「ということは、無事に実況のマイクを握れる……ということですか?」
「はい!今回は関東と関西のテレビ局合同でやるらしく、私は関西代表として実況のマイクを握れることになりました!」
「おぉ!おめでとうございます!」
中山レース場。今日はここで有マ記念が開催される。俺は有マ記念に出走するグリーングラスの応援のためにテンポイント達とその場所へ訪れていた。テンポイント達は先に会場に入っており、俺はお手洗いへ行くために別行動をとっている。
お手洗いを済ませた後、携帯が鳴ったので俺は画面を確認する。どうやら着信のようだ。その主は、テンポイントのファンでもある関西のアナウンサーだった。この人にはテンポイントの復帰レースのことを伝えてあり、それを受けて復帰レースである〈ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ〉の実況のマイクを何としても握って見せると意気込んでいたのは記憶に新しい。
一体どうしたのだろうかと思い、電話に出たら開口一番嬉しそうな声で見事に実況のマイクを握ることができたことを報告してくれた。俺も彼に祝福の言葉を贈る。
「それにしても、本当に良かったですね。大変だったんじゃないですか?」
「なんの!絶対にテンポイントさんの復帰レースのマイクを握ると約束しましたから!これぐらいの苦労、安いものですよ!」
それから少し会話をして電話を切る。俺は彼が無事に実況のマイクを握れたことに喜ぶ。
(とりあえずはテンポイントに報告しておくか。きっと喜ぶぞ)
そう思いつつ、会場へと足を運ぼうとする。そんな時、なにやら焦った様子の人が俺の視界に入った。その人は少し苛立っているのか、肩を怒らせながら何かを探すように辺りを見渡している。
「『クソ……ッ!帰り道が分からなくなった!ここはどこだ!?』」
その人は日本語ではなく、英語で何かブツブツと言っている。周りの人は英語が分からないためか対応に困っている様子を見せていた。
幸いにも、俺は英語を話せる。彼に話しかけることにした。
「『あの、どこへ向かうつもりですか?よろしければ案内しますよ?』」
「『……アンタ、英語が分かるのか。すまない、助かる。ここに行きたいんだが……』」
そう言って彼が見せてきたのは中山レース場のマップ。そこの関係者以外立ち入り禁止のゲストルームだった。ということは、この人は海外からやってきたお偉いさんだろうか?
ひとまず粗相のないように俺は彼を案内することにした。
「『分かりました。では、私に着いてきてください。案内しますので』」
「『助かる。ここに来たのは初めてでな。ツレにせがまれてきたのは良いんだが、肝心のツレは俺をほっぽいてどこかへ行きやがった……ッ!クソ!デッドの奴め!』」
思わず驚いて彼の方を見る。彼は突然振り向いた俺を不思議そうな表情で見た。俺は彼に尋ねる。
「『……1つお伺いします。もしかして、そのデッドというのはデッドスペシメンさんのことですか?』」
俺の言葉に、彼は意外そうな表情のまま答える。
「『アンタ、デッドを知ってるのか?そうだ、俺のツレはお前の言っているデッドスペシメンで合っている』」
「『……ということは、あなたのお名前はデイビットさん、ですか?』」
「『俺を知っているのか……って、デッドの奴なら言いそうだな。そうだ、俺がデイビットだ』」
まさか、こんなところで偶然出会うとは思わなかった。少し驚きながらも俺は関係者のゲストルームへと案内する。
道中はここに来た目的を聞いてみた。純粋な興味である。
「『中山レース場に来たのは、やはりデッドの言う偵察ですか?』」
「『そうだ。俺は必要ないと言ったんだが、アイツは自分の目で確かめないと気が済まないタイプだ。加えて、どんな些細な情報を見逃さないために絶対見に行くととな。振り回されるこっちはいい迷惑だよ』」
「『アハハ……。彼女とは少しだけお話をしましたが、確かに自由な性格をしていましたからね』」
そんな話をしながら歩く。しばらくすると、目的地へと着いた。
目的地に到着すると、彼はこちらに向き直ってお礼を言ってくる。
「『ありがとう。おかげでここまで戻ってこれた』」
「『いえ、困った人は見過ごせませんから』」
「『最後に、アンタの名前を聞いてもいいか?』」
「『自己紹介がまだでしたね。私は神藤誠司と申します』」
俺が自己紹介をすると、彼は眉をひそめた。なにか気に障ったのだろうか?
「『……もしかして、アンタがあのテンポイントのトレーナーか?』」
「『……はい。私がテンポイントのトレーナーです』」
「『なるほどな。アンタがチーフの言っていた……』」
そう呟きながら、俺を値踏みするように見る。その後、俺に同情的な視線を向けながら言った。
「『アンタも大変だな。ウマ娘の我儘に付き合わされて』」
「『……それはどういう意味でしょうか?』」
思わず、俺はそう聞き返した。俺の言葉に、デイビットは嘲笑的な笑みを浮かべながら答える。
「『テンポイントが復帰のために頑張っている、って言うのはデッド経由で知っている。だが、それはテンポイントって奴の我儘だろ?その我儘に突き合わされるアンタは可哀想だなと、そう思っただけさ』」
……一瞬、怒りそうになるも俺はその気持ちを必死に抑えて言葉を絞り出す。
「『……何を勘違いしているのかは分かりませんが、テンポイントの復帰は私自身も望んでやっていることです。決して、彼女1人の我儘ではありません』」
「『へぇ?だったら、相当なもの好きなんだなアンタ。終わったウマ娘の復帰のために頑張るなんて』」
「『随分な物言いだな?ま、そんな判断下すぐらいじゃあ、お前の程度も知れるってもんだがな』」
デイビットの言葉に、俺は感情を無にして返す。激情のままに言葉をぶつけるのもいいが、こういう手合いはこっちの方が効くだろう。
俺の言葉に、デッドは眉をひくつかせながら告げる。
「『……まぁいい。勝ち目のねぇレースにわざわざ出走するんだからな。寛大な俺は許してやるよ』」
「『そうかい。勝てるように精々祈っとくんだな』」
俺がそう言うとデイビットはそのままゲストルームの扉を乱暴に閉めて部屋へと入っていった。俺は溜息を吐いて観客席へと向かう。
「……テンポイントのことになるとカッとなる癖、いい加減治さないといけないか?」
だが、多分治ることはないだろう。そう思いながら。
観客席に着くと、テンポイント達の他にどこかで見た姿のウマ娘もいた。アメリカのウマ娘、デッドスペシメンがなぜかテンポイント達と一緒にいる。指定席にいるのではないのだろうか?そう考えている俺をよそにデッドは気さくに挨拶をしてくる。
「ハァイ神藤!久しぶりだね!」
「……お前、指定席の方じゃなくていいのか?」
「え?どうしてだい?」
「お前の保護者らしい男、ゲストルームの方にいるぞ」
その言葉に、デッドは苦笑いを浮かべて答える。
「あー……大丈夫だよ。それに、ここの方が好きなんだ。観客との一体感、って言うのかな?私はお祭り好きだからね!」
「お!だよな!やっぱ楽しく見てぇよな!」
デッドの言葉にトウショウボーイが反応する。まぁどこで見ようが彼女の勝手なので俺がどうこう言う権利はない。それ以上は突っ込まないようにした。ただ、意外にもデッドはあっさりと指定席ではなくこちらを選んだ理由を教えてくれた。
「ゲストルームの方には年末のレースに出走する海外のウマ娘がみんないるんだよね。6人ぐらいかな?トレーナー含めるともっといるかも」
「そうなのか」
「みーんな無言でターフを見てんの!空気がかたっ苦しくてさ、私には合わなかったんだよ。だからこっちに来たってわけ!」
「そういう事情があったんですね」
クライムカイザーがそう締める。
そう話していると、本バ場入場が始まった。続々とウマ娘達が入場してくる。その中にはグリーングラスの姿もあった。
調子は悪くなさそうだが、やはり懸念すべきはぶっつけ本番でこの有マ記念に挑むということだろう。脚部不安で思うようにレースに出走することができなかったグリーングラスはレースを挟まずにこのレースに挑んでいる。それがどう響くか……そこが焦点になるだろう。
後はエリモジョージとホクトボーイ、プレストウコウもいる。やはり年末の総決算、豪華なメンバーだ。観客達はそれぞれの推しウマ娘の名前を呼んで応援している。
それから話しながら待っていると、各ウマ娘がゲートに入る。発走の瞬間を待つ。観客は静かにその時を待っていた。
やがて、ゲートが開く。有マ記念が幕を開けた。
《……カネミノブが来た!3番カネミノブが追い込んできた!しかし15番のインターグロリアも外から突っ込んでくる!真ん中からカネミノブ!カネミノブだ!インターグロリアはちょっと届かない!カネミノブが先頭だゴールイン!有マ記念を制したのはカネミノブです!2着はインターグロリア!》
今回の有マ記念を制したのは、カネミノブだった。横からはテンポイント達の残念そうな声が聞こえてくる。ただ、その気持ちも分かる。グリーングラスは掲示板外の6着。沖野さんの方を見ると、悔しそうに歯噛みしていた。
俺は沖野さんを励ます。
「……残念でしたね、グリーングラス」
「……いや、次は勝つさ。下を向いてばかりもいられねぇ。次のレースについて考えねぇとな」
沖野さんはそう答えた。俺はそれ以上は何も言わなかった。
ふとデッドの方を見る。彼女はレース中は真剣そのものと言った表情で見ていたので声を掛けるのをためらった。そんな彼女は今、不敵な笑みを浮かべて楽しそうに告げる。
「ハハッ!やっぱり私の思った通りだ!日本のウマ娘は我々が思っている以上に強い!これは、年末のレースが俄然楽しみになって来たよ!」
彼女はそう言って踵を返す。そんな彼女にテンポイントが尋ねた。
「どこ行くんや?デッド」
「うん?指定席に戻るのさ。デイビットがうるさそうだからね。ま、特に気にしないんだけど!」
「いや、そこは気にしてやろうぜ?多分だけどデッドのトレーナーだろ?」
トウショウボーイがそうツッコむ。だが、デッドは困ったような笑みを浮かべて答える。
「う~ん……、私のトレーナーとはちょっと違うかな?彼、デイビットは私のチームのサブトレなんだ」
「あ、サブトレなんですね。でも、どうしてサブトレの方がデッドさんと一緒に日本へ?」
「チーフは忙しいからね。だからサブトレのデイビットが日本に来たんだけど……」
デッドは言いづらそうにしている。ただ、理由は何となくわかっていた。俺もさっき本人に会ったのだから。彼の性格は、大体予想がつく。
やがて、意を決してデッドは続けた。
「デイビットは優秀なトレーナーではあるんだけど、いかんせん他のウマ娘を軽んじるところがあってね。その癖を直すためにも日本に来たんだ。まぁ、経過は思わしくないんだけど……」
「ボクもちょっとだけ会うたことあるから分かるわ。ボクのこと見下すような目で見とったし」
「分かっていると思うが、俺もさっき会ったぞ。なんというか、プライド高そうなやつだったな」
「それは本当かい?デイビットは、何か失礼なことは言わなかったかな?」
俺は彼と会話した内容を簡潔に伝える。
「怪我をして終わったウマ娘の面倒見るなんて物好きだな、って言われたよ」
「~~~ッ!ッ当にあの男は……ッ!」
そう言うと、デッドは頭を下げてきた。
「すまない神藤!彼に代わって私が謝るよ!ただ、誤解しないで欲しいんだ。彼も、根っからの悪い人ってわけじゃない。それだけは分かって欲しい」
「大丈夫だ。腸煮えくり返ったけど、おかげで決心がついたからな」
「……それは、なんだい?」
俺はデッドに宣戦布告をする。
「アイツのプライドをへし折ってやるってな。お前の言う、終わったウマ娘の強さを見せて……な」
「……ッ!そうか。君達はやはり……いや、ここで言うのは止めておこうか」
デッドは笑みを浮かべながらそう言うと、出口の方へと足を運び始める。最後にもう一度、俺に謝罪をしてきた。
「本当にすまない!私の身内が無礼を働いてしまって!そのお詫びは……」
次の言葉は、英語で伝えてきた。
「『レースで見せよう!私の強さを、全力を持って君達の相手をしようじゃないか!』」
笑顔でそう言って、彼女は今度こそゲストルームへと戻っていった。
俺達もグリーングラスを労うために控室へと向かおうとする。その道中、頬を膨らませたテンポイントから告げられた。
「……さっきデッドに言うとったデイビットとかいう奴との会話、ボクに全部教えるんやで」
俺はテンポイントの雰囲気に気圧される。かなり怒っていた。それも当然だろう。勝手に終わったウマ娘扱いされたら誰だって怒る。
俺はテンポイントの言葉に短く答える。
「分かったよ」
そんな会話をしながら俺達はグリーングラスがいる控室へと足を運んだ。
中山レース場にある一室。そこには海外から来たウマ娘達がこの日のレースの模様を見ていた。あるものは興味深そうに、あるものはただ粛々と、またあるものは楽しそうに見ていた。
藍色の髪、イギリスから来たウマ娘、バルニフィカスが呟く。
「『日本のウマ娘がどんなレベルかと思ってたけど……思ったより楽しめそうじゃん』」
そう呟いた彼女の隣にいる赤い髪をセミロングにした女性、彼女のトレーナーが諫めるようにバルニフィカスに言う。
「『あまり相手を侮るなよ。万が一、ということもあるからな』」
そんなトレーナーの言葉に、バルニフィカスは拗ねるように答える。
「『分かってるよマネージャー。もう聞き飽きたってばそれ』」
「『私は君のことを思って……』」
瞬間、バルニフィカスの圧が増した。部屋の中に緊張が走る。
「『僕が負けると思ってんの?あんな奴らに?』」
そこにあるのは、確固たる自信。自分の実力を信じて疑わない少女の姿があった。その言葉に、彼女のトレーナーは少し呆れたような表情を見せた後、答える。
「『……いいや、思ってないさ』」
その言葉にバルニフィカスは満足げな笑みを浮かべた。部屋の中の緊張が解かれる。
ただ、バルニフィカスの圧があった状況下でも冷静にターフに視線を送るウマ娘がいた。オレンジ色の髪をお嬢様風の髪形にしているフランス出身のウマ娘、オブリガシオンである。
「『……成程。ここにいるメンバーが出走してくるかは定かではないが』」
「『これに近いレベルのウマ娘が出走してくる、だろうな』」
オブリガシオンの隣にいる金髪の男性、彼女のトレーナーはそう告げる。その言葉に、オブリガシオンは表情を崩すことなく宣言した。
「『誰が来ても変わらない。我がフランスの強さを見せる。それだけだろう?サー』」
「『その通りだオブリガシオン。我らの強さを見せるぞ』」
オブリガシオンの言葉に、彼女のトレーナーはそう答える。他のウマ娘達も、自分達のトレーナーと思い思いの感想を言いあっている。彼女達の共通認識はただ1つ。年末のレースは思ったより楽しめそうだ、それだけである。
〈ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ〉は、もうすぐだ。
うまゆる親父連中もバチバチにやり合ってて笑いました。