私とテンポイントとの併走という名の模擬レースが終わってから数日が経ち、現在私は生徒会室で暇を持て余していた。
「うーん、暇だねぇ……。ガビーも他の役員の子もいなければ仕事も終わってしまっている。けど散歩という気分にもならないし……。どうしたものか」
すでに本日分の業務は終了、他の役員は出払っているので私一人だけが生徒会室に残っているので大好きなおしゃべりもできない。困ったものだ。
そんな私の脳裏にふとよぎったのはこの前のテンポイントとの模擬レースのことである。
「しかし、成程ね……。あれがテンポイントか……」
確かに彼女は面白い人物だった。そして暇を持て余していた私は目を閉じて思い出の海の中へと潜る。思い出すのは模擬レースに至るまでの経緯だ。
元々私はテンポイントというウマ娘に対して最初から興味を持っていたわけではない。リギルの新入部員であるトウショウボーイがちょくちょく話題に挙げてはいたので名前だけは知っている状態だった。そんな彼女に興味を持つきっかけになったのは彼女のトレーナーの存在である。
神藤誠司。トレセン学園のトレーナーの中でも用務員でありながら中央のライセンスを取り理事長の要望でトレーナーと用務員を兼業するようになったという経歴の持ち主。これだけなら仕事をしていくうちに興味を抱いてトレーナーという職に就きたくなったと言えるだろう。だが彼を知る人物ならそれだけはないとはっきりと言える。
なぜなら彼はトレセン学園で仕事をしていながらもウマ娘のレースというものに全くと言っていいほど興味を持っていなかったからである。本人に聞いたところによると就職してから一度も見に行ったことがないらしい。私はそんな稀な人がいるのかと戦慄した覚えがある。見に行かない理由を本人に聞いたことがある。すると彼はこう言っていた。
『あんまり興味がねぇんだよなぁ。それよか仕事をしている方が楽しいし』
……ここまで興味がないといっそ清々しさすら感じた。まあちゃんと趣味と呼べるものはあると言っていたのでただ仕事し過ぎで頭がおかしくなったわけでもないからそれ以上何かを言うことはなかったが。
そんな彼がトレーナーになったと聞いた時には驚いた。しかもとてもまじめに取り組んでいると聞いてさらに驚いた。なんなら学園の図書室にあるレース映像を片っ端から見ている姿すら確認されている。今までウマ娘のレースに興味のきの字もなかった彼がどうしてここまで変わったのか気にならないはずがない。
そこから私の行動は早かった。神藤誠司がレースに興味を持ったきっかけを探るために自身のトレーナーをはじめ、友達や友達のトレーナーづでに情報を集め一つの結論へと辿り着く。それがテンポイントというウマ娘だった。全く興味を持っていなかった彼をレースの世界へと引き込んだ子。関心が湧かないわけがなかった。ぜひともその走りを間近で体験したい、そう思った。
だが、ここで邪魔をしたのが私の生徒会長という役職だ。全生徒の模範となるべき存在である私は個人的な欲求で動くことはあまり好ましいことではない。なので個人で動くのではなくチームとして動けばいいと考え、東条トレーナーに彼女と併走させてくれないかと頼んだことがある。だが、
『ダメよ。その子はまだジュニア級の子なんでしょ?実力があるのは分かるけど、あなたとの併走なんて認められないわ』
とあっさりと断られてしまった。東条トレーナーの言っていることも分かる。なのでその場は大人しく引き下がることにした。だが、私はテンポイントと併走することを諦めてはいなかった。
自分のトレーナーが駄目なら相手の方から崩す。そう思った私は神藤さんにコンタクトを取ることにした。丁度良くその時期に設置してあった学園のご意見箱の開封日が近かったので、寄せられた意見をもとに我々生徒会ではできない作業があるという名目で彼を呼び出す。そして多少強引ではあったが私は彼の仕事について行くことに成功した。
仕事をしている最中も世間話として今のトレーナーの仕事は充実しているかと聞いてみた。すると彼は笑いながら答えた。
『充実しているよ。まさか自分がここまでトレーナーとしての仕事に取り組むなんて思ってもみなかったけどな』
……まさかここまで変わっているとは思わなかった。そして彼は私が話したいことがあることが分かっていたらしく、その日の最後の業務の時に話を切り出してきた。私は自分の考えを直接ぶつける。
『簡単な話だ。君のところのテンポイントと並走させてもらいたいのさ。自分にはできなかったことを簡単に成し遂げた走りを間近で感じたい。そう思うのは当然だろう?』
結果としてこの提案はその場では成立せずに終わってしまう。確かに東条トレーナーの許可がなければできないから仕方ないと言えば仕方ないが。しかし、彼は別れ際に
『ハイセイコー!いつになるかは分からんが、俺の方からも並走の件は頼んでみるよ』
と言ってくれた。やるといったことは必ずやり遂げる彼のことだ。いつかテンポイントとの併走を実現させてくれるだろう。後はその日が来るのを待つだけだ。
そしてついにその日が来た。東条トレーナーがテンポイントと併走する約束をしたというのだ。私はすかさずに立候補する。だが、トレーナーは私を窘めるようにその立候補を断った。
『ハイセイコー、前にも言ったけどあなたがテンポイントと併走することは認められないわ。聡明なあなたなら分かるでしょう?』
だが、私はその意見に反論する。もうこの機会を逃せば彼女と走ることは叶わないだろう。だから精一杯抵抗した。
『けど東条トレーナー、彼女たちが望んでいることは強者との経験。ならばここは学園トップクラスの実力を持つ私が一番ふさわしいんじゃないかな?』
『確かにそうね。けど物事には限度ってものがあるわ。ジュニア級の彼女に最強格のあなたをぶつけるわけにはいかない』
『でも、私が出た方が彼女たちは嬉しいんじゃないだろうか?噂で聞いたことがあるよ、彼女たちの目標は私を超えることだってね。なら超えるべき相手の実力を知っておくのが彼女たちのためにもなるんじゃないかな?』
『……今回はしつこいわね、ハイセイコー。あなたの何がそこまでさせるの?』
東条トレーナーの疑問に私は答える。
『決まっている、彼女に興味が湧いた。私はその機会を逃したくない、それだけです』
『……』
私は一歩も引く気はない。なんとしてでも彼女と走る権利をつかみ取って見せる。
長い沈黙の後、東条トレーナーは口を開く。
『……分かったわ、今度の併走はハイセイコー、あなたに出てもらいましょう』
許可をもらえた。その瞬間私の心は歓喜に震える。東条トレーナーに感謝の言葉を述べる。
『ありがとうございます、東条トレーナー』
『こうなったあなたは一歩も引かないって分かっているもの。許可するしかないでしょう……』
呆れ口調でトレーナーはそう答える。だがなんにしてもこれで彼女と併走ができる。彼を魅了したその走り、是非とも見せてもらおうじゃないか。
そして模擬レース当日。私は少し遅れて練習場へと着いた。先に着いていたテンポイントの姿を確認する。私が彼女に抱いた印象は華奢な子、そう思った。
ひとまず私は遅れたことへの謝罪の言葉と簡単な自己紹介をする。彼女は私の姿を見た時に併走の相手が私と知って震えていた。それも仕方がないだろう。強い相手とのレースと聞いていたがまさかそれが学園最強クラスとは夢にも思わないから。私も彼女の立場になってみたら同じ反応になるかもしれない。いや、私の場合は楽しみで震える方かもしれないが。
併走、というよりは模擬レースという形がとられるようになった今回、スタートの合図が切られると私はテンポイントの後ろへとつく。後ろからプレッシャーをかけるため、彼女の走りを観察するためだ。時折彼女にささやきかけて揺さぶりをかけてみるが、余裕はないのか言葉は返ってこなかった。それだけいっぱいいっぱいなのだろう。
レースは淀みなく進んでいき第3コーナーの手前まで来た。その時私の頭の中に生まれたのは落胆の感情。裏切られたような気持ちになった。理由は単純だ。彼女の走りは私の予想の域を越えなかった。どこにでもいる普通のウマ娘と何ら変わらない。確かにジュニア級というくくりで見れば実力は抜きんでているだろう。だがそれだけだ。なぜ彼が惹かれたのか。その理由は分からなかった。
(もういい。さっさと終わらせてしまうか)
第4コーナーを超えた時、私は少しばかり本気を出す。テンポイントは驚いたような表情をしていたがもう私の中で彼女への興味は消えかけていた。私が勝手に期待していただけなのだが、所詮この程度か。このレースは無意味だったかもしれないと。
だが第4コーナーを回ってしばらく経った後、突如私の身体に悪寒が走った。一体何だと思って視線を後ろの方に向けると
(バカな……!息を吹き返しただと!?)
テンポイントがすぐ近くにまで迫っていた。おかしい、そんなはずはない。彼女はあのコーナーで終わったはずだ。体力も尽きかけて脚も残っていない。あそこから追いつける要素はなかったはずだ。だが、現実は私の近くへと彼女は来ている。
瞬間、私の中で消えかけていた彼女への興味が一気に戻ってきた。次に湧き上がったのは楽しいという感情。まさか模擬レースで楽しいと思えるとは!
(訂正するよテンポイント……!キミは凡百のウマ娘ではない、間違いなくこちら側のウマ娘だ……!)
こちら側、シンザン先輩に代表されるような時代を創るウマ娘。私は彼女の走りにそれを感じた。思わず私は本気を出して走ってしまう。テンポイントはさすがに限界だったのかもう追いついては来なかった。
結果は私が5バ身差離しての勝利。そしてテンポイントは全力を出し尽くしてしまったのか倒れたまま起き上がることができないでいる。だが、すぐに神藤さんが駆け寄ってきて彼女を支える。彼はお礼を言ってきたが、元々は私の我儘を叶えてくれたのだ。お礼を言うべきは私の方だろう。
会話もそこそこに彼は後から来た東条トレーナーと話すことがあるのと私はクールダウンする必要があるのでその場を離れる。近くまで来たトウショウボーイにクールダウンの相手をしてもらいながら彼女と会話をする。
『トウショウボーイ、キミのライバルは強いな。思わず本気を出して走ってしまったよ』
するとトウショウボーイは我が事のように喜んでいた。
『へへ、でしょ!オレの自慢の親友ですから!』
テンポイントは確かに強かった。だが、潜在能力で言えばトウショウボーイも勝るとも劣らない実力がある。入部したての頃は身体の成長に他の部分がついてこれなかったことからあまり無理なトレーニングはできないでいたが、東条トレーナーが懸命に彼女のサポートをしてきたおかげで大きな怪我をすることなく身体を仕上げることができた。このままいけば彼女はクラシックを制することができるだろう。そう思わせてくれるほどの才能がある。これからが楽しみな可愛い後輩だ。
トウショウボーイとテンポイント、彼女たちが激突した時どちらが勝つかは分からない。しかしそのレースは間違いなくトゥインクルシリーズの歴史に刻まれるようなレースになるだろう。そう予感を感じた。
「……!……長!会長!起きてください、会長!」
私の意識は浮上する。いつの間にか眠っていたらしい。ガビーも戻ってきていた。
「ん……やぁ、ガビー。すまないね、考え事をしていたらいつの間にか眠っていたようだ」
「珍しいですね。会長が生徒会室で眠っているのは」
「まぁね。今回が初めてだよ」
そう言って私は伸びをする。座ったまま眠っていたせいか派手に骨が鳴る。するとガビーがこちらに質問してきた。
「会長、一つよろしいでしょうか?眠っている時笑顔を浮かべていましたが、何か嬉しいことでも?」
どうやら寝ている時、私は笑っていたらしい。このまま素直に答えるのもいいが、私の中の悪戯心が働いた。
「おや?ガビーは寝ている私をすぐには起こさず、寝顔を堪能していたのかな?悪い子だ、ガビー」
すると彼女は顔を赤くして反論する。
「わ、私は会長がお疲れで、起こすのも忍びないと思ったからであって……!」
相変わらず面白い反応をしてくれる。だが、今回はすぐに本当のことを教える。
「冗談だよ。とてもいい夢を見れたからね、そのせいかもしれない」
「夢……ですか?」
「そう、これからのトゥインクルシリーズが楽しみになる……そんな夢さ」
私の言葉にガビーは不思議そうに首をかしげる。しかし私はそれ以上詳しいことは語らずに彼女にお茶をふるまい談笑を始める。胸の中にこれからのトゥインクルシリーズがより一層盛り上がることへの期待を抱いたまま。
次回はついにトウショウボーイとグリーングラスのデビューのお話になると思います。例のごとくプロットは書いてないので変わる可能性もありますが。