日本に来てから拠点としているホテル。私はそこで年末に開催される<ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ>に出走してくるメンバーのデータを起きた時からまとめている。時差ボケもなく、普通に朝起きることができた。
出走するメンバーは確定した。枠順も決まった。それを踏まえてどのような対策を取るか、どのように位置取りをするかを私は決めていく。
私がPCでデータをまとめていると、サブトレであるデイビットが不機嫌さも隠そうとせずに部屋に入ってきた。そのままズカズカと私のところへ近づいてくる。正直応対するのもめんどくさいがとりあえず挨拶だけはする。
「『……おはようデイビット。なんか用?』」
私の言葉に、デイビットは怒りを隠そうともせずに答える。
「『なんか用、じゃないだろ!もう夕方だぞ!いつまで時間かけてるんだテメェは!』」
「『夕方?……あぁ、もうそんな時間だったんだ』」
対戦相手の研究に夢中で時間が過ぎるのを忘れていた。そういえばお昼も適当に済ませた記憶がおぼろげながらある。せめて夕食ぐらいは普通に取ろう。
そんなことを考えているとデイビットは私がまともに取り合う気がないと分かったのか私がまとめている資料を拾い上げて読む。訝し気な目をして読んだ後、鼻を鳴らして続けた。
「『チッ。日本のウマ娘をなぜそこまで警戒する?俺にはさっぱり分からん』」
「『前にも言っただろう?相手を軽んじるなって』」
「『フン。バルニフィカスやオブリガシオン、アイツらを警戒するならまだ分からなくもない。だが、海外のレースで結果を残していない日本の奴らの情報なんぞをまとめて、何の意味があるんだ?警戒なんてしなくても、お前なら余裕で勝てるだろ』」
「『ここは彼女達の主戦場だ。当然我々とは違ってノウハウがある。それだけでも警戒に値するんじゃないかい?』」
「『ただ腰抜けなだけだろ。海外に挑戦している奴らはこの国でもトップレベルらしいが、入着できない時点で程度は知れている』」
デイビットの主張に呆れそうになるが、正直めんどくさいのでここに来た目的を尋ねることにした。
「『……で?ここに来た本当の目的はなに?』」
私がそう尋ねると、デイビットは思い出したかのような表情を浮かべた後私を問い詰めた。
「『そうだ!デッド、テメェなんで日本のウマ娘、特にテンポイントの情報を他の国の奴らに横流しした?せっかくの情報の優位性を、なんでドブに捨てるような真似をした!?』」
「『……なんだそのことか』」
思ったよりどうでもいい質問だった。それが態度に出ていたのかデイビットはさらに怒りながら続ける。
「『テンポイントは現在第4コーナーで必ず減速する……それは他の国の奴らは知らなかった情報だ。俺達だけが知っている機密情報だったはずだ!それをなぜ他の国の奴らにバラした!?』」
「『日本のウマ娘は警戒しないんじゃなかったのかい?』」
「『それとこれとは話が別だ!知らなかったら、アイツらは勝手に警戒して自滅したかもしれねぇだろ!』」
「『まぁそうかもしれないね。特にオブリガシオン辺りは警戒を強めていただろう。テンポイントはこの国でも最強に近い実力者だ。他の国の子達は、きっと警戒するだろうね』」
「『それを分かっていながら、なんで情報を横流しした!?』」
デイビットの質問に、私は簡潔に答える。
「『別に機密にするほどでもない。そう判断したからさ』」
「『……なんだと?』」
「『テンポイントは現在第4コーナーで必ず減速をする……。それは彼女の陣営からしても隠したかった情報なんだろう。私でも集めるのに苦労したからね』」
この情報を得るために結構危ない橋を渡ったのはここだけの話だ。
「『だが、このデータは直にあてにならなくなる。私はそう判断した。だからこそ、情報を渡すことに躊躇はなかった。それだけの話さ。ま、かく乱にでもなればいいかな程度の期待はしてるけどね』」
「『……』」
デイビットは頭を痛そうに抱えている。だが、これ以上聞いても無駄と判断したのかそれ以上の追及はなかった。
私はデータを集める作業に戻る……と思ったが、デイビットは私に質問してきた。
「『……で?お前が今回のレースで一番警戒しているのは誰だ?バルニフィカスか、オブリガシオンか?今回はどの位置でレースをするつもりだ?』」
「『その点に関してはもう決めてあるよ。今回は逃げで走るつもりさ』」
私の言葉にデイビットは訝し気な目でこちらを見る。
「『逃げだと?オブリガシオンでも警戒すんのか?』」
「『違うよ。私が今回のレースで最も警戒しているのは……』」
言いながら、一枚の画像をPCに表示させる。そこに映されているのは、金色の髪のウマ娘、テンポイントだ。このレース、私が最も警戒しているウマ娘。それにしても。
(我ながらいい出来だ。彼女の美しさ、カッコよさを上手く撮れている!)
会心の出来に思わず誇らしい気分になった。
だが、デイビットは信じられないといった風に私に問い詰めてきた。
「『冗談だろ!?バルニフィカスでもなく、オブリガシオンでもねぇ!テンポイントは1月に大怪我をして終わったウマ娘だ!第4コーナーで必ず減速している時点でそんなことは分かってんだろ!?そんな奴を、一番警戒しているだと!?』」
「『彼女には不確定要素が多いからね。それに、ホクトボーイも強いがテンポイントはそのホクトボーイと走ったレースで全て先着している。警戒するならテンポイントの方さ。バルニフィカス達の対策だってもう考えてある。彼女達に関しては他の子だって警戒している。だからこそ、私が対策を取るまでもない。勝手に潰しあってくれるさ』」
「『確かに実力は一級品、勝負根性があるのは認めてやる。だが、それはテンポイントが本領を発揮出来たらの話だ。第4コーナーで必ず減速するんだから警戒する必要すらねぇだろ。第4コーナーを曲がれない、終わったウマ娘だ。わざわざ朝から情報をまとめてると思ったら、そんな無駄なことを……』」
「『曲がれるさ。彼女は、テンポイントは必ず曲がれるようになってジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップに出走してくる』」
私はそう確信している。彼女達ならば、必ずこの弱点を克服して出走してくると。
だが、デイビットはそうは思っていないようだ。鼻を鳴らして告げる。
「『アイツの映像は俺も見た。酷いもんだったなありゃ。どんなに調子よく走っていても第4コーナーで必ず減速する。退院したのは半年ぐらい前だろ?そっから取り組んであれとか、もう終わったも同然だ。それでもお前はテンポイントを警戒すべきだとでも思ってんのか?くだらねぇ。アイツは警戒に値しない。それが俺の評価だ』」
「『……まぁ、デイビットがそういうのは自由さ。私がテンポイントを最重要で警戒するという事実は変わらないんだからね』」
「『……チッ!後悔はするんじゃねぇぞ。後、せめて夕食ぐらいはまともなもんを食べろ。昼も食ってねぇんだろ?体調崩しても俺は知らねぇからな』」
デイビットはそれだけ告げて部屋から出て行った。私は彼が出て行った後溜息を1つ吐いて呟く。
「デイビットも少しは成長してくれるといいんだけどねぇ……」
元より優秀なトレーナーではある。だが、ああいう風に他のウマ娘を見下したり不確定要素を織り込まない、良くも悪くも現実主義なところは少し頂けない。それがこの遠征で少しでも治ってくれるといいのだが。
だが、私のやるべきことは変わらない。作業の続きを行う。
「テンポイント……。彼女の精神力は並外れている。この弱点もきっと克服してくるだろう。そう考えた場合、競り合いに強い彼女の強さを封じ込めるには意識外から急襲する必要がある……。先頭に立った彼女が抜かされたのはたった一度だけ。菊花賞、だったかな?その時グリーングラスはテンポイントの意識外から抜いたと思われる。ならば私の取るべき行動は……」
私は対テンポイントに向けて作戦を立てていった。
「『……サー、君はどう思う?』」
「『どう思う、とは?』」
「『デッドスペシメンが渡してきたこの情報のことだ』」
ここはURAが用意した海外から来日してきたウマ娘達が宿泊しているホテルの一室。今日のトレーニングを終え、オブリガシオンとそのトレーナーはお互いに年末の〈ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ〉に向けたミーティングを行っていた。
だが今現在、彼女達は頭を悩ませている。その原因は、彼女達と同じレースに出走するアメリカのウマ娘、デッドスペシメンが渡してきた日本のウマ娘、テンポイントに関する情報。これを渡す時、デッドスペシメンは笑みを浮かべていた。
その時のことを思い出し、オブリガシオンは苦々し気な表情をする。
「『……奴がタダで情報を渡すとは思えん。何が狙いだ?』」
「『だが、入っていた情報はかなり貴重なものだ。これで1人、警戒するべき相手が減ったと考えてもいいだろう』」
オブリガシオンは頷く。確かに、入っていた情報はかなり貴重なものだった。
彼女達が日本のウマ娘の中で特に警戒していたのはテンポイントというウマ娘だ。日本でも指折りの実力者、トゥインクルシリーズの中では最強との呼び声も高い。1月に大怪我をして海外遠征を取りやめたという話は聞いていたが、どうやら完治したらしい。そんな彼女が出走してくるのだから、最重要で警戒にあたるつもりだった。
しかし、デッドスペシメンから渡されたこの情報によるとテンポイントは第4コーナーで大きく減速してしまう弱点を抱えていることが分かった。この弱点を抱えた状態ならば警戒に値しない。オブリガシオンはそう考えていた。
懸念すべき点があるとすれば1つ。オブリガシオンは自身のトレーナーに尋ねる。
「『サー、この情報が本物だと思うか?』」
「『……』」
しばしの沈黙の後、オブリガシオンのトレーナーは答える。
「『デッドスペシメンにどのような意図があるのかは分からない。だが、彼女は情報に関して一切の妥協を許さない。そんな彼女が嘘の情報を渡すとは思えない。気になることは言っていたが……』」
「『……成程』」
「『それに、映像が加工された様子も特にない。つまりこの映像は本物だと考えてもいいだろう。撮られたのも、随分最近のようだしな』」
「『……つまり、テンポイントはいまだに第4コーナーで減速するという弱点があると、サーはそう言いたいのか』」
「『可能性としては高い。ただ、一応の警戒はしておいた方がいいだろう』」
「『了解した』」
オブリガシオン達は出した結論は、テンポイントの警戒を緩めるという判断。弱点を克服できないと判断して別のウマ娘に照準を合わせることにした。
「『……となると、日本勢で警戒すべきはカネミノブか?』」
「『そうだな。日本一を決めるレース、有マ記念で勝ったウマ娘だ。彼女を警戒しておこう。だが、最重要で警戒するのは……』」
「『デッドスペシメンだ。かの日の凱旋門賞での借りを、ここで返させてもらう』」
オブリガシオン達の作戦会議は日付が回るまで続いた。
URAが海外のウマ娘のために用意したホテル。イギリスから来た私、ソフィアは用意された部屋でPCと向き合いながら出走するウマ娘の情報を整理していた。私の担当ウマ娘であるバルニフィカスはこの場にはいない。ミーティングの時間はとっくに過ぎているというのにだ。まぁ、いつものことだから気にしない。
私は今、アメリカのウマ娘、デッドスペシメンから渡されたデータを確認している。そこに書かれていたのは驚くべきことだった。
「『……この情報を信じるのであれば、テンポイントというウマ娘は終わったも同然だ。第4コーナーで大幅な減速が免れないという弱点、そんな弱点を抱えた状態ではフィーはおろか未デビューの子にすら劣る。警戒をするに値しないだろう』」
この情報の出処がデッドスペシメンというのも信頼できる。彼女は情報に関して一切の妥協を許さないし、偽ることも彼女の性格からしてないだろう。この情報が本物であることの裏付けにもなる。
だが、気になるのはこのデータを渡すときに彼女が言っていたことだ。
「『現在のテンポイントの情報だよ。有効に活用してね、……か。それが一体どのような意味なのかは分からないが』」
そう思考していると、扉を開けて1人の少女が入ってきた。藍色の髪をアンダーツインテールにした小柄なウマ娘、バルニフィカスだ。
「『ただいまーマネージャー!いやぁ、ここの温泉良いね。僕気に入っちゃったよ!』」
「『……それは良かった。だが、ミーティングの時間から大分遅れているのはどういうことかな?』」
「『あれ?そんなに遅れてた?まぁいいや。細かいことは気にしな~い気にしな~い』」
バルニフィカスの悪びれもしない言葉に、私は溜息を吐く。それ以上は言及しなかった。こういったことには慣れているからだ。
「『フィー。まず気をつけるべき相手だが……』」
「『日本ならホクトボーイとカネミノブ、でしょ?ホクトボーイは私と同じ位置で展開するみたいだし、気をつけないといけないね。でも最重要で警戒するのはオブリガシオンか、デッドスペシメンじゃない?まぁデッドスペシメンはそこまででもないか。東京レース場……だっけ?最後の直線長いみたいだし、十分に追いぬけるでしょ』」
「『そうだが、このウマ娘のことも頭に入れておいてくれ』」
「『……この子、テンポイントだっけ?なんで?』」
「『テンポイントはこの国でも指折りの実力者だ。加えて、彼女が先頭のまま最後の直線に入った場合、90%以上の確率で勝利を収めている。負けたのはたったの1回だ。漁夫の利をつかれる形でね。だからこそ、彼女も警戒しておく必要があるだろう』」
「『ふ~ん。確かに凄いね。でもさぁ』」
フィーは小バカにした感じで続ける。
「『そいつ1月に大怪我して、その時のトラウマでまともにレースできないみたいじゃん。そんな相手、警戒する必要ないでしょ。勝手に自滅するんだからさ』」
「『フィー……』」
「『あ~あ。パーティの時に宣戦布告したけど、デッドスペシメンから渡されたデータを確認したら宣戦布告し損じゃん。僕が100%勝つし。つまんないの~』」
「『……相手を侮るな、フィー。聞くところによると、テンポイントの強さはその精神力にある。本番までに克服してくる可能性も』」
「『この時期まで克服できてないのに?』」
フィーの言葉に、私は言葉が詰まる。彼女は笑いながら続けた。
「『それに、たとえ克服してもたかが知れてるよ。僕が勝つのは決定事項なんだから。他の子達の情報も頭に入ってるし、僕はもう寝るね~』」
「『……あぁ、お休み。フィー』」
「『マネージャーも、あんまり根を詰めないでよね?僕には君が必要なんだからさ』」
そう言ってフィーは自身の部屋に戻っていった。彼女が出て行った後、ソフィアは溜息を吐く。自分以外誰もいない部屋で愚痴るように呟く。
「『……あまりよろしくないな。今のフィーは』」
分かりやすく調子に乗っている。他の子達なんて眼中にない、明らかに下に見ている。そんな状態だ。
もっとも、バルニフィカスというウマ娘はここに来る前からそうだった。デビュー戦は体調不良により2着に負けたがその後の未勝利戦を快勝し、圧倒的な才能のままに2冠を達成。その勢いのまま凱旋門賞を2着と好走。大きな負けをしたことがない。同世代に強いライバルもいなかった。イギリスでは、期待の若手として持て囃されている。そんな経緯もあってか、バルニフィカスは自分に絶対の自信を持っている。
だが、それこそがバルニフィカスの弱点になっていた。自分の実力に自信を持つのは良いことだが、彼女はそれが良くない方向に働いている。先程の態度もそうだし、明らかに相手を舐めたような言動が多くなった。
相手を軽んじ、いつか自身の油断で負けることになるかもしれない。このままだと、彼女の才能は枯れてしまう。私は彼女のトレーナーとしてそう判断していた。
だからこそ、私は期待する。年末のレースで、フィーを実力で負かすウマ娘が現れることを。そして、その相手として最も期待できるのは……。
「『テンポイント……。あなたならば、フィーの目を覚まさせてくれるだろうか?』」
厳しいことは分かっている。だが、私は期待せずにはいられなかった。これからのフィーのために、彼女を実力で負かしてくれることをテンポイントというウマ娘に期待する。
最近かなり冷え込んできました。お布団から出たくない日々を過ごしています。