梅雨が明け、日差しが強くなってきた7月。私はサマードリームトロフィーに向けてハダルのメンバーと練習に励んでいる。今は山で鬼1人が鬼以外の全員に追いかけられるタケホープ先輩考案の遊び、もとい練習をしていた。
鬼は勿論私。というか、私以外が鬼になったところを見たことがない。タケホープ先輩は決まって私を鬼にするからだ。私のための練習とはいえ、腹立たしさを感じる。
(最初の頃は苦戦してましたが、さすがにもう慣れてきましたね)
私を捕まえようと追いかけてくるチームメンバーを尻目に私は山の地形を利用して躱していく。捕まったら待っているのはタケホープ先輩による罰ゲームなので、できる限り捕まりたくはない。私は山を登るように逃げていった。
そのままメンバーの手から逃げていると、気づけば山の頂上付近まで来ていた。道中は最初の時と違って、不思議なほどメンバーと出くわさなかったが、一息ついて考える。
(っと、いつの間にかここまで登ってきてましたか。時間もそろそろですし、今のうちに下って……!)
そこで、気づく。不自然なまでにいなかったチームメンバーが今どこにいるのか。その答えに行きついた。嫌な予感が全身を駆け巡る。
私は急いできた道を戻ろうと山を下ろうとする。だが。
「いた!カイザー!」
「捕まえたよ!」
2人がかりで私を捕まえようとしてくる。その手から逃れるために私は一度下山するのを諦めてもう一度登ってから別ルートで下ることにした。
(けど、私の予想が合っているなら……!)
そう考えながらも、別ルートで山を下ろうとする。その先には、先程の2人とは別のハダルのメンバーがこちらに向かってきていた。
「見つけたよカイザーちゃん!」
「神妙にお縄についてください!」
「嫌です!タケホープ先輩の罰ゲームは食らいたくないので!」
「それは私達も一緒だよ!だから捕まって!」
このルートも使えない。というより、山を下るためのルートは全て使えないだろう。私は思わず舌打ちをする。
山を登るように逃げていったが、それが罠だった。多分、チームのメンバーは私を捕まえるために包囲網を作っているのだろう。頂上付近ならば、ペアで行動すれば山を下るためのルートを全て潰すことができる。そのままどんどん山を登っていけば、いずれ私を捕まえることは容易になるだろう。それだけの時間はある。
私が山を登っていくのと同時に、私の考えが合っているかのように下の方からメンバーがどんどん私を頂上へと追いやるように動いているのが感じられた。
このままいけば私は頂上で捕まるだろう。そして、待っているのはタケホープ先輩の罰ゲームだ。あの人の楽しそうな顔が私の頭の中に浮かぶ。頭の中のタケホープ先輩が私を煽るように告げる。
(やっぱり捕まっちゃったねぇカイちゃん。慣れてきたとはいえ、一度も捕まらずに終えるってのは無理だったみたいだねぇ)
「……あぁ、もう!」
本物のタケホープ先輩だったら絶対にそんなことは言わないと思うが、今の私にそれを考えるだけの余裕はない。この包囲網を突破するための手段を考えるのが先決だ。何より、あの人の全てを見透かしたような表情を驚きで満たしてやりたい。
(一度でもいいからあの人の鼻を明かしてやる!)
そう決意して、必死に逃げるためのルートを考える。
その時私に浮かんだのは、今私を頂上へと追いやるように連携している2人のメンバーだった。2人の間には少しだけだが距離がある。
(隙間がある……あそこを通り抜けられれば!)
だが、無理だ。今から方向転換して間を抜けるように走ったところで感づかれること間違いなし。挟み撃ちされて終わりだ。得策じゃない。
しかし、そんなことを考えているうちに私の身体はすでに動いていた。いつの間にか、切り返して2人の間を抜けるように走っていた。
(あ、れ?私いつの間に?)
私が驚いていると、2人も虚を突かれたのか立ちすくんでいた。私がそのまま走り抜けると我に返ったように大声を上げる。
「ちょ!?いつの間にか抜かれた!?」
「み、みんなゴメン!カイザーがそのまま山を下っていっちゃった!」
1人は驚愕の表情を浮かべて私を追いかけてくる。もう1人は携帯か何かを使って他のメンバーと連絡を取っていた。それを尻目に私は下山する。それからしばらく逃げて、私の携帯が震えた。着信が入ってきている。相手はタケホープ先輩だった。私は電話に出る。
「お疲れ様ぁカイちゃん。鬼ごっこ終了だよぉ」
その言葉とともに、私は地面にへたり込む。疲れがどっと押し寄せてきた。
「~っはぁ。やっと、終わりましたぁ……」
「いやぁ、それにしてもぉ今回は一度も捕まらなかったねぇ。お疲れ様ぁカイちゃん」
タケホープ先輩からお褒めの言葉を預かった。私はお礼を言う。
「ありがとうございます。まぁ、さすがに慣れてきたのもあると思いますけど」
「本当にそれだけだといいねぇ」
タケホープ先輩は含みがあるような言い方をした。思わず私は聞き返す。
「へ?どういうことです?」
しかし、それの答えが返ってくることはなかった。タケホープ先輩が私に告げる。
「それじゃあ、今度は学園に戻って模擬レースをするよぉ。みんなもそろそろ撤収してるだろうからぁ、カイちゃんも学園に戻ってきてねぇ」
それだけ言って電話は切れた。私は嘆息しながら1人愚痴る。
「はぁ。教えてくれたっていいじゃないですか……」
その愚痴は誰に聞こえるわけでもなく、私は他のメンバーと合流して学園へと戻った。
学園に戻ってきた私達は長めの休憩を取った後、模擬レースのための準備をする。出走するのはハダルから私含めて4名、ハダル以外から4名の計8名。芝2400mの左回り。東京レース場で行われる予定のサマードリームトロフィー想定のレースとなっている。
私を含めた8人が位置について、開始の合図を待つ。
「……スタート!」
その合図とともに一斉に走り出した。私はいつものように最後方につく。
今回のメンバーはトゥインクルシリーズでも結果を残している人達やドリームトロフィーで戦っているフジノパーシア先輩等いつもよりもかなり豪華なメンバーだ。どうやってフジノパーシア先輩をこの模擬レースに誘い込んだのかが気になるところだが、ひとまずレースに集中する。
展開としては逃げの子が1人先頭に立ってペースを握っている。それを追走するように3人、そこから離れて中団の位置に3人。フジノパーシア先輩はここにいる。そして最後方に私1人が走っている状態だ。先頭から最後方の私まで10バ身以内。なので最後方でも前の展開が良く見えた。
先頭集団に位置している3人が牽制しながらも逃げの子にプレッシャーをかけ続けている。そのせいもあってか逃げの子も結構なペースで飛ばしていた。速めのペースを作っている。
(速めのペースなら私に有利……。模擬レースといえど負けるわけにはいきません!)
中団と後方の私も前に続くように走る。淀みなく進んでいった。
レースが動いたのは第4コーナーの手前。中団にいたフジノパーシア先輩がペースを上げる。
「さて、そろそろいきますかい!」
そう呟くと一気にペースを上げ始めた。それにつられるように中団にいた子たちもペースを上げ始める。私も続くようにペースを上げた。第4コーナーを抜けて最後の直線、残り500mに入る。
先頭集団も懸命に粘っていたが、スタミナを削られ過ぎたのか残り200を切ったところで全員追い抜かれた。先頭はフジノパーシア先輩。それに続くように中団の2人が私の前に立ちはだかっている。思わず悪態をつきそうになった。
(完全に前に抜ける道を塞がれている……ッ!間は抜けられないし、外から抜いたら絶対に間に合わない!内側からもほぼ不可能……ッ!)
フジノパーシア先輩と一緒に中団を形成していた2人は私の取りたい進路を塞ぐように走っていた。間を抜けることはできないし、外からだとかなりの大回りを強いられる。残り200を切っているというのにそんな悠長に大回りしていたら私の脚だと絶対に勝てない。
(こんな時……グラスさんならこうなる前に外に進路を取るんでしょうね。ボーイさんやテンポイントさんなら、同じような状況になっても追いつけるだけの脚がある)
本当に、羨ましい限りだ。嫉妬すら覚える。
私は暗い気持ちを抱えたままチラリと内ラチの方を見る。……別に通れないことはないぐらいの隙間があった。だが、下手をすればぶつかる可能性がある。模擬レースで、そんなリスクを取る必要はあるのか?そんなことを考えたら、無理に通ろうとは思えなかった。しかし。
私の身体は、すでに内ラチの方へと進路を取っていた。内から抜かすことを決めたように私の身体は走っている。思わず頭が真っ白になりそうになった。
(あ、あれ?また考えるよりも先に……ッ!)
……模擬レースの結果だけ言うと、私はフジノパーシア先輩に僅かに追いつくことができずハナ差の2着だった。
肩で息をしながら先程のことについて考える。疑問は尽きなかった。
(どうして私は内ラチを抜けるように進路を取ったのでしょうか?しかもほぼ無意識のまま……。結果的に前にいた子が疲れで外にヨレたから接触はしませんでしたが、下手をしたら……ッ!)
模擬レースで怪我をしていたかもしれない。そう考えると身震いがした。けれど、あの時の私は不思議とそうならないという確信を持っていたような気がするのだ。まるで、スタミナ切れで外にヨレることが分かっていたかのように。
(……そんなバカな。いくら何でも外にヨレるかなんて分かるはずがありません)
頭の中に浮かんだ考えを一蹴する。
休憩を取っていると、フジノパーシア先輩が私に話しかけてきた。
「やぁクライムカイザー!こうして話すのは初めてかな?あたしはフジノパーシア!よろしくね」
そう言って握手を求めるように手を伸ばしてきた。私は慌ててその手を握って答える。
「あ、は、はい!フジノパーシア先輩!今日はありがとうございます!」
「気にしなくていいよ。あたしもいい経験になったからね。しかしまぁ……」
そう言ってフジノパーシア先輩は私をジロジロと見てくる。何か変なところでもあるだろうか?そう思っていると、フジノパーシア先輩が続ける。
「見た目は大人しそうなのに、随分と大胆な進路を取るんだね?結果的に外にヨレたから助かったけど、下手したら接触してたよ?」
おそらくさっきのレースのことだろう。私は頭を下げながら答える。
「は、はい!もう本当におっしゃる通りです……ッ!自分でも、どうしてあんな進路を取ったのか……ッ!」
「ん?もしかして無意識にあの進路を取ってたの?」
フジノパーシア先輩は不思議そうな表情で私を見ていた。私は内心慌てながらも答える。
「は、はい。内ラチがちょっと空いてるなーって思ってて、気づいたらそっちに進路を取ってました」
「ふーん……」
「そ、それに!何となくですけど、前の子が外にヨレるかなーって……思ったり、思わなかったり……。あ、アハハ……」
私は言葉尻をすぼめて締めた。きっとフジノパーシア先輩はコイツ何を言ってるんだ?と思っているかもしれない。
だが、意外にもフジノパーシア先輩はさらに興味深そうに私を見ていた。そして呟く。
「成程ねぇ……。確かにこれは面白い子だ。タケが気に入るのも分かるよ」
「へ?どういうことです?」
「あぁそれはね……」
「さてさてぇ、カイちゃんお疲れ様ぁ。パーシアも今日はありがとねぇ」
フジノパーシア先輩に聞こうと思ったら、会話の流れを切るようにタケホープ先輩が現れた。こちらを労うようにドリンクとタオルを渡してきた。私達はそれをお礼を言って受け取る。
ドリンクとタオルを受け取って休憩していると、タケホープ先輩が笑顔で私に告げる。
「さてぇカイちゃん。負けちゃったわけだけどぉ……」
「ひ、ヒィ!?な、なんですか!罰ゲームでもやらされるんですか!?」
思わず後ずさりする。タケホープ先輩は表情を崩さずに答えた。
「とりあえず今日のところはもう上がりだよぉ。朝から疲れただろうからねぇ。クールダウンをしっかりすることぉ。分かったかぁい?」
タケホープ先輩の言葉に一瞬呆けてしまったが、慌てて返事をする。
「は、はい!そ、それでは!」
どうやら罰ゲームはないらしい。そのことに私は安堵する。クールダウンをして身体を休める。久々に罰ゲームがない日となったことに、私の心は軽くなった。
遠くでクライムカイザーが休憩を取っている姿を見ながら、タケホープとフジノパーシアは会話をしていた。
フジノパーシアが会話を切り出す。
「それにしてもタケ。彼女は面白いね。君が気に入るのも分かるよ」
「そうだろぉう?面白い子なんだよカイちゃんはぁ」
タケホープの言葉にフジノパーシアは笑いながら答える。
「まさか、ほとんど無意識であんなことができるなんてね。次のサマードリームトロフィー……、あたしとタケは長距離部門だけど、中距離部門は一波乱起きそうだね」
「カイちゃんはきっと台風の目になってくれるさぁ。中距離部門の本命2人……カブちゃんにも、トウショウボーイにだって勝てるかもしれないねぇ」
「アレを見た後だと、本当にそうなりそうだ。楽しみだということは間違いないね」
2人は楽しそうに会話をしていた。
秋の天皇賞すごいレースでしたね。