ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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外出のための策を講じる回


第107話 外出の秘策

 トレセン学園、春のファン大感謝祭。今日は生徒たちや職員の人だけではなく、ファンの人達も混じって賑わっていた。出店で食べ物を買う人や仲の良い友達とお喋りをしながら歩く人達でごった返している。ボクはそんな光景に少しの興奮を覚えている。車椅子をトレーナーに押してもらいながら。学園に来たのは1月以来、実に約3ヵ月ぶりにトレセン学園へと戻ってきた。

 最も、ボクの姿は普通じゃないのだが。帽子を深く被って顔を見えないようにし、サングラスをかけている。まるで……。

 

 

「お忍びで遊びに来た有名人みたいやな」

 

 

 そう呟くと、即座にトレーナーからのツッコミが入る。

 

 

「あながち間違いじゃないさ。お前はまだ入院中、外に姿を見せていないってことになってるからな。もしこの場にいることがバレたら大騒ぎだよ」

 

 

「ま、それもそうやな。そろそろ外してええか?これ」

 

 

「いいぞ。どこまで大丈夫なのかの確認の意味を込めてな」

 

 

 許可が貰えたので、ボクは帽子とサングラスを外す。瞬間、ボクに視線が集中する。少し緊張した。ボクがテンポイントだってバレてしまわないか?そう思っていた。

 周りの声が聞こえてくる。ボクを見ながら友人と、たまたま近くにいた人と小さい声で会話をしているのが聞こえてきた。

 

 

「……ねぇ?あのウマ娘の子すっごく可愛くない?」

 

 

「……うんうん!儚げ、って言うのかな?お嬢様みたい!……」

 

 

「……でも、どこかで見た顔だな?……」

 

 

「……他人の空似って奴だろ。あんな可愛い子、一度見たら忘れねぇって……」

 

 

「……どこかのご令嬢とかかな?あわよくば連絡先とか!……」

 

 

「……止めとけ。後ろにいる人、多分SPの人とかだろ。近づく前にストップが入るのがオチだよ……」

 

 

 どうやら、周りの人はボクがテンポイントだということに気づいていないようだ。ボクは思わず安堵の声を漏らす。

 

 

「良かったぁ……。誰にもバレてへんわ」

 

 

「そいつは何よりだ。気合を入れた甲斐があるってもんだぜ」

 

 

 トレーナーはそう告げた。そもそも何故ボクがここにいるのか?そして何故周りの人はボクがテンポイントだと気づいていないのか?話は少し前、グラスがお見舞いに来た頃までさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクに春の天皇賞を絶対に勝つと宣言した後、グラスは病室を後にした。グラスが退出した後、ボクはトレーナーに尋ねる。

 

 

『さっきはああ言っとったけど、なんか策とかあるんか?』

 

 

『本当に大丈夫なのか?とは聞かないんだな』

 

 

 トレーナーの言葉にボクは当然とばかりに答える。

 

 

『当たり前や。トレーナーはできへんことは言わんからな。できる言うたってことはちゃんと策があるんやろ?』

 

 

『その通りだ。ちゃんと策はある。元々はお前の外出用に考えていたものだったんだがな』

 

 

 トレーナーは自信満々にそう言った。その策というのは次の日身を持って体験することになる。

 そして明けた次の日、トレーナーはアタッシュケースを持ってボクの病室に訪れた。仕事用の鞄ではなかったので気になったボクは尋ねた。

 

 

『トレーナー。それが昨日言うてた策ってやつか?』

 

 

『そうだ』

 

 

 トレーナーはそう答えてアタッシュケースを開ける。中身が露わになった。その中身は……。

 

 

『……メイク道具と……なんやそれ?メッシュ?』

 

 

『その通りだ。ここにあるのはメイク道具一式と変装用の小道具だな』

 

 

 そう言ってトレーナーはアタッシュケースの中身をどんどん取り出していく。帽子やサングラスなどの小道具も入っていた。

 トレーナーの言っていた策というのが分かった。つまるところ、メイクをしてボクだということを気づかせない作戦なのだろう。だが、本当に大丈夫なのだろうか?ボクは基本的なメイクしか知らないし、別人に見せるようなメイクなんて無理だ。

 ボクは今感じた疑問をトレーナーに尋ねた。

 

 

『でもトレーナー。ボクはメイクのことは基本的なことしか知らんで?別人に見せるようなメイクできる自信がないわ』

 

 

 するとトレーナーは道具を確認しながら当たり前のように答えた。

 

 

『あぁそこは大丈夫だぞ。俺がメイクするからな』

 

 

 ボクは目を丸くした。思わず聞き返す。

 

 

『トレーナーが?ボクを?』

 

 

『そうだ。俺がお前をメイクする』

 

 

 少し嫌疑が湧いたが、トレーナーならできそうだというのがこれまでの付き合いで何となく分かっている。なので、特に言葉にすることはなかった。

 用意が終わったのか、トレーナーがボクに確認の言葉を投げかける。

 

 

『さて、始めるぞテンポイント。準備はいいか?』

 

 

『ええで。頼むわ』

 

 

 ボクがそう言ったら、トレーナーは早速ボクをメイクしていった。少しくすぐったさを覚えるが終わるまで我慢する。

 それから少しの時間が経って、トレーナーが一息ついてボクに告げる。

 

 

『よし、完成だ。確認してみてくれ』

 

 

 そう言って手鏡を渡してきた。ボクはそれを受け取って、自分の顔を確認する。

 

 

『おぉ……。すごいなホンマ。遠目に見たら分からないんやないか?』

 

 

『そうだな。もっとがっつりやることもできるが、レースを見るぐらいならそれぐらいで大丈夫だろう』

 

 

 鏡に映ったボクの顔は、遠目で見た限りではボクだと気づかないぐらいには別人だった。さすがに、近くで見られたらバレてしまいそうな気がするが。

 そう考えているとトレーナーは小道具片手にボクに話しかける。

 

 

『後は帽子やサングラスを被って、さらに判別できないようにしよう。先生からの許可もな』

 

 

『うん。頼んだで』

 

 

 トレーナーはこの後、医者の先生を呼んできて外出の許可を貰っていた。先生はこれなら大丈夫だと言い、ボクは晴れて外出の許可を貰ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在、ボクは帽子を被りなおし、サングラスをかける。今日ここに来たのはメイクが本当に大丈夫なのかの確認の意味合いが大きい。帽子とサングラスで変装し、普段は腰まで伸ばしたロングヘアの髪型をギブソンタックにしている。何故ここまで見た目を変えているのにメイクまでしているのか?トレーナー曰く、何らかのアクシデントが起こった時を想定してのことらしい。ボクは納得した。

 先程の通行人の反応から、ボクだとは分かっていないようだった。だから特に心配はしていない。学園から感じる祭りの雰囲気を肌に受けて、ボクのテンションは上がっていた。トレーナーに催促するようにお願いする。

 

 

「ほらほら!はよ行くで!」

 

 

「分かった分かった。そう焦るなって」

 

 

 少し呆れたように言いながら、トレーナーはボクの車椅子を押していく。勿論だが、トレーナーも変装している。ボクと同じように自分にメイクを施し、メガネなどの小道具でバレないようにしている。ボク達は感謝祭を楽しむことにした。

 校舎に入ってまず向かったのはボーイが所属するリギルの出し物だ。どうやら今年は喫茶店をやっているらしい。かなり盛況らしく、長蛇の列ができていた。ボク達は待機列に並ぶ。

 待っている間かなり暇だったが、これも醍醐味のようなものだろう。それにトレーナーが退屈にならないようにと本を持ってきてくれていたので、それを読みながら待っていたらあっという間だった。

 

 

「それでは次の方~……ッ!」

 

 

 どうやらボク達の番が来たらしい。ただ、どこかで聞き覚えのある声だった。本を閉じて店員さんを見る。

 対応していたのはマルだった。少し驚いたが向こうはこちらを見て口をパクパクさせている。もしかして……。

 

 

(バレた?)

 

 

(いや、そんなことはないと思うが……)

 

 

 トレーナーと小声でそう会話をする。緊張しながらも、トレーナーが尋ねる。

 

 

「……何か?」

 

 

 そう聞くと、黄色い声を上げながらマルが急にしゃがみこんだかと思うと、車椅子に座っているボクの手を掴んだ。

 

 

「キャー!かなりイケイケな子じゃない!お名前は!?なんて言うの!?」

 

 

 どうやらボクだとは気づいていないらしい。そのことに安堵したが、名前を聞かれて少し困る。どう切り替えそうか?そう考えていると、トレーナーが助け舟を出す。

 

 

「……すまない、早く席に案内してくれないか?」

 

 

「あらごめんなさい私ったら!お仕事中にダメね!」

 

 

 気を取り直したのか、マルは姿勢を正して接客を始めた。

 

 

「改めていらっしゃいませ喫茶〈リギル〉へ!2名様ね?相席になっちゃうけど大丈夫かしら?」

 

 

 どうやら素の態度で接客する喫茶店らしい。ファンの人からしたら畏まった態度よりもこちらの方が嬉しいだろう。

 ボクはマルの言葉に頷く。トレーナーは声を出して答える。

 

 

「……私も彼女も問題ない」

 

 

「はいは~い。じゃあ早速案内するわね!」

 

 

 言われるがままに、マルが席へと案内する。すでに座っている2人組に話しかけていた。

 

 

「ごめんなさいカイザー、グラス。相席になっちゃうけど大丈夫かしら?」

 

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

 

「私も~。問題な~し」

 

 

「分かったわ!それじゃあ2名様ごあんな~い!」

 

 

 今告げた名前に驚きながらも、席へと着く。ボクは車椅子なので、椅子を1つどかしてもらった。

 しかしまさかカイザーやグラスと相席になるとは。偶然というのは怖い。ただ、向こうはボクだと気づいていないようだ。トレーナーが話しかけている。

 

 

「……すまない。相席、感謝する」

 

 

「いえいえ。お気になさらないでください」

 

 

「そうそ~う。ところで、そっちの子は……」

 

 

「……見ての通りだ。事故の影響で脚が悪くてな。満足に歩くことさえできず、車椅子での移動を余儀なくされている。ただ、このファン感謝祭に来たいというのでな。不自由な生活をさせている分、できる限りこの子の要望は叶えてあげたい」

 

 

「……そうですか。それは、お辛いですね」

 

 

「……ごめんなさい。軽率に聞いちゃって」

 

 

「……気にするな。此方も、楽しい食事の場で話すことではなかったな」

 

 

 トレーナーはそう言って謝る。ただ、当事者であるボクはすぐにでも声を上げてネタ晴らしをしたい気分だった。それをしたら大騒ぎになること間違いなしなので何とか抑えるが。

 ただ、これぐらいは許されるだろうと思い、筆談での会話を試みる。ボクはトレーナーのスーツの袖を引っ張っる。

 

 

「……どうした?」

 

 

 ボクはジェスチャーで筆談したいという意図を伝える。すぐに分かったのか、トレーナーはメモ帳を差し出してきた。ボクはお礼をするように頭を下げて、早速紙に文字を書く。

 

 

【気にしないで。みんなの楽しんでる姿を見ると、私も楽しいから。それに、こうやって筆談でならお話しできるし】

 

 

 その言葉を見て、グラス達は少し笑みを零した。そして、ボクに告げる。

 

 

「……そうですね。ここで会ったのも何かの縁です!」

 

 

「一緒に楽しくお喋りしようね~」

 

 

 その後はボクも筆談で対応しながら会話が弾んでいく。2人を騙していることへの良心が痛んだが。

 程なくして、料理を食べているボク達のところに誰かが来る。すぐに気づいた。ボーイだ。

 

 

「お待たせ!カイザー、グラス!やっと休憩時間だよ~……?この2人は?」

 

 

 ボーイはボク達を見て2人に尋ねる。カイザーがその質問に答えた。

 

 

「相席していた人達ですよ。お名前は……」

 

 

「……藤上と、ミーティアだ」

 

 

「そうそう~。藤上さんとミーティアちゃん~」

 

 

「へ~そうなのか。オレはトウショウボーイ!よろしくな!」

 

 

 そう言ってボーイは手を差し出してくる。ボクはその手を掴んで握手をした。一瞬、ボーイの視線がボクの脚に注がれたが、すぐにボクの方へと視線を戻す。触れてはいけない、そう思ったのだろう。

 ただ、ボクは筆談でボーイに尋ねる。

 

 

【気になる?この脚】

 

 

 そう聞くと、ボーイはバツが悪そうに頬を掻いて答えた。

 

 

「やっぱ見たのバレちゃったよな……。気を悪くしたよな?ゴメンな」

 

 

 ボクは筆談で答える。

 

 

【気にしないで。慣れっこだから】

 

 

 あくまで設定の話である。そう思いながらも答えた。

 ……この時、ボクにちょっとだけ悪戯心が湧いた。筆談でバツが悪そうにしているボーイに向けて伝える。

 

 

【トウショウボーイさん、私、また走れるようになるかな?】

 

 

 紙を見たボーイはボクを安心させるように、手を握って答える。

 

 

「大丈夫だ。絶対にまた走れるようになる!オレの友達にもさ、ミーティアと似たような状況のやつがいるんだ」

 

 

 ボクのことだろう。そう思ったが顔に出さないように堪える。向こうにボクの顔は見えていないだろうが。そのままボーイは続ける。

 

 

「そいつも今復帰のために必死に頑張ってる。諦めなければ、きっといつかまた走れるようになるって頑張ってる!だから、ミーティアも諦めちゃダメだ!諦めなかった先には、きっと希望があるから!」

 

 

 ボーイは自信満々にそう答えた。その表情は、希望に満ち溢れた笑顔だった。

 ……もうダメだ。ここが限界だ。耐えきれずに声を出す。

 

 

「……アカントレーナー。これ以上はボクの良心が持たん」

 

 

「……奇遇だな。俺もだ」

 

 

 ボクの声を聞いたその瞬間、ボーイ・グラス・カイザーの3人は目を丸くした。とても驚いているのが見てとれる。

 

 

「え、え?な、なんで?なんでここにいんだよ!?」

 

 

「そ、その声って……ッ!まさか……!」

 

 

「テン……」

 

 

「ストップだ!事情は後で話すからとりあえずこの場を離れるぞ!」

 

 

 いつの間にか注目を集めていたらしい。他の客達はみんなボク達の方を見ていた。会計を済ませて、ボクは車椅子でトレーナーに運ばれるままに喫茶店を後にした。ボーイ達と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかテンちゃんの変装だったなんて~」

 

 

「ま、全く気付かなかった……」

 

 

「はい、私とグラスさんなんて相席してたのに気づきませんでしたよ……」

 

 

「な、なにやら大変なことがあったみたいですね皆様」

 

 

「スマン!ホンマにスマンみんな!別に騙す気はなかったんや!ただ、みんながどんくらい気づかんかな~って思うて……」

 

 

 プレハブ小屋のトレーナー室で、途中合流したクインを加えてボク達は話している。話題はボクの変装のこと。結果的に騙すようなことになってしまったことをボクはみんなに謝る。

 グラスがボクをまじまじと見ながら告げる。

 

 

「それにしても~本当にすごいね~。メイクまでしてあるし~遠目だと分かんないよこれ~」

 

 

「そうですね。というか、近くにいてもちょっと怪しいですよ。テンポイントさんかどうかなんて」

 

 

「メイクは誰が施したのでしょうか?テンポイント様ご自身で?」

 

 

「いや、メイクは俺だな」

 

 

「誠司さんメイクまでできんのかよ……」

 

 

 そして、トレーナーが今回のことを話し始める。

 

 

「まあ、グラスは知っていると思うがこれが春の天皇賞を見に行くための策だな。テンポイントだってバレないように外を出歩くための変装だ」

 

 

「あ~そういうことだったんだね~」

 

 

「確かに、テンポイントさんだってバレるわけにはいきませんもんね」

 

 

「そうだ。ただ、ここまでバレなかったってことは本番である春の天皇賞でも大丈夫だってことだろう。今日はすまなかったな」

 

 

 トレーナーは頭を下げて謝罪をする。ボーイ達は特に気にしている様子はなかった。ただ、

 

 

「オレのさっきの言葉……本人を前にして本人の話してたってことかよ!?恥ッず!?」

 

 

ボーイはそう言って赤面していた。ボクはただ申し訳なくボーイに謝罪をする。

 

 

「スマン、ボーイ。ちょっと悪戯心が働いてもうたんや……」

 

 

「いや、まぁ……別にいいけどよ……」

 

 

 ボーイは曖昧な表情を浮かべている。ボクも、多分同じ表情をしていることだろう。

 春の天皇賞を見に行くための変装。結果としては大成功だった。




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