《各ウマ娘が第1コーナーを回って第2コーナーへと入っていきます。先頭を走っているのは依然として12番カブラヤオー。カブラヤオーがかなりのペースで飛ばしておりますペースを握っているのはカブラヤオーだ。その後ろ2バ身離れた位置をキープしているのは3番のトウショウボーイ。トウショウボーイがカブラヤオーをピッタリとマークしている形だ。しかしトウショウボーイ自身もかなりのハイペース》
《カブラヤオーのハイペースもおそらく後続に控えているトウショウボーイのマークがあってこそのものでしょう。トウショウボーイはカブラヤオーを楽に逃げさせないためにずっとつかず離れずの位置をキープしています。これは前を走るカブラヤオーからすればやりにくいでしょうね》
《そして2番手トウショウボーイから遅れること2バ身の位置に1番と5番、その外に8番がおります。この4人が先頭集団なのは変わらず。後方から追い上げて中団は今5人になりました。先頭集団から離されること3バ身の位置に中団を5人で形成しています。最後方は変わらずクライムカイザー。後ろで気ままな一人旅。これもまた彼女の作戦なのか?気になるところ》
サマードリームトロフィー中距離部門。第2コーナーに入って向こう正面に抜けようというところ。先頭は大方の予想通りカブラヤオー先輩が逃げ、それをボーイが追う形だ。ボクはレースを観ている。
クインが顎に手をやりながら呟く。
「やはり、トウショウボーイ様はカブラヤオー様にスタミナ、どちらかと言いますと根性勝負を持ちかけましたね」
「まぁ、実際カブちゃんに勝とうと思ったらそれしかないからねぇ」
「破滅的ともいえるペースの逃げ……。普通のウマ娘が同じことをすればまず間違いなく潰れてしまう狂気のラップ。それを可能にしているのは彼女の恵まれた心肺機能と走りに耐えうるだけの肉体があったから……だろうね」
ハイセイコー先輩がそう締めた。
実際のところ、カブラヤオー先輩に勝つとなったら根性勝負に持ち込むしかない。先輩は他のウマ娘と競り合うことを嫌うという関係上、絶対に先頭に立って逃げる。そして、そのまま自分の能力をフルに活かして最初から最後まで全力疾走。これがカブラヤオー先輩の勝ちパターンだ。破滅的ペースで逃げる先輩を追わなければいいだけの話なのだが、そうなったらカブラヤオー先輩は速度を抑える。楽なペースで逃げるだろう。逃げウマ娘を楽に逃げさせたらどうなるか。それはジョージが証明している。
だからこそ、取られた対策はカブラヤオー先輩に競り合い続けて彼女の脚とスタミナを削ること。つまるところ根性勝負に持ち込むことである。実際、クラシックレースである皐月賞と日本ダービーではこの作戦をとるウマ娘がいたと聞いている。
……だが、ここで発揮されるのがハイセイコー先輩が言った強靭な心肺機能とそれに耐えうるだけの肉体だ。カブラヤオー先輩は競りかけられて皐月賞と日本ダービーを凄まじいペースで逃げていたものの、最終的に競り勝っている。しかも、レース後に故障すら起こすことなく。あまりの頑丈さにボクは少しばかりの畏怖を覚えた。
競り合わなかったら逃げ切られる。競り合ったらほぼ確実に負ける。カブラヤオー先輩は、まさにそんなウマ娘だ。
ただ、そんな先輩にも弱点はある。タケホープ先輩がその弱点を指摘した。
「だけどぉ、カブちゃんは左回りが苦手なんだよねぇ。それがどう響くのかぁ……気になるところではあるねぇ」
「そうなんですか~?でも~左回りのダービーを勝ってますよね~?」
グラスの質問に、タケホープ先輩は嘆息しながら答える。
「まぁ、悪いとは思うけどぉ、あの時点でカブちゃんと競り合って勝てる子なんていなかったからねぇ。レベルが低いとは言わないけどぉ、カブちゃんだけ突き抜けた強さを持ってからねぇ。あの時点で勝てるとしたらぁ……」
「それこそ、ガビーくらいのものだろうね。もっとも、ガビーはティアラ路線だったからクラシックレースには出走していないけど」
「だねぇ。共同通信杯もあわやだったからねぇカブちゃんはぁ。それにカブちゃんはぁ、トウショウボーイやテスコガビーみたいに突き抜けた速さを持っているわけじゃないからねぇ。前回のドリームトロフィーもぉ、ハイセイコーに最後抜かされたからねぇ」
「そんなこともあったね。あんまり思い出したくないレースだけど……」
「何があったんです?」
ボクは気になってハイセイコー先輩に尋ねた。ハイセイコー先輩は答えてくれる。
「私もトウショウボーイと同じ作戦を取った。カブラヤオーのすぐ後ろに控えて最後の直線で抜く作戦……。だが、彼女のペースは本当に驚異の一言だね。何とか最後にクビ差で勝つことはできたけど、レース後は観客に対してパフォーマンスをする余裕もなかったぐらい息も絶え絶えだったさ」
ハイセイコー先輩の言葉に、タケホープ先輩がからかうように告げる。
「まぁ、元々ハイセイコーはスタミナがあるわけじゃないからねぇ。2000mとはいえど、良くカブちゃんに勝ったもんだよぉ本当にぃ」
「当たり前だ。私にも意地がある」
「そうだねぇ。現役時代、散々私に苦渋舐めさせられたものねぇ?私の後輩であるカブちゃんには負けられないよねぇ?」
「うるさいよ!というか、結果的に私が勝ち越してるだろ!」
「とったG1の数はぁ、私の圧勝だけどねぇ?」
「喧嘩売ってるんだな?いいだろう、その喧嘩買ってやろうじゃないか!」
「お、落ち着いてくださいハイセイコー先輩!?こんなとこで喧嘩せんでもええやないですか!?」
ボクがハイセイコー先輩を宥め、クインとグラスがタケホープ先輩を止める。焦ってはいたが、ハイセイコー先輩の意外な一面を見れてちょっと得した気分になった。
気分が落ち着いたのか、ハイセイコー先輩は落ち着いた口調でボク達に告げる。
「まぁ、カブラヤオーは確かに強いかもしれないが勝てないなんてことはない。無尽蔵に思えるスタミナも必ず底があるし、勝算は十分にあるさ」
「そのことはぁ、前回のドリームトロフィーの中距離でハイセイコーが勝ったことが何よりの証明だねぇ。カブちゃんは無敵じゃない、必ず付け入る隙はあるさぁ」
「そういうことさ。さぁ、レースの続きを見ようじゃないか」
そう言われて、ボク達はレースを観る。状況は1000mを通過したところだった。
《さぁ最初の1000mを通過しました!タイムは何と58秒1!日本ダービーよりも早いペースで駆け抜けております先頭12番カブラヤオー!これに付き合うのはトウショウボーイだ!後ろで控えるのを止め、1バ身に差を詰めております3番トウショウボーイ!トウショウボーイがカブラヤオーと競り合う形を取る!》
《やはり逃げさせないためにも差を詰めてきましたね。これがどう転ぶのか気になるところ》
《やはりハイペースの展開となりましたサマードリームトロフィー中距離部門!ここから一体どういった展開を見せるのか非常に気になるところ!手に汗握る戦いになること間違いなしでしょう!》
多分だが、観客の人達は先頭を走るカブラヤオー先輩とボーイに注目しているだろう。そんな中でボクは、依然として最後方で走るカイザーのことが気になって仕方なかった。見た感じ、どこか集中し切れていない彼女が心配になる。
「……大丈夫なんか?カイザー」
思わずそう呟いてしまった。レースは進んでいく。
第2コーナーを抜けて向こう正面へと入る。オレは今2番手の位置でカブラヤオー先輩に競りかけてきた。向こうはオレが隣に来ないように必死に逃げている。
「こここ、こないでェェェェェェ!どっかいってよォォォォォ!」
「無理ですね!オレだって勝つ気で走ってますんで!」
「ヒィィィィィ!?」
とは言ったものの、オレは初めて体感するカブラヤオー先輩の破滅逃げに内心舌を巻いていた。一応、ハイセイコー先輩から気をつけろとは言われていたものの、実際に体感するとそのヤバさが分かる。
(なんつーペースで逃げてるんだよ!テンさんの逃げとも、他の逃げとも違う!これで最後まで持つんだから本当にやべぇよ!)
ただ、ついていくことはできる。果たして最後まで脚が持つかは分からないが、絶対に持たせてやる。そう意気込んで走っている。
そんな時ふと、カイザーのことが頭に浮かんだ。なんというか、レースが始まる前からどことなく上の空というか、集中し切れていない感が凄かったが大丈夫だったろうか?そう考えるが、レース中に他人の心配をする暇はないだろう。すぐに思考を切り替えてカブラヤオー先輩を見つめる。
すでに向こう正面の半分は過ぎて、残り1000mを示すハロン棒が見えてきた。オレはより一層気合を入れる。
(記念すべきドリームトロフィーリーグ移籍後初のサマードリームトロフィー!負けるわけにはいかないぜ!)
カブラヤオー先輩は特にバテた様子を見せていない。だが、このペースを維持すれば最後の直線に入る頃には必ずバテる。オレはそう確信していた。何故なら、先輩の日本ダービーがそうだったから。あれから多少スタミナがついたと言えど、日本ダービー以上のハイペースだ。必ず最後の直線で力尽きはずだ。そしたら、オレが直線で抜いて1着を取る。そう考えた。
後続のことが頭によぎるが、特に心配はないだろう。後続もオレたちのハイペースにあてられてか、かなりのペースで飛ばしている。こちらも、最後の直線に入る頃にはバテている可能性が高い。
(まぁ、オレもバテてる可能性の方が高いけどな……ッ!それでも、絶対に負けらんねぇ!)
根性勝負になったら勝てる。それだけの自信はある。オレはそう考えながら第3コーナーを曲がっていった。
向こう正面に入って、私はいまだに最後方に控えている。前との差はさらに開いて5バ身程。私は最後方で一人旅をしていた。
別に追いつけないとかそういうわけではない。むしろ、レースに関係ないことを考えているのに追いつけるだけの余裕がある。
私は頭の中にこびりついている嫌な考えを必死で振り払おうとする。レースの最初から頭から離れない、他の方々に対する嫉妬の感情。自分の目で前を走る方々を見る度にその感情は強くなっていた。
羨ましい、妬ましい、うらやましい、ねたましい……そんな考えばかりが浮かんでくる自分の頭を怒鳴りつけながら閉じ込める。まあ、結局無意味に終わってるからこそいまだにこんな気持ちのまま走っているのだが。
(本ッ当に……!なんでこんな気持ちになりながら走らなきゃいけないんですか!?)
過去最悪の気分だ。本当に、勘弁してほしい。一体全体自分に何が起こっているのか?そんな考えも浮かんでくる。
……前を走る子達に対する嫉妬の感情が増えてくるのと同時、今度は憎悪が湧いてくる。主に、無茶な特訓を課してきたタケホープ先輩に対する。
(あいつは私のため~とかいつも言ってますけど……ッ!絶対楽しいからって感情も入ってるでしょう!?あいつはそういう人だから!)
というか、トレーナーもトレーナーだ。タケホープ先輩の暴挙をほとんど止めることはない。微笑ましいものを見る目でしごかれている様を見るだけだ。あの表情が頭に浮かんできて、さらに怒りが湧いてくる。
(何が……ッ!青春だね~、だ!目ん玉ついてるんですか!?のほほんと静観しやがって……ッ!)
私の頭の中に、どんどんと負の感情が湧き上がってくる。才能に対する嫉妬、先輩に対する憎悪、トレーナーに対する憤怒、どんどんと湧いてきた。
その矛先は、前を走る奴らに対しても向けられる。キラキラしていて、眩しく見えた。その眩しく見える姿に、私は憎悪を募らせる。
(羨ましいですねぇ……。私も、そんなキラキラした気持ちで走りたいですねぇ……)
もっとも、無理な話だが。何故なら、その姿を見るだけでどんどん負の感情が湧いてくるのだから。その気持ちを閉じ込めようとして、気づく。
……というか、なんで私は我慢しているんだ?別に、我慢する必要なくないか?この気持ちを解放して、楽になった方が良くないか?というか、その方が走れるんじゃないか?
(あぁ、もう……どうでもいい。そもそも、こんな状態で走ったところで勝てない……。だったら……)
勝つためには、こいつら全員ぶち抜いて勝つためには、この気持ちを解放して走った方がいいんじゃないか?
そうだ。勝つためにはこれこそが最良だ。何故他者を慮る必要がある?私が無事に勝てば、ルールを侵さなければそれでいい。前を走る奴らも、この走りをした後にごちゃごちゃ抜かしてくる世間様も、何も考える必要はない。
そこからの私の行動は早かった。向こう正面の半分を過ぎた辺りで、私はペースを上げる。内を走ることを意識して走った。勿論、前には私よりも前を走る奴らがいる。私はその後ろにつけた。
だが、今はここで良い。勝負は第3コーナーを過ぎてからだ。今はあくまで差を詰めるだけ。第3コーナーを過ぎたら……。
(進軍を始めますか……ッ!)
全ては勝利のために。私はそう考えながら向こう正面を走っていく。
そして迎えた第3コーナー。私は予想していた展開を迎える。
(そりゃそうですよねぇ!先頭の2人にあてられてハイペースで走ってるんですから、想像以上に脚に来てますよねぇ!)
前を走る奴らのペースが下がってきた。そして、私は一瞬の隙も見逃さないように意識を極限まで集中させる。
前を走る奴が外にヨレる。ほんのわずかにヨレた。だが、私はその隙を見逃さない。前の奴が外にヨレるのと同時、私はそこに進路を取った。
「へ!?い、いつの間に!?」
そんな声が聞こえたが、どうでもいい。所詮雑音だ。気にする必要はない。私はペースを上げて前へ前へと進む。
一歩間違えれば斜行をとられかねない進路だ。そんなことは重々承知している。だが、問題はない。私ならできる。いや、
(私なら、できて当然だ)
恐れずに、ただ最短のルートを通って私はどんどん順位を上げていく。
第3コーナーを過ぎようとしていた。
おや?クライムカイザーの様子が……?
メジロラモーヌ……だと!?