用務員としての仕事が休みだったので朝からトレーナー室でテンポイントの練習メニューについて考えいた時、インターフォンの音が響いた。
(この時間に珍しいな?誰だ?)
そう思いながらも俺は返事をする。
「はーい、どうぞー」
そう返事をすると、扉を開けて誰かが入ってくる。その人物はたづなさんだった。扉から顔だけ覗かせるようにこちらを見ている。
その態度に少し疑問を感じながらも俺はたづなさんに尋ねる。
「どうしたんですか?たづなさん。俺に何かご用でも?」
「はい……。そのことなんですが神藤さん、デッドスペシメンという方があなたにぜひお会いしたいと」
聞き覚えのない名前に俺は疑問を浮かべる。ただ、別に断る理由もなかったのでその申し出を承諾した。
「……デッドスペシメン?まぁ急ぎの用事もないので大丈夫ですけど」
「そういうことでしたら。どうぞ、デッドスペシメンさん。こちらが神藤さんのトレーナー室となっております」
「ありがとうミスたづな!助かったよ!」
どうやら外で待たせていたらしい。たづなさんはデッドスペシメンを案内していた。そのお礼か、デッドスペシメンはたづなさんに抱き着いている。たづなさんは突然の行動に狼狽えていた。ただ、我に返ったのか社交辞令の挨拶を交わしてその場を後にした。トレーナー室に俺とデッドスペシメンだけが残される。
部屋に入ってきたデッドスペシメンというウマ娘は、一言で簡潔に言うのであればデカい。その一言に尽きる。俺や沖野さんよりも高い身長、190は超えているだろうか?金色にところどころ赤が混じったロングヘア、ウマ娘を象徴するウマ耳に尻尾。荷物としてか鞄を下げていた。ただ、雰囲気としては身長の高さを感じさせない、親しみやすい印象を受ける。今も人懐っこそうな笑みを浮かべていた。
PCを利用してデッドスペシメンのことを調べながら俺は彼女に尋ねる。
「それで、デッドスペシメンさん……でしたか?私に何かご用でも?」
「敬語はいらないよミスター神藤。お互いにフレンドリーにいこうじゃないか!」
「……そういうことなら、お言葉に甘えて。それで?何の用だ?」
俺の質問にデッドスペシメンは満面の笑みで答えた。
「決まってるさ!君はあの<流星の貴公子>のトレーナーだろう?彼女は私のチームでは大人気でね!そのトレーナーがどんな人物なのか、気になっているのさ!」
「テンポイントがアメリカのトップチームでも人気か。そいつは嬉しいな。彼女のトレーナーとしても鼻が高いよ。とは言っても、俺自身はただの一般トレーナーだけどな」
「そんなことはないさ。どんなに素材の良い鉱石でアクセサリーを作っても、加工する人間が三流だったら出来上がるのは三流の品物。テンポイントという素材が今こうして光り輝いているのは、君という存在が大きい。チーフはそう言っていたよ」
「そう言うことなら、素直に受け取っておくよ。ありがとうデッドスペシメン」
「デッドで構わないよ。その方が呼びやすいだろう?」
「そうか。ありがとうなデッド」
俺の言葉にデッドは満足げな笑みを浮かべている。すると、急に部屋を見渡し始めた。とても興味深そうに。
「どうした?部屋の中を見渡して。何か面白いものでも探してるのか?」
「いいや?ここで君達の旅路がスタートしたかと思うと、興味が出てきてね」
デッドは笑みを浮かべながら答える。ただ、その笑みに少しばかり違和感を覚えた。何かを隠しているような、そんな笑みを浮かべている。
……PCで彼女のことは大体調べ終わったので、見当はつく。俺は彼女に指摘した。
「最初に言っておくが、テンポイントの資料をお探しなら諦めるんだな。タダで渡す気はない」
「……なんのことだい?私は本当に興味があるだけだよ?」
デッドは表情を崩さずに答える。俺は追撃するように彼女に告げる。
「興味がある、というのは嘘じゃないんだろうな。ただ、わざわざここに来た目的にしては少し弱い。ならば、他にも目的があると考えるのが妥当なんじゃないか?<追跡者>さんよ」
「……へぇ?知ってるのかい?私の異名を」
「今PCを使って調べて、な。おかげでほんの少ししか分かってねぇけど」
<追跡者>デッドスペシメン。アメリカのトップチームに所属するウマ娘の1人であり、その実力は折り紙つきだ。目標に定めた相手を徹底的に調べ上げてレースに臨み、結果として彼女は目標に定めた相手には必ず先着しているという結果を残している。
ただ、<追跡者>の異名がついたのはもう一つある。それは彼女のチームでの役割だ。彼女のチーフトレーナーは記者からの質問にこう答えていた。
「お前はチームのブレイン……、海外遠征を積極的に行っているのは現地に赴いて有力なウマ娘のデータを本国に送るため……といったところか?」
「……フフッ、大体正解だよ。神藤」
バレたから隠すのを止めたのか、デッドは笑いながらそう答えた。ただ、大体ということはまた違う目的があるということだろうか?
そう思っていると、デッドが俺の疑問に答えるように続けた。
「とは言っても、主要なレースの映像はすぐに手に入るんだよね。だからこそ、私が欲しいのは有力なウマ娘の練習風景や普段の生活態度の方さ。そういった映像は現地に足を運ばないと手に入らないし見れないからね。どんなトレーニングを積んでいるのか、どんなメンタルでいるのか、チームの立ち位置はどうなのか、普段の態度はどうなのか……。それらを調べるのが、私の役目ってところさ。まぁ他の国に出向くのが大好きってだけ、だけどね」
「……そんな映像が参考になるのか?」
俺の質問に、デッドは苦笑い気味に答える。
「ほとんどは参考にならないさ。そもそも、レースの映像を見れば事足りる話だしね。ただ……」
だが、瞬時に切り替えて今度は真剣な表情で続ける。
「情報に関して、私は一切の妥協を許さない。レースで負けた時にはレース外で何か問題があったのかもしれない、レースで本領を発揮できていない時にはどこかメンタル的な問題を抱えているかもしれない、評判を覆して勝った時はレースだけじゃ計り知れない何かがあるかもしれない……。そんな不確定情報を1つずつ潰すためなら、私はどんなデータでも集めるさ」
「……殊勝な心掛けなことで」
彼女の雰囲気に、思わず圧倒されそうになった。
おそらく、彼女の言ったことは全て本当だろう。情報に関してなら一切の妥協を許さない。どんな些細な情報でも見逃さない。少しでも不確定要素を潰すために。全ては、勝利のために。その情熱に尊敬を覚える。
しかし真面目な表情から一転して、今度は笑顔でここに来た本当の目的を告げた。
「ただ!ここに来た目的はさっき言ったことが本当さ!私はテンポイントの大・大・大ファンでね!彼女が積みあげたヒストリーがここにあると思うと、どうしても訪れたかったんだ!ここはいわば、私にとっての聖地!情報も重要だけど、それ以上にここを訪れることこそが私にとって重要なことなんだよ神藤!」
「お、おう。そうか」
とてもいい笑顔でそう告げたデッドに、俺は別の意味で圧倒された。
どうしてテンポイントのファンになったのか?そこが気になった俺は彼女に尋ねる。
「ど、どうしてテンポイントのファンになったんだ?しかもその口ぶりから察するにかなりのものだろ?」
「うん?彼女のファンになった理由かい?そうだねぇ……」
少し考えた後、デッドは答える。
「まず第一に、彼女は美しい上に可愛い。加えて、カッコよさすらある。まさにゴッデスだ!」
「激しく同意する」
「それに、彼女のメンタリティも大好きでね。同期に強いライバルがたくさんいて、夏のグランプリレースで一度折れたと思ったのにそこから復活を遂げた。彼女の負けん気の強さは筋金入りだ、レース映像からでも分かるよ。中でも年末のグランプリレース……有マだったかな?ショウとの死闘は思わず手に汗握りながら見たものだよ。彼女が1着を取った時は、チームのみんなでパーティを開いたものさ!」
どうやら彼女のチームではテンポイントの評価はかなり高いらしい。だが、次の瞬間には悲しそうな表情をしていた。
「だからこそ、彼女が海外遠征するってなった時にはみんなで大喜びしたものさ。アメリカに来た時にはみんなでもてなそうとしてたんだけど……」
「……1月のレースか」
「イエス。彼女のファンだった私は酷く落ち込んだよ。もう彼女のレースを観ることはできないのだろうか……そう思ってしまった」
悲しそうな表情から切り替えて、今度は嬉しそうな表情をしながら続ける。
「彼女のファンクラブサイトが開設されたから即座に入会したよ。そしたらどうだ!?彼女は復帰のために頑張っているらしいじゃないか!脚の骨が折れるなんて大怪我をしても、彼女は微塵も諦めてなんていなかった!その姿勢に!その気高さに!私は尊敬せずにはいられなかった!だからこそ!ここまで日本語を話せるように頑張ったわけだからね。全ては日本でテンポイントに会うために!」
「かなり奇麗に日本語話せるなと思ったら、テンポイントが絡んでいたのか」
「オフコース!それだけ私にとってテンポイントはスペシャルってことさ!だからこそ、年末のジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップも出走することを決めたからね!」
「そうなのか。でも、いくら何でも早くないか?レースは年末だぞ?」
「あぁ、日本の芝の状態を確認したかったからね。なんせ、日本でレースをしたことあるウマ娘はアメリカにはいなかったからね。こうやって直接出向くしかなかったというわけさ。それに、日本のレースも見たかったし。何よりテンポイントに会いたかったし!」
「分かった分かった」
どうやらデッドはかなりテンポイントのことが大好きらしい。言葉の端々からそれが伝わってきた。そのことに頬が緩む。
その後もいかにテンポイントが素敵か、テンポイントのどういったところが尊敬できるかをお互いに延々と語り合った。それこそ、時間を忘れそうになるくらいに。
そんな時、ふと思い出して俺はデッドに尋ねる。それはここに来た目的だ。
「そういや、本当にここに来たのはお前の言う聖地巡礼のためか?情報が欲しいとかではなく?」
俺の言葉にデッドは不思議そうな表情で答える。
「そうだよ?そもそも情報なんて欲しいものは大体出揃ったからね。テンポイントの情報も欲しいっちゃ欲しいけど、そこまで急務ではないってのが本音かな」
「……それは、テンポイントが敵じゃないからか?」
俺の言葉に、デッドは勢いよく首を横に振って答える。
「とんでもない!彼女は今回のレースでも特に脅威となる相手として私は見ているよ!」
「……ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップに出走するかも分からないのにか?」
「まあ登録期間はまだ先だから分からないってのは確かだ。でも、君達は出てくるだろう?そのレースに」
「……その心は?」
「ベリーイージーさ。怪我をする前の君達の目的は海外遠征。だとしたら世界のウマ娘を相手に戦えるこの機会を逃すはずがない。1月に怪我をして完全な状態ではないとはいえ、ね」
……多分、カマをかけているんだろうがデッドの場合すでに調べがついていそうなのが怖いところだ。それぐらいの情報を持っているかもしれない。
ただ、次の瞬間真面目な表情を崩してデッドは残念そうな表情を見せた。
「それにしても本当に残念だよ!無事に海外遠征していたら、アメリカでは私達のチームが面倒を見る予定だったのに!」
「そうなのか?」
「イエス!本当に楽しみにしてたのに!」
デッドは地団駄を踏みそうな勢いで悔しがっている。それだけ楽しみにしていたのだろう。少し申し訳なさが出てくる。
少し経って、冷静になったデッドが謝りながら続ける。
「ソーリー。少し取り乱しちゃったね。ま、結論としてはテンポイントの必要なデータはもう出揃ってるんだ。それに……」
「それに?」
「今の彼女の強さは参考にならない。怪我から完全に復活していない彼女の強さは、ね。加えて、彼女はデータでは測れない強さがある。私はそう思っているからね」
デッドはそう締めた。
……この口ぶりから察するに、テンポイントが抱えている問題にも気づいてそうだ。一体どこから漏れたのか気になるところではあるが、それを気にしたところで今更どうしようもないだろう。彼女の情報網に、驚きとともに少しの恐怖を感じる。
デッドは時計を確認し、寂しそうな表情を浮かべて俺に話しかけてきた。
「そろそろお別れだね神藤。さすがに帰らないとデイビットに怒られてしまう」
デイビットというのは、おそらく日本でのデッドの保護者のことだろう。トレーナーかその辺りかもしれない。
「そうか。楽しい時間だったよデッド。もし海外遠征でアメリカに行くことになったら、その時はよろしく頼むよ」
「オフコース!任せて!私の方からチーフに話をつけておくよ!あ、ついでに連絡先を交換してもらってもいいかい?テンポイントの分は貰ったから」
「逆にいるか?俺の」
「勿論必要だとも!私と君は同じコミュニティの同士だからね!」
特に断る理由もないので連絡先も交換する。その後満足げな表情でデッドはトレーナー室を後にした。彼女が帰った後、改めて彼女のことについて考える。
「<追跡者>デッドスペシメン……。おそらく、テンポイントのことは調べ上げていると判断してもいいだろうな。強敵になることは間違いない」
彼女のレース映像を見てこちらも研究する必要がある。そう考えつつも、俺はひとまずテンポイントの練習内容をまとめることにした。
ぼっち・ざ・ろっく6話面白かった。