《第4コーナーに入って先頭はグリーングラス!グリーングラスが変わらず内を走っておりますグリーングラス先頭だ!外からカシュウチカラが猛然と追い上げてきている!カシュウチカラだけではありません!外からジンクエイト!内からトウカンタケシバとトウフクセダンも上がってきている!まだ予断を許さない状況です!》
春の天皇賞も佳境に入っていた。先頭を走るグラスさん。それを追うようにカシュウさん。この2人が先頭で競り合っている。だが、ほとんど差は開いていない。このまま行くのならだれが勝ってもおかしくはない、そんな状況を見せていた。
私達はグラスさんを応援するように声を上げている。テンポイントさんも、声こそ出していないが応援の気持ちを込めるように手を強く握っていた。
《さぁ第4コーナーを曲がって最後の直線に入ります!先頭は変わらずグリーングラスだ!カシュウチカラは第4コーナーをどういう風に回るか!っとうまく回りました!カシュウチカラ第4コーナーをうまく回りました!ほとんど減速せずに最後の直線に入りましたカシュウチカラ!しかしグリーングラス先頭は譲りません!グリーングラスは内を行く!グリーングラスは例によって内を行きます!他のウマ娘もスパートをかけています!春の天皇賞もいよいよ大詰めです!》
第4コーナーから始まったカシュウちゃんとの競り合い、状況はほぼ五分と言ってもいいだろう。私もカシュウちゃんもほとんど互角の勝負を繰り広げていた。
カシュウちゃんが外から躱そうとペースを上げてくる。私は抜かせまいと躍起になる。もうそろそろ大欅に差し掛かろうかというところ。
(ここを抜ければ最後の直線……!)
私は気合を入れなおす。
一度目の天皇賞は直線での伸びが足りずにテンちゃんに負けた。二度目の天皇賞、ボーイちゃんと無理に競った代償か、入着こそしたけど優勝は逃した。
これが三度目の天皇賞。二度あることは三度ある、ではない。三度目の正直で、私は栄光の盾を……!
(天皇賞の盾を勝ち取る!)
カシュウちゃんは変わらず外から猛然と追い上げてくる。大欅を確認する。
……ここだ。ここで、一気に突き放す!
「ここだぁぁあぁぁぁ!」
内を通って私は大欅を抜ける。先程まで競り合っていたカシュウちゃんを置き去りにしようと、渾身の力を振り絞る。最速、最短のペースで第4コーナーを駆け抜ける。
カシュウちゃんも外をうまく回ったようだが、気配は少し離れていた。先程までほとんどなかった差が、半バ身かそれ以上離れた位置になる。最後の直線で抜け出すことに成功した。
(後は……ッ!このまま走り抜けるだけ!)
ゴールまで残り400m。私は死ぬ気で脚を動かしていた。
《内からグリーングラス!外からカシュウチカラ!1番人気と3番人気の競り合いになった!しかし内を走るグリーングラスが有利を取りました!カシュウチカラもうまく回ったがやはり内を走るグリーングラスが有利だった!グリーングラスが先頭だ!集団の丁度真ん中の位置からカシュウチカラも突っ込んでくる!この2人の一騎打ちになるか!?いやグリーングラスとカシュウチカラの間を抜けるようにトウフクセダンも抜け出してきた!トウフクセダンも抜け出してきた!3人によるたたき合いとなる春の天皇賞!》
最後の直線に入ってグラスさんが後続を突き放し始める。それを見てボーイさんは大声を上げる。
「よっし!グラスの勝ちパターンだ!このまま内から突っ込め!グラス!」
「まだです!カシュウチカラ様も驚異的な速さで追い上げてきております!頑張ってください、グリーングラス様!」
「グラスさん!頑張ってください!」
その時、テンポイントさんの声が聞こえた。
「……頑張れ!頑張れ、グラス!」
思わず漏れ出たであろうその声は、グラスさんに対する応援。こぶしを握り締めているのが見えた。
《最後の直線グリーングラスが内から伸びてくる!外からカシュウチカラとトウフクセダンが追い上げてくる!今日は追う側ではない!お前が追われる側なのだと!そう言わんばかりに追い上げてきているカシュウチカラとトウフクセダン!第4コーナーを抜けて開いた差が徐々に、徐々に縮まってきております!グリーングラス!残り200mを切った!4番手以下との差はかなり開いている!グリーングラスとカシュウチカラそしてトウフクセダンこの3人のたたき合いとなる!栄光の盾を掴み取るのは一体誰か!?天皇賞もいよいよ決着の時です!》
春の天皇賞、決着がつこうとしていた。
200mの標識を確認する。先程まで遠くに感じていた気配がどんどん近づいてくるのを感じている。1つはカシュウちゃんだろう。外から追い上げてくるのが分かった。けれどカシュウちゃんだけじゃない。もう1人、追い上げてくる気配を感じる。カシュウちゃんよりも内からその気配は感じた。
……だが、そんなことは関係ない!
(私はもう……負けたくない!)
このレースに出走しているウマ娘にも、このレースには出走していないウマ娘にも、そして何より、今までのレース、負けてきた原因を自分の脚や身体の弱さのせいにしてきた自分自身にも!私を応援してくれるみんなのためにも!
「負けて……たまるかぁぁぁぁぁぁ!」
そう叫びながら駆け抜ける。
3200mという長丁場、スタミナにはそれなりの自信があるが最早ガス欠寸前だ。それでも、最後の一滴まで振り絞るように懸命に走り続ける。
……後ろの気配がドンドン強まってきているのを感じる。差が縮まってきているのだろう。
(でも……それももう終わりだ!)
私は一切ペースを落とさずにゴール板を目指して走り抜ける。もうすでに気配は1バ身後ろまで近づいてきていた。しかし……。
「お見事です……ッ、グラスさん……ッ!」
カシュウちゃんのそんな呟きが聞こえてきたのと同時、私の身体はゴール板を駆け抜けていた。それと同時に、私は拳を突き上げる。
「私の……、勝ちだぁぁぁぁぁ!」
そう叫んだ。
《……グリーングラスだ!グリーングラスが駆け抜けましたグリーングラス1着!3度目の挑戦!3度目の正直!グリーングラスが緑の街道を走り抜けましたグリーングラス1着!観衆よ見ているか!トゥインクルシリーズはTTがいなくても私がいる!自分はあの2人よりも劣っていない!そう証明するように駆け抜けましたグリーングラス!2着は1バ身離されてトウフクセダン!3着はアタマ差でカシュウチカラ!》
グラスさんが1着でゴール板を駆け抜けた時、私は喜びを爆発させるように両手を突き上げる。
「やった!やりました!グラスさんが勝ちました!」
我が事のように嬉しい。年明けから脚の状態に悩まされたグラスさんの姿を見ていた身としては、彼女がこの大レースを制することができて本当に嬉しかった。ボーイさんとクインさんも同じ気持ちなのか、私と同じくらい喜んでいるのが見てとれた。
ふとテンポイントさんの方を見ていると、身体を小刻みに震わせていた。そして、彼女の呟きが聞こえる。
「……ホンマ、ええレースしてくれるやん。ボクも……ボクも早く……ッ!」
その呟きに対して、神藤さんが諫める。
「……まだ我慢だ。お前の怪我は徐々に治ってきている。完調まで後少し……。それまでの辛抱だ」
「……分かっとる。やけど、走りたくて身体がウズウズしてきたわ!」
どうやら、グラスさんの走りに感化されてテンポイントさんも走りたいという気持ちが湧き上がってきたらしい。そんな会話が聞こえた。私はその会話に笑みを零す。そして、グラスさんが出走前に言っていたこと、テンポイントさんを応援したい、そのためにこのレースは絶対に勝ちたいと言っていたことを思い出す。
(応援の気持ち、届いたみたいですよ。グラスさん)
そう思いながら、私はターフの上で佇むグラスさんを見ていた。
春の天皇賞、走り終わった私はターフの上で佇んでいた。息を切らし、膝に手をつきそうになる気持ちを堪えて、静かに一点を見つめる。視線の先にあるのは順位を確定する掲示板の文字。1着のところにあるのは3番。私の番号。
勝った。私は春の天皇賞を勝ったのだ。私はガッツポーズを作って喜ぶ。実況の声も聞こえてきた。
《……観衆よ見ているか!トゥインクルシリーズはTTがいなくても私がいる!自分はあの2人よりも劣っていない!そう証明するように駆け抜けましたグリーングラス!》
そう聞こえてきた瞬間、私は目を閉じて感傷に浸った。
(勝ったんだ……!私は、勝ったんだ!)
勝ち時計は、前回の春天でテンちゃんが刻んだ時計よりも早い時計。展開のせいもあるだろうけど、あの日のテンちゃんを越えることができた。そのことに私は喜ぶ。
そうして感傷に浸っていると、カシュウちゃんが私に話しかけてきた。
「ハァ……ッ、ハァ……!お見事です、グラスさん!力走叶わず、私は3着でした!」
「……カシュウちゃん。カシュウちゃんも、お疲れ様」
私の言葉にカシュウちゃんは笑みを浮かべて私を称える。
「いやはや、後一歩及ばずでした!やはりお強いですねグラスさんは!」
……そんなことはない。カシュウちゃんだって強い。少なくとも、私だったら自分の出走するレースで勝った相手をこうやって褒めに行くなんてことはできない。
負けて悔しいだろうに、それでも勝者を称えるためにこうやって足を運んでくる。そんなカシュウちゃんだって。
「……強いよ。カシュウちゃんは。私も、一瞬だって気を抜けなかった」
「やや?グラスさんからそう言われると嬉しいですね!これからも精進あるのみです!」
そして、私に指を突きつけて宣言する。
「次は負けませんよ!私が勝ちます!」
その言葉に、私は笑顔で答える。
「上等!次も私が勝ってみせるから!」
そこで私とカシュウちゃんは別れた。
勝利者インタビューのために沖野トレーナーとウィナーズサークルへと向かう。記者の人達の質問に受け答えして、次走はなにを予定しているか?今後の目標は何かを伝える。一通り終わった後、私は控室に戻ってきた。
そして、控室には先客がいた。その先客は私の姿に気がつくと、祝福の言葉を口々に贈ってくれた。
「春天勝利、おめでとうございます!グラスさん!」
「やったなグラス!最後の直線での走り、見事だったぜ!」
「稍重というバ場で内を通ってのあの走り。お見事でした、グリーングラス様!」
カイザーちゃん達だ。笑顔で私を出迎える。
そして、その中には車椅子に押されて変装をしているウマ娘が1人。テンちゃんもいた。私は少し緊張してテンちゃんの言葉を待つ。
テンちゃんは帽子を取って私を見つめる。そして、笑顔で告げた。
「おめでとさん、グラス。ええレースやったわ」
「……うん」
「それにしても、厄介なことしてくれたやんかグラス」
神妙な顔でそう言ったテンちゃんに私は驚く。一体何をしでしかしたのだろうか私は?そう思っていると、テンちゃんはそのまま言葉を続ける。祝福するような笑顔から、不敵な笑みに変わった。
「グラスのレースを見とったら、ボクも走りたくて走りたくてウズウズしてきたわ!やけどまだ走れへんし……どうしてくれんねんホンマ!」
「……プ!アハハ!何それ!神妙な顔で何を言うかと思ったらそんなこと~!?」
「ホントだよ!それグラス関係ねぇじゃん!」
「いやいや!厳密には関係ありますけど……!でも逆恨みもいいとこじゃないですか!プクク……ッ!」
「て、テンポイント様……ッ!それはいくら何でも……ッ!」
私は思わず笑いこげそうになる。部屋の中には笑い声が響いていた。そんな私達の様子を、神藤さんと沖野トレーナーは微笑ましい目で見ている。
「グリーングラス優勝、おめでとうございます。沖野さん」
「ありがとよ。でも、こいつはまだまだこれからだ。このまま勝ちまくって、いずれはお前んとこのテンポイントやおハナさんとこのトウショウボーイよりも上だってファンに証明してやるさ!」
「うちのテンポイントだって負けませんよ?必ず復帰して、グリーングラスやトウショウボーイ以上にすごいことをやってやりますよ!」
そう宣言し合う。
春の天皇賞。私は1着を取ることができた。そして、レース後は友達みんなに祝福されるように囲まれる。私はその中心で思う。
(いい友達やライバルに恵まれたな~私は~。この出会いに~感謝しないとだね~)
それは決して口には出さない。気恥ずかしいから。
こうして私の春の天皇賞は幕を閉じた。
明日ウマゆるやんやったぜ。