ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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サマードリームトロフィー回


第119話 サマードリームトロフィー

 致命的な弱点が浮き彫りになった模擬レースから時間が経って8月の中ほど。今日は合宿を休んでボクとトレーナーは東京レース場を訪れていた。ここに来た理由は1つ、サマードリームトロフィーを観戦するためだ。練習は休みとは言っても、アンクルウェイトを着けて脚に負荷をかけた状態にはしているのだが。

 ボクは東京レース場の会場前でドリンクを飲みながらトレーナーと会話をしている。

 

 

「今回は距離なんぼやったっけ?」

 

 

 ボクの言葉にトレーナーはパンフレットを見ながら答える。

 

 

「最初に長距離で2600m、次にマイルで1600、短距離1400を経て中距離2400、最後にダート1400だな」

 

 

「ボーイ達は最後から2番目っちゅうことか」

 

 

「そういうことになるな。まぁ一番盛り上がるメンバーだろうし、順当なとこじゃないか?」

 

 

 今回のサマードリームトロフィーの話をしながら会場の前で話している。会場に集まったファンの人達がボクを遠巻きに見ているような視線を感じているが、気にしないことにした。

 しばらく待っていると、こちらに手を振って近づいてくる2人組がいた。グラスと沖野トレーナーである。

 

 

「お待たせ~テンちゃ~ん、神藤さ~ん」

 

 

「悪いな誠司。ちょっと遅れちまった」

 

 

「大丈夫ですよ沖野さん。まだ始まってないでしょうし」

 

 

 トレーナーの言う通り、今の時間だとようやく最初の長距離部門のパドック紹介が始まったぐらいの時間だ。

 

 

「ここで話しとるのもなんやし、早いとこ行かんか?」

 

 

 ボクの言葉にこの場にいる全員が同意する。

 

 

「そうだな。早いとこ会場に入るか」

 

 

「いいとこでレース見ないと~。ボーイちゃんやカイザーちゃん達の勇姿をこの目でしっかりと見るぞ~」

 

 

「んじゃ、早速向かおうぜ」

 

 

 そう言って、ボク達はレースが行われる東京レース場へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなりに人がいたのでいい場所が取れるか少し不安だったものの、何とか見やすい場所をとることができた。ボクは安堵しながらもレースが発走するまでトレーナー達と会話をしながら時間を潰した。

 話していると、長距離部門に出走するウマ娘の入場が始まり、各々ウォーミングアップを始める。そこからゲートに入って、発走するまではすぐだった。ゲートが開いてサマードリームトロフィーの第一戦目、長距離部門が始まった。ボクは緊張しながらもレースを見守る。

 第1戦目からサマードリームトロフィーは混戦模様となっていた。レースの始まりから最後まで、先頭から後方までの距離は10バ身以内の接戦。これといった逃げウマ娘もいなかった影響か、他の子達を牽制するように動いているように感じる。それは最後の直線まで続いた。

 そんな混戦となった長距離部門を制したのは、ハダルのチームリーダーであるタケホープ先輩だった。

 

 

 

 

《……混戦となった長距離部門を制したのはタケホープだ!今回のサマードリームトロフィー長距離部門を制したのはタケホープ!2着は半バ身差で7番!3着は……》

 

 

 

 

 レースが終わったことで、ボクの緊張が解ける。1つ息を吐いて、ターフの上で観客にアピールしているタケホープ先輩を見ていた。観客の人達はタケホープ先輩に声援を送っている。

 こうしてみていると、タケホープ先輩は本当に当時不人気だったのだろうか?と疑問に思ってしまう。実力もすごいし、走りも一級品。何よりクラシック2冠に加えて天皇賞ウマ娘でもあるのだ。人気が出ないはずはない。そう思いながらボクは呟く。

 

 

「ホンマにタケホープ先輩は当時不人気やったんろうか?とてもそうは思えへんのやけど」

 

 

「そうだね~。すごい声援だもんね~」

 

 

 ボク達の言葉に、トレーナーは微妙な表情をしながら答える。

 

 

「……次のマイル部門を観戦すれば分かるさ。当時のタケホープがどうして不人気だったのか」

 

 

 沖野トレーナーも肯定するように頷いた。トレーナーの言葉と沖野トレーナーの態度に、ボクは少々疑問に思いながらも次のレースが始まるのを待った。グラスも同じ気持ちなのか、黙って見守る。

 長距離部門に出走したウマ娘達がコースを後にし、しばらく待っていると次のレース、マイル部門に出走するウマ娘達の入場が始まった。

 

 

「次はマイル部門やな。ハイセイコー先輩をしっかり応援……ッ!」

 

 

 そう意気込んでいると、突如として地鳴りが起きたかと錯覚するほどの歓声が東京レース場に響き渡った。ボクは驚いて辺りを見渡す。

 

 

「な、何や!?何があったんや!?」

 

 

「な、何々~!?どういうこと~!?何があったの~!?」

 

 

 グラスもボクと同様に驚いている。ただ、トレーナー達は驚いていなかった。困惑しているボク達にトレーナーが告げる。

 

 

「ほら、入場してきたぞ。これが当時タケホープが不人気だった理由だ」

 

 

 そう言われて、ボクはターフの上へと視線を向ける。そこに立っていたのは、ハイセイコー先輩だった。

 

 

「やぁみんな。今日もたくさんの声援ありがとう。それに報いるためにも、今日は全力で頑張らせてもらうよ」

 

 

 そう言いながら、観客席に向かって手を振る。それと同時に、黄色い歓声が湧き上がった。

 

 

「キャー!ハイセイコー!」

 

 

「今日も1着取ってくれよー!」

 

 

「頑張れー!ハイセイコー!」

 

 

「「「ハイセイコー!ハイセイコー!ハイセイコー!」」」

 

 

 とたんに湧き上がるハイセイコー先輩へのコール。とてつもない人気っぷりである。他の子達の応援の言葉が聞こえないぐらいにはすさまじい歓声だった。

 ボクは内心戸惑いながらもトレーナーに尋ねる。

 

 

「こ、これがタケホープ先輩が不人気やった理由なんか?」

 

 

 ボクの言葉に、トレーナーは頷いて答える。

 

 

「とは言っても、俺は当時のレースを見ていたわけじゃないからな。その辺は沖野さんの方が詳しいだろう」

 

 

「そういや、誠司がレースに熱中し始めたのってテンポイントを担当してからだったな。俺もこの時期はレースの世界から離れていたから詳しくはないんだが……」

 

 

「じゃあ、私が答えてあげようかねぇ」

 

 

 後ろから割って入ってくる声が聞こえた。そちらの方へと振り向くと、先程長距離部門で1着になったタケホープ先輩が合流してきた。

 ボクはタケホープ先輩に祝福の言葉を贈る。

 

 

「た、タケホープ先輩!長距離部門優勝、おめでとうございます!」

 

 

「おめでとうございま~す、タケホープせんぱ~い」

 

 

 トレーナー達も口々に祝福の言葉を贈った。その言葉を受けてタケホープ先輩は笑みを浮かべつつ答える。

 

 

「ありがとうねぇ。今回は勝つことができたよぉ。うんうん、頑張った甲斐があったってもんさぁ」

 

 

 そのままタケホープ先輩は言葉を続ける。

 

 

「それでぇ、私が不人気の理由だったねぇ。まあ、今の光景を見ていれば分かると思うけどぉ」

 

 

 タケホープ先輩は苦笑いを浮かべていた。実際、こうして会話を成立させるのも少し難しいぐらいの歓声が今も響き渡っている。

 ボクはタケホープ先輩に尋ねる。

 

 

「も、もしかして、タケホープ先輩の現役中はずっとこうやったんですか?」

 

 

 ボクの言葉に、先輩は頷きながら答える。

 

 

「そうだねぇ。勝っても負けてもハイセイコーに対するコールが響いてたくらいだからぁ、相当なものだよぉ、ハイセイコーの人気はねぇ」

 

 

「た、確かに~これは凄いかも~」

 

 

「この中でレースするウマ娘達はさぞ辛いだろうな……」

 

 

 トレーナーの言葉に、タケホープ先輩は楽しそうに答える。ただし、その笑みは何となく邪悪さが際立っていた。

 

 

「何言ってるのさぁ神藤さぁん。こういう状況でハイセイコーを負かすからこそ楽しいんじゃないかぁ。1番人気のウマ娘を蹴落として1着を取った時の観客の鎮まる様子はたまらないさぁ。いやぁ、ダービーとか菊花賞の時は快感だったねぇ」

 

 

 なおもタケホープ先輩は楽しそうに笑っている。ボクもつられて笑みを浮かべた。ただし、かなり引き攣った笑みだが。内心タケホープ先輩に対する恐怖を抱く。

 

 

(こっっっっわ!?いつもそんなこと考えとるんかこの人!?)

 

 

 グラスも引き攣ったような笑みを浮かべている。トレーナーと沖野トレーナーは何とも言えない、複雑な表情を浮かべていた。それを受けてもなお、タケホープ先輩は楽しそうに笑っている。

 少し現実から逃避するように、ターフの上へと視線を向ける。ふと、ハイセイコー先輩と目が合った。向こうと視線が交錯する。

 すると、ハイセイコー先輩は楽しそうに笑みを浮かべた後、ボクがいる方向へと向かって何かをし始める。口元に指をやって、

 

 

「……ん。サービスだよ」

 

 

投げキッスをしてきた。思わずボクは固まる。

 会場に、一瞬静寂が訪れる。観客は事態を把握したのか、大歓声が湧き起こった。

 

 

「うおおおぉぉぉぉ!ハイセイコーの投げキッスだぁぁぁぁぁ!」

 

 

「い、今私に向かってやったわ!やったわよね!?やったって言いなさい!」

 

 

「何言ってんだ!俺に決まってんだろ!」

 

 

「自意識過剰も大概にしやがれ!俺だ!」

 

 

 ボクの周囲は誰に向かって投げキッスをしたのか大混乱となっていた。投げキッス1つでここまで観客を魅了するとは……。ハイセイコー先輩の人気っぷりに驚く。

 

 

「ホンマ……すごいな、ハイセイコー先輩の人気は」

 

 

 その言葉に、グラスが苦笑いを浮かべながらボクに告げる。

 

 

「多分だけど~、テンちゃんも直にこうなると思うよ~?」

 

 

「はは、そんなわけないやろ。ないない」

 

 

 同意を求めるように、ボクはトレーナーに視線を向ける。トレーナーは、確信めいた表情でボクに告げた。

 

 

「いや、多分同じぐらいの歓声が湧き起こるぞ。断言してもいい」

 

 

「……嘘やろ?」

 

 

「嘘じゃないよぉ。テンポイントもハイセイコーみたいになると私も思うねぇ」

 

 

「……」

 

 

 無言で沖野トレーナーの方へと視線を向ける。気まずそうに視線を逸らした後、沖野トレーナーは答える。

 

 

「……スマンテンポイント。否定できる材料がなにもねぇ」

 

 

 ボクは信じられない気持ちになる。だが、ボクに同意してくれる人はいなかった。

 ちなみにサマードリームトロフィーマイル部門はハイセイコー先輩がその人気に応えるように1着を取った。テイタニヤは悔しそうに歯噛みしていた。機会を見て励ましてあげよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから程なくして短距離部門も終わり、ついに中距離部門を迎える。練習もあって少し遅れてきたクインとマイル部門を終えてこちらへときたハイセイコー先輩も合流してレースを観戦することとなった。ハイセイコー先輩は変装している。まぁ先程の人気を考えたら当然のことかもしれない。

 タケホープ先輩が呟く。

 

 

「さてさてぇ、今回最注目の中距離部門だねぇ。みんなは誰が勝つと思うかぁい?」

 

 

 クインがいの一番に答えた。

 

 

「勿論私はトウショウボーイ様を応援します!」

 

 

「まぁクインはそうやろな」

 

 

「私は~カイザーちゃんかな~?メンバー的に厳しくても~やっぱり一番に応援してあげたいから~」

 

 

「私は同じチームのよしみでトウショウボーイだね。カブラヤオーも強いが、トウショウボーイも引けを取らない」

 

 

「俺はカブラヤオーだな。あのハイペース逃げにトウショウボーイがどこまで食らいつけるか……そこが焦点になるだろう」

 

 

「俺も誠司と同意見だな。カブラヤオーの逃げは常軌を逸している。トウショウボーイがどこまでついていけるか……だな」

 

 

 それぞれ誰が勝つかを予想し、その理由を添える。そして、ボクに矛先が向いた。

 

 

「テンポイント。君はどう思う?誰が勝つと思うかい?」

 

 

 ハイセイコー先輩にそう聞かれて、ボクは考える。

 やはり有利となるのはカブラヤオー先輩だろう。先輩は日本ダービーの2400mをあの破滅ともいえるペースで逃げ切った経験がある。ボーイも得意な距離ではあるが、あの破滅逃げの展開で脚を残せるかと言われると少々疑問が残る。だからボクはカブラヤオー先輩が有利だと考えていた。

 しかし、脳裏によぎるのはやはりあの時のカイザーの様子だ。もしかしたら……それを考えて、ボクはハイセイコー先輩の言葉に答える。

 

 

「カイザー……やと思います」

 

 

 ボクの答えに、みんな驚いたような表情を浮かべていた。代表してハイセイコー先輩がボクに尋ねる。

 

 

「意外だね。君ならトウショウボーイかカブラヤオーと答えると思っていたんだが……。理由を聞いても?」

 

 

 ハイセイコー先輩の問いにボクは答える。

 

 

「なんちゅうか、最近のカイザーの様子を考えたらもしかして……と思うたんです。それに練習頑張っとったみたいですし、勝つんやないかなって」

 

 

 できる限り怪しまれないようにボクはそう答える。みんなボクの様子を不思議に思っていたみたいだが、特に質問はしてこなかった。胸をなでおろす。

 

 

 

 

《それでは!サマードリームトロフィー中距離部門の選手入場となります!まず入ってきたのは……》

 

 

 

 

 会場のアナウンスとともに本バ場入場が始まった。みんなコースの上に注目する。

 何人かの入場があった後、ボーイが入場してきた。歓声が湧き起こる。それに応えるようにボーイは観客席に向かって手を振っていた。

 

 

「みんなー!応援よろしくなー!オレがぶっちぎってやるぜー!」

 

 

 いつもと変わらない様子にボクは笑みを浮かべる。みんなそう思っているのか、ボクと同様に笑みを浮かべていた。

 それから何人かの入場があり、最後にカイザーが入場してくる。……が。

 

 

「……あぁ、この日が来ましたか」

 

 

 すごい、とてつもなくダウナーな雰囲気を漂わせていた。嫌いなものばかりが目の前にあるような、自分の目の前で限定品が売り切れてしまったような、上手く言えないがとにかくダウナーな雰囲気を漂わせているカイザーにボクは戸惑う。

 それは観客の人達も同じなのか、歓声ではなく戸惑っているようなどよめきが広がっていた。ハイセイコー先輩がタケホープ先輩に尋ねる。

 

 

「……タケホープ。君はクライムカイザーに何をしたんだ?」

 

 

 ハイセイコー先輩の問いかけに、タケホープ先輩は頬を膨らませながら反論する。心外だとばかりに。

 

 

「カイちゃんにはぁ、私が特別レッスンをつけてあげただけさぁ。それをなんだぁい?私が悪いみたいに見つめてぇ」

 

 

「いや、間違いなく原因は君だろう!?今までの彼女とは別人じゃないか!?」

 

 

 しかし、ハイセイコー先輩の言葉を受けながらもタケホープ先輩は反論していた。

 グラスやクインも戸惑っているように呟く。

 

 

「何があったのでしょうか、クライムカイザー様……」

 

 

「カイザーちゃ~ん、本当に大丈夫~?」

 

 

 その言葉に、誰も答えることができなかった。それに、レースはまもなく出走となる。

 ボク達は不安を抱えながらも、サマードリームトロフィー中距離部門のレースを見守ることになった。




長距離とマイルは流しで。中距離部門は描写する予定です。
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