季節が過ぎるのも早いものでもう12月に入った。ボクは寒さでかじかむ手をこすりながらジョージと一緒に登校する。ジョージも寒さからか身体を震えさせていた。
「寒い 帰りたい」
「ダメや。ちゃんと授業は受けるんやで」
「鬼 悪魔」
「なんとでもいいや。ほら、カイロや。少しはあったまるやろ」
そう言ってボクは持ってきていたカイロをジョージに手渡す。受け取ったジョージは少しだけ緩んだ表情を見せた。
「あったか あったか」
その様子に頬が緩みながらもボク達は学園へと登校する。
いつも通り購買で新聞を購入した後自分の教室へと歩を進める。その途中でボーイに会った。向こうもボクに気づいて挨拶をしてくる。
「おっはよーテンさん!最近寒くなってきたなー!」
「おはようさんボーイ。やな、いつにもまして寒うなってきたわ」
「ホントだよなー。そろそろ家のこたつ引っ張り出してくるかなぁ」
他愛もない会話をしながらボク達は教室へと向かった。
教室に着いたボク達は自分達の席に着く。着いた後ボクは先程購入した新聞を広げて記事の方を見る。時期的に、今日は有マ記念の投票結果が確認できるはずだ。ボクは目当ての記事を探していく。ボーイもボクが見ている新聞を覗き込むように見ていた。
「……お、あったあった。有マのファン投票」
「マジか!オレにも見せてくれテンさん!」
「はいよ。一緒に見よか」
ボクは新聞を机に広げてボーイと一緒にファン投票の結果を確認する。確か、グラスとホクト、ジョージとカシュウが参加表明していたはずだ。ボクは少しドキドキしながら結果を確認する。
「ふ~ん……ファン投票1位はプレストウコウなんやな」
「まぁ菊花賞をレコードで勝ったし、何よりこの前の天皇賞2着だからな。……いろんなことあったけど」
「……あぁ、ホンマに色々あったな秋の天皇賞は」
ボク達は互いに複雑な表情を浮かべる。多分、気持ちは同じだ。プレストウコウに対する同情の気持ちが湧き上がっている。
ボクは現地で見たわけじゃないが、現地で応援に行ったらしいカイザーから話は聞いていた。その話を聞く限りだと、とことん運に恵まれていないのだと、プレストウコウに同情せざるを得なかった。
春の天皇賞は競争途中に蹄鉄が外れかけるというアクシデントにより競争中止。今回こそは何としてもと意気込んで挑んだであろう秋の天皇賞。プレストウコウは何と逃げる姿勢を取ったらしい。絶好のスタートを切って、ハナを取って進んでいた。完璧なスタートを切っていた……らしい。
だが、問題はここからだ。なんと、とあるウマ娘のゲートが開かなかったらしい。原因は、そのウマ娘がゲートに入っている時にゲートに蹴りを入れてしまい、ゲートが壊れてしまったとのこと。結果としてその子のゲートは発走の瞬間になっても開かなかったそうだ。
そうなったらどうなるか?勿論競争はやり直しである。逃げていたプレストウコウもこのリスタートには呆然としていたらしい。そして、観客にも聞こえる声でただ嘆いていたそうだ。
『なんでこんなことになるんですかー!絶好のスタートを切ったのにー!』
嘆いたところで覆ることはなくプレストウコウは大人しくゲートへと戻った。再度スタートが切られる形になる。再スタートでもプレストウコウは逃げる姿勢を取ったが、カイザー曰く集中し切れていなかったとのこと。それも当然だろう。絶好のスタートを切ったのにそれに水を差されたのだ。誰だって集中力は切れる。それでもハナを取って逃げることができるのはプレストウコウのポテンシャルが高い証拠だと思うが。
そんな集中し切れていない状態でも、プレストウコウは逃げていた。そして迎えた最後の直線。このまま勝てるんじゃないか?と観衆が見守る中、菊花賞でプレストウコウの2着だった子が追い上げてきたらしい。菊花賞の時とは真逆の構図となった秋の天皇賞は、菊花賞2着の子の執念が勝った。プレストウコウは半バ身差の2着である。
……ただまあ、リスタートしていなければ、なんてことを考えてしまう。レースにたらればを語っても仕方がないのだが。プレストウコウはレース後に勝った子を讃えながらも嘆きの声を上げていた。
『なんでこうなるのー!?』
……カイザーから秋の天皇賞の一部始終を聞かされた時は、あまりの不運っぷりにその場にいた全員が俯いて黙り込んでしまったのは言うまでもない。
話が少しそれてしまった。気を取り直してボク達は残りのメンバーを見ていく。
「へぇ、メジロの子も出てくるんだな。グラスは……3位か」
「まぁしゃあないんやないか?宝塚以降レース出とらんし」
「それに~宝塚以降体調もそんなに良くないからね~」
ボーイと会話をしていると、いつの間にか登校していたグラスが話に割って入ってきた。思わず驚いてしまう。それはボーイも同じだった。
「うわっ!びっくりした!」
「お、おはようさんグラス。いつ来たんや?」
「ん~?本当についさっきだよ~。2人で新聞広げて何話してんのかな~って」
「私もいますよ」
グラスの後ろからカイザーも現れた。ボク達は挨拶を交わしていつものように4人で会話をする。
「今年の有マ記念も頑張ってくださいね、グラスさん」
「おう!オレ達も応援に行くからさ!」
「ありがと~。私張り切っちゃうぞ~むん~」
「緩いなぁグラスは。ま、ボクも応援に行くで」
「お~これは是非とも1着を~……ッて、言いたいとこなんだけどね」
グラスはそう言いながら自分の脚を撫でるように触り始める。その様子でみんな察したのだろう。代表してボーイがグラスに尋ねる。
「……あんま良くねぇのか?脚の具合は」
「……そうだね。春の天皇賞と、宝塚は大丈夫だったんだけど。今はあんまり、って感じかな」
やはりグラスの脚の状態も良くないらしい。きっと、グラス自身歯がゆい思いをしているのだろう。ボクはグラスに同情する。
だが、グラスは不安げな表情を見せることなく微笑んだ。
「でも、私は走るよ。脚のことを言い訳にはしない。自分の現状を受け止めて、それでも前に向かって走り続ける。だから、みんなも応援してくれると嬉しいな」
……グラスの言葉に、ボク達は顔を見合わせる。そして、グラスに向かって笑顔でそれぞれ答えた。
「当たり前やろ!グラスの応援、任しとき!」
「はい。私も、精一杯応援させていただきます!」
「有マ記念、頑張れよ!グラス!」
「お~私頑張っちゃうぞ~」
最後はグラスがのんびりと締めたが、この方がらしい気がする。ボク達はみんな顔を見合わせて笑いあった。
ひとしきり笑った後、ふと思い出したようにボーイがボクに尋ねてきた。
「そうだ。グラスは有マ、オレとカイザーはウィンタードリームトロフィーがあるけどよ。テンさんは復帰レース決めてんの?年内復帰できそうって話だったけど」
「そういえばそうですね。テンポイントさんの復帰レースの話はどうなったんですか?」
「どこのオープンレース使うの~?もしかして~、重賞とか使ったり~?」
そういえば、みんなには話してなかった気がする。素直に教えてもいい気はしたが、少しばかりもったいぶることにした。
「一応決まっとるで」
「へぇ。どのレースに出走するんだ?」
「ふふ~ん、どれやろうなぁ?どれやと思う?」
「はは、素直にうざいですね」
「待ってカイザー。ちょいふざけただけなのに辛辣すぎひん?」
「でもでも~実際のところどのレースに出走するの~?」
「ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ」
「「「……は?」」」
「年末開催のジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップや。それがボクの復帰レースやな」
ボクの言葉に、3人は固まった。ボク達の間に静寂が訪れる。やがて、3人とも我に返ったのか次の瞬間には大きな声を上げた。
「「「ええぇぇぇぇぇえええ!?」」」
「うるっさ!」
周りのクラスメイトも突然大声を上げたボーイ達に驚いたような表情を浮かべていた。ただ、そんなことお構いなしにボーイ達はボクに詰め寄る。
「どどど、どういうことだよテンさん!?なんで復帰レースがよりにもよって!?」
「そうですよ!普通、オープンレースを使いません!?」
「いくら何でも無茶苦茶過ぎない!?テンちゃん!」
「ひとまず落ち着きや3人とも!順番に答えるから!」
少し時間はかかったが、3人とも落ち着いたのを確認してからボクはボーイ達の質問に1つずつ答えることにした。とは言っても、3人とも聞きたいことは1つだろう。ボクは答える。
「なんで復帰レースに選んだっちゅうことやろ?みんなが聞きたいんは。簡単な話や。ボクはもう一度海外に挑戦する。これはそのための前哨戦や」
「な、なるほど。確かに海外のウマ娘と闘えるまたとない機会だもんな。分からなくもないぜ」
「でもでも~本当に大丈夫なの~?」
ボクは少し後ろめたさを感じつつも答える。
「ま、タイムも徐々に戻ってきとるしその辺は大丈夫や。年末には間に合う……と、思う」
ボクの言葉にボーイとグラスはずっこけた。
「そこは自信もって間に合うって言ってくれよテンさん!」
「そうだよ~。でも~タイムが徐々に戻ってきてるなら大丈夫だね~」
「せやせや。そんな心配せんでも大丈夫やで」
ボクとボーイとグラスは笑いあった。だが、ただ1人カイザーだけは険しい目つきでボクを見ている。
……カイザーはボクの事情を知っている数少ない人物だ。だから、カイザーには筒抜けだろう。ボクの状態が良くないということは。
2人に余計な心配はかけさせたくない。そう思ったボクはカイザーにアイコンタクトを取る。頼むからこの場では黙ってくれ、と。カイザーは1つ頷いたかと思うと、ボク達の会話に入ってくる。
「まぁ、復帰レースが決まったのなら喜ばしいことです。応援しに行きますよ、テンポイントさん」
笑顔でそう言った。どうやらボクの意思は伝わったらしい。ひとまず安堵する。
その後はチャイムが鳴ったので朝のホームルームが始まった。自分の席に着いて担任の先生の話を聞く。それも終わったら通常通り授業が始まった。今日も学園での1日が始まる。
午前の授業が終わって昼休みの時間。私はボーイさんとグラスさんを屋上へと呼びだした。テンポイントさんには悪いが、今日は1人でご飯を食べてもらうことにした。テンポイントさんは特に疑うことなく了承したのでそこのところは安心である。これで、お2人にも話がスムーズに運ぶことができる。
私に呼び出されたボーイさんとグラスさんは不思議そうな表情を浮かべていた。
「急にどうしたんだよカイザー。オレ達を呼び出してさ」
「そうだね~。テンちゃんだけ省いたのも少し疑問だよね~」
まぁ、納得の疑問だ。なので私は呼び出した理由を手短に伝える。
「すいませんボーイさん、グラスさん。2人に話したいことがありまして。それはテンポイントさんの状態についてです」
「あ~。まぁテンさんを呼ばなかった時点で大体察しはついてるけどさ。でもよ、タイムは徐々に戻ってきてるんだろ?特に問題はないんじゃないか?」
「そうだね~。テンちゃん自身は大丈夫って言ってなかった~?」
……今のテンポイントさんの、本当の状態を知っているのはこの中では私だけだ。テンポイントさんには悪いが、私はお2人に伝えることにする。
「……そうですね。テンポイントさんの言っていたことは、半分合っています」
「半分合ってる……って、どういうことだ?」
ボーイさんとグラスさんは疑問に満ちた表情をしていた。私は1つ深呼吸をした後、お2人に告げる。
「……タイムが戻ってきているというのは本当です。私も、神藤さんに見せてもらって確認したことですから」
その言葉に、ボーイさん達は安堵した表情を浮かべる。
「な~んだ!誠司さんのお墨付きなら余計心配はいらないじゃん!あの人テンさん絡みで嘘はつかないし!」
「……ですがそれは、第4コーナーを含まないタイムの話です。今テンポイントさんは、致命的な弱点を抱えています」
「……何?致命的な弱点って」
心臓の音がうるさい。緊張している。もう一度深呼吸をして、気持ちを落ち着けた後、告げる。
「……日経新春杯での骨折が原因で、第4コーナーを曲がれなくなっています。右回り左回り、距離は関係なく、第4コーナーを曲がろうとした際に事故の光景がフラッシュバックしてうまく走れなくなっています。それを私は、この目で確認しました」
私の言葉に、楽しそうな表情から一転して信じられないような表情をお2人は浮かべている。そして、私に尋ねてきた。
「なんだよそれ……!第4コーナーを曲がれないって、致命的じゃねぇか!?」
「……どれくらい減速すれば曲がれるの?」
「先日神藤さんから頂いたデータです。比較用に、怪我をする前のテンポイントさんのタイムも載せてあります」
私は用紙を取り出してグラスさんに渡す。お2人はその紙を食い入るように見た後、身体を震わせて絞り出すように言った。
「……遅すぎる!1秒や2秒なんてもんじゃねぇ、第4コーナーに限ればデビュー前の子よりも遅いじゃねぇか!」
「……テンちゃんは、瞬発力がある方じゃない。第4コーナーでこんなに失速したらまず間違いなく追いぬかれるし追いつけない。こんな状態でレースに?」
グラスさんの言葉に私は頷く。お2人は、沈痛な面もちだった。
「なんで……ッ!なんで言ってくれねぇんだよテンさん……ッ!」
「……多分、私達の重荷になるのが嫌だったんだと思う。私は有マがあるし、2人もウィンタードリームトロフィーがあるでしょ?だから、余計な心配をさせたくなかったんだと思う」
「でもよ……ッ!少しぐらい相談してくれたっていいじゃねぇか!」
……ボーイさんの気持ちはもっともだ。友達なんだから、もう少し頼って欲しいという気持ちはある。
だからこそ、私はとっておきの作戦を考えた。思わず笑みが零れる。
「そうですよね?だから私は、とっておきの作戦を考えたんです」
「……なんかスゲェいい笑顔してるけど、何考えたんだ?カイザー」
「……それ、大丈夫な案だよね?危害が及ぶようなことじゃないよね?カイザーちゃん」
お2人は私のことをなんだと思ってるのか。一瞬そう思ったがすぐに気を取り直して作戦について説明する。
「簡単ですよ。他の人達も巻き込んで、テンポイントさんと併走をするんです。神藤さん曰く、トラウマ克服のために成功体験を積み重ねるのが大事なんだとか。だから今も2400mを走っていると聞いています。ただ、今は1人で走っているというのが現状。そこでです」
「……オレ達が併走相手として立候補する、っつうわけか?」
「そういうことです」
私はそう答える。そこで、グラスさんが疑問をぶつけてきた。
「私は大丈夫だと思う。おきのんも許してくれるだろうし。神藤さんも……テンちゃんのためっていえば受けてくれるだろうし」
「そうですね。神藤さんには私からお願いしてみます。この中で唯一テンポイントさんの状態を知っているのは私ですから」
「だけど、リギルは大丈夫なの?厳しいでしょ、そういうの」
グラスさんの言葉に、ボーイさんは決意の籠った目をしながら答えた。
「そうだな。多分、おハナさんは許してくれねぇと思う」
「……だよね」
「けど、ぜってぇ何とかする!土下座でも何でもして、おハナさんの首を縦に振らせてみせる!大事な友達が、親友がもがき苦しんでるんだ!だったら、助けるためにオレは何でもしてやらぁ!」
ボーイさんはそう言った。その言葉に、私とグラスさんは笑みを零す。
「ひとまず、いつ作戦を決行しますか?」
「善は急げだ!オレはすぐにでも動くぜ!」
「じゃ~私もそうしようかな~。下手したら授業間に合わなくなりそうだけど~」
「その時のことはその時考えればいいんですよ。今はとにかく動きましょう。テンポイントさんに気取られないように」
「おう!」「うん!」
私達は手を重ねる。心は1つ。親友であるテンポイントさんを助けるために。その思いで、私達はそれぞれ動くことにした。
ばぁばは来ませんでした。
※タイトルが他と被ってたのでタイトル修正 11/18