ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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トウショウボーイとグリーングラスのメイクデビュー回


第14話 それぞれのメイクデビュー

 年が明けて1月の末、俺は現在東京レース場へと来ている。その理由は、この日にトウショウボーイがメイクデビューに出走するからだ。いずれテンポイントの障害となるかもしれない相手の情報を知るために俺はこの場に来ている。果たしてどれほどのものなのだろうか?今からレースを見るのが楽しみである。

 また今日は一人で見るわけではなく、とある人と待ち合わせている。その人物は沖野さんだ。沖野さんも偵察だろうか?と思って質問するとどうやらグリーングラスも今回のメイクデビューに出走するらしい。トウショウボーイと同じレースだ。どちらが勝つのか今から非常に気にあるところである。

 待ち合わせ場所に到着して少し待っていると沖野さんが着いた。

 

 

「よぉ、待たせたな誠司。グラスに今日の作戦を指示していたら遅くなっちまった」

 

 

「いやいや、気にしないでください。んじゃ会場に向かいますか」

 

 

 そして俺たちはレースの様子がよく見えるように観客席の最前列の方へと向かう。発走を待っている間俺は沖野さんから祝辞の言葉を貰った。

 

 

「そうだ、聞いたぜ誠司。テンポイントが最優秀ジュニアウマ娘に選出されたんだってな?おめでとさん!」

 

 

「ありがとうございます!いやぁやっぱこういうのって嬉しいですね!俺のおかげっていうよりテンポイントの実力のおかげなとこありますけど」

 

 

「んなことねぇだろ。確かにテンポイントの実力はあるだろうがそれを活かしたのは間違いなくお前の功績だ。誇っていいと思うぜ?」

 

 

「なんですか?そんなに褒めても酒代くらいしか出せませんよ?」

 

 

 まだ大丈夫だよ、と言いながらも沖野さんは自分の財布を確認している。今度酒でも奢ろう。

 今沖野さんも言っていたが、テンポイントが何と最優秀ジュニアウマ娘に選出された。候補は後もう一人いたのだが、投票で4分の3の支持を受けてテンポイントが無事受賞することとなった。受賞した日のことを今でも思い出す。俺のテンションが上がりすぎて祝いとして料理を作ったのだが二人で食べるにはあまりにも量が多かったせいで他の人も呼ぶことになったのは記憶に新しい。まあそれだけ嬉しかったのだ。テンポイントも終始上機嫌だった。

 そのまま雑談を続けているとレースに出走するウマ娘たちが続々と入場してきた。用務員だけやっていた時代は無縁のものだったが、トレーナーも兼業するようになった今この光景ももはや慣れたものだ。そのまま待っていると沖野さんが担当しているウマ娘、グリーングラスが入場してきた。最初会った時はとてものんびりした子だと思っていたのだが今は集中しているのかその雰囲気はなく真剣な顔でウォーミングアップをしている。あまりにも雰囲気が違いすぎて別人を疑った。

 俺は沖野さんに今思ったことをそのまま話す。

 

 

「沖野さん、アレ本当に俺の知ってるグリーングラスですか?あまりにも雰囲気が違いすぎて別人を疑ってるんですけど」

 

 

 その言葉に沖野さんは分かる、と言いたげな表情で答える。

 

 

「大丈夫だ、お前の知っているグリーングラスで合っている。俺も最初見た時驚いたが、アイツは時折スイッチが入るのか今みたいな雰囲気になるんだ」

 

 

「じゃあ併走とかであの雰囲気を……」

 

 

 すると沖野さんは首を横に振った。

 

 

「いや、併走も年が明けてから何回かやったんだがその時は全然だった。おそらくアイツの中で何か別のスイッチがあるのかもしれねぇな」

 

 

「そうなんですね」

 

 

 なんにしても気合十分ってことだ。沖野さんからすれば喜ばしいことだろう。そうして話していると会場のアナウンスが最後のウマ娘が入場してきたことを知らせる。

 

 

 

 

《続々とウマ娘たちが入場してくる中、最後の一人トウショウボーイが東京レース場のターフに姿を現しました!さぁ一体未来のスター候補たちはどんなレースを見せてくれるのか今から楽しみです!》

 

 

 

 

 俺はそのアナウンスを聞いてトウショウボーイの姿を見る。観客に手を振って応えている姿が確認できた。にしても仕上がりは万全といったところだろうか。緊張も特にしている様子はない。

 沖野さんに率直な疑問を投げる。

 

 

「さて、沖野さん的にはトウショウボーイはどう映ります?俺には体調も万全、不安要素一切なしに見えますけど」

 

 

「同意見だ。さすがはおハナさん、完璧な調整だぜ全くよぉ」

 

 

 一体どんなレースを見せてくれるのか今から楽しみだ。そしてしばらく待っていると東京レース場にファンファーレが響く。実況のウマ娘の紹介が始まった。

 

 

 

 

《ウマ娘たちが続々とゲートへと入場していきます。今回のレースは18人での出走、距離は1400m、芝は良と発表されています。それでは3番人気のウマ娘を紹介いたしましょう。3番人気は5枠9番グリーングラス》

 

 

《非常に落ち着いていますね。一体どのような走りを見せてくれるのか》

 

 

 

 

(いい感じに集中できているとは思うが……果たしてどうなるか……)

 

 

 俺はトウショウボーイの実力に関してハイセイコーに聞いたことがある。同じチームでかつ俺と親しい人物となると必然的に彼女になったからだ。後で何を要求されるか分かったものじゃないのであまり頼りたくなかったのだが背に腹は代えられない。意を決してお願いしてみたのだが、意外にも何も要求されることなくトウショウボーイの実力に関して簡単に教えてもらった。

 曰く、テンポイント同様世代を代表するような潜在能力の持ち主。特にスピードは天性のものだと評していた。10年に一度のウマ娘、そう彼女は評価していた。つまるところかなり評価は高い。

 実況・解説もそのトウショウボーイの紹介へと移っていた。

 

 

 

 

《1番人気のウマ娘の紹介といきましょう!1番人気は8枠18番トウショウボーイ!大外という不利を受けてどのような走りを見せてくれるのか!》

 

 

《緊張した様子は見られませんね。非常に落ち着いています》

 

 

 

 

 いよいよレースが始まろうとしている。そしてしばらく待っているとゲートが開いた。今グリーングラスたちのメイクデビューが幕を開けた。

 まずはトウショウボーイが好スタートを切って先頭を取った。グリーングラスは先頭争いには加わらず、後方の一団へと位置をつける。脚質的に差しなのだろうか?彼女の情報は何も知らないので推測になるがあの位置が彼女にとっての好位置なのだろう。

 レースはそのままトウショウボーイが先頭を走る形で進んでいき、最終コーナーを超えて最後の直線を迎える。

 

 

 

 

《コーナーを回って最後の直線に入った!先頭はトウショウボーイ!トウショウボーイが抜けだした!2番手はシービークイン!シービークインがいっぱいになりながらもトウショウボーイに追いつこうと必死になっている!外からはグリーングラスも上がってきている!しかしトウショウボーイ速い速い!依然として先頭を走り続けています!》

 

 

《ローヤルセイカンも上がってきてますがこれはちょっと間に合いそうにないですね。これはもう決まったでしょうか?》

 

 

 

 

 レースはそのまま最後までトウショウボーイが先頭を走り続けて勝利した。2着との着差は3バ身。着差だけ見ればあまりすごいような感じはしない。だがレースを見て分かった。

 

 

「着差以上の実力を見せた……ってのはこのことですかね?沖野さん」

 

 

 俺と同意見だったのか沖野さんは頷く。

 

 

「そうだな。今日に関してはおハナさんに完敗だぜ」

 

 

 グリーングラスは4着。最後の直線では伸びていたものの距離が足りなかったのか1着のトウショウボーイからは10バ身近く離されていた。

 今回のレース、見に来て正解だっただろう。トウショウボーイ、予想以上の実力だった。走りを見ている感じスピードが出ていることを全く思わせない。にもかかわらず誰も追いつくことができないでいる。本当に地に脚がついているのか疑問に感じさせるほどだった。ふとハイセイコーの言葉を思い出す。彼女はこう言っていた。

 

 

『彼女とは直接走ったことはないが、追い切りで他の子と走っているのを見ていてね。衝撃を受けたよ。彼女はまるで飛んでいるように駆け抜けるんだ』

 

 

 その時はそんなまさかと思っていたが……

 

 

「確かにこれは……空を飛んでいると言っても過言じゃねぇな……」

 

 

 あの走りを見たらそう信じざるを得ないだろう。

 そして全てのウマ娘がゴールして順位も確定する。ウマ娘たちはみなクールダウンしている。ふとトウショウボーイの方に目を向けてみるとグリーングラスともう一人、アレはシービークイン……だっただろうか?その二人と話している。

 結構遠い位置にいるので会話の声は聞こえないが何やらシービークインがトウショウボーイに興奮気味に詰め寄っているように見える。グリーングラスはアレは……煽っているのか?よく分からないが何やら囃し立てているようだ。トウショウボーイは嬉しそうにしているのでおそらくシービークインに褒められているのだろう。

 そのまましばらく観察していると急にシービークインの足元がおぼつかなくなっていた。その場にいた二人も驚いている。一体何があったんだ?いや、そのまま倒れると思ったがその前にトウショウボーイがシービークインの身体を支えた。次の瞬間シービークインの顔は遠目から見ても分かるくらいに赤くしてトウショウボーイの手から離れて逃げるように走り去っていった。

 その一部始終を俺と同じく見ていたらしい沖野さんは俺と同様に不思議そうな顔をしていた。そして沖野さんが口を開く。

 

 

「なぁ、アレシービークインだよな?何があったんだ?」

 

 

 正直、俺にも何があったのかなんて分からない。

 

 

「いや、俺にも分かんないです……。トウショウボーイに抱きかかえられたと思ったら急に逃げ出したように見えるんすけど……」

 

 

「顔を赤くしていたのはなんでだ?恥ずかしさからか?」

 

 

「多分そうじゃないですかね……?会話が聞こえないから何があったのかは分からないですけど……」

 

 

 会話の内容が分かればなぜ逃げたのかも分かるかもしれないが、それを知ることは本人たちに聞かない限り分かるはずもない。残されたトウショウボーイは何が起こったのか分からない顔をしているし、グリーングラスはやたらニヤついているのが分かる。微笑ましいものを見るような目もしている。

 グリーングラスが負けたこと、トウショウボーイの実力、あのやり取りを見るまでは色々なことが頭の中で考えていたが、最後のあの3人を見て一気にその考えは頭の隅へと追いやられた。後にこのレースはウイニングライブも含めて伝説のメイクデビュー戦として語られることになる。




トウショウボーイの嫁、シービークインが少しだけ登場。記事を見た時ドラマみたいな展開だなと思いました。

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