東京レース場のターフの上。今私はそこに立っている。響き渡る歓声を受けながら、私はただ立ちすくんでいた。
緊張を覚えながらも私は考える。
(あぁ……ついにこの日が来ましたか……)
サマードリームトロフィー中距離部門。激戦区とも言われているその場所に、私は今挑戦しようとしている。
今回の中距離部門はトゥインクルシリーズ時代に苦渋を舐めさせられ続けたボーイさんを筆頭に、チームの先輩であるカブラヤオー先輩も出走している。他の方々もすごいウマ娘達ばかりだが、この2人は特に突出しているというのが世間での評価だ。勿論、私はほとんど注目されていない。まぁ私の戦果なんてダービーのみ。それだけでも十分凄いのだが相手はクラシック2冠のカブラヤオー先輩に世代最強の1角と名高いボーイさんに比べたらあまりにも見劣りするだろう。
……2人のことを考えたら暗い感情が浮かんできた。強さに対する苛つき、観客の声を受けている姿への嫉妬、様々な負の感情を覚える。そこまで考えて、私は正気に戻る。
今、私はなにを考えていた?
(いけません!仮にも友達と先輩相手になんてことを考えてるんですか!?)
浮かんだ邪な考えを振り払うように頭を振る。だが、頭にこびりついたように離れない。ならばと、私は別のことを考えることにした。
(そうだ!これまで一生懸命頑張ってきたんです!それを思い出しましょう!)
このサマードリームトロフィー、私は勝つためにハダルで猛特訓をしてきた。それを思い出していく。脳裏に浮かぶのはこれまでの練習の日々……。
寒さに凍えそうな冬の日に滝行をさせられて川の向こう側が見えたこと
コースを整備するためのコートローラーで走れなくなるまで追い掛け回されたこと
腹を空かせた猛獣たちがいるサファリに置き去りにされたこと
その猛獣たちに追い掛け回されて本気で死が見えたこと
地面から何百m離れているかも分からない高所でバンジージャンプをさせられて失神しかけたこと
それが原因で高所恐怖症になりかけたこと
今となってはいい思い出だ……
「んなわけあるかぁぁぁぁぁぁ!?」
思わず私はそう叫んでしまった。出走する他の方々や観客の人達は突然叫んだ私を見て驚いたような表情を見せている。私は恥ずかしさを隠すように1つ咳払いをする。しかし、頭の中では先程の思い出に対しての言葉しか出てこなかった。
(ろくな思い出がないじゃないですか!?しかもこの原因を作ったのほぼタケホープ先輩ですし!?)
私は観客席でこのレースを見ているであろうタケホープ先輩のことを考える。
……まぁ、正直タケホープ先輩のことは嫌いではない。なんだかんだ優しいし、面倒見もいい。本当に嫌なことは絶対にやらないし、限界も分かっているのかキツい時はすぐに練習を止めてくれる。今までの練習も自信を持てない私の自信をつけさせるため、というのも少しは分かる。ただ、加減というものを覚えて欲しい。
邪な考えを振り払うために思考を逸らしたのに、先程よりも負の感情は増したような気がする。ただ、もうすぐ発走の時間だ。仕方がないので私はゲートへと入る準備をする。16人立ての7枠14番。外枠だ。後方でレースを展開する私にとっては都合がいい。
程なくして私の番がくる。ゲートへと入り、発走の瞬間を待った。脳裏によぎるのはレースのこと、観客のこと。色々だ。
(世間様はきっとボーイさんやカブラヤオー先輩が勝つと思ってるんだろうなぁ……。もしくは他の方々が勝つとか……。私に期待してくれている人なんていないんだろうなぁ……)
グラスさんが応援しに来ると言っていたので、グラスさんは私を応援してくれるだろう。グラスさん抜きにしても、私を応援してくれる人が1人もいないなんてことはさすがにないだろうが。それでもほとんどはボーイさんやカブラヤオー先輩だろう。
……そんな状況で。
(私が勝ったらどうなるんだろうなぁ。きっと、驚いたように静まり返って……)
その光景は、とても楽しいんだろうなぁ。そう考えて、私は正気に戻る。
(さっきから何考えてるんですか私は!?ハダルに戻ってきてからなんか考えがヤバい方向に行ってる気がするんですけど!?)
そんなことを考えていると、目の前のゲートが開いた。ゲートを開いたことを確認した私は急いで飛び出す……が、すぐに落ち着いた。
(私はいつも通り後方でレースを展開するだけです。多少出遅れても影響はありません)
さすがにレースに集中しよう。意識を前を走る方々に向ける。暗い感情は、発走しても消えなかった。
中距離部門に出走するウマ娘達が全員入場して各々ウォーミングアップをしている頃。ボクはターフの上でウォーミングアップをしながらもどこか上の空なカイザーを心配していた。
「カイザー、何かあったんやろうか……」
「心配だよね~。さっきのダウナーな雰囲気もあるし~」
グラスも同じ気持ちなのか、ボクに同意する。今も何か考え事をしているのかと思ったら急に頭を横に振りだした。何かを振り払うように。
ハイセイコー先輩が冷静に分析している。
「フム……。クライムカイザーは、どこか集中し切れていないね。何かあったのだろうか?」
「少し心配ですね……。体調面は問題なさそうなのですが……」
クインがそう告げると、突如としてカイザーは大声を上げた。
「んなわけあるかぁぁぁぁぁぁ!?」
「「「どゆこと!?」」」
突如として意味不明な言葉を発したカイザーに、ボク達は戸惑うしかなかった。トレーナー達も不可解な表情を浮かべている。
「一体全体、何があったんだ?クライムカイザーに」
「分からねぇ。ある意味不気味だな……」
そんなカイザーとは対称的に、ボーイは調子良さそうにしていた。枠番も2枠3番と、前でレースを展開するボーイには絶好の枠番だろう。カブラヤオー先輩は6枠12番の外枠。逃げの先輩にとっては少し不利な枠番だ。
色々あったものの、出走する子達が続々とゲートに入ってまもなく発走を迎えようとしていた。
《サマードリームトロフィー第4戦目。中距離部門がまもなく発走となります!最注目はやはりトウショウボーイとカブラヤオーの対決でしょう!》
《トゥインクルシリーズでは対決が叶わなかった2人。天を駆けると称されたトウショウボーイと狂気の逃げとも呼ばれたカブラヤオー、果たしてこの2人が戦った場合どちらに軍配が上がるのか?それがこのレースで分かります》
《勿論!この2人だけではありません!トゥインクルシリーズで華々しい活躍を収めたウマ娘達が出走の瞬間を今か今かと待ちわびております!激戦区である中距離部門を制するのは一体どのウマ娘か!?サマードリームトロフィー第4戦中距離部門が今……》
ゲートが開いた。
《スタートです!》
激戦の火蓋が切って落とされた。
まず最初に飛び出して先頭に立ったのは、やはりカブラヤオー先輩だった。外枠という不利を背負わされながらもいの一番に飛び出いて先頭に立つ。ボーイはその後ろについていた。
《さぁ7番と14番クライムカイザーが少し出遅れましたサマードリームトロフィー中距離部門が幕を開けます!先頭に立ったのはやはり12番のカブラヤオーだ12番カブラヤオーが外枠という不利ながらも全速力で先頭を取りにいきます。ハナを取ったのはカブラヤオー。その後ろに控えるように3番トウショウボーイが早々に2番手の位置につけました。トウショウボーイはこの位置だ》
《飛び出したのはやはりカブラヤオー。破滅逃げとも称される彼女の逃げにトウショウボーイはどう対処するのか、気になるところでありますね》
ハイセイコー先輩がレースを見ながら呟く。
「今回の中距離部門、カブラヤオー以外の逃げウマ娘はいない。彼女の一人旅となるか、それとも誰かが待ったをかけるか……」
「カブラヤオー様の逃げに付き合えば先に倒れる……かといって対策をしなければそのまま逃げ切られる……これほど厄介な相手はおりませんね」
「言葉にしてみると、やっぱとんでもねぇなぁカブラヤオーは」
沖野トレーナーがそう締める。ただ、ボクは別のことを考えていた。その視線の先には、最後方で控えているカイザーがいる。
(ホンマにどうしたんやろうか?カイザー……。何もなければええんやけど……)
頭には嫌な予感がよぎっている。怪我とか、そういうことにはならなそうだが……。
レースは第1コーナーへと入る。レースは縦長の展開を見せていた。
《各ウマ娘が第1コーナーへと入ります。先頭に立って走るのは12番カブラヤオー。今日も破滅的ともいえるペースで逃げていますカブラヤオー。そうさせているのは2番手を走るトウショウボーイが原因でしょう。3番トウショウボーイがカブラヤオーをマークするように2バ身程離れた位置をキープしております》
《カブラヤオーをそのまま逃げさせるわけにはいかないと直感しているのでしょう。スタミナ勝負へと持ち込もうと考えているのかもしれません。ここで心配となるのはトウショウボーイ自身が果たして最後まで持つのかというところでしょう》
《3番トウショウボーイから1バ身開いて内から1番と5番、外から8番が並びかけてきました。3番トウショウボーイを含めたこの4人が先頭集団を形成しております。この4人が12番カブラヤオーの逃げに付き合う形をとっております。そこから3バ身程離れて最内に2番、その外11番、後ろに控えるように4番と16番がおります。この4人が中団を形成する形。最後方は後方集団から3バ身離されてクライムカイザーがポツンと1人走っております》
果たしてここからどうなるのか。中距離部門の戦いはまだ始まったばかりだ。
最初に飛び出したのは、やはりというかカブラヤオー先輩。何か叫びながら飛び出して、すぐに先頭に立った。
「ヒィィィィィ!?に、逃げなきゃ!早く逃げなきゃァァァァァ!?」
そう叫びながら先頭に立っていた。毎度思うが、あんな逃げで良く最後まで持つものである。
私はというと、いつもと変わらず最後方でレースを展開している。前の方を窺いながらどういったレースになるかを考えていた。
(カブラヤオー先輩が先頭に立ったのはまぁ当然として……ボーイさんがそれにピッタリとくっついていますね。それに気づいてかカブラヤオー先輩は早いペースで走っている……)
つまるところ、今回のレースはかなりのハイペースになる。私はそう予想した。
スタンド正面を抜けて第1コーナーへと入ろうというところ。ここまでくると集団が形成され始めてくる。先頭を走るカブラヤオー先輩。そこから少し遅れてボーイさん。私はポツンと1人最後方だ。別についていけないわけではない。少しの安心感を覚えながら私は走る。
(思ったよりも大丈夫ですね。このまま最後方で走りましょう)
最後方から捲るためにも足をしっかりと残しておかなければならない。ここで重要となってくるのは仕掛けるタイミングだ。
私はトップスピードが他の人に比べて特段早いわけではない。そんな私がドリームトロフィーリーグの猛者達を抜かすためには、きっとロングスパートが必要になる。タケホープ先輩も、それが分かってか私にはスタミナ中心の練習を組んでいた。後は……。
(仕掛けどころを見誤らないこと……。それが一番大事ですね)
仕掛けどころを間違えたら、私は間違いなく負ける。そうならないためにも、ベストなタイミングを計ることに全神経を集中させる。
……きっとここにいる人達は、こんなに試行錯誤しなくても実力を発揮できれば勝てるような人達ばかりなのだろう。何かしらの武器を持ってトゥインクルシリーズで結果を残し続けた人達だ。そうに違いない。
対して、私には何がある?ボーイさんのような天性のスピードもなければ、グラスさんのような類まれなるスタミナもない。テンポイントさんのように全てがバランスよく整っている上に前での勝負強さがあるわけでもなければ、カブラヤオー先輩のように破滅的ペースを逃げ切るだけの身体もない。
……嫌になる。本当に嫌になる。羨ましい、妬ましい。そんなドス黒い感情が私の心に渦巻く。そして、また正気に戻る。私は、レース中にも関わらず動揺する。
(また……!本当にどうしたんですか、私は!?)
ハダルに戻ってきてからというものの、ずっとこんな調子だ。トゥインクルシリーズの時は、羨ましいとは思っても妬ましいとまでは思わなかった。本当に、私に何が起きているのだろうか?
……いっそ、この気持ちを解放して走ってみるか?そんなことを考えるが、さすがに思いとどまる。何となく戻れなくなるような気がして止めた。
第1コーナーを曲がっている途中。私は前を走る後方集団から4バ身程離れた位置をキープする。彼女達の一挙手一投足に注目しながら走る。
(カブラヤオー先輩、かなり飛ばしていますね。それにつられて、後方集団までもが普段よりも早いペースで進んでいます)
それだけボーイさんを警戒しているのかもしれない。ボーイさん自身、スタミナに不安は残るものの、テンポイントさんと2500mを競り合った。スタミナがないわけではない。そのことに苛立ちを覚えるが、私は冷静にレースを見極める。
勝負は第2コーナーへと入った。
ライブで新しいウマ娘の発表があるか。そしてオペラオーのOVAの続報があるか。最後に未だに名前が公開されていないあの2人の名前が公表されるのか。楽しみです。