テンポイントと別れて俺はハイセイコーとレース場へと向かう。タケホープはハダルのメンバーと見るらしく途中で別れた。観客の多くはまだパドックにいるのか、キングス達が待っている最前列に行くのにはそこまで難しくはなかった。
いつもの定位置、ゴール前の席。俺達が来たことに気づいてか、キングス達が手を振る。俺もそれに応えるように手を振った。
「待たせたな」
「お!誠司さんとハイセイコー先輩も来たか!」
キングスの他には、いつものキングスの友人達とおハナさんを始めとしたリギルの面々、沖野さんに連れられてきたスピカの面々とクライムカイザー・シービークイン・ミスターシービーがいた。
俺も定位置に着くと、沖野さんが話しかけてくる。
「調子はどうだった?テンポイントは」
「絶好調ですよ。何も問題はありません」
俺は自信満々にそう答える。その言葉に沖野さん達は一瞬だけ笑みを浮かべたがすぐに難しい顔をした。おそらくだが、最後の模擬レースのことが糸を引いているのだろう。
加えて。
「雪、か……」
「嫌でも思い出しちまうな、あの日のことを……」
トウショウボーイの言葉に全員が顔を俯かせる。会場には、あの日と同じように雪が降っていた。
結局、テンポイントはトラウマを克服することはできなかった。第4コーナーで減速することは免れない。そう考えたら、どんなに調子が良くても意味がない。そう考えているのかもしれない。
だが、俺は何も心配していない。たとえどんな走りをしても俺はテンポイントを見捨てないし、これからもアイツの望むようにしていくつもりだ。それに、アイツなら大丈夫だと俺はそう信じている。
そう考えていると、レース場にアナウンスの声が響いた。
《大晦日の東京レース場!すでに動員数は15万人を超えております!天気は粉雪が舞う雪模様、しかし芝の状態は良と発表されております!この日開催されるレースは1Rのみ!年末最後のビッグレース、〈ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ〉がいよいよ始まろうとしています!解説は東京のテレビ局から代表して私が!そして実況を務めますのは関西のテレビ局から代表してテンポイント一筋のこの方が東京レース場へとお越しいただいています!》
《いやー!このような機会に恵まれて本当に嬉しい限りです!今日は精一杯実況を務めさせていただきます!さて、URAの発案により決まった本レース!なんと海外からも参戦するというレースとなっております!日本だけではなく世界も注目するこのレース、放送は日本だけではありません!衛星放送を介して世界中に発信されております!まさに世界が注目するビッグレースとも言えるでしょう!》
《今パドックでのパフォーマンスを終えたウマ娘達が続々と入場してきております!まず入ってきたのは……》
実況の言葉とともに続々とウマ娘達が入場してくる。ウマ娘の姿が見える度に観客は拍手と歓声を送っていた。
そんな時、一際大きな歓声が上がった。
《さぁ続いて入場してきましたのはアメリカから来たウマ娘、〈追跡者〉デッドスペシメン!3枠5番、今回のレースで誰をターゲットにしているのかは最後まで明かされませんでした!果たして追跡者にマークされるのはどのウマ娘になるのか?気になるところです》
《マークした相手への先着率は100%!〈追跡者〉の異名に違わない戦績です!このレースでもその伝説は続くのか!》
「『ハァイ!日本のみんなー!今日は応援、よろしくね!』」
西部劇の保安官を思わせるような勝負服を身に纏ったデッドスペシメンは観客に対して手を振っている。
沖野さんが呟く。
「さて、デッドスペシメンは誰をマークするのか……」
「彼女の情報収集能力は世界一、なんて言われてるわ。だからこそ、このレースで一番警戒している相手をマークするはずよ」
「……順当に考えれば、日本勢ならばホクトボーイさん、海外勢ならばバルニフィカス……でしょうか?」
シンボリルドルフの言葉に、俺は反応する。
「いや、おそらくだがアイツがマークするのはテンポイントだ」
「それは、何故でしょうか?神藤トレーナー」
「テンポイントには不確定要素が多いからだ。俺達は知っているが、テンポイントの弱点が克服できていないことをアイツらは知らないだろうからな。そんな不確定要素が残っている相手を、見過ごすはずがない」
俺の言葉に、シービークインが疑問をぶつけてくる。
「ですが、そもそもテンポイント様の弱点を知っているのでしょうか?情報管理に関しては徹底していましたし、漏れているとは思えないのですが」
「……多分だが、アイツは知っているはずだ。他の海外勢は分からないが、アイツの情報網を考えたら知っていてもおかしくない」
現実として、アイツは弱点のことを知っているかのような口ぶりだった。それに、アイツなら知っていてもおかしくはない。
そんな会話をしている時にでも、ウマ娘は続々と入場してきていた。
《……続いて入場してきたのは7枠14番ホクトボーイ!5枠9番のカネミノブ同様有マ記念から中1週での出走となります!》
《TTG世代の天皇賞ウマ娘!秋の天皇賞でトウショウボーイとグリーングラス相手に勝利を収めたレースは衝撃的でした!その末脚は今日も炸裂するのか!?》
《ホクトボーイに続いて入場してきたのは今回の大外枠!8枠16番バルニフィカスだ!イギリス期待の若手、イギリスクラシックの2冠を手にして凱旋門賞も2着と好走したまさに中距離戦のエキスパート!これからの時代を担う〈超新星〉とも呼ばれています!》
《後方からの追い込みは驚異の一言!このレースの大本命との呼び声も高いバルニフィカス!果たして彼女はどんなレースを見せてくれるのか!》
「『フフッ。すごい人数のファンだね。ここにいる人達み~んな僕の虜にしてあげるよ』」
そんなことを言いながらバルニフィカスは観客に向かって手を振ったり投げキッスをしたりしている。その度に歓声が湧き起こっていた。彼女の勝負服は近未来的なアイドル衣装だった。
トウショウボーイが悔しそうに歯噛みしている。
「クッソー!オレも走りたかったー!」
「諦めるんだトウショウボーイ。気持ちは分かる、すごく分かるが!」
「会長もそちら側に行くのは止めてください。収拾がつかなくなるので……」
テスコガビーが頭を痛そうに抱える。リギルの面々はそんな様子に苦笑いを浮かべていた。
出走するウマ娘も残り少なくなってきた。今15人目が入場してくる。そして、最後のウマ娘が入場してきた時、この日一番の歓声と拍手が鳴り響いた。実況と解説も、涙を耐えているような声で、最後のウマ娘の紹介をする。
《そして……ッ!あぁ、我々は、今、夢を見ているのでしょうか……ッ!》
《……いいえ!解説さん、これは夢ではありません!今ターフに立っている彼女は夢ではありません!パドックで見た姿は、決して幻でも、幽霊でもありません!》
《……ッ!はい!あの日、京都レース場で粉雪が舞う中起きた悲劇から1年が経とうしている今日!奇しくもあの日と同じ粉雪が舞っております!枠番も、あの日と全く同じであります!》
《中山レース場を駆け抜けた流星が!京都レース場で散った流星が!11ヶ月という時を経て!今再び、不死鳥のごとく舞い戻ってきました!東京レース場に、1枠1番!〈流星の貴公子〉テンポイントが再び我々の前に姿を現しました!》
テンポイントが姿を見せた瞬間、東京レース場が揺れた。比喩でも何でもなく、本当に揺れたように感じた。それだけの歓声が響き渡っている。
観客の中には涙を流している人もいた。それだけ、嬉しいのだろう。再びテンポイントのレースが見れることが。
「頑張れー!お姉ー!目指せ1着だしー!」
「「「頑張ってくださーい!テンポイント様ー!」」」
キングス達も大きな声で応援している。その声援を受けて、テンポイントは威風堂々と入場してきた。入場して、ターフでウォーミングアップをしている。
「お帰りー!テンさーん!」
「テンちゃーん!頑張ってー!」
「応援してますよー!テンポイントさーん!」
「テンポイント様!ファイトです!」
ボーイ達が応援の声を飛ばす。そのタイミングでテンポイントは一度ウォーミングアップを切り上げて観客席に向かって大きく手を振っていた。その時、また地鳴りのような歓声が東京レース場に響き渡る。
「すげぇ人気だな。やっぱり」
「仕方ないさ神藤さん。実況の人達の言葉通り、彼女がレースに出走するのは11ヶ月ぶり。彼女の人気から考えても、これは当然のことだよ」
「それもそうだな」
俺はターフの上にいるテンポイントを見る。向こうと視線が合った。お互いに、笑みを浮かべる。その後、テンポイントはウォーミングアップに戻った。
もうすぐレースが始まろうとしている。
トレーナーと目が合った。ボクは思わず笑みが零れる。トレーナーも笑顔になっていた。
(っとと、アカンアカン。ウォーミングアップせんと)
ボクは気を取り直してウォーミングアップに入る。そんな時、誰かがボクに話しかけてきた。
「『ハァイテンポイント!やっぱり君は出走してきたね!』」
「……デッドか。どうしたんや?」
話しかけてきた主はデッドである。ボクはウォーミングアップをしながら彼女に応対している。デッドは笑顔を浮かべていた。
「いやはや、日本の大スターである君と走れる日が来るなんて……ッ!心が躍るね!」
「ボクに構ってばかりでええんか?自分のウォーミングアップは?」
「ノープロブレム!私は最初の方で入場してきたからね!とっくに準備万端さ!」
そう言うと、デッドは真面目な表情に切り替えてボクに告げる。
「テンポイント。私は君を一番警戒している。その意味、分かるだろ?」
……つまりは、ボクをマークする。そう宣言しているのだろう。わざわざ本人に宣言する辺り、相当な自信を持っているのだろう。
「『だからどうした?それで、ボクが怯むとでも思ったか?なら、見当違いも甚だしいな。その程度でボクの心は揺らがない。キミが相手でもね』」
「……ッ!ハハッ!ただの宣戦布告さ!」
ボクはデッドを睨む。デッドはそれを受けて、楽しそうな笑みを浮かべていた。その後は言うことは言ったのかどこかへと歩いていく。
だが今度は別の子が話しかけてきた。藍色のアンダーツインテール、バルニフィカスである。その表情は仏頂面だった。
「『随分人気なんだねあなた。僕の時よりも歓声大きかったじゃん』」
「『そうなんだね。ありがたい限りだよ』」
「『……まぁいいや。レースが終わった時には、この歓声は僕のものになっているんだから。知ってるんだから。あなたの弱点。だから、あなたの勝ちは万に1つもないんだから』」
言いながらバルニフィカスは不敵な笑みを浮かべている。一体どこから漏れたのかは分からないが、どうやらボクの弱点でもある第4コーナーで減速するという情報を知っているらしい。
だが、関係ない。ボクは彼女に挑発し返す。
「『そっちこそ、ボクの影を踏む準備でもしておくんだね。デカい口を叩いておいて、負けてレース後に泣いても知らないよ?』」
「『フン!誰が!』」
バルニフィカスはそのまま怒ってどこかへと行ってしまった。
「なんて言ってたんだ?アイツ」
今度はホクトがボクのところへとやってきた。我ながら大人気だ。
どうやら彼女の言っていることが分からなかったらしいホクトにボクは簡潔に伝える。
「ただの挑発や。ま、挑発し返したらどっか行ったけどな」
「フーン……。まぁいいや。それよりもテンポイント。京都大賞典での借り、ここで返させてもらうぜ」
ホクトはボクを睨みながらそう言った。
「上等。京都大賞典みたいにボクが勝ったるわ」
「ほざいてな!怪我明けだろうが容赦しねぇ、勝つのは俺だ!今日の主役は海外の奴らでも、お前でもねぇ!俺だってことを教えてやる!」
ホクトはウォーミングアップに戻っていった。ボクもウォーミングアップを続ける。
しばらく準備をしていると、ゲートへと入る時間がやってきた。ボクは1枠1番。最初にゲートへと入る。
ゲートの中で気持ちを落ち着かせる。
(……さて、えらい久しぶりの本番の空気やな。やけど、気持ちは不思議と落ち着いとる)
どんな結果でもいい。ボクはボクの全力を尽くすだけだ。そう思いながら、ボクはゲートが開くその瞬間を待った。
《粉雪が舞う東京レース場、年末の祭典ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップ!距離は2400m、バ場の状態は良と発表されております!勝利の栄光を手にするのはどのウマ娘か?世界中が注目する一戦!始まる瞬間を今か今かと待ちわびております!》
《注目のウマ娘は多数おります。海外勢がその強さを見せつけるのか?それとも日本勢が意地を見せるか!》
《私の注目するウマ娘はやはりテンポイント!11ヶ月ぶりのレースでどのような走りを見せてくれるのか?勿論テンポイントだけではありません。イギリス期待の超新星バルニフィカスの末脚も魅力的、ホクトボーイも末脚を語る上では外せません!できることならば全員に注目したい本レース!まもなく発走となります!》
全てのウマ娘がゲートに入り終わった。
《各ウマ娘、ゲートインが完了しました。あの日の悲劇を乗り越えて、テンポイントが駆け抜けるか?ホクトボーイがその末脚で七星を描くか?カネミノブが待ったをかけるのか?》
《日本勢だけではありません。バルニフィカスがその圧倒的な強さを見せつけるのか?オブリガシオンが祖国フランスの矜持を見せるのか?デッドスペシメンが全てのウマ娘に縄をつけるのか?》
東京レース場を静寂が支配する。
《1年の終わり、最後の祭典ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップが今……》
東京レース場に、ゲートが開く音が響いた。それと同時に、ウマ娘達は一斉にスタートを切る。
《スタートです!》
ジャパン・ユニバーサル・レーシング・カップが、始まった。
決戦の火蓋が切られた