《レースは第2コーナーへと入ります。先頭に大きな動きはありません依然として先頭は1番のテンポイント。その半バ身外に5番のデッドスペシメンが控える形。3番手以降には少し動きがみられます。3番手はオブリガシオンに代わって2番、その外に8番。オブリガシオンはそこから半バ身離れた5番手内側に代わります》
《しかしオブリガシオン非常に落ち着いていますね。自分のペースを乱していません。問題はないと見ていいでしょう》
《その後ろ6番手は15番。6番手から2バ身から3バ身離れた位置に7番手9番カネミノブここも変わらず。先頭から15、6バ身程離れて最後方はホクトボーイとバルニフィカス。2人の追い込みウマ娘は展開を窺っている様子》
序盤の位置取り争いを終え、ウマ娘はそれぞれペースを落としてこれから先の展開に備えている。特に大きな動きはなかった。
全員がレースを見守る中、トウショウボーイが安心したように言う。
「テンさん、調子良さそうだな。デッドのマークを受けても自分のペースで走れてる」
「だね~。ここからは~大きな動きはなさそうだし~」
「いかに冷静にレースを展開して脚を残せるか、ですね」
クライムカイザーがそう締める。
そんな時、エリモジョージがレースを見ながら呟く。
「展開 ノロノロ」
「そうだねエリモジョージ。ペースは少し遅めに進んでいる。おそらくだが……」
「道中は脚を溜めて、最後の直線で勝負を仕掛けるつもりなのだろう。幸いにも、テンポイントのマークは緩いからな」
テスコガビーの言葉にハイセイコーが頷く。他のみんなも同意するように頷いていた。俺は先頭を走るテンポイントを見ながら考える。
(トウショウボーイの言う通り、デッドのマークを受けても自分の走りができている。これなら問題はなさそうだ)
後は、作戦通りに行くかどうかだ。あの位置取りだと、外に進路を取ることはできなさそうだが果たしてどうなるか。
デッドの意図も、何となく想像はつく。第4コーナーで減速するという弱点を突く……なんて考えだけではないだろう。外に進路を取らせないようにしているが、デッドはテンポイントが第4コーナーを減速せずにそのまま駆け抜けると考えている可能性もないことはない。さすがに考えすぎかもしれないが。
(さすがにここまでくると人狼じみてくるな……。疑いすぎるのも良くないが……)
相手は世界一ともいえる情報収集能力の持ち主。加えて、マークしてきた相手はどんな実力者であっても必ず先着してきたという実績持ちなのだ。考えすぎるぐらいが丁度いいような気がする。
そんな相手がただ弱点を突くためだけにあの位置取りをしているとは思えない。俺は考えを巡らせる。
(1つ、思い当たる考えがあるが……)
今考えても仕方がないだろう。それに、もしその作戦だとしたら何の問題もない。俺は気を取り直してレースに集中する。
先頭は第2コーナーを抜けて向こう正面へと入っていく。
第1コーナーを抜けて第2コーナーへと差し掛かる。ボクはデッドのマークを受けながらも自分のペースを守って走っていた。
(えげつないプレッシャーやな!ホンマに勘弁してほしいわ!)
1人からかけられてるとは思えないほどに強烈なプレッシャー。その主はデッドだ。常にボクと一定の距離を保ちながらボクよりも外へと進路を取っている。
デッドからのプレッシャーを受けながらもボクは考える。デッドの本当の意図についてだ。
(ボクが第4コーナーで減速するっちゅう弱点を突くため?……やけど、デッドがそんな単純なことんためにここまで徹底するやろうか?)
ボクはトラウマを克服できていないため第4コーナーで減速するという弱点を突く、という点ではこの上なく正解な作戦だろう。
デッドというウマ娘の付き合いはそんなに長いわけではない。ただ、トレーナーと一緒にどんなウマ娘かの研究はしてきたつもりだ。その分析をしてきた上で言えることは。
(デッドがボクの弱点突くためだけにこんな単純な作戦を立てるとは思えんっちゅうとこやな)
他にも何も考えがある。それがボクに対するものなのか、他のウマ娘に対するものなのかは分からないがボクはそう結論づけた。
ただ、デッドだけに集中するわけにもいかない。他にもマークするべきウマ娘はいる。まぁ、そのウマ娘達は後方に控えているので今は関係ないのだが。デッドだけに集中しそうになる思考を打ち切る。
もうすぐ第2コーナーを抜けて向こう正面へと入る。すでに展開は落ち着きを見せているので脚を溜める時間だろう。もし仕掛けるにしても向こう正面半分を切ってからだ。
(デッド以外のマークは緩いおかげで、スローペースで展開できとる。ま、第4コーナーで必ず減速するやつが先頭走っとるんやからマークしても無意味っちゅうんは理解できるけどな)
それはそれで腹立たしいが。
向こう正面をボクは変わらないペースで走る。後続15人を引き連れて快調に走っていた。
(う~ん、遅いペースで走ってるね。それはあんまりよろしくないんだけど……)
私以外にテンポイントをマークしている子はいないという現状、どうしようもない。私1人のマークでは限界があるし、何よりテンポイントのマークが緩いのは私が情報をばらまいたせいだ。
まぁ。
(それも織り込み済みで作戦立ててるけどね)
今の状況のデメリットを差し引いても欲しかったメリット。それはテンポイントと1対1という状況を作り出すことだった。
あの弱点がまだあると仮定した場合、今の位置取りを続けていればテンポイントはそのまま脱落する。あの思い出したくもない日経新春杯の状況を再現されたら彼女は思うような走りはできなくなるはずだ。減速は免れない。そのまま私が逃げ切るだけの土台は作っている。
(心は痛む……すごく痛むけど!でも、これも私が勝つためだ!ごめんねテンポイント!)
まぁ、こうなる可能性は限りなく低いのだが。
弱点を克服した場合。私はこちらの可能性の方が高いとみている。そうなれば、2人の有力なウマ娘を封じ込めることができるのだ。その状況へと持ち込めることができる。
1人は、バルニフィカス。弱点を克服できているのであればテンポイントは最内を走るはずだ。そうなればバルニフィカスの必勝パターンである内からの追い上げは機能しない。少なからず外を回らされるはずだ。距離のロスに加えて、スタミナに心配が残るバルニフィカスにはキツい状況だろう。それでも警戒は続けるが。
もう1人はオブリガシオンだ。オブリガシオンは現在先行集団の中心をとなって走っている。私が考えている通りだった。
オブリガシオンというウマ娘は王道のレースを好む。勝つべくして勝つ、そんなレース運びをするウマ娘だ。
(私からすれば格好の餌だからね。どうかそのままの君でいてね、オブリガシオン)
王道なレースを展開するウマ娘など、私のようなウマ娘からすれば格好の的だ。作戦も分かりやすいし、どう対策を取るかだって予想がつきやすい。現に、彼女が出走した凱旋門賞ではコテンパンにしてやった。私も1着ではなかったものの、私を悔しそうな表情で見ていた彼女の顔は今でも忘れられない。
(デイビットが聞いたら、そんなんだからオブリガシオンに嫌われてんだよって言われそうだけど)
私としては仲良くしたいのだが、向こうからは嫌われているらしい。残念だ。
そんなオブリガシオンにも対策を取ってある。それはホクトボーイを使ったものだ。情報によるとホクトボーイはどちらかといえば長距離向きのウマ娘である。ホクトボーイはロングスパートを仕掛けてくるだろう。宝塚記念では疲れでヨレていたがアレはバ場が悪かったせいもあるだろう。本来の彼女ならば問題ない距離のはずだ。
最後方にいるホクトボーイがロングスパートを仕掛ければ、後続もつられてペースを上げる。今のオブリガシオンの位置は内側。そんな状態のままペースが上がればオブリガシオンは集団の中に埋もれるだろう。そうなれば。
(オブリガシオンはジ・エンドだね)
これで2人のウマ娘を封じ込めることができる。そうなれば後警戒すべきなのはテンポイントとホクトボーイだ。カネミノブもいるが、彼女もまたオブリガシオン同様に集団の中に埋もれるだろう。もし抜けたとしたらその時はその時でまた考えがある。ノープロブレムだ。
そして対テンポイントの対策。それは彼女と競り合わないことだ。
テンポイントというウマ娘が一番力を発揮するのは誰かと競り合っている時or抜かされた時。有マ記念が分かりやすい例だろう。あんな無茶苦茶なペースで最初から最後まで競り合うなんて、有マまでの彼女からすれば考えられないことだ。
自身の限界すら超える闘争心の高さ、負けず嫌い。加えて、通常のスペックですら他のウマ娘を凌駕している。そのおかげもあってか、彼女が最後の直線で先頭に立ったらほぼ逃げ切り勝ちを収めるほどには強いレースをしている。
だが、一度だけ先頭に立ったレースで敗北したレースがある。日本のクラシック競争の3つ目、菊花賞でのグリーングラスの差し切り勝ちだ。完全な意識外からの差し切り勝ち。レース映像を見て思わずほれぼれしたのを覚えている。
私はここに活路を見出した。競り合うのではなく、彼女の意識外から躱す。テンポイントの一番の武器である闘争心を発揮させないままで終わらせるためのこの位置取りだ。然るべきタイミングでプレッシャーを緩めて大外へと進路を取る。競り合いで限界以上の力を発揮するのであれば、競り合わなければいい。それが私の出した結論だった。
後はホクトボーイだが、こちらも外へ進路を取るだろう。内側は密集しているし、何より彼女もテンポイントの勝負強さを知っているはずだ。
(それでもなお向かう気がするけどね。ホクトボーイの場合は)
ならばホクトボーイを壁にして私が外から躱すだけだ。作戦に支障はない。
レースは向こう正面に入る。私はただ静かに機会を待った。
《各ウマ娘第2コーナーを抜けて向こう正面へと入りました。先頭から最後方まで13から14バ身程の差が開いております。先頭を走るのは依然としてテンポイントとデッドスペシメン。この2人が争っている形……というよりはデッドスペシメンが後方からテンポイントをひたすらマークする形》
《テンポイントとデッドスペシメン、両ウマ娘ともに凄い集中力ですね。序盤からプレッシャーをかけ続けるデッドスペシメンもそうですが、それに惑わされずに自分のペースを貫くテンポイントもまたすごい!復帰明けとは思えないぐらいの冷静さですテンポイント!》
東京レース場のゲストルーム。そこには海外のウマ娘達のトレーナーがこのレースを見ていた。それぞれ自分の担当のレースぶりを見ている。
その中の1人、デッドスペシメンのトレーナーであるデイビットは呟く。
「『……テンポイントを外に出させない、第4コーナーで減速することを織り込んだ作戦を立てていやがるな。テンポイントには、デッド以外のウマ娘のマークはない。ま、あんな情報が流れてきたら当たり前か』」
ここにいる全員は、皆テンポイントの弱点を知っている。だからこそ、ごく一部を除いてテンポイントは敵ではないと判断しウマ娘に指示していた。呟いたデイビット本人もそうである。
ただ1人、イギリスのウマ娘バルニフィカスのトレーナーであるソフィアだけは違った。彼女はレースを見ながら誰にも聞こえない声で呟く。
「『……成程。怪我明けであれだけ見事な走りをするとは。日本最強、という称号もあながち間違いではないのかもしれない。彼女も警戒対象に入れておいて正解だった……が』」
呟きながらソフィアは溜息を吐く。ソフィア自身は警戒しているからといって、担当ウマ娘であるバルニフィカスも警戒しているか、といわれたら違った。バルニフィカスはそれでもテンポイントというウマ娘を敵とみなしていなかった。他のウマ娘も同様である。
だが、それはソフィアも同様だ。
「『今のままなら、フィーなら全員差し切れる……』」
ソフィアはそう呟いた。
《最初の1000mを通過しました!最初の1000mのタイムは62.1秒!スローペースでレースを展開していますテンポイント!他のウマ娘も互いに牽制しあうように動いている!果たしてここからどういった展開を見せるのか!》
その後もレースは淀みなく進む。まもなく半分が過ぎようとしていた。
それぞれの作戦、思惑。