」
一瞬俺は足を止めたものの、姿が見えなかったことから気のせいだと思い歩を進める。だが、またどこからか声が聞こえる。
「ここだよ、ここ」
声の発生源は上からだった。俺は上を見る。見上げると、声の主と視線が合った。思わず驚いて声を上げる。
「うおっ、ビックリした。先客がいたのか」
俺の反応を見て、声の主は楽しそうな笑みを浮かべている。学園の制服を着ている、ということはここの生徒なのだろう。
ただ、今日は学園は休みだったはずだ。なのに、どうして屋上に?そんな疑問が浮かぶ。理由を考えていると、その生徒は上から降りてきた。
「よっ、と」
降りてきたその生徒の姿を確認する。ところどころ癖があるように跳ねている茶色のロングヘアに、どことなくどこかで見たことがあるような目元をしていた。だが、何よりも特徴的だったのは頭のアクセサリーだった。シルクハットに、CとBのアルファベットが刻印されている。シーと、ビー。そう考えたところで、俺は目元の部分に感じていた既視感の正体に気づく。
(誰かに似てるかと思えば、シービークインか!)
既視感の正体に気づいて1人納得していると名も知らない生徒が俺に話しかけてくる。
「ねぇ、キミって噂のトレーナー?」
「……噂、と言いますと?」
一応初対面の人物なので敬語で話す。するとその子はその噂について話し始める。
「色々あるよ?用務員とトレーナーを兼業する人、悩み事があれば大体のことは解決してくれるなんでも屋。今だと……1人のウマ娘の将来を潰そうとしている極悪人なんてのもあるね」
「前2つは概ね合っていますが……最後に関しては否定します。私も彼女も、覚悟の上でやっていることです」
「うん、知ってる。クインさんからそんな人じゃないって聞いてるし。それにアタシもその噂は信じてないからね。出所も雑誌だったから」
俺の答えに彼女はあっけらかんとそう答えた。極悪人だと思われていないことにひとまず安堵する。安堵したところで、俺は気になっていることを尋ねる。
「ところで、どうして君はここに?今日は学園は休みだったはずだけど……」
「うーん……」
少し悩んだ後、その子は答える。
「桜を見ながら学園に登校してきたはいいけど、休みだってことに着いてから気づいてさ。でもすぐ帰るのももったいないと思ってね」
「それで屋上に?」
「まあそんな感じ。でも来て正解だったよ。噂のトレーナーに会えたことだし」
「私に?何か用事でも?」
「別に用事はないよ。ただアタシが会いたかっただけ。それと敬語はいいよ。その方が気楽でしょ?」
「……まぁ、そういうことならそうさせてもらうよ。え~っと……」
そういえば、彼女の名前を聞いていない。そう考えていると彼女は名乗りを上げる。
「アタシはミスターシービー。またどこかで会おうね、神藤トレーナー」
そう言って彼女、ミスターシービーは屋上から出ていった。どこにいくかは知らないが、多分帰るんだろう。
「ミスターシービー……ねぇ」
少し不思議な魅力を感じた。あの口ぶりから察するに、シービークインとは知り合いのようだし、もしかしたらテンポイントも知っているかもしれない。聞いてみるのもいいだろう。そう思いながら俺は屋上を後にした。
トレーナーの仕事も終わらせていつものようにテンポイントの病室を訪れる。リハビリまではまだ少し時間があったので、テンポイントと話をしていた。
せっかくなので、俺は今日出会ったミスターシービーのことを話題に挙げる。
「そうだテンポイント。お前ミスターシービーって知ってるか?今日偶然屋上で出会ったんだが」
「ミスターシービー?あぁ知っとるで。そこそこ有名やし」
「有名?そうなのか?」
テンポイントは頷いて答える。
「うん。むしろトレーナーが知らんかったことがちょい驚きやけど……」
「多分、どっかで聞いたことはあるんだろうけどな。忘れたと思う」
「まぁええわ。それでシービーの話やったら……、リギルやハダルの勧誘を蹴ったんが一番有名やな」
その情報に俺は驚いた。まさかトレセン学園でもトップレベルのチームから誘われるほどに有望なのに、その勧誘を蹴るとは。
俺はテンポイントに尋ねる。
「リギルやハダルの勧誘を蹴った理由なんかは分かっているのか?」
「本人曰く、なんか違うから、やと。ボクも少しだけ話したことあるんやけど、なんちゅうか……シービーは独特の感性で動いとるからな。それにリギルの方針は合わんやろうし、ハダルに入るんもなんか違う気がするんよ」
「そうなのか。……でも特に問題は起こしていないよな?」
「大きな問題は起こしてへんよ。ただ、雨ん中散歩言うて歩いてる姿をしょっちゅう目撃されとるし、それにグチグチ言うてくるやつに真っ向から反抗しとる姿も目撃されとるな」
「良くも悪くも、自分の感性で動くタイプってことか。その点だとトウショウボーイに近しいものがあるな」
「やな。後はクインと住んどるとこが一緒らしいで。ちょくちょくクインが話題に挙げとるわ」
一通り話を聞き終わったタイミングで医者の先生が入ってきた。
「テンポイントさん、神藤さん。リハビリの時間になります」
「分かりました。テンポイント、移動させるぞ」
「うん、頼んだわ」
俺はテンポイントをベッドから車椅子に移し、そのまま車椅子を押す。リハビリ施設へと移動した。
リハビリ施設に着いて、早速始める。テンポイントは手すりに摑まりながら、車椅子から立ち上がる。そして、両足を軽く地面につけた。
先生が告げる。
「それでは、今日も右足の方から確認しましょう。それが終わったら左足に移ります」
「はい」
テンポイントは短くそう答えて、まずは右足から地面につけ徐々に体重をかけていく。特に問題はなかった。
体重をかけていた右足を地面から離して、次は左足に徐々に体重をかけていく。だが、まだ地面に触れただけだというのに、その表情は苦悶に満ちていた。苦しそうな、辛そうな声を上げている。
「……ッ!ぐ……!ふぅ……!」
しかし、それでもテンポイントは踏ん張って痛みに耐えている。少しずつ体重をかけていこうとした。しかし、痛みに耐えかねてか左足を地面から離す。
テンポイントは手すりを頼りに身体を支える。荒々しく呼吸をしていた。まだ始まったばかりだというのに。
テンポイントの辛そうな表情を見る度に、俺はすぐにでも彼女のところに駆け寄りたい気持ちになっていた。だが、俺は拳を強く握って踏みとどまる。それは彼女のためにならないし、彼女の覚悟を踏みにじる行為だと分かっているから。だから、リハビリをただ見守る。
リハビリが始まってかなりの時間が経った。今までで一番長かっただろう。テンポイントは何度目かの挑戦で、少しだけ、本当に少しだけだが左足に体重をかけて身体を支えることに成功した。相変わらず表情は苦悶に満ちている。けれど、俺はまた一歩前進したことに喜ぶ。
先生がリハビリの終わりを告げる。
「良い時間ですし、今日はここまでにしましょう。テンポイントさん、お疲れ様でした」
その言葉とともに、テンポイントは左足を地面から離す。俺はすぐに駆け寄って彼女を車椅子に移動させた。息も絶え絶えになりながらテンポイントは先生にお礼を言う。
「ハァ……、ハァ……ッ。せん、せい……。今日も、おおきに、です……ッ」
その後俺達はリハビリ施設を後にして病室へと戻ってくる。病室で先生が今回のリハビリ結果について教えてくれた。
「テンポイントさん、着実に一歩ずつ進んでいます。この調子でいけば、もしかするかもしれません」
「もしかって……!」
テンポイントは希望に満ちた表情で先生を見る。先生は笑みを浮かべながら俺達に告げる。
「はい。前のような走りに、戻れるかもしれません」
その言葉に、俺は喜びを噛みしめる。テンポイントも同じ気持ちなのか、目元には少し涙が見えた。しかし、先生は一転して表情を引き締めて告げる。
「ですが、まだ油断はできません。あくまで可能性が上がった、というだけであり依然として少ない可能性であるというのは変わりはありません」
「けれど、僅かでも可能性が上がったのなら……!」
「せや、前よりもずぅっと高い確率で、ボクはまたレースで走れる!」
俺達の言葉に、先生は頷いた。ただ油断はできないのは確かだ。気を引き締めて挑まなければならない。
その後先生は経過を報告して退出する。退出した後、俺とテンポイントは喜びを分かち合った。
「やったな、テンポイント!ここにきて大きく一歩前進だ!」
「ホンマやな!成果はちゃんと出て来とる、やったら後は……!」
「完全に治るその日を、またレースで走れる日まで頑張るだけだ!」
俺達は一層気合を入れなおした。
その後は他愛もない話をする。俺はテンポイントに話しかける。
「にしても、夏の合宿で鍛え上げた身体がまた華奢な身体に逆戻りしちまったな。大分細くなっちまってるよ」
しかし、俺の言葉にテンポイントは不敵に笑って答える。
「やったら、また鍛え直すだけや。完全に治ったそん時にな」
「……だな。また夏で鍛え上げよう、テンポイント!」
「おう!そんための練習メニュー、しっかり頼んだで、トレーナー!」
「任せとけ!前以上の強さを発揮できるように、最高のメニュー組んでやるよ!」
そんな時、テンポイントはふと思い出したようにミスターシービーのことを話題に挙げる。
「せや、シービーの話やったらボーイがやたら気に入っとるってのがあったな」
俺は少し驚きながら尋ねる。
「トウショウボーイが?でもアイツって誰とでも仲良くなるし、別に珍しくないんじゃないか?」
俺の言葉にテンポイントは首を横に振って答えた。
「いや、さっきリギルの勧誘を蹴った言うたやん?そん時ボーイがやたら引き留めてたらしいんよ。ボクもハイセイコー先輩から聞いただけやけど」
「ふーん。そんなことがあったんだな。にしても、リギルやハダルの勧誘を蹴るぐらいだし、一体誰がスカウトするんだろうな」
「それは分からへんな。まあ、シービーがビビッと来た人と契約するんやないか?自分の感性に合うトレーナーと」
「だろうな。話を聞いてる限りだと」
そんなことを話しながら今日も1日が終わる。窓の外からは月が良く見えていた。
ウマゆる面白かったしシンボリクリスエスが可愛すぎました。