ウマ娘プリティーダービー~流星が描く軌跡~   作:カニ漁船

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本番前の追い切り回


第135話 不安を払って

 〈ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ〉のパーティの後、ボク達のところには取材の話がひっきりなしに来ていた。世間でも、驚きや戸惑いの声が上がっていた。あのパーティから3日たった今日も話題に上がるぐらいである。まぁ、それも当然かもしれない。

 ボクが年末のレースに出走する話自体、ボクが周りの友達にしか話していなかったし、トレーナーも極一部を除いて秘匿していたことだ。退院して復帰に向けて頑張っていること自体はボクのファンクラブで知っているだろうが、復帰のレースについては一切言及していない。そんな状態でボクの復帰レースがあの場で、生放送で発表されたのだ。それはもうお祭り騒ぎだったらしい。自分が話題の中心なので恥ずかしさもあったが嬉しくもあった。

 ただ、疑問の声も少なからず上がっている。本当にこのレースで大丈夫なのか?という疑問だ。骨折明け、復帰のレースでオープンレースではなく世界のウマ娘を相手に戦うなど前代未聞だ。いくら勝ち負けが関係ないお祭りレースといえども、出走してくるウマ娘は全員が重賞を制覇した経験のあるウマ娘。加えて、約半数がG1での勝利経験があるウマ娘だらけである。そんなウマ娘達を相手に、ほぼ1年近く本番のレースで走っていないボクが出走するなんて無謀もいいところという声が大半だ。

 ただ、世間的にはやはりボクがもう一度走る姿を見れるのが嬉しいらしい。朝から並んで席を取ると発言している人や、遠方からでも現地で生のレースを観たいという人で溢れかえっているらしく、飛行機のチケットの争奪戦が始まっているらしい。それだけ人気があるということなのだから、個人的には恥ずかしくもあるが嬉しい気持ちがある。

 期待してくれているファンのためにも、情けない姿は見せられない。今日は最後の模擬レースを行う日、追い切りの日だ。ボクは気合を入れて臨んでいる。

 

 

(……大丈夫、大丈夫や。今まで順調に来とる。問題なくいけるはずや)

 

 

 すでに出走するメンバーはゲートの中に入っている。ボクもゲートで心を落ち着かせていた。スタートの合図を待つ。

 そして。

 

 

「……スタート!」

 

 

 合図とともにゲートが開いた。ボクはスタートを切る。そのままハナを取ってレースを展開していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートをコースからどかしながら俺は模擬レースを見る。テンポイントは相変わらず抜群のスタートを切っていた。後ろの11人を引き連れて、テンポイントは快調に飛ばしている。

 フォームの修正は完全に終わった。タイムも、今までの模擬レースを見る限り戻ってきた、というよりは前よりも良いタイムを叩き出していた。だからこそ……。

 

 

(問題は、トラウマの克服だけだ)

 

 

 最後にして最大の壁。これを克服しなければ、レースで勝つことはできない。俺はそう考えながら模擬レースを見ていた。

 模擬レースは第2コーナーへと差し掛かる。先頭は依然としてテンポイント。そこから少し離れてハイセイコーを中心とした先頭集団が続いていた。近くにいるおハナさんと沖野さんが俺に話しかけてくる。

 

 

「調子良さそうね、テンポイント」

 

 

「あぁ。タイムも戻ってきているみたいだしな。だから問題は……」

 

 

「第4コーナーをいかにして曲がるか、だけですね。もっとも、それが一番難しいんですけど」

 

 

 俺の言葉に2人は難しい表情を浮かべている。おハナさんも沖野さんも分かっているのだろう。今直面しているこの問題が、一番大きい問題だと。

 しばらくレースを見ていると、沖野さんが大きな声で俺に言う。

 

 

「でもよ!この模擬レースが提案されてから見違えるぐらいの速度で回復してるじゃねぇか!それに、お前たちが頑張ってきたのはここにいる全員が知っていることだ!だから、大丈夫だろ!」

 

 

「……ありがとうございます。沖野さん」

 

 

 この励ましで、少しだけ元気が出た。俺は沖野さんにお礼を言って、レースに注目する。向こう正面を走るテンポイントを、俺は緊張しながら見る。

 

 

(テンポイントからの話を聞いている限り、もう少しで克服できそうなのは間違いない……。後は、克服のための最後のピースが何か……。それさえ分かれば……)

 

 

 テンポイント曰く、フラッシュバックするトラウマの光景にも変化があるらしい。最初は第4コーナーを曲がろうとする度鮮明に見えていたらしいが、条件を遠ざければ少しぼやける程度に、この前のトウショウボーイ達の提案があった日の模擬レースではトラウマの光景にひびが入っているように見え、つい最近の模擬レースではそのひびが広がったように見えたと。そう言っていた。

 おそらくだが、徐々にトラウマを克服しつつあるのだろう。後一押し、後一押しさえあれば、きっと怪我をする前の状態に戻ることができる。俺はそう考えていた。

 

 

(……っと。レースを見ないとな)

 

 

 少し考えすぎた。俺は思考を切り替えてレースの方へと視線を移す。レースは丁度第3コーナーの半ばほどに来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースは第3コーナーの中ほど。もう少しで第4コーナーだ。ボクはより一層気合を入れる。

 ハナを取っているのはボク、その半バ身程後ろにボーイとハイセイコー先輩が控えている形だ。ここは特に変わりはない。ただ、グラスの気配が強くなってきている。

 第3コーナーを抜けて第4コーナーへと差し掛かる。ボクはスピードを維持したまま第4コーナーへと突っ込んだ。

 

 

(頼む……ッ!こんまま、こんまま行かせてくれ!)

 

 

 怪我をする前のように、第4コーナーを曲がろうとする。……だが。

 ボクの目の前に広がったのは、日経新春杯で骨折した時のあの光景。ひび割れて色褪せているものの、骨折した時の状況が、思い出したくもないのに蘇ってくる。骨が折れる音、意識を刈り取られる感覚がボクに襲い掛かってきた。実際に意識は刈り取られていないものの、当時の状況がフラッシュバックしてくる。思わず、脚がすくんでしまう。大幅に減速した。ボクを抜き去る時のみんなの表情は、どこか悔しそうな、ボクに同情しているような顔が、なぜかしっかりと見えた。

 ボクは何とか持ち直してゴールを目指して走る。けど、結果は12人中の7着。ゴールして、息を整えているボクに誰かが近づいてきた。

 

 

「……テンさん」

 

 

 声で分かる。ボーイだ。ボーイの声は、信じられないといったような声色をしていた。ボクは何とか声を振り絞って答える。

 

 

「……なんも、言わんでくれ。ボーイ」

 

 

 ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ前の追い切り。最後の模擬レース。ボクは、最後までトラウマを克服することはできなかった。

 ……だが、悲観している場合ではない。第4コーナーを曲がれないというのであれば、それを前提とした走りをすればいい。幸いにも、どのルートで走ればあの光景を遠ざけることができるかは分かっている。それが通用するかは分からない。だが、ボクには絶望している暇なんてない。できないならできないなりの戦い方をすればいい。そう頭の中を切り替える。

 本番をどう戦おうかと考えていると、ボーイとハイセイコー先輩の会話が聞こえてきた。その声は、ボクを心配しているような声だった。

 

 

「だ、大丈夫かな?テンさん……」

 

 

「トウショウボーイ……。無理もない。あれだけ頑張ったのに、結局本番には間に合わなかったんだ。テンポイントも、今はそっとしておいた方がいいかもしれない」

 

 

「……いや、別に落ち込んどるとかそう言うんやないですけど」

 

 

 ハイセイコー先輩の言葉にボクは思わず突っ込んでしまう。すると、先輩達は驚いたような表情を見せた。

 

 

「うわっ!?だ、大丈夫なのか?テンさん。落ち込んだり、してないのか?」

 

 

「まぁ、残念な気持ちがないわけやないけど……。別に完全に走れんわけやないからな。そこまで落ち込んどらんで」

 

 

「なら、どうしてトウショウボーイの言葉に無反応だったんだい?さっきからずっと君に話しかけていたんだが……」

 

 

「え?ホンマ?」

 

 

「お、おう。ずっと話しかけてたのにテンさん顔俯かせたままなんも言わねぇからさ。落ち込んでるのかなって……」

 

 

「あー……それはスマン。ちょい考え事しとったんや」

 

 

 これから先どうするかを考えていたらボーイの言葉が聞こえていなかった。ボクの方が悪いのでボーイに謝罪をする。

 

 

「考え事?何を考えていたんだい?」

 

 

「本番をどうやって走るか、ですね。確かに前みたいに第4コーナー曲がれへんのは致命的ですけど、模擬レースを重ねるうちにどこで走れば影響が少ないかは分かっとるんで。それをどう組み込むか考えてました。最終的にどう走るかはトレーナーと決めてくつもりですけど」

 

 

 ボクの言葉に、ハイセイコー先輩は驚いたような表情をした後表情を崩して笑みを浮かべながら答える。

 

 

「そうか。なんにせよ、思ったよりも大丈夫そうでよかったよ」

 

 

 そう言ってハイセイコー先輩はボーイとともにリギルの東条トレーナーのもとへと帰っていった。今日はこの模擬レースで最後である。出走していた他の子やサポートに回っていた子達もそれぞれのトレーナーのもとへと戻っていっている。

 ボクもトレーナーのもとへといこうと考えていると、トレーナーがこちらへと向かってくるのが見えた。手にはタオルと給水用のボトルを持っている。

 

 

「テンポイント。模擬レースお疲れ様。ひとまず汗を拭いて水分補給をしよう」

 

 

「うん、ありがと」

 

 

 トレーナーからタオルとボトルを受け取って休憩を取る。今日はこれで終わりなので、後は他の子達のところに模擬レースのお礼をしに行くだけだ。ボクはトレーナーと一緒に模擬レースをしてくれた東条トレーナーと沖野トレーナーのところへといく。ハダルのトレーナーは今日は急用でこれなかったので後日お礼を言いにいくつもりだ。

 

 

「おハナさん、沖野さん。長い間テンポイントのために模擬レースをしてくださり、ありがとうございました」

 

 

「おおきにです。東条トレーナー、沖野トレーナー」

 

 

「気にしないでちょうだい。こちらもまだデビューしてない子にとっていい刺激になったもの」

 

 

「こっちもだ。いい経験になったよ」

 

 

 そこから意見交換をした後ボク達は練習場を後にする。トレーナー室へと戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナー室へと戻ってきたボク達は早速今日の模擬レースの反省会をする。反省会、と言ってもほとんどは本番をどう走るかの作戦会議になるだろう。

 

 

「結局、最後まで克服できんかったわ。スマン、トレーナー」

 

 

 ボクの言葉にトレーナーは首を横に振る。

 

 

「気にするな。それに、克服できなかったらそれを踏まえた作戦を立てればいい。そうだろ?」

 

 

「……そうやな!やったら、早いとこどう走るかを決めよか!」

 

 

 ボク達は早速作戦を立てることにした。

 

 

「とりあえず、できる限りフラッシュバックが起きないぐらい外を回ろう。大体どの位置で回るかの予測はついているんだろ?」

 

 

「せやな。どんくらいやったら大丈夫か予測はついとるからそこを回るつもりや」

 

 

「分かった。ならその位置取りをメインに据えておこう。幸いにもお前は逃げだ。集団にもまれる心配はない。だが……」

 

 

「デッドの存在、やな?ボクをマークする可能性が高いんやったか?」

 

 

「そうだ。加えて、アイツはお前が第4コーナーで減速してしまうという弱点を知っている可能性がある。できる限り情報は秘匿していたつもりだが、それにも限界があったからな。アイツがこの情報を持っている可能性は高いと見ている」

 

 

 だが、明確な弱点があるのに本当にデッドはボクをマークするのだろうか?放っておけば勝手に自滅するのだ。わざわざマークする意味は薄い。

 ……いや、違う。おそらくだが、デッドはボクがトラウマを克服できていないということは知らないだろう。デッドが知っているのは昨日以前の情報。今日の情報は知らないはずだ。だからこそ、デッドは不確定要素が多いボクをマークしてくるかもしれない。そう考える。

 

 

「おそらくだが、デッドはお前をマークするように走るはずだ。そうなると、アイツの戦法も見えてくる」

 

 

「逃げ……やな?それも、ボクをピッタリとマークするように動くかもしれんな」

 

 

「そうだ。さすがに今日の情報は抜かれていないだろう。向こうからしたら不確定要素が多いから慎重に動くはずだ。だからできる限り外で走ることを意識してくれ」

 

 

「分かった。距離のロスはキツいけど、弱点抱えたまま走るんは勘弁やからな。やけど、外走るんやったらデッド以上に脅威になる子がおるな」

 

 

「あぁ。バルニフィカスだ。バルニフィカスは内からの追い上げを一番得意としている。それも警戒しないといけない」

 

 

「う~ん……。やったら、最後の直線で外から内に進路取るしかないなぁ……」

 

 

 そこからトレーナーと試行錯誤をして作戦を決めていった。

 粗方作戦を決めたところで、トレーナーは少し悩む素振りを見せた後意を決したようにボクに告げる。

 

 

「テンポイント。実はもう一つ作戦があるんだ」

 

 

「うん?どんな作戦や?」

 

 

「上手くハマれば、相手が誰であろうと関係ねぇ。お前なら必ず勝てる作戦だと俺は信じている」

 

 

 そんな作戦があったことに驚くが、伝えるのに悩んでいた。つまりは、それだけリスクがある作戦なのだろう。

 ボクはその作戦の詳細をトレーナーに聞くことにした。

 

 

「……どんな作戦なんや?それは」

 

 

「いいか?まず……」

 

 

 そこからトレーナーの言う作戦をボクは事細かに聞いた。

 聞き終わった後、ボクは驚きながらもトレーナーの言う必ず勝てるという意味を理解した。確かに、それならばメインに考えている外を回る作戦よりも格段に勝率は上がるだろう。そして、デッドが取ってくるであろう作戦の対策もできる。そんな作戦だった。

 それと同時に伝えるのに悩んでいたのも理解した。この作戦は、あまりにもリスクが高すぎる。メインの作戦がローリスク・ローリターンならば、こちらはハイリスク・ハイリターンの作戦だ。

 

 

(所詮はお祭り。勝ち負けは関係ない。そんなレースでこんなリスクあるレースをする必要はない。頭ではそう分かっとる。やけど……)

 

 

 目先のレースと、ボク達のこれからのことを考える。迷う必要はなかった。ボクは結論を出す。

 

 

「……ええよ。そん作戦でいこか」

 

 

 ボクの言葉に、トレーナーは苦笑いを浮かべながら問いかける。

 

 

「良いのか?ハッキリ言うが、下手をすればこのレース最下位はほぼ確実みたいなもんだぞ?」

 

 

 トレーナーの言葉に、ボクは笑って答える。

 

 

「何言うとんねん。トレーナーは、ボクができると信じて教えてくれたんやろ?言い淀んとったのはいただけんけど」

 

 

「悪いな。今日の模擬レースを見ていたら、言い出せなくてな」

 

 

「ま、その気持ちは分からんでもないわ。下手を打てば悪化する可能性やってあるんやしな。やけど……」

 

 

 ボクはトレーナーを真っ直ぐに見て、告げる。

 

 

「前に言うた通り、ボクはトレーナーを信じとる。ボクの信じとるトレーナーができる思うて考えた作戦や。やったらボクはそれを信じる。迷う必要なんてあらへんで?トレーナーはドーンと構えとったらええんや!」

 

 

「……そうだったな。悪い、少し弱気になってたみたいだ」

 

 

 そう言ったトレーナーは、笑みを浮かべていた。だが、すぐに表情を引き締めて結論を出す。

 

 

「なら、この作戦をメインに据えていこう。今週末には本番だ。出走するメンバーのレース映像を見て対策を立てつつ、軽めの練習をしていこう!」

 

 

「おー!」

 

 

 ボクとトレーナーは拳を上げて鼓舞をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、<ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ>当日を迎えた。




迎えた本番の日。
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