ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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春の天皇賞出走前回


第108話 春の盾

 春のファン大感謝祭も終わってから月日が流れて、グラスが出走する天皇賞・春を迎えた。ボクは感謝祭の時のような変装をして京都レース場を訪れている。

 車椅子をトレーナーに押してもらいながらパドックの入場が始まるのを待つ。車椅子、ということで他の人達から注目を集めていたのでバレないか少しドキドキしていたが、すぐに視線を感じなくなる。どうやらボクがテンポイントだとはバレていないらしい。ボクは安堵した。感謝祭で効果は実証済みとはいえ、やはり心配にはなる。

 後ろで車椅子を押しているトレーナーを手招きして呼び寄せる。屈んでもらい、ボクはトレーナーに耳打ちする。あまり声を出しての会話も控えた方がいいと思っているので、こうするのが得策だろう。

 

 

「……トレーナー。いよいよやな……」

 

 

「……あぁ、今回の天皇賞はグリーングラスに菊花賞ウマ娘プレストウコウ、グリーングラス相手に4勝しているカシュウチカラ。この辺が有力だ。特に……」

 

 

「……カシュウ、やな。グラスとは相性がええんのか分からんけど、大きく勝ち越しとる。グラス側からすれば、カシュウをどう攻略するかやな……」

 

 

 それに、カシュウはカイザーやホクトと同じ最後方からの追い込みを得意としている。加えて、今回のレースはこれといった逃げウマ娘がいないのもグラスにとっては向かい風だ。ただ。

 

 

「……直前の公開練習では調子は良かった。ハッキリ言ってこの距離で調子のいいグリーングラスに勝てる奴はそうはいない……」

 

 

「……不安要素やった脚も大丈夫みたいやしな。油断はできへんけど……」

 

 

 直前に行われた沖野トレーナー率いるチーム・スピカの公開練習では脚の不安を感じさせないほどに快調に走っていたらしい。練習を見ていたトレーナーの話だ。

 そうして声を潜めて話していると、会場にアナウンスが入る。

 

 

 

 

《これより、京都レース場第9レース、天皇賞・春に出走するウマ娘たちのパドック入場が始まります。まずは1枠1番……》

 

 

 

 

 どうやら入場が始まったらしい。ボク達は会話を中断して出走するメンバーの調子を確認していく。確かグラスは2枠の3番。すぐに順番が来るだろう。

 

 

 

 

《……続いて2枠3番、1番人気グリーングラス選手の入場です》

 

 

 

 

 思った通り、すぐにグラスの出番になった。ボクはグラスの様子を注視する。

 ……見た感じ、問題はなさそうだ。というよりは、調子が良さそうに感じられる。調子落ちはしなかったらしい。ボクは安堵する。トレーナーが身を屈めてボクに話しかけてくる。

 

 

「……調子良さそうだな、グリーングラスは……」

 

 

「……やな。後は他ん子たちの調子とレースの展開次第やな……」

 

 

 ボクの言葉にトレーナーは頷く。同じことを思っていたのだろう。

 そんな時、ふとグラスがボクのいる方向を見る。ボクとグラスの視線が合ったような気がした。変装しているとはいえ、グラスにはこの変装を感謝祭の時に見せている。だから向こうはボクだと気づいているだろう。

 一瞬驚いたような表情を見せた後、こちらに笑みを浮かべてサムズアップしてくる。それにボクは薄く微笑んで答える。向こうに見えているかは分からないが、何となく嬉しかったから。それを最後にグラスは退場していった。

 それから何人かの出走するウマ娘が入場してきて、思い思いのアピールをしていく。そして、次のウマ娘は……。

 

 

 

 

《……続きましては5枠9番、2番人気プレストウコウ選手の入場です》

 

 

 

 

 グラスと同じ菊花賞ウマ娘、プレストウコウが入場してきた。大きく手を振ってアピールしている。

 

 

「みなさ~ん!なにとぞ!なにとぞこのプレストウコウをお願いしま~す!」

 

 

 ……言ってることはよく分からないが。トレーナーがボクに耳打ちする。

 

 

「……まあ同期がマルゼンスキーだからな。自分は葦毛で初めてクラシック3冠の内の1つを取ったのに、全然話題に上がらないから、ってとこじゃないか?……」

 

 

「……ちなみに、ボクの〈貴公子〉とかグラスの〈緑の刺客〉みたいに、ファンからの愛称みたいなもんはあるんか?……」

 

 

「……確か、<銀髪鬼>だったか?……」

 

 

「……それヒールレスラーのニックネームやなかったか?……」

 

 

「……むしろよく知ってたなこのニックネーム。まあこの2つ名は関西でしか言われてないけどな……」

 

 

 そう言いながら、トレーナーが携帯を操作してボクに1つの記事を見せてくる。そこにはプレストウコウが菊花賞を勝った時の内容が書いてあった。出版は関西の新聞のようである。

 見出しだけ見れば、まるで勝ったプレストウコウが悪役のような記事だった。どうやら菊花賞2着だった子は関西では人気の子だったらしく、それが余計に拍車をかけたらしい。まあ記事の内容自体は普通にプレストウコウを褒めている内容だったのだが。

 トレーナーは溜息を吐いて続ける。

 

 

「……菊花賞もレコード勝ちしたってのに、ほとんど話題に上がらないからな。あまりにも不憫すぎる……」

 

 

「……そん時は後んレースが重要になるけど、プレストウコウの菊花賞の次のレースって……」

 

 

「……大体察しはついてると思うが、あの有マ記念だ……」

 

 

「……あぁ、うん。それは……」

 

 

 確か、その時のプレストウコウは6バ身離されての4着だったはずだ。決して低くないし、むしろ上の方ではあるのだが、あのレースの状況を考えると確かに目立たないだろう。

 その後もプレストウコウはパドックの時間目一杯使って自分をアピールしていた。そのアピールにファンの人達は生暖かい視線を向けていた。ファンから愛されているらしい。何となくそう思った。

 その後も出走する子たちが続々とパドックでアピールをしていく。そして、ついに最後の子の番が来た。確か、最後の大外枠は……。

 

 

 

 

《……最後は8枠16番、3番人気カシュウチカラ選手です》

 

 

 

 

 会場に響いたアナウンスとともに、最後の枠番の子、カシュウが入場してきた。アピールをしている。ボクはトレーナーに耳打ちする。

 

 

「……こっちも調子良さそうやな……」

 

 

「……だな……」

 

 

 カシュウの調子は見た感じ絶好調と言ってもいいだろう。問題なく調整で来たようだ。心なしかキラキラしているように感じる。

 そんなことを考えている時、突然カシュウが大声を出してアピールを始める。

 

 

「ここで勝って、テン様に勇気を上げますよー!」

 

 

 思わず声を漏らしそうになったが、何とか我慢した。内心驚いている時、トレーナーがボクに声を潜めて話しかけてくる。

 

 

「……危なかったな。思わず俺も反応しそうになった……」

 

 

「……ボクも危なかったわ。ここで声上げたら帰らなあかんとこやったからな……」

 

 

 いきなり名前を呼ばれたのだ。誰だって反応しそうになるだろう。

 カシュウはその言葉を最後にパドックを退場する。カシュウが最後なので、ファンの人達はレース場へと移動を始める。それに続くようにボク達もレース場へと移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レース場に着いたボク達は辺りを見回す。最前列、グラスのレースをよく見るためにその場所を取っておいてもらったのだ。勿論向こうにも了承済みである。まあ、ボクの場合車椅子なので最前列に立ったところで見えるかどうかは分からないが。

 そんなことを考えていると、目的の人物達を発見した。向こうもこちらに気づいて手を振っている。ただ、声を出して呼ぶことはしない。一応、ボクはお忍びで来ているということになっているからだ。向こうもそれを知っているので手を振るだけに留めている。

 最前列に待機してくれていた人物達、ボーイ、カイザー、クインにメモを利用してお礼を言う。

 

 

【ありがとうみんな】

 

 

 そのメモを見たみんなはそれぞれ答える。

 

 

「気にすんなって!そうだ、グラスはパドックでの調子はどうだった?」

 

 

【調子良さそうだったよ】

 

 

「そうですか……。直前の公開練習でも脚の問題はなさそうでしたので、万全な状態で迎えることができたみたいですね」

 

 

「万全な状態のグリーングラス様なら、問題はない……と言い切れないのが天皇賞ですものね。私達も、精一杯応援いたしましょう!」

 

 

 クインの言葉にボク達は頷く。ちなみに、無言なのはボクだけではなくトレーナーもだ。やるからには徹底的に、らしい。

 しかし、やはり車椅子だと少し見えずらい。これに関しては諦めるしかないだろうと思っていると、ふと視界が高くなった。車椅子が動いている。そのことに驚いて思わず声が漏れる。

 

 

「っとと。なん……」

 

 

 何とか口を塞いでそれ以上言葉を話さないようにする。落ち着いて自分の下を見てみると、トレーナーが何やら車椅子の下に台のようなものを設置していた。動かないように固定しているのが確認できる。

 しばらくして車椅子が完全に動かなくなる。トレーナーからサングラスをとってもいいというジェスチャーを貰い、サングラスを外してターフへと視線を向ける。そこには……。

 

 

「わぁ……!」

 

 

 思わずそう声が漏れてしまう。いつもと変わらない景色、立って、レースを観戦している時とほとんど変わらない光景が眼前に広がっていた。

 目の前の光景に圧倒されているボクに、トレーナーが声を潜めて話しかけてくる。

 

 

「……これなら見やすいだろ?……」

 

 

「……ホンマや。ありがとな、トレーナー……」

 

 

「……いいってことよ……」

 

 

 まさかレースのために外出の許可を取ってくれるだけではなく、レースを見やすくするためにこんなものまで用意してくれているとは。ボクは喜びを噛みしめる。

 そんな時、ボーイがトレーナーに尋ねる。

 

 

「一応確認だけどさ、許可は取ってあんの?」

 

 

 その質問に、トレーナーはいつもより声を低くして答える。

 

 

「……問題ない。レース場の許可はあらかじめ取ってある」

 

 

「まぁそうですよね」

 

 

「しかし、このようなものまで自作なさるなんて。すごいですね」

 

 

 カイザーとクインは感心していた。

 しばらくして、沖野トレーナー達とも合流する。ターフには、出走するウマ娘が続々と入場してきていた。実況の声が聞こえてくる。

 

 

 

 

《天気は生憎の曇り空、京都レース場第9レース天皇賞・春を迎えました。距離は芝3200m、バ場の状態は稍重と発表されています。春の盾を巡り、選りすぐりのウマ娘達が覇を競います!》

 

 

《今回の天皇賞・春。最注目と言えばやはりグリーングラスですね。有マ記念をもってドリームトロフィーリーグに移籍したトウショウボーイ、現在も復帰に向けてリハビリ中と発表されているテンポイント。この2人と鎬を削り合った彼女が天皇賞の盾に最も近いウマ娘と評されています》

 

 

《しかしそれに待ったをかけるかの如く調子を上げている2人のウマ娘、2番人気プレストウコウと3番人気カシュウチカラがおります。カシュウチカラは対グリーングラスの戦績を4勝1敗、プレストウコウは前走のオープンレースでグリーングラスとカシュウチカラ相手に勝利しました!勿論この2人だけではありません。この舞台に上がっているのはトゥインクルシリーズでも指折りの実力者たちです!》

 

 

 

 

 そうして、ウォーミングアップを終えた子たちが続々とゲートに入っていく。ボクはそれを緊張しながら見守っていた。思わず手を強く握る。

 そして、最後の子がゲートに入る。まもなく始まろうとしていた。

 

 

 

 

《さぁ、各ウマ娘のゲートインが完了しました。出走の瞬間を今か今かと待ちわびております。果たして春の盾は誰の手に渡るのか?グリーングラスか?プレストウコウか?カシュウチカラか?はたまた他のウマ娘か?天皇賞・春が今……》

 

 

 

 

 一瞬訪れる静寂。次の瞬間、ゲートが開く音が聞こえた。

 

 

 

 

《スタートです!》

 

 

 

 

 グラスの戦いが、今始まった。




チャンミはBグループの2位でした。ちくせう。
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